自作自演のビートルズ『ア・ハード・デイズ・ナイト』
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初期はカヴァー・ソングも多かったビートルズですけど、アルバムの三作目『ア・ハード・デイズ・ナイト』(1964)で初の全編自作曲となりました。ビートルズの一般的なイメージは、やはり有名オリジナル楽曲でできあがっていると思うんですが、このアルバムがはじめてだったんですね。といってもこの次の『ビートルズ・フォー・セール』にもその次の『ヘルプ!』にもロックンロール・カヴァーが数曲あります。でも『ア・ハード・デイズ・ナイト』で新たなソングライティング領域に踏み出したと言えるはずですね。
アルバムの13曲すべてがレノン・マッカートニー・コンビの自作曲である『ア・ハード・デイズ・ナイト』における曲づくり上の特色は、このソングライター・コンビがまだ名目だけのものじゃなく実体機能しているというところ。そしてそれだけじゃなく、このアルバム以前と比較して、曲づくりの著しい成長を聴きとることができるというところ。さらに、ラテン音楽要素が強く感じられるというところ。この三つをもってこのアルバムの色が決まっています。
『ア・ハード・デイズ・ナイト』にはジョンとポールのツイン・リード・ヴォーカルの曲が三つもあります。1「ア・ハード・デイズ・ナイト」、3「イフ・アイ・フェル」、13「アイル・ビー・バック」。このうち1と3は特筆すべきソングライティングとできぐあいです。
1「ア・ハード・デイズ・ナイト」は A メロ部をジョンが歌い、サビはポールという構成。その入れ替わり具合も絶妙ですし、ツイン・リードといい二名の声の違いの活かしかたといい、レノン・マッカートニーのコンビ二名で練った曲づくりだとよくわかります。名義だけそのままに単独で曲を書くことばかりになっていくレノン・マッカートニーですが、この時点ではまだ実質的なコンビでした。なお、この曲でもリンゴがボンゴを叩いていますよね。地味で目立たないですけれども。
3「イフ・アイ・フェル」はとても美しいメロディを持っています。しかもこのきれいな旋律にはリードがありません。終始ジョンとポールのハーモニーで進み、どっちが歌っているのも主旋律ではありません。主旋律がないんですよねこの曲には。ジョンとポールはどっちもリードじゃありませんしどっちもサイドじゃありません。二名が同じ比率でこのハーモニー・ヴォーカル・ナンバーを歌っているわけなんです。こんな曲はほかにたぶんないかも。ふつうメイン・パートがあるでしょ。これもタッグで考えた曲づくりに違いないとわかります。
そんな「イフ・アイ・フェル」みたいなのは例外的な美ですけど、ふつうのヴォーカル・ハーモニーならこのアルバムでどんどんたくさん聴けます。実はそんな部分も後年どんどん減っていくことになり、デビュー期は三声ハーモニーの美しさが売りだったバンドなのに、それがなくなっていきます。そういう点でふりかえっても、『ア・ハード・デイズ・ナイト』は一つのピークだったかも。
ハーモニーはどんどん聴けるので、このアルバムにあるラテン傾向曲でももちろん聴けます。といってもなかにはひとりで歌ってテープ操作でダブル・トラックング処理を施しただけの重層ヴォーカルもありますけど。たとえば4曲目の「アイム・ハッピー・ジャスト・トゥ・ダンス・ウィズ・ユー」はジョージが歌っていますが、この曲のことがぼくはなぜだかすごく好き。たぶん、ギター・カッティングのしゃくりあげるようなリズムにラテン・テイストを感じとっているからですね。いやあ、チャーミングな曲です。
ラテンといえば、続く5曲目「アンド・アイ・ラヴ・ハー」の官能はまさしくラテンのそれですよ。曲想もリズムもサウンドもラテン音楽。リンゴはドラムスを叩かずボンゴとクラベスだけ。ジョージがナイロン弦のクラシック・ギターを弾き、ポールをリードとする四人が夜の妖しい世界をうまく表現しています。これはすばらしい曲ですねえ。ロックっぽさは皆無じゃないですか。
そのほか、10「シングズ・ウィ・セッド・トゥデイ」、11「ウェン・アイ・ガット・ホーム」、12「ユー・キャント・ドゥー・ザット」、13「アイル・ビー・バック」にも、そこはかとなきラテン・ミュージック・テイストを感じているぼく。「アンド・アイ・ラヴ・ハー」みたいのは意識してラテン・ソングを書いたわけですが、それ以外はビートルズみたいなポップス/ロックのグループの音楽のなかにも、生命力の強いラテン性が知らないうちにしのびこんでいるということだろうと思います。
その上、アルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』では、レノン・マッカートニーのソングライター・コンビが名目だけでなく実体としてフル機能して充実していた時期の傑作ですから、意識するにせよしないにせよ、ラテンな音楽要素がうまく溶け込んで、みずからの音楽の一要素としていい感じに活かせたということでしょうかね。
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