マイルズの『ビッチズ・ブルー』、真夏生まれ
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人間でも「わたし夏生まれだから…(こういう人間だ)」みたいなことを言うじゃないですか。音楽作品でもそういったことがあるんですかね。夏に録音されたものはどうだこうだみたいなことが。あるかないかわかりませんけれども、1969年8月ど真ん中(8/19〜21)に録音されたマイルズ・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』は、夏向けの音楽ですよ。真夏に聴くとこれ以上ないピッタリ感です。
なずなんたってこのジャケット・デザインが完璧な夏仕様じゃありませんか。黒人男女がほぼ全裸で夏の海に向かっているという。しかもその左には熱帯植物。その上に汗をかいた黒人の顔。正面に海と波と青空。これが夏でなくていつだというのでしょう。ジャケットのデザインを担当したのはマティ・クラワインですが、録音済みだった音楽を聴かせてもらっての判断だったに違いないですね。ダブル・ジャケットを開くと、こんなマイルズの写真もありますし↓
そんな『ビッチズ・ブルー』の音楽のこの、なんというかアトモスフィアが、これまた真夏の空気感満載ですよね。うまく言えないんですけど、こう、夏っぽい解放感のある突き抜けた、はじけるような音楽ですよねえ。特に曲「ビッチズ・ブルー」「スパニッシュ・キー」「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」で、そんなフィーリングをぼくは強く感じます。
真夏ど真ん中にレコーディング・セッションが企画されたために夏向けの曲というかモチーフをマイルズやジョー・ザヴィヌルやウェイン・ショーターが用意した、ということはないでしょう。スタジオでのレコーディングの前からレギュラー・クインテットのライヴではくりかえし演奏されていたものも多いし、そもそも一年以上前に録音済みだったものの再演だったりしますのでね。
だから仕上がりがこんなにも真夏向けのオーラをまとうことになったのは、やっぱりひとえに演奏そのものが八月の暑いさなかに行われたからだということに原因のすべてがあるに違いありません。マイルズが自叙伝でふりかえって言うには、『ビッチズ・ブルー』になった三日間の音楽は、要はすべてが即興である、その場で組み立てたものであるとのこと。
真夏のスタジオ・セッション現場でのインスタント・コンポジションにかなりの部分を負っている音楽だから、ここまでのサマー・ミュージックになったのだということなんでしょうね。スタジオがあったニュー・ヨークの真夏は東京のそれよりは過ごしやすいと思うんですけど、それでも1969年8月19〜21日は猛暑だったそうです。スタジオに空調が効いていたとしても、真夏の季節感をミュージシャンたちも持って入って参加したはずです。
夏の文化的特徴は、上でも書きましたが解放感、すなわち感情の自然な発露を抑制しないこと。突き抜けた青い躍動感。激しさ。フィーリングの爆発、すなわちフェスティヴァル(お祭り)感覚の荒々しさ。といったところでしょうか。こんなこと、すべてアルバム『ビッチズ・ブルー』の音楽をかたちづくり彩っている要素じゃないですか。
『ビッチズ・ブルー』で聴けるこんな音楽は、やっぱり真夏の演奏だからこそ生まれたと言えると思うんですね。そしてぼくたちが聴く際も、真夏の陽天のもとで汗をかきながら聴くようにすれば、いっそうこのアルバムの音楽の躍動的なフィーリングを身近に実感できるというのが、約40年間聴き続けてきてのぼくの感想です。
真夏生まれの『ビッチズ・ブルー』、まさに夏に聴いたらピッタリ来る音楽じゃないでしょうか。ちょっと暑苦しいけど、汗をかいて結果さわやかになるというようなフィーリングを、音楽で味わうことができますよ。
(written 2019.8.13)
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