ウッドストック幻想の崩壊と、太田裕美『心が風邪をひいた日』
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大好きな太田裕美の『心が風邪をひいた日』(1975)。このアルバムのテーマは、ウッドストック幻想崩壊後の失意、失望ということでしょう。それが顕著に表現されているのが、11曲目「青春のしおり」。歌詞は松本隆が書いていて(このアルバムは一曲だけ太田自身の作詞ですけど、ほかはすべて松本)、それにちょっと耳を傾けるだけでもぼくの言いたいことがおわかりのはず。
たとえば一番には「キスがまったく甘くないこと気づいてからの味気ない日々」。二番には露骨に松本の世代が出ていて、まずいきなり「CSNY 聴きだしてからあなたはひとがかわったようね」「みんな自分のウッドストック、緑の楽園を探していたの、夢ひとつづつ消えていくたび、大人になった味気ない日々」とあるんですね。CSNY はシーエスエヌワイと歌われています。
”味気ない日々”は、この曲「青春のしおり」の毎コーラス末尾で出てくるリフレイン・フレーズになっているわけですが、どう聴いても1969年8月のウッドストック・フェスティヴァルに象徴される楽園と夢、楽しさ、にぎわい 〜 こういったバブルがはじけて以後の、そう、バブルでしかなかったと気づいて以後の、あの世代のひとびとの気分の沈みを表現していると思えます。
曲「青春のしおり」は歌詞内容がというだけでなく、曲調もしっとり暗く哀しげなもので(作曲は佐藤健、このアルバムでは筒美京平の曲が多く、その次が荒井由実)、考えてみればアルバム『心が風邪をひいた日』というこのアルバム題だって、曲「青春のしおり」三番の歌詞の一節からとられたものなんですね。心の風邪って、鬱・落ち込みっていうことですからね。「季節の変わり目」だから、と歌われています。季節とは時代ということです。
アルバム全体でも、しっとり系の哀しげな曲と歌詞が多いんですよね。最大のシグネチャー・ソングが多幸感に満ち満ちたメロディ・ライン、サウンド、リズムを持つ「木綿のハンカチーフ」なもんですから意外な気もしますが、だいたいこの大ヒット曲だってつらい失恋を扱った内容です。歌詞以外はまったく裏腹で楽しげですけれどもね。
1曲目の「木綿のハンカチーフ」が終わったら、もう太田の歌うのは哀しみ、(心象の)夕暮れ風景ばかり。明るく楽しい歌といえば、7曲目「ひぐらし」と9「銀河急行に乗って」だけです。いや、後者はやや陰かもです。だからアルバム全体のなかではこれらが流れくるとホッと救われたような気分になります。暗闇に一筋の光が差し込んだかのような気分になるんですね。
歌詞は失恋を扱った哀しいものなのに曲はすごく楽しげという「木綿のハンカチーフ」と正反対なのが、6曲目「七つの願いごと」。歌詞内容を聴くと愛のはじまりと成長を扱ったもので、しかし曲はどこからどう聴いてもかなり寂しげ。悲哀に満ちたといってもいいほどの暗さ、影が落ちています。8曲目「水曜日の約束」も同様です。
太田の歌うこういった情緒は、あの時代のいわゆるフォーク&ニュー・ミュージック世代がよく歌っていたあのような特有のものだったかもしれません。リアルタイムではぼくはそういう世代じゃないんですけど、中学生のころテレビジョンでよく耳にしていたようなかすかな記憶がこびりついています。青春とか、青春が終わって大人になって以後は、現実は…云々とか、そんな歌、多かったですよねえ。テレビ・ドラマだって、たとえば中村雅俊あたりが主演してそういったテーマとフィーリングを表現していたような、そんな記憶があります。
いまふりかえってよく考えてみますと、それらはだいたい1970年代前半あたりのものでした。そのことと、音楽アルバム『心が風邪をひいた日』全体を貫くこのしっとり系の色調と、太田裕美や作詞作曲製作陣の世代を考えるとき、やはりどうしても<ウッドストック=楽園>への礼賛が消え崩壊して以後の、アメリカでもそうでしたがたぶん日本の音楽家たちのあいだにもあった失望感、暗く落ちんだ気分、ふわふわ浮ついた気分はもう終わりだ、これからは大人になってつらい日常を歩んでいかなくちゃいけないんだという、諦観というか現実感 〜〜 こういったことがはっきり下敷きになっていたと思うんです。ぼくはその一個下の世代ですので、的外れな意見かもしれませんが。
太田裕美自身の性格にはそんな部分はあまりないそうで、あっさりさっぱりした人物だそうです。太田の Twitter アカウントをフォローしてふだんから読んでいるんですけど、たしかに太田のツイートする日常は実にあっけらかんとした気持ちのいいものです。女々しくひきずったり、暗く落ち込んだりするのは、すくなくともツイートにはまったく出たことがなく、その正反対の印象です。
そんな太田は、歌手としても同様の持ち味だと言えましょう。書いてきたような暗く哀しい内容のアルバム『心が風邪をひいた日』ですが、落ち込みすぎない救い・光となっているのは、太田のさわやかでさっぱりした歌い口なんですよね。「青春のしおり」「袋小路」「夕焼け」「かなしみ葉書」「水車」など、そういったしっとり系ナンバーの数々でも、太田は歯切れよく発音しさっぱりと歌いこなしています。だから結局アルバム『心が風邪をひいた日』はいい後味を残してくれます。そして、失恋を歌った哀しげボサ・ノーヴァ風味な「わかれ道」で幕を閉じるんですね。
曲「木綿のハンカチーフ」については、以前くわしく書きました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-68fa.html
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