ジョアンのギターと声こそがボサ・ノーヴァだった
ジョアン・ジルベルトが亡くなったというニュースが今朝起きたら Twitter のタイムラインをかけめぐっておりました。88歳という年齢と、近年は活動していないような感じでしたので、そろそろ危ないのかなとは思っていましたが、いざ訃報に接するとやはりガックリきてしまいます。それで何枚かジョアンのアルバムを聴きかえしていましたが、個人的にいちばんのお気に入りで、かつ嗜好を超えて最高傑作なんじゃないかと思うものについて、簡単にメモしておきます。
それは1973年の『ジョアン・ジルベルト』(『三月の水』という邦題で日本盤もあるようです)。これ、いいアルバムなんですよねえ。どこがいいって、簡単に言えば、思わず息が止まりそうになる静けさと緊張(© 松山晋也さん)ですね。と同時に、けっこう激しいスウィング感を内包しているところもぼく好み。後者のスウィング感が内在しているというのは、主にジョアンのギター演奏に感じることです。それとヴォーカルとのクロス・リズムかな。
アルバム『ジョアン・ジルベルト』は、ほぼジョアンの声とギターですけど、ハイ・ハットを演奏する音も入っています。だれかドラマー(じゃないかもですが)が参加しているんでしょうね。最後の曲で聴こえる女声といい、いったいだれなんでしょう?ぼくの持つのはブラジル PolyGram 盤できわめて愛想がなく、そのへんのことはいっさいどこにも記載がありません。
まあでもだいたい九割程度はジョアンひとりでの弾き語りとしていい内容でしょうね。一曲目の「Águas De Março」(アントニオ・カルロス・ジョビン)からして軽快ですが、このギター演奏が特筆すべきものだと思うんです。この曲では声というか歌のほうはあまり重視していません。ギターで細かい譜割をコード・ワークで刻んでいくジョアンの凄腕にうなります。
https://www.youtube.com/watch?v=keZulqPcPag
特にいいな、すばらしいなと感じているのが、インストルメンタルな3曲目「Na Baixa Do Sapateiro」(アリ・バローゾ)を経ての、5〜7曲目の三連発。いやあ、実にすんごいスウィング感、いや、ドライヴ感です。ここらではヴォーカルも見事な絶品です。5「Falsa Baiana」(ジェラルド・ペレイラ)、6「Eu Quero Um Samba」(アロルド・バルボーザ)、7「Eu Vim Da Bahia」(ジルベルト・ジル)。
https://www.youtube.com/watch?v=MIwV1aMtmbs
https://www.youtube.com/watch?v=VN_72vMS1ys
https://www.youtube.com/watch?v=VmFINS_u2rs
どうです?もう痛快とすら言えますね。これら三曲はすべてサンバ楽曲なんですけど、ジョアンの手にかかるとものの見事にボサ・ノーヴァ・ナンバーに変身しているから驚きます。その際のキー・ポイントとなっているのがやはり彼のギター演奏だと思うんですね。ジョアンのギターが奏でるコード・ワークでつくるこのリズム。これこそがボサ・ノーヴァだったと思うんです。
ジョアン以後はみんなが真似するようになったギターの弾きかたなので、ぼくらはなんとも思わないっていうか、まぁあたりまえのものじゃないかくらいに聴いているかもって思うんですけど、新旧サンバ楽曲をとりあげてこんなふうに、こんなリズムで、弾いてみせるというのは、ジョアンが史上はじめてやったことです。ボサ・ノーヴァのアイデンティティを創出しました。
声の存在感や歌のうまさ(特に発声とリズム感覚)もあわせ、ジョアンのギターとヴォーカルこそがボサ・ノーヴァでした。なにをとりあげ演奏し歌ってもジャズになるというのがサッチモことルイ・アームストロングの偉大さでしたが、つい今朝方まで生きていたジョアン・ジルベルトは、ぼくの世代でもそんな大きな音楽家の存在をリアルタイムで実感できていた、稀有な天才でした。
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