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2019/02/12

ジャズ・リスナーたちとヴォーカルもの

Billieholiday

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いわゆるジャズ・ファンというと(残念ながら)だいたいモダン・ジャズのファンなので、そこに話を限定すると、ヴォーカルものの聴きかたがすこしおかしいように思うことがある。こんなことは、ぼくが大学生だった30年以上前の、しかも多くのばあい男性ジャズ・ファンに限定されたことで、もうとっくに過去の遺物と化していると信じていたのだが、どうやらそうでもないようなので、ちょこっと短くメモしておきたい。

ジャズ・ファン(=モダン・ジャズ・ファン、と以下では断らない)の大半は、インストルメンタルものとヴォーカルものを分別して考えている。まあだからこれは、ビ・バップ勃興前までの古典ジャズをいかに聴いていないか、知りもしないかという歴然たる証拠だけど、それでジャズ・ファンと名乗っていいのかといぶかったりするぼくだけど、それはおいておこう。

ジャズ演奏家がよくやるスタンダード・ソングの数々。なかにはジャズ・オリジナルもあるにはあって、そういったものはジャズ・メンが最初から演奏用にと書いたものだから、歌うにはややそぐわない面もあるけれど、スタンダード・ソング・ブックの八、九割以上は、もともとポップ・ソングなのだ。すなわち、歌。

だから最初はだれかポップ・シンガーが歌詞のあるそんな歌を歌ったのがオリジナルなんだよね。それはメロディの動きを聴いてもわかることなんじゃないかと思う。いわゆる歌心があるっていうか、有機的な情緒があるメロディ・ラインだよね。楽器演奏のインプロヴィゼイションなんかでも「歌心」ということが言われたりするのは、アド・リブ・ラインがあたかも歌であるように流れているということだ。

アド・リブ演奏のラインが歌のように流れなくなったのは、ぼくの見るところ、ビ・バップ勃興によってだった。スケールを上下したりなどメカニカルなラインを演奏することが多くなった。これはなにも、歌心礼賛だとか、ビ・バップ以後のモダン・ジャズくたばれだとか、そんなことじゃない。特徴をぼくなりに考えて分析しているだけ。

あ、そうそう、ビ・バップ以前の、しかもヴォーカリストであるにもかかわらず、ビリー・ホリデイのヴォーカル・ラインはわりかしメカニカルに動くよね。ビリーも歌ったのはポップ・ソングなんだけど、この歌手のばあい、大胆(すぎる?)に原旋律からフェイクして、フェイクっていうより新メロディをアド・リブで生み出しながら、楽器奏者みたいに「歌って」いる。

このへん、モダン・ジャズのファンにもビリー・ホリデイだけはいまだに大人気であるという、その要因の一端が見えるような気がしてきたなあ。あるいは気のせいかもしれない。当時としては大胆な人種差別告発だった「奇妙な果実」によって、ある種のシンボルとしていまでも敬愛されているというだけのことかもしれないけれども。

ともあれ、歌とは有機的な、意味のある(まあ意味はどこにでもあるが)旋律を持っているもので、ここもモダン・ジャズ以後、歌心をあえて消して機械的にやるようなジャズ・シンガーたちも出てきはしたが、やはりぼくには魅力が薄い。歌は歌であってほしい。なんというか、ぼくの得意文句だけど、湿り気のあるリリカルさが歌にはほしい。

歌とは本来そういったものであって、ジャズのなかだけ、アメリカ音楽のなかだけ、で考えているからだんだんと自家中毒を起こしそうになるけれど、ほかの、世界の、いろんな音楽におけるヴォーカルものを聴いてほしい。アラブ歌謡でもオスマン古典歌謡でも、ラテン・アメリカのラヴ・ソングだって、東南アジアの、たとえばヴェトナムのボレーロ歌手たちだって、乾いて硬質なものはあまりない。湿って抒情的であるばあいが多いじゃないか。

ジャズ・ファンはジャズだけ特異視する傾向があるんだけど、だからそれもよくないと思う。ひろく音楽の世界を見れば、歌と楽器演奏とのバランスがとても大切だとわかるはずだ。どっちかだけにかたよるのはよくないことなんだよねえ。楽器演奏でメカニカルな技術を駆使しつつ歌はしっとりとやる、というのがぼくの理想型。どっちかだけっていうのは、それがいいと思うことがぼくもあるけれど、多くのばあい、おもしろくない。

だから、ジャズ・ファンの歌手に対する見方は、はなはだおかしいと言わざるをえない。その挙句、<歌姫>という表現に無意味に反感を表明したり、要するにとどのつまり、楽器演奏者こそ偉い、歌手なんてのは、まあしょうもないものだ、なんていうゆがんだ思考におちいってしまうのだろう。だから毎年末の『紅白歌合戦』のことなどもハナクソみたいに言うのだろう。

おかしいぞ、間違っているぞ、ジャズ・ファン。いろいろおかしいが、ここがいちばん意味不明だ。

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