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2019/07/19

『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』は名盤だ(何回目)

Miltmileslp

https://open.spotify.com/album/6QV1iyREyud3AGQZxf8Yt7?si=VQ2wZ4cfR1S14j4VCuXYDg

 

いままでもくりかえし言っているんですけど、いっさい無視されたままですし、日本でもアメリカでも世界でもそうなんで、だからこれからもくりかえし言わなくちゃいけません、認知されるその日まで。マイルズ・デイヴィスのプレスティジ盤『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン(クインテット/セクステット)』は、隠れた名盤ですよ。隠れも隠れ、いままでどなたも一度も言ったことがありませんし、ジャズ・ファンの話題にのぼったことすらないですからね。でも内容は極上なんです。

 

極上なのに名盤と言われたことがないのは、たぶんジャズ史的な意味合いが1ミリもないからでしょうねえ。たしかに歴史を変えたとかなんとか、そんな音楽ではぜんぜんありません。そんな世界とはかすりもしません。ですけどねえ、あなた、そんなことばかりに価値を置いて音楽(いや、ジャズのばあいだけ?)の良し悪しを判断するなんて、なんたる貧乏な考えかたでしょうか。くつろげるリラクシングな上質ジャズだって、その上質さに折り紙がつけば、名盤と呼んでいいはずですよ。

 

『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』のメンバーは、いわゆるオール・スター編成で、弱小インディペンデントのプレスティジとしてはかなり張り切った企画だったんじゃないかと思います。録音日の1955年8月5日というと、マイルズはすでにファースト・レギュラー・クインテットを結成していて(この日付だとサックスがソニー・ロリンズ)ライヴ活動もやっていたんですが、そのワーキング・バンドを起用せずにオール・スター編成にしたというわけですね。

 

最大のスターはなんといってもやはりミルト・ジャクスン(ヴァイブラフォン)でしょう。アルト・サックスのジャッキー・マクリーンも1955年なら若手実力派として人気が出ていたころです。マイルズはミルト、ジャッキーともに、もっと前から自分のレコーディング・セッションで起用していますよね。その成果もグッドなので引き続きということだったのでしょう。

 

リズム・セクションも特筆すべき編成です。レイ・ブライアント(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)。アートはこのころプレスティジ・レーベルのハウス・ドラマーのような位置にいました。パーシーはミルト同様 MJQ から(プレスティジのセッションでは多いケース)。しかしピアノのレイこそ、このセッションのキー・マンなんですね。

 

ブルーズに土台を置くしっかりとした素養を持ちながら、ドライヴするビ・バッパーであり、かつ(やや女性的に)繊細に、デリケートに、リリカルに演奏できるレイ・ブライアントは、ちょうどこの当時マイルズが進もうとしていた音楽の方向性とピッタリ一致する資質のピアニストです。実際、このアルバム『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』でも、決してソロ時間は長くありませんし目立ちませんが、各人の背後での堅実なサポートぶりには目を(耳を?)見張り(聴張り?)ます。ソロもいいです。

 

そんなような資質のモダン・ジャズ・ピアニストといいますと、トミー・フラナガンもいますよね。トミーもマイルズといっしょにやればちょうどいい旨味に仕上がるというのは、やはりプレスティジ盤である『コレクターズ・アイテムズ』B 面で証明されていること。それなのにトミー・フラナガンといいレイ・ブライアントといい、どっちもマイルズのレコーディングには一日しか呼ばれなかったのが不思議なような気もしますが、すでにレッド・ガーランドがレギュラーの座におさまっていたからでありましょう。

 

さて、『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』。「クインテット/セクステット」のことばがアルバム題の一部になることもあるのは、計四曲のうち、アルトのジャッキー・マクリーンが二曲にしか参加していないため、六人編成と五人編成の曲がふたつづつでアルバムが構成されているからです。1955年8月5日にはその四曲しか録音されていませんが、A-1、B-1の二曲がセッションの前半部で、ジャッキーが参加したもの。ここでなんらかの理由があって帰ってしまったみたいですよ。だからほかの二曲を残された五人で仕上げたわけです。

