こんなアラビック・ロックを待っていた! 〜 ドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティス
な〜んだこりゃ〜あ!最高におもしろいじゃないか!今日はまだ2月25日だけど、2019年新作篇ベストテン第一位はこれで決まりだな。と断言したいほどすばらしい音楽作品であるドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティスの2019年作『エル・ハジャール』。最高だよ。ドゥドゥ・タッサがだれなのかちっとも知りもせず、エル・スールのホーム・ページで見かけたときなんらかの勘が働いたんだよなあ。我ながら見事だったと、いま聴き書きながらひとりごちている。
いや、ひとりごちなんてもったいない、イスラエルのドゥドゥ・タッサのこの『エル・ハジャール』は多くのかたにおもしろがっていただける内容をもったすぐれた音楽作品なのだ。イスラエルと読んで、ある種のステレオタイプが耳に浮かぶかたは、考えをあらためたほうがいいかも。これはアラブ音楽なのだ。厳密にはユダヤ人のやるイラク音楽で、それを現代ロックふうに再解釈したものなんだよね。
どうしてそんなことになっているのか、すこし説明しておいたほうがいいのだろうか。1930〜40年代のイラクで絶大なる人気を誇ったアラビア音楽のバンドがあった。名をサレハ&ダウド・アル・クウェイティ・ブラザーズという。サレハとダウドは兄弟で、ユダヤ人。ご存知のとおりユダヤとアラブは密接な関係にあって、音楽をはじめ文化的には不可分一体の関係だった。かつてのイラクでユダヤ人アラビア音楽家が活躍したのもむべなるかな。
イスラエル建国後の中東戦争を経て、イラクでもユダヤ人は迫害されるようになったので、サレハとダウドのクウェイティ・ブラザーズも家族とともにイスラエルに移住。のちの1977年にドゥドゥ・タッサが生まれることになるが、ダウドが直系の祖父なのだ。サレハが大叔父ということになる。先祖の偉大な音楽家の血脈を受け継ぐドゥドゥ・タッサは、ふだんイスラエルのロッカーとして音楽生活を送っているが、クウェイティ・ブラザーズの音楽を現代的に解釈・再現しようとしてやっているのがザ・クウェイティスなんだよね。
2019年作『エル・ハジャール』も、音楽的には完璧にアラブ音楽。収録の10曲すべてサレハ・アル・クウェイティの書いたもので、それをドゥドゥがピックアップして、現代ロック的な楽器編成と演奏で解釈しなおして、バンドで演奏し、みずから、またゲスト・シンガーを迎えて歌っている。コンピューターを用いたプログラミングも多用されているようだ。
アラブ音楽だけれども、曲そのものはクラシカルであるとはいえ、そこは現代ロックのフィルターを通してのものだから、アラブの芳香はやや弱くなっているかもしれない(と、数々のアラブ古典歌謡と比較してそう感じる)。しかし、たとえば打ち込みのドラムス・サウンドの強調や、エレベやエレキ・ギターの多用で、かえって哀感が色濃くにじみ出ているばあいもあるなと、アルバム『エル・ハジャール』を聴くとぼくだったら感じる。
特にゲストの女性歌手二名がそれぞれ歌う2曲目「トリ・ヤ・レイライ」(ナスリーン・カドリ)、4曲目「ヒルワ・ムラット・エル・ラヤリ」(レヘラ)には、抗うことなど不可能な強い艶と色香が漂っていて、まるで魔力のように聴き手を惹きつけてやまない。いやあ、すばらしい。女性歌手の声がいいっていうことなんだけど、ドゥドゥらによるバック・トラックも見事だと思うよ。
それら以外では多くの曲でドゥドゥみずからが歌っているが、立派なアラブの発声とコブシまわしじゃないかな。さらに、ここはたぶん多くのアラブ歌謡ファンと意見が異なるところなんだろうと思うんだけど、(打ち込みによる)ドラムス・サウンドの強さなどもいい効果になっているなと感じている。ヒップ・ホップ感覚の、特異なアラブ・ロックともいうべき容貌と化しているようじゃないか。大好きだ。特にたとえば3曲目「モシャブからやってきた娘」。
一般的には、たぶん7曲目「愛している」がハイライトということになるかもしれない。ここでフィーチャーされているヴォーカルは、なんとダウド・アル・クウェイティ。そう、ドゥドゥの祖父の声だ。古い、たぶんダウドのイラク時代に録音されたものを使っているんじゃないかな。それにくわえ、楽器伴奏を孫のドゥドゥらがやって最新のバック・トラックを創り、足して合体させたんだと思う。さすがに異様な妖気が漂っている。
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