マイルズの電化トランペット時代はマチスモ志向
それから今日書きたいテーマ向きの端的ないい写真が見つからなかった。ずいぶん前、紙媒体の雑誌かなにかで、マイルズ・デイヴィスの持つトランペットからケーブルが出ているのを直接とらえた写真をいくつか見ていた記憶があるんだけど、画像検索しても出てこない。
現在までに公式発売されている全音源でたどるかぎり、マイルズがはじめて電気トランペットを吹いたのは、1970年6月3日録音の「リトル・ハイ・ピープル」でのこと。現在ふたつのテイクが公式発売されているが、テイク7、テイク8との表記なので、アーリー・テイクがあるんじゃなかろうか。どんな様子だったのか、知りたいもんだ。ともあれ「リトル・ハイ・ピープル」は『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』(2003)で聴ける。それまで完全未発表だった。
マイルズに電気トランペットを提案したのはチック・コリアだったとのことなんだけど、実際、「リトル・ハイ・ピープル」のセッションに参加している。がしかしアイデアはもっと前にチックが持ちかけていたものなんだろう。それでおもしろいとボスも思ったのか思わなかったのか、しかしその後すぐには電気トランペットを吹かなかった。
本格的に電気トランペットを吹くようになったのは、公式発売音源だと1970年12月のセラー・ドア・ライヴから。その後翌71年もライヴで吹き続け、この年はスタジオ入りがなぜだかまったくないのだが、72年にスタジオ・セッションを再開したらもう全面的に電気トランペットしか吹かないという具合になって、そのまま75年夏の引退まで続け、81年に復帰したらやめていた。
だからほんの五年間だけのマイルズの電気トランペット時代だけど、その前後と比較して、やはりトランペットの音もトータルでの音楽性も、かなり異なっていたように思うんだよね。ひとことにすれば、マチスモ・ファンク時代。リズムが強靭になり、サウンドも激しく電気増幅されてハードになり、だから最大の上物である自身のトランペットの音も強化すべしと考えたかもしれないよね。
以前から書くように、ジャズ・トランペットにはそもそもマチスモ的なイメージがつきまとう。それを変えたのがほかならぬマイルズだった。音量も音色も小さくか細く、まるで女性的(女性のみなさん、ごめんなさい)。およそ猛々しくないやさしくソフトなサウンドでしか吹けないのがマイルズで、かのチャーリー・パーカーだってそんなマイルズの特徴がちょうど自分のアルト・サウンドといいコントラストになると踏んでバンド・レギュラーに起用したのだろう。
自身のバンドを結成してからも、マイルズはただでさえ音量の小さいソフト・サウンドである自身のトランペットに、さらに弱音器まで付けてもう一段小さく細くしてしまうというやりかたでトレード・マークとしたくらいなのだ。そんなハーマン・ミュートでのプレイで必要最小限の音数しか使わず、繊細にていねいに、薄〜っいガラス製品を扱うがごとき演奏で評判をとり、人気も定着した。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-0e78.html
1970年暮れから五年間の電気トランペット時代は、そういった方向性とはまるで真逆だよね。猛々しく荒々しい音色だし、しかもその時代、マイルズはかなり音数多めに吹きまくっている。女性的な繊細さとはほど遠いマチスモ・イメージがあって、しかも1981年にカム・バックして以後は、またふたたび従来のソフト路線に回帰したかのようだったので、70〜75年のあいだだけの特異現象だったかもしれないんだなあ。
マイルズの電気トランペット時代は、ジャズ・トランペットというものの本来的特色を再獲得し回帰しただけだったと言うこともできようが、マイルズの音楽キャリア全体を見ればちょっとそれも違うような気がする。あの1970年代のロック/ファンク時代に合うように自身の楽器の音もチューンナップしていたと、それも一時的なものだったと見るのがふさわしいんじゃないだろうか。
あんなハードな電化ファンクへと変貌していたマイルズ・ミュージックだから、自身のか弱いトランペットの音(しかこのひとは生では出せない)ではそぐわない、バンド・サウンドのなかに埋もれて消えてしまう、なんとかしなくちゃ!と考えて採用したのが、トランペットにピックアップ・マイクをつけ、ケーブルでアンプに接続し電気増幅するという手段だったんだろう。必然的に音色も、吹奏全体も、バンド・サウンドも、デリケートさよりワイルドさのほうが勝るようになる。
1970年代マイルズのファンク志向と一体化していた電気トランペットの吹奏は、このひとにしては珍しいマチスモ志向だったのだと見ることができるかも。
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