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2019/03/08

(懐かしき)プエルト・リコは歌

2018年の仏ブダ盤『懐かしきプエルトリコ 1940-1960 プレーナ、グアラーチャ、ボレロ、ヒバロ』(Nostálgico Puerto Rico - Plenas, Guarachas, Boleros y Canciónes Jibaras - 1940-1960)。カリブのプエルト・リコが世界の音楽でどれだけ大きな役割を果たしてきたか、キューバ音楽ほどではないにせよ、知っているひとは知っていることだ。1940〜60年と限定し、その時代のプエルト・リコ音楽を収録したのがこのアンソロジー。

このアルバム全体から受ける印象としては、1940〜60年というと、たとえばキューバ音楽などはメカニカルな反復形式を持つダンス・ミュージックが主たるものとなっていたと思うんだけど(その反面、メロウな歌謡音楽であるフィーリンも隆盛だったが)、プエルト・リコではなにしろ<歌>がメイン。これはとても強いイメージとしてこのアンソロジーでも全体を貫いている。

たとえばこのブダ盤でぼくが最も強い印象を受けるのは17曲目の「コンパシオン」なんだけど、なんなんだろうこの哀愁というか、悲哀に富んだコード・ワークとメロディの組み立ては。思わず感極まって涙がこぼれそうになってしまうほどだ。アコーディオンも効果的。ところで 'Compasión' って、英語でいう 'Compassion' と同じような意味なんだろうか?いやあ、この一曲だけなんども聴いてしまう。最高だ。ボレーロかな、これは。しかしおよそダンスには向いていなさそう。

こんな短調の旋律を持つ哀感ラテン・ナンバーはこの『懐かしきプエルトルコ』のなかにほかにもたくさんあって、特に歌われるパートの旋律美がとてもすばらしい。ラファエル・エルナンデス、ペドロ・フローレスというプエルト・リコ二大コンポーザーはここにもいるが、彼ら以外の手になる曲も美しい。そして泣いちゃうそうだ。そんな哀感がとても強い。

そうかと思うと、長調でわりかしダンサブルな快活ナンバーも同じくらい収録されていて、キューバでいうマンボに近いものもあれば、そのなかには20、21曲目の大編成でやるプレーナ(セサール・コンセプシオーン)なんかはとても見事だ。しかも(プエルト・リコ系ニュー・ヨーカーの音楽である)サルサへつながる道程をすでにここに聴きとれる。

それでもメロディがなめらかで流麗なのがプエルト・リコ音楽らしいところか。マイナーなボレーロでもメイジャーなカンシオーンであるヒバロでも快活陽気なプレーナやコンガでも中庸なダンス・ミュージックのグァヒーラ・グァラチャなんかでも、プエルト・リコ音楽として一貫している特徴は、ヴォーカルの即興性と哀感と甘美な歌唱性。

そんなところを持つつつ、中南北米の雑多な音楽を吸収しながら、(マンボのような)ダンス・ビートをも併行して体験していった歌手や演奏家が、やがてサルサのような音楽を産んでいくことになったのだろう。

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