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2019/03/21

大編成オーケストラの時代

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クラシック音楽の大規模管弦楽とか、ジャズのビッグ・バンドとかは、なんたって生演奏現場の隅々にまで音を届けなくちゃいけないからあんな大人数編成になっていたというのが、誕生当時のまずもって最大の理由。少人数編成での生音では大きな会場の隅々にまで音楽が行き渡らない。電気拡散技術、すなわち PA(Public Address)なんかまだなかった時代の話。


ってことは、PA なしでも、聴衆規模が小さい時代やばあいには、あんな大編成は不要だと考えることも可能。実際、クラシック音楽のシンフォニーなんかでも、モーツァルトが生きていた時代あたりだと、聴衆のいる場所がまださほどの大きさじゃなくて、だからいわゆる古楽っていうんですか、楽器もあの時代のものを再現したものを用い、演奏するオーケストラの規模も抑えてわりと小さめの編成で再現した交響曲のレコードなんかがあるよね。大学生のころ、そんなモーツァルトのエインシャント・シンフォニーが新鮮でときどき聴いていた。


裏返せば、聴衆規模の、すなわちコンサート・ホールの大規模化は、19世紀の一般市民社会の誕生と軌を一にしていた。19世紀には、ほかにもオリンピックの復活現代化や、万国博覧会、百科事典、デパートメント・ストアの誕生など、似たようなことだったかなと思える事象が発生している。網羅的に大規模化し、それが一般大衆に行き渡ることを最大の目的とするといったことがらがね。


ジャズのビッグ・バンドも、こっちはまずもってアメリカ国内でダンスの伴奏をするのが第一目的で、誕生が、クラシック音楽でいう大編成シンフォニーの時代よりすこしあとだったのでとうぜん会場規模は大きい。もちろんニュー・オーリンズで誕生したころのジャズはそんなことなかったのだけど、シカゴ、ニュー・ヨーク、カンザス・シティなどのダンス・ホール、ボール・ルームなどでやるようになってからはビッグ・バンドじゃないと音量不足だったことは明白だ。


ダンスの伴奏音楽としてのジャズ音楽が会場で踊る客みんなに聴こえないといけないわけだから、コンボ編成ジャズ・バンドの、まあドラムスやピアノなんかはもとから音がデカいのでそのままでいいが、管楽器は同じものの人員を三人とか四人とかに増幅し、音量増大を図ったんだね。むろん、クラシックの管楽、すなわちブラス・バンドや、ひいてはマーチやポルカのバンドなども参照したに違いない。


古典的クラシック音楽(ミョ〜な言いかただけど)のコンサートではあくまでアクースティック・サウンドを届けることになっているのでいまでもそうだけど、ポピュラー音楽ではある時期以後マイクで拾った音を電気で拡大して大きなスピーカーで鳴らし、それでパブリック・アドレス目的は果たされることとなった。だから少人数編成だろうが、アクースティック・ギター弾き語りだろうが、そのまま野球場でもライヴ・コンサートを開催できる。


で、実際そういうことになっているけれども、ポップスやジャズやラテン音楽などのビッグ・バンドはやっぱり途絶えない。音量増幅というだけなら意味はなくなったわけだからそこじゃなく、なにか大規模編成、特に大人数管楽器同時演奏になんらかの魅力があって、それはコンボ演奏では実現できないものだからみんな聴くということになっているんだよね、きっと。


純音楽的内容から離れるような離れないようなわからないが、ビッグ・バンドは一種の祝祭、ハレの空間&時間&サウンドであるということもあるんじゃないかと思う。いまぼくは、たとえば渋さ知らズのような集団を念頭に置いているのだが、生でもなんどか観聴きしたこのビッグ・バンドは、CD で聴いてもわかる非日常性を実現している。コンボ編成ではちょっと実現不可能なような、まあ有り体に言えばニギヤカシだよね。それが(音だけ CD で聴いても)チョ〜楽しい。


そのほか、ビッグ・バンドだと、複数管楽器のトゥッティがもたらす分厚いハーモニーやユニゾンが、ある種のウネリを生んでいると言える。一糸乱れずクラシック音楽みたいに整然と演奏されるのとは若干異なる重なり合いが濁りみとなり、聴き手に快楽をもたらす、そんなことがあるんじゃないかな。


ここ10年くらいかな、大規模なジャズ・バンドが復権しつつあって、それにはラージ・アンサンブルというニュー・タームが使われているが、ビッグ・バンドと言わないのにはなにか明白な理由があるに違いない。いまでも銘柄として現役活動している古典的名門ビッグ・バンドと区別したいというだけじゃない、なにか音楽的な違いがさ、あるんだろうね。評価と人気が高いらしいマリア・シュナイダーとか挾間美帆なんかも不精してまだちっとも聴いていないが、もちろんきっとそのうち聴きますよ。渋さ知らズみたいなのが好きなぼくだけどね( ͡° ͜ʖ ͡°)。

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