坂本冬美「君こそわが命」
https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=e95HvCh_SEKMS4TaJ8AQcw
スチャラカさんじゃないけれど、まさに「坂本冬美ばっかり聴いとります」状態のぼく。昨2018年12月リリースの最新アルバム『ENKA III 〜 偲歌』があまりにもすばらしいからですけど、なんどもなんどもくりかえし聴くうち、最後のほうにある二曲「望郷」「君こそわが命」がどんどん沁みてくるようになっています。いやあ、なんなんですかこの二曲は。すごいじゃないですか、冬美。
みなさんにはたぶん「望郷」こそいちばん沁みる一曲ということになるだろうと思います。たしかにすばらしい。ファドと演歌の合体で、しかも重たかったり暗かったりとはならず、ENKA シリーズのなかにある、らしい軽みというか、ソフト・タッチを失っていないですよねえ。冬美の声の出しかた、歌いまわしも「望郷」では実に見事で、この哀切感の極致みたいな歌詞内容をとてもていねいに表現しています。
がしかし、ぼく個人にとってはアルバム・ラストの「君こそわが命」こそがすばらしく沁みる最高、至高のものなんです。歌詞川内康範、曲猪俣公章、初演歌手水原弘というこのワン・ナンバー(1967)を、冬美は極めすぎずやわらかさを保って、やさしくやさしくデリケートにデリケートに綴っていますよね。なんたってこの歌詞ですよ。川内康範って、こんなにもすごい歌詞を書くひとだったんですねえ。いやあ、すごいとはわかっていましたが、ここまでとは。
しかも、この歌詞はぼくのことじゃないですか。ぼくのことを歌ってくれているじゃないですか。あんまりにも沁みすぎるので、ちょっとご紹介しておきます。『ENKA III 〜偲歌』の冬美は3コーラス全部を歌っています。YouTube でさがすといくつも出てくる、テレビの歌番組での水原弘は1、3番とツー・コーラスを歌っているものばかりですね。
あなたをほんとはさがしてた
汚れ汚れて傷ついて
死ぬまで逢えぬと思っていたが
けれどもようやく虹を見た
あなたの瞳に虹を見た
君こそ命、君こそ命、わが命
あなたをほんとはさがしてた
この世にいないと思ってた
信じる心をなくしていたが
けれどもあなたに愛を見て
生まれてはじめて気がついた
君こそ命、君こそ命、わが命
あなたをほんとはさがしてた
そのときすでに遅かった
どんなに、どんなに愛していても
あなたをきっと傷つける
だから離れて行くけれど
君こそ命、君こそ命、わが命
ピアノも弾いている坂本昌之のアレンジだって絶品ですが、なんといってもこの曲では冬美の声の出しかたですね、すごいのは。初演の水原弘は男性ですが、女性である冬美が歌っても違和感のない歌詞内容ですから、冬美は長い長い人生の終幕でようやく見つけた運命の相手を、大切に大切に、ていねいにていねいに、扱うように、そっとやさしくフェザー・タッチの手ざわりで、綴っています。しかも表情がきわめてデリケートで、しかも豊かです。
三番の「そのときすでに遅かった」の「遅かった」部分なんかでの声質変化なんか、絶妙のひとことじゃないでしょうか。冬美(や水原弘もそうですが)の歌う「すでに遅かった」は、絶望や諦観ではありません。遅かったけどやっと君を見つけたという喜びなんですからね。冬美の声にポジティヴなトーンがあるでしょう。
ですからこそ、近づかず「離れて行く」、距離をとっていくんだけど、君をこそ愛している、君こそがぼくの命なのですから、やっと見つけたこの愛をなくさないように、そのために離れていく、たぶん相手には、ぼくがあなたを見つけたということを気づきすらされていない、が、それでいい、伝わらなくていい、ぼくは君こそが命なんだから、遠く離れて、ずっと愛し続けていくという。
そんな歌ですよね。冬美のヴァージョンをなんども聴いて感極まってしまいまして、水原弘のヴァージョンは Spotify でさがすと1967年2月発売のオリジナル・シングルがありましたので、聴きました。YouTube で歌番組出演の際のものだって聴きあさりましたが、水原弘のどれにも、この冬美の歌以上の「君こそわが命」はありませんでした。初演(は実は他の歌手との競作ですけど)の水原弘でもここまでの深い表現はできていないと思うんですね。いちおう、彼の初演ヴァージョンをご紹介しておきます。
https://open.spotify.com/track/1sv35TVF69HUSAX5m2O3Ig?si=E0vpQ_TOSzCLOj5fsFr26w
ぼくも57歳にしてようやくこんな歌に出逢えました。これからも、つらいことがあったとき、しんどい思いをするときには、この坂本冬美の「君こそわが命」を聴いて生きていきたいと思います。それほどの、人生の支えになる歌ですよ、これは。
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