屈折した究極のナット・キング・コール
https://open.spotify.com/album/2IFGaozoXFA3m9IUH2Hcc4?si=6nhTGQQQSSmapENQ3MoWXg
2019年3月17日の誕生日に故ナット・キング・コールの生誕100周年を記念して発売されたアルバムが、もう一枚ある。キャピトルの『アルティミット・ナット・キング・コール』。必要がないから CD は買わなかったが、これはオール・タイム・ベストみたいなもんかな。きっちり一時間でナットのキャリア全体を概観しようという入門向けの内容だろうと思う。
1940年代のトリオ時代から、グレゴリー・ポーターがヴァーチャル共演した「イパネマの娘」まで全21曲、まんべんなくヒット曲、代表曲が収録されていると思える内容で、昨日書いたラテン・アルバムからも二曲、「キサス、キサス、キサス」と「ペルフィディア」が入っている。ナット・キング・コールがどういう歌手だったのか、2019年にはじめてちょっと覗いてみたいというみなさんには格好のアルバムかも。
しかしナット・キング・コールがどういう歌手だったのかということは、実はあんがい複雑なのだ。それはこのアルバム『アルティミット・ナット・キング・コール』でもはっきり表れている、というかそういった側面をあぶりださんとして編纂された一枚かもしれないとすら思うほど。もっと言えば、ナットとはだいたいがそんな歌手だったので、ベスト盤を編めば必然的にそうなるということか。
それはなにかというと、ナット・キング・コールの歌には、失った愛、手に入らない愛を想い、しかし決して悲嘆にくれるばかりではなく、前向きに(?)がんばって妄想してみよう、そのつもりになってみよう、そうすれば楽しく幸せな気分になれるじゃないか、つらいときこそ笑って!というものが実に多いということだ。もうホントそればかりと言いたいくらい。
歌詞のわかるかたは『アルティミット・ナット・キング・コール』をお聴きになって、あるいはトラックリストを一瞥して、このことを理解なさるはず。たとえば「スターダスト」や「ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ」といった超有名スタンダードも、メロディがあまりにも美しいがために忘れられがちだけど、失恋や未恋を歌った内容なんだよね。それをきれいにきれいに、昇華しているような歌だ。
ナット・キング・コールはそういった内容の、ちょっとストレートなラヴ・ソングではないような心模様をあつかって、スムースでナチュラルな、ノン・ヴィヴラートのナチュラル発声で、あくまでどこまでもきれいにきれいに歌いこんでいるじゃないか。肌(耳)ざわりがまるでサテンをまとうかのごとき心地いいサラリ感だから、なかに秘めた悲哀はなかなか伝わりにくい。あたかもおだやかに微笑んでいるかのようだ。
でも、最近、57歳のぼくは思う。人生ってそんなもんだなあってさ。つらいこと、苦しいこと、悲しいことがあっても、それで落ち込んでばかりいるわけじゃない。好きな彼女がぼくに恋しているようなつもりになって、つまりブルーなときもプリテンド、夢想・妄想して、それで楽しくハッピーになれるじゃないか、つらいときも笑って生きていけるっていうもんだ 〜〜 こんなようなことをナット・キング・コールは語りかけてくれているようだ。
まずピアノ・トリオ編成で音楽活動をはじめたナット・コール。1930年代末だったからちょうどビッグ・バンド全盛期だ。そんなシーンに一矢放たんとしてのちょっと違った感じのレギュラー・トリオ編成意図だったとまでは言えないかもしれないが、当時新鮮なサウンドだったことは間違いない。当初、ナットは歌う気はなく、リクエストされてもノーだった。あくまでピアニストとしてやっていくつもりだった。
それがひょんなきっかけで歌ってみたら大評判。歌手として大成功し、次第にトリオの名義はそのままに大規模管弦楽を伴奏にスタンド・マイクで歌うようになり、しかし時代は徐々にビッグ・バンドから離れていった時代だったけれど、このへんの交差するいきさつを考えると、これまたなかなか興味深いものがあるよねえ。
しかし、アルバム『アルティミット・ナット・キング・コール』で聴いてもわかることだけど、初期のトリオ録音でのちょっぴりジャイヴ感覚を残したヴォーカルと、その後のオーケストラ伴奏でのポップ・ヴォーカルとで、さほどの違いはないじゃないか。キャピトル盤だから収録できないその前のデッカ時代から実はそうなんだけど、ナットのヴォーカルはなにも変わっていない。スムースでナチュラルで、上品でエレガント。ちょっとストレートじゃない屈折した恋愛歌の内容だって同じなんだよね。
ここにも収録されているが、「スターダスト」はメタ・ソング、「モナ・リーサ」もメタ・アートだという内容を書く余裕がなくなっちゃったな。
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