 

アルバム最大の聴きものは二曲あるブルーズ・ナンバーです。A-1「ドクター・ジャックル」(ジャッキー・マクリーン作)、B-2「チェインジズ」(レイ・ブライアント作)。特に「ドクター・ジャックル」が絶品ですよね。かなり見事なジャズ・ブルーズ演奏だと言えます。聴き手をトリコにするマジックがここには働いていますよね。

 

「ドクター・ジャックル」のテーマ・メロディの動きを聴きますと、書き手のジャッキー・マクリーンが完全なるチャーリー・パーカー派、ビ・バッパーであると、いまさらながらによくわかります。録音された1955年8月というとバード本人はもはや死んでいましたが、バード直系の弟子格ジャッキーがこうしてその息を継いでいたと言えましょう。しかもブルーズですからね、これは。バードに結合しつつブルーズをやるっていう、つまりセッション・リーダーのマイルズの指向性とも一致する一曲です。

 

しかも「ドクター・ジャックル」で一番手のソロを取るのは、テーマを二管で演奏する二人のどちらでもなく、ヴァイブのミルト・ジャクスンです。ミルトはブルーズが大得意なジャズ・マンでありますし、1955年8月当時、このメンツのなかでは最も成熟していた旨味を持つ演奏家でした。ですから、まずミルトに一番手で弾かせ、その後各人のソロまわしが終わってテーマ合奏に戻る前にももう一回、4コーラスのソロを割り当てているわけですね。

 

しかも「ドクター・ジャックル」におけるそのミルト・ジャクスンのソロがすばらしいのなんのって、こりゃあ超絶品じゃあないでしょうか。こんなに旨味なジャズ・ブルーズ・ソロって、なっかなかありませんよ〜。しかもミルトは、この曲でソロを取るほかのだれよりも強烈にアフター・ビートを効かせています。4/4拍子で四つカウントするなかの2と4に強い強勢を置いていますよね。

 

そのおかげでジャンピーな、というかミルトのソロ部では跳ねる感覚が出ていると思うんです。レイ・ブライアントのピアノ・ソロ部でもそうですが、こういったブルーズ・ダンサーが(ジャズにあっても)いちばん好きなぼくなんか、ホッント〜ッにたまらない快感なんです。おかげでジャズ・ブルーズでもよくある8ビート・シャッフルの感覚に近づいていますしね。その点では、アート・テイラーのドラミングにも着目してほしいです。

 

アルバム・ラストの「チェインジズ」にもすこし触れておかなくちゃ。作者のレイ・ブライアント自身は「ブルーズ・チェインジズ」というどストレートな曲題で再演することも多かった一曲ですが、ちょっと奇妙に1コーラス AAB 形式12小節ブルーズの途中5小節目からはじまりますので、やや面食らいますよね。そのせいか、ストレートなブルーズくささのないナンバーです。

 

ブルージーさ、ファンキーさがないということでいえば、ミルト・ジャクスンが弾きはじめる本編開幕前に、作者自身による非常にリリカルなピアノ・プレリュードが付いていることもそれに拍車をかけています。その部分だけを聴けば、あっ、バラード演奏がはじまるんだなと、そう思いますよね。これに関連してもう一個、アルバム中この曲でだけ、ボスはトランペットにハーマン・ミュートを付けて吹いています。リリカル・マイルズの代名詞的道具ですからねえ。

 

作者本人のピアノ・ソロが三番手で出ますけど、レイ・ブライアントって、ブルーズをやるときはかなりくっさ〜いファンキーさを発揮するというのが一般的なイメージでしょう。でもそれはもっと時代が下っての、たとえばかの1972年『アローン・アット・モントルー』とかで確立されたものです。1950年代の録音を聴くと、リーダー作品なんかでも(たとえばプレスティジ盤1957年『レイ・ブライアント・トリオ』)当時のマイルズに近い、女性的でやわらかいリリカルさが前面に出ています。

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