ブルーズ新作二題(1)〜 社会派なメイヴィス・ステイプルズ
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ベン・ハーパーがプロデュースしたメイヴィス・ステイプルズの新作『ウィ・ゲット・バイ』(2019.5.24)は、聴けばわかるようにブルーズ・アルバムです。それもかなりヘヴィでシリアスな社会派メッセージを歌詞で投げかけていますよね。収録曲はすべてベンが書き、伴奏陣は近年のメイヴィスのツアー・バンドをそのまま起用して、ギター+ベース+ドラムスにバック・コーラス隊というシンプルさ。
メイヴィスの『ウィ・ゲット・バイ』がブルーズ・アルバムだっていうのは、主に楽曲形式のことをいま念頭においているんですけど、つまり AAB12小節3コードやその変形が実に多いなと思うんですね。でもそれだけじゃありません。もともとはパーソナルというかプライヴェイトな日常のフィールを表現する音楽であるブルーズがときに持ちうる射程の広大さ、すなわち社会性を、このメイヴィスの新作は最大限にまで発揮しているなと思うんです。
ですから、このアルバムで聴けるブルーズに、憂鬱そうに沈んでいるブルーなフィーリングのものはありません。強く気高く投げかけるポジティヴィティさこそが前面に出ていますよね。なかにはもちろんダークというかヘヴィなシリアスさを表現した曲もあります。5「ヘヴィ・オン・マイ・マインド」(ギター伴奏のみ)、7「ネヴァー・ニーディッド・エニイワン」がそうです。がしかしそれらも落ち込んでいるように聴こえても、決して捨て鉢になっているわけではありません。
これら以外の曲では、ブルーズ・ミュージックの持つぐいぐい歩む推進力を利用して、メイヴィスの(&ベン・ハーパーの)伝えたいことばを強く拡散しようという前向きの姿勢と、威厳と、誇りに満ちているように聴こえるんですね。メイヴィスらが言いたいことは、いまのアメリカ社会が持っている問題を解決すべく、もう一回 change が必要だ、ぜひチェインジを!という、つまり要はサム・クック的メッセージなのだと思えます。
実際、change というワードは、このアルバム中1曲目「Change」、ラスト11曲目「One More Change」という曲題になっているばかりか、はさまれているほかの曲の歌詞のなかにも頻出しているんですね。つまり、簡単でシンプルなメッセージなんですけど、そのシンプルな真摯さはブルーズを演奏するサウンドの(スカスカな)シンプルさと、年齢でも衰えないメイヴィスの声の張りと強さで担保されていますよね。
かなりヘヴィでシリアスなメッセージをシンプルなサウンドに乗せて届けたい、というのは近年のメイヴィスがずっとやってきていることですが、"We can't trust that man"(4「ブラザーズ・アンド・シスターズ」) と歌われるドナルド・トランプ政権が誕生して以後、それがいっそう加速しているように思えます。この曲のなかでは "we belong to each other" とも歌われているんですね。
ブルーズとは共感の音楽。分断があおられるいまのアメリカだからこそ、あえて信頼と連帯を強調するメイヴィスの音楽は重要性を増しています。決して人間的協調をあきらめないこの歌手のこういった音楽的姿勢こそ、いまの日本に住むぼくたち向けにも届けられる意味があるなあと実感するんです。
(written 2019.7.31)
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