ファッツをやる1955年のサッチモとその時代
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(オリジナル・アルバムは9曲目まで)
ルイ・アームストロングのコロンビア盤『サッチ・プレイズ・ファッツ』(1955)。以前書いた『プレイズ W. C. ハンディ』と同時期のアルバムでメンバーも同じ。ところで、サッチモとファッツ・ウォーラーは同時代人だけど、ファッツは1943年に亡くなってしまっている。それでトリビュート盤みたいなものをコロンビアが企画したってことなんだろうね。
内容的にも『プレイズ W. C. ハンディ』と『サッチ・プレイズ・ファッツ』は重なるところが多い、というか本質的に同一で、だれか特定のひとりの作家のソングブックをとりあげて、それを1950年代なかばのサッチモのレギュラー・バンドなりのやりかたでこなしてみせたという、そういったものだよね。ハンディをやるかファッツをやるかだけ。ファッツはシンガー、プレイヤーでもあったという大きな違いはあるけどね。
『サッチ・プレイズ・ファッツ』収録の九曲は、過去にサッチモ自身がやっていたものが多い。「スクイーズ・ミー」(1928)「エイント・ミスビヘイヴン」(29)、「ブラック・アンド・ブルー」(29)、「ブルー、ターニング・グレイ・オーヴァー・ユー」(30)、「キーピン・アウト・オヴ・ミスチーフ・ナウ」(32)と、すべてオーケー(コロンビア系)録音があって、当時レコード発売もされている。
ってことは、1955年に『サッチ・プレイズ・ファッツ』を企画したコロンビアとしても、レパートリーの約半分が同社系原盤ですでにレコードもあるんだということは織り込み済みだったはず。いま2019年に聴くぼくらだってどうしても比較してしまうってもんだよね。それで実際そうしてみたけれど、いくつか発見があった。
まずサッチモのトランペット(というかこのひとはコルネットなんだけど)のサウンドは、やはりオーケー時代のほうがブリリアントだ。時代が古いせいの録音状態なんかまったく問題にしない輝きは、1955年にはやはりちょっとだけ鈍っていると言わざるをえない。しかし戦前のオーケー録音ほどは日常的に聴いていない『サッチ・プレイズ・ファッツ』を今回久々に聴きかえし、おりょ?あんがいかなり見事じゃないかと惚れなおしてしまったのも事実。
だからサッチモは1920年代後半こそがピークで、第二次世界大戦後なんてお話にならないよなどという世間の一部で流布している言説は真っ赤なウソだなと、今回確信するに至った。歳をとってトランペット吹奏を医者に禁止されるまで、サッチモの音の衰え、鈍りはあまりなかったというのが事実だったろうと思う。それに『サッチ・プレイズ・ファッツ』は1955年だからね、まだまだ立派だ。
ヴォーカルの味はといえば、こっちは断然戦後録音のほうが魅力を増している。これもあまり歳をとると声の質じたいが衰えてしまうもんだけど、それほどでもない年齢ならばキャリアを重ねた結果味わいに深みとコクを増すというものだろう。サッチモがファッツを歌っているのだって、戦前のオーケー録音ヴァージョンと同じ曲を『サッチ・プレイズ・ファッツ』とで比較すれば、歌の魅力は後者のほうがずっと上だ。間違いない。
年輪を重ねムダな肩の力の抜けた余裕も感じられる1955年のサッチモ版ファッツ。ゆったりくつろいでいるようなフィーリングで、昨日も書いたがもとからのんびりのどかなフィーリングを持っているファッツの曲のそんな魅力を中年サッチモがさらにいっそう増幅しているとでも言ったらいいか、そんなリラクシングな感じがあって、『サッチ・プレイズ・ファッツ』は極上の良質さ、心地よさだ。
しかし年輪とかキャリアを重ねたからとか、そんなことだけではないものがこのアルバムにはある。それはところどころロックっぽい8ビートになっている箇所が聴きとれるということだ。特にドラマーのバレット・ディームズが、ことにスネアをバンバン!と大きく強く叩くことで表現しているもの。基本、2か4ビートを基調としながら8ビートっぽさを加味しているんだよね。
このことにかんしては二点考慮しないといけない。一つは、8ビート・シャッフルはむかしからジャズの世界でもわりとふつうにあって、そんなものめずらしいものじゃなかったということ。特にブルーズをやるときはジャズ・メンもシャッフルになりやすいし、そうでなくとも1930年代からデューク・エリントン楽団も8ビート・シャッフルは使っている。『サッチ・プレイズ・ファッツ』の、特にトラミー・ヤング(トロンボーン)の背後でバレット・ディームズが叩いているのも同じパターンだ。
もう一点。やはり、1955年という時代だったんだなとぼくは思う。ちょうどロックンロールが台頭しはじめていた時期じゃないか。もちろんファッツ曲集をやるサッチモとそのバンドがロック・ミュージックを「意図的に」意識したとは思わない。だけど、音楽でもなんでも、文化って同時代的共振ってものがあるんだよね。それは本人たちだってコントロールできないものだ。同じ時代の空気を吸っているというのはそういうことじゃないかな。
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