元祖シンガー・ソングライター 〜 楽しくのどかなファッツ・ウォーラーの世界
https://www.amazon.co.jp/dp/B000J3F7GU/
『ジ・エッセンシャル・コレクション:ファッツ・ウォーラー』という CD 二枚組がある。この『ジ・エッセンシャル・コレクション』シリーズは英国のウェストエンドというところが展開している、戦前の古典ジャズ・メンのアンソロジー。どれも二枚組で、ベスト盤みたいなもんだね。ファッツ・ウォーラーも全体数が膨大になるため、聴きかえすのはたいへん。ふだん聴きには二枚組程度でじゅうぶん。
『ジ・エッセンシャル・ファッツ・ウォーラー』には1927年から42年までの(ファッツは43年没)計52曲を収録。だいたいこんなもんで概観だけならオッケーなんじゃないかな。代表曲はほぼぜんぶ入っている。そう、代表曲と言ったが、ファッツのばあいはこのことばがよく似合う。自作ナンバーの多いひとだから。
有名他作曲もやるけれど、自分で書いた曲が多く、それを自分で演奏しながら歌うっていう、そんなファッツは、いわば(アメリカ大衆音楽界における)シンガー・ソングライター第一号と言える。元祖 SSW、そんな存在だよね。むろん、アメリカ南部でギター弾き語りをやるフォークロア的世界のことはいま外して考えている。ちょっと音楽の種類も違うんだし、それらは「自作」とも言いにくい。
ポピュラー・ミュージックの世界で SSW というか、自分で歌うものは自分で書くのだという発想が一般化するのは、たぶん1960年代のビートルズ以後じゃないかと思う。ロックでも、それ以前の、たとえばエルヴィス・プレスリーなんかは他作曲ばかり歌っていた。しかしだいたいみんなギターだよね。ロック界でピアノを弾く SSW っていうと、ビリー・ジョエル、エルトン・ジョンあたり?あ、いや、もっと前にリトル・リチャードがいるか。
まあでもすくないよね。それにピアノで弾き語る SSW というと、女性のほうが多いように思う。ジャズとその周辺に限定すればクリオ・ブラウン、ネリー・ラッチャー、ローズ・マーフィーとか、そのへんかな。そしてここまで書いた全員の総先輩格にあたるのがファッツ・ウォーラーなんだよね。
だから、ピアノやオルガンの腕とかなんとかいうよりも、音楽史全体におけるファッツの重要性、意義とは、<自作自演>をはじめてやって世界を確立した第一人者っていうところにあるんじゃないかとぼくは見ている。それにファッツの自作曲はチャーミングなのが多い。「ハニーサックル・ローズ」「エイント・ミスビヘイヴン」「キーピン・アウト・オヴ・ミスチーフ・ナウ」「手紙でも書こう」「嘘は罪」などは有名どころ。これも有名な「ブラック・アンド・ブルー」は、ファッツ自身の録音がない。
「ブラック・アンド・ブルー」を未演であることと関係あるかどうかわからないが、ファッツの録音集を聴いていると、ずいぶん楽しいフィーリングでやっているよねえ。例外なくぜんぶそうだ。しかものんびりのどかで、ほがらかな感じだ。心がけてそうやっていたんじゃないかと思える。愉快でふざけるような感じ、すなわちジャイヴ感覚もたっぷりある。
この点、つまりファッツをジャイヴ・ミュージックと結びつけて言っているひとがあまりいないんじゃないかと思うんで、ぼくは強調しておきたい。ファッツの音楽にはジャイヴ感覚が横溢しているってこと。だからクールだ。うん、間違いない。愉快で楽しくふざける、まさに音「楽」、それがファッツの世界だね。だから、肌が黒いのが悪いんだろうと泣くような(ホットな)曲は、書きはしてもやらなかったのかもしれない。
ぼくは長年そういった世界が苦手だった。シビアなハードさ、切り口鋭いエッジの尖った感じの熱い音楽が好きだったんだよね。のどかで厳しさなんかなさそうなファッツの音楽は、だから主にピアニストとしての腕前に耳を傾けるというような接しかたをしていたわけ。愚かだったなあ、ぼくは。ファッツの世界を理解できていなかった。
自分も歳とって、それでようやくファッツのこんななごやかで落ち着いた世界が本当にすばらしいと心から実感できるようになったのかもしれない。それで今日こんな文章を書いている。
※ 参考アルバム(ぼくの持つ『ジ・エッセンシャル・コレクション:ファッツ・ウォーラー』はこれじゃないけど)。
https://open.spotify.com/album/5fsLHfEdum0RWT4NhCcLjz?si=5RvcduYFTBujm_w6J7pwRA
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