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2019/01/16

ルー・ドナルドスン with レイ・バレット

いま部屋にあるルー・ドナルドスンのアルバムのうち、コンガでレイ・バレットが参加しているものだけ拾ってみたら、『ブルーズ・ウォーク』『ライト・フット』の二枚だったので並べてみた。どっちも当然ブルー・ノート盤で、1958年録音で、編成も同じワン・ホーン・クインテット。なんだか似たような傾向の作品だね。しかもレイ・バレットが参加していないアルバムとは、やはり違いがあるよ。

レイ・バレットとは、つまり例のコンガ奏者なんで、自身はニュー・ヨークで生まれ育ったとはいえ両親がプエルト・リカン。ファニア・オール・スターズにも参加し、かのチーター・ライヴでも演奏している。そのころがレイの音楽人生最大の成功期かなあ。ルー・ドナルドスンとやったのは1950年代末だからまだまだどうってことないけれど、それでもこのストレートなモダン・ジャズ・コンボに色彩感を与えていると言えるのかもしれない?

『ブルーズ・ウォーク』『ライト・フット』の二枚では、疑いなく前者のほうが評価が高い。そもそもストレート・ジャズをやっているルーの代表作とみなされているよね。たぶんビ・パップ・ルーツがまだ鮮明だからじゃないかと思う。個人的な好みを言わせていただければ『ライト・フット』に軍配をあげたい。なぜなら、より泥臭く、ブルーズ/リズム&ブルーズ寄りで、しかもラテン・タッチもちょっとだけあらわになりつつあるからだ。

そんなわけで、あたかもレイ・バレット参加のちょっぴりラテン寄りモダン・ジャズの話をするかのように見せかけながら、その実、以下では特にそれにこだわらず(なぜかって、さほどのことにはなっていないような)、ふつうのストレート・アヘッドなジャズ・アルバムとして『ブルーズ・ウォーク』『ライト・フット』についての個人的感想メモを書いておこう。

『ブルーズ・ウォーク』のほうがまだビ・バップ的っていうのは、何点かに見受けられることだ。選曲でもデンジル・ベストの「ムーヴ」があったりするし、それ以上に主役アルト・サックス奏者のスタイルが、まだまだ直接的にチャーリー・パーカー的そのままじゃないか。引用句までそっくりだしね。それでも「オータム・ノクターン」みたいな曲ではしっとりとした艶を聴かせ、1曲目のアルバム・タイトル・チューンでは、レイ・バレットのおかげかそうでないのか、ちょっぴりふだんとは雰囲気の異なるブルーズ演奏に聴こえなくもない?

ブルーズ演奏といえば、やっぱりこの点こそ『ライト・フット』で大きく変化している部分で、この二枚の特徴を分かつところ。つまり2曲目の「ホグ・モウ」。これしかし、Spotify のではなぜだか存在を抹消されているがマスター・テイクの前に「フォールス・スタート」があるのがいままでのフィジカル・アルバム。なかなかいい雰囲気のスタジオ・トークだから、ストリーミングで聴けないのは不可解だ。

それはいい。「ホグ・モウ」。これはもうドロドロに泥臭いという意味でのファンキー・チューンまっしぐらで、いくらブルーズが得意なルーでもここまでのものはやったことがなかったはず。1958年だと、同じモダン・ジャズ・アルト奏者でもキャノンボール・アダリーですらやったことがあるかないかといったあたり。実にクッサァ〜!大好きだこういうの!ヾ(๑╹◡╹)ノ

こんなスローでクッサいファンキーなストレート・ブルーズ「ホグ・モウ」では、ルーもいいがピアノのハーマン・フォスターがさすがの水を得た魚。バッキングにソロにと、特にブロック・コードでぐいぐい攻めるあたりのクッサいブルージーさが、ブルーズ大好き人間にはこらえられない旨味なんだよね。ちょっぴり「アフター・アワーズ」のエイヴリー・パリッシュ系だね。個人的にはこういった跳ねるジャズ・ブルーズこそ、最高の大好物。

アルバム『ライト・フット』には、まだまだ(ブルー・ノート・)ブーガルーには遠いけれど、ほんのかすかにラテン・ジャズのタッチを感じるものが二曲ある。3曲目「メアリー・アン」と4曲目「グリーン・アイズ」。前者はレイ・チャールズのラテン R&B ソング。後者はジミー・ドーシー楽団のもの(1941年)だけど、曲はキューバ出身のニロ・メネンデスが1929年にスペイン語題で書いたもの。

ちょっぴりアフロ・キューバンを香らせたかと思えば、演奏の大半はラテン・タッチを捨てストレート・ジャズになってしまっているとはいえ、こういった二曲に目をつけるということじたいが、ルー自身が変わりはじめていたか、レイ・バレットの助言でもあったのか、あるいはそもそもそんな時代だったということか、よくわからないが、おもしろいところじゃないだろうか。期せずして、これら二曲ではアルバムのほかの曲よりもバレットのコンガが目立っているような?そうでもない?

まぁこのあたりは、むかしもそうだし、たぶんいまでも、真っ正直なストレート・ジャズ愛好家は評価してくれないところなんだ。残念きわまりない。もっと時代がくだってルーが『アリゲイター・ブーガルー』を録音・発表したり、そもそもその周辺の、つまり昨年来繰り返している #BlueNoteBoogaloo の動きとか、ってことは要するにハービー・ハンコック「ウォーターメロン・マン」(1962)、リー・モーガン「ザ・サイドワインダー」(1963)につながっているわけだから、するってぇ〜と1970年代のジャズ・ファンクに流れ込んでいるだとか…。サルサ勃興の動きとも同時代で共振していただとか……。

あんまりこんなことまでルー・ドナルドスン with レイ・バレットの話で書くのはやりすぎかもしれないんだけど、でもたまにはさ、フツーのジャズ・ファンのみんなにも考えて聴きなおしてみてほしいと思うんだよ。ジャズのなかのラテンがいったいなんだったのか?それがどういうことで、結果どんなものを生み、なにとつながっていったのかをね。

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