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2019/05/05

リー・モーガンの『ザ・ジゴロ』はコルトレインへのオマージュ?

71npxwafpkl_sl1067_https://open.spotify.com/album/4ozinSGbhmJecdqOhomRjD?si=cv6rXujuTFKeB_oW4qWMew

 

リー・モーガンのブルー・ノート盤『ザ・ジゴロ』(1965年録音66年発売)。4曲目のタイトル・ナンバーは、ずばり、ジョン・コルトレインへのオマージュだよね。それがなんでジゴロなのかはわからないが、この音楽のスタイル、まごうかたなきコルトレイン・ジャズだ。ピアノのハロルド・メイバーンもまるでマッコイ・タイナーみたい。1965年だし、リーにとってもトレインは大きな存在だったのだろう。トランペッターはトレインのレギュラー・バンドにいないけれども。

 

また2曲目「トラップト」、3「スピードボール」はなんてことないふつうのハード・バップ・ナンバーのように聴こえるから、今日の話題の外においてかまわないかなと思う。いや、決して内容が悪いってことじゃない。じゅうぶん楽しめる立派な出来だけど、最近、モダン・ジャズでは、ストレートなメインストリームじゃないものに興味が傾いているから。

 

すると、リー・モーガンの『ザ・ジゴロ』では1曲目「イエス・アイ・キャン、ノー・ユー・キャント」、5「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」がおもしろいということになる。要するに、昨年来のブルー・ノート・ブーガルー #BlueNoteBoogaloo 的視点からはさ。だってあのレーベル公式プレイリストのシグネチャー・ソングは、リーの「ザ・サイドワインダー」だったんだから。

 

リー・モーガンの『ザ・ジゴロ』でもドラマーがまたまたビリー・ヒギンズなんだけど、ホ〜ント多いよなあ、このひとがブーガルー・ジャズのビートを叩き出しているのが。ひょっとしてぜんぶヒギンズなんじゃないかと思うほどだ。そんなヒギンズの出す音で、1曲目「イエス・アイ・キャン、ノー・ユー・キャント」がはじまる。8ビート・ナンバーで、リズムにラテン・シンコペイションが効いていて、しかもブルーズ。

 

ってことはこのリー・モーガンの自作は、数年前の「ザ・サイドワインダー」の系譜に乗ったものということになるよ。いやあ、カッコイイ。二番手で出るリー自身のソロもブリリアントで聴きごたえがあるし、ハロルド・メイバーンもファンキーに鍵盤を叩いている。マッコイ・タイナーっぽくない。ソロだけでなく、ホーンズのソロ背後でのハロルドのバッキングもいいぞ。それはハービー・ハンコック「ウォーターメロン・マン」以来の同じやりかたなんだけどね。

 

アルバム・ラスト5曲目の「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」も、ラテンな8ビート・ブーガルー・ジャズだけど、これはご存知のとおりスタンダード・ナンバーだ。かなりたくさんのジャズ・ヴァージョンが(歌入り、インストルメンタルともに)あるけれど、どれもぜんぶふつうのジャズであって、8ビートのラテン・リズムを使ってあるものなんて、一個もないはず。このリー・モーガンのだけだと思う。

 

そのラテン・アレンジがこりゃまたいいよねと思う。曲じたいは「あなたのことが忘れられない」という未練タラタラの重い曲想なんだけど、リズムに軽いブーガルー風香を効かせ、またモーダルな演奏解釈を施したことで、結果的にさわやか感が漂い、原曲の持つ未練味なんかどっかに消し飛んでいる。クールな清涼感があって、まるで炭酸飲料みたいな「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」。

 

あれれ〜っ?ってことは、やっぱりジョン・コルトレインのジャズっぽい感じなのかなあ、曲「ザ・ジゴロ」だけじゃなくて、このアルバム全体がさ。なんかそんなふうに思えてきちゃった。トレインはモーダルな作曲・演奏はやっても、ここで聴けるリー・モーガンのみたいに鮮明なラテン・ビートを(直截的には)使わなかったと思う。だけど、この漂う雰囲気がコルトレイン・ジャズっぽく思えないでもない。そんな気もしてきた。どうなんだろう?

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