マイルズ『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』はアルバム・プロダクションがいい
マイルズ・デイヴィスのオリジナル・クインテット1955年初録音を含むコロンビア盤『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(1957)を Spotify でさがすと、このレガシー・エディション(2007)しかないようだ。追加分は無視してオリジナルどおりの全六曲で話を進めたい。そうすると、大評判となってマイルズのイメージを決定づけた表題曲だけじゃなく、アルバム全体がかなりよくできているなとわかる。
コロンビアとしても次世代スターとして目をつけプレスティジから引き抜いたマイルズの、レギュラー・コンボでのコロンビア・デビュー作なんだから、スカウトにしてプロデューサーだったジョージ・アヴァキャンだけでなく、みんな気持ちを入れて制作にあたったんだなあと、全体を通して聴くと鮮明なんだよね。
この、アルバムとして全体的によく考え抜かれている、トータル・プロダクションがいいということは、アルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』についてはあまり言われたことがないので、今日ぼくが書いている次第。だいたいさ、ジャズ・ミュージックって演奏家の力量やアド・リブ内容ばかり言われて、トータルなサウンド・メイクとかプロダクションとかは大部分のファンも専門家も無視か軽視してきている。よくない傾向だ。
それでも代名詞的な一曲とコロンビアも考えたセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」をアルバム・オープナーに持ってきているのは当然だ。その内容について繰り返すことはもはやない。2曲目以後の流れを聴いてほしいんだよね。しかもアナログ・レコード時代の片面三曲づつという構成、曲順だって、ていねいに練りこまれているじゃないか。
2曲目が「アー・ルー・チャ」。テーマ部が二管ユニゾンでもハーモニーでもマイルズの独奏でもなく、ディキシーランド・ジャズふうにホーンの二名がからみあいながら進むという、モダン・ジャズにしては珍しい手法だけど、マイルズはたぶんジェリー・マリガンのコンボを参照したのだろう。チェット・ベイカー参加でマリガンが似たようなアンサンブルを試みていた。マリガンは『クールの誕生』セッション時からのマイルズの盟友じゃないか。こころなしかフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミングもにぎやかで楽しい。
フィリー・ジョーのドラミングは、というかリズム・セクションの演奏は、次の3曲目「オール・オヴ・ユー」でも典型的にそうだけど、一番手マイルズの背後では2/4拍子のオン・ビートで演奏、しかもドラマーはブラシでおとなしくやって、二番手ジョン・コルトレインのソロになった途端4/4拍子でにぎやかになるっていう、おなじみのやりかた。ボスの指示なのかバンドでの自然発生的なものなのかはわからないが、まず最初マイルズがオン・ビートで吹き出しているのはたしかだ。
こういったことは、プレスティッジの諸作でもよく聴けるものだけど、録音はこのコロンビア盤のほうが早いんだよね。いつごろこのスタイルをマイルズが、あるいはこのレギュラー・クインテットが、確立したのかは、もっと前の時期の音源からじっくりたどってみないとわからない。音源の絶対数が少ないけれどもね。まぁファースト・クインテット結成前にはあまり聴かれなかったスタイルには違いない。
三番手レッド・ガーランドのソロでの右手シングル・トーンでの玉もいい「オール・オヴ・ユー」で、レコードでは A 面が終わり。ここで盤をひっくり返して B 面の「バイ・バイ・ブラックバード」になるけれど、その出だしのレッドのピアノ・ブロック・コードによるイントロ部がぼくは本当に好きなんだよね。パッと世界が明るくなったみたいで。
A 面はやっぱり「真夜中あたり」が代名詞だから、なんだかんだ言って片面通して夜の雰囲気だけど、B 面に来て夜が明けたかのような、なんだか幕が上がって朝になり光が当たったみたいな、なんだかそんなムードがするなあと、むかしからぼくは感じている。つらいこと、悩みごと、暗い気分はさようならといったような「バイ・バイ・ブラックバード」では、マイルズもいいが、やっぱりレッド・ガーランドのソロ内容がとてもすばらしい水を得た魚。
5曲目、タッド・ダメロンの「タッズ・ディライト」にしたって喜び爆発みたいな明るさで、ここではこの時期に珍しくコルトレインのソロもなかなかいい。たぶんこのアルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』で聴けるトレインのソロのなかではいちばんじゃないかな。また、一曲を通し、フィリー・ジョーがときどきリズムにアクセントを付与しているのもおもしろい。ちょっぴりだけのポリリズム?ただのお遊びだろうけれども。
続くアルバム・ラスト「ディア・オールド・ストックホルム」は、マイルズ自身1952年にジャッキー・マクリーン参加でブルー・ノートに録音している。そっちはひたすらこの曲の哀愁感を強調したような演奏内容だったのに比し、この1956年コロンビア・ヴァージョンではリズム面での探求に重きが置かれ、湿った情緒を消し、乾いて硬質な感じの演奏に仕上げているのが興味深いところ。
こんな六曲を、AB 両面に三曲づつ割りふってこの曲順で並べたジョージ・アヴァキャンのプロデュースぶりは、やはり見事だったというしかない。すばらしい仕事だし、マイルズ・デイヴィスというニュー・スターの実質メイジャー・デビュー盤にふさわしいトータリティを持ったアルバムだ。
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