こころのなかの A 面 B 面
アナログ・レコードを聴くことはもうなくなりました。たぶん今後もずっと聴かないでしょう。でもかつてレコードで