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2019/07/04

ギターのごとく

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https://itunes.apple.com/jp/album/dis-is-da-drum/14450271?l=en

 

歌手やギターリストや管楽器奏者などは、ステージ前方まで出て、観客にアピールしながら演唱できますよね。簡単に言えば目立つことができるっていうことです。特にハンド・マイクを持つときの歌手とエレキ・ギターリスト(は最近、無線で音を飛ばすこともできる)かな。これがドラマーや鍵盤楽器奏者ともなれば据え置きのものを演奏するわけですから、そんなことは不可能。

 

ドラムスやアクースティック・ピアノを演奏するばあいはいまでも同様ですが、鍵盤楽器奏者が電子キーボード、シンセサイザーをやるときは、写真のハービー・ハンコックのようにショルダー・ストラップを使って、まるでエレキ・ギターのように抱えて、ステージ最前列にまで出て演奏することもできるようになっています。これは当人たちにとって、ライヴ・シーンでは大きなことなんじゃないかと思うんですね。

 

どんな楽器奏者でも、バンド(できればオーケストラ)をバックに従えて、最前列で堂々とカッコつけて歌いたいみたいな根源的な潜在欲求があるんじゃないかとぼくはにらんでいるんですけど、電子鍵盤楽器奏者のばあいは、それがいまや可能となったわけですね。ハービーのばあいでもほかの奏者のばあいでも、ぼくは生でも動画でもなんどか観ています。

 

すると当人たちは実に楽しそう。たとえばロック・コンサートなんかで、歌手、複数のギターリスト、ベーシストなどがステージ前列でズラッと並び、競い合ってジャムっている光景がよくありますね。そうはしないハービーだって、やろうと思えば可能なわけです。そして歌手やギターリストのように、ハービーも演奏に気持ちが入ってポーズをとったり顔で表情をつくりながら弾いたりします。ステージ前列に出てきて歩いたりしながら弾くこともあります。

 

もちろんやりながら表情が豊かになるのは、後方で据え置き型楽器を演奏していたってみんなそう。でもそれは感情の自然な発露であって、ステージ前列で観客にアピールするようにショウアップするということではなさそうです。ステージ最前列での歓悶の表情だって、ショウアップじゃなくてそれも自然に気持ちが入っているだけでしょうけど、やっぱり意味合いが違っていると思うんですね。

 

なんといってもエレキ・ギターがライヴ・シーンで活躍するようになって以後ですよね、そういったステージングがあたりまえのものになったのは。というとこれも1960年代のロック・コンサートからそうなったのでしょうか。そりゃあステージ最前列で棒みたいな楽器を紐で抱えた人間や歌手が複数、一列に並んで顔を歪めながら必死でやっているさまは見ごたえがありますよ。

 

ピアニストやその他鍵盤楽器奏者のばあいは長年それができませんでした。ハービーがライヴで使っているああいったギター型のシンセサイザーがいつごろから発売されるようになったのか、調べてみないとわからないですが、ステージングが一変したと思うんですね。まるでエレキ・ギターリストのごとくシンセサイザーを抱えて、前に出てフロントで弾きまくるハービー。カッコイイし、ぼくは好きです。なんたって本人が楽しいんですから。

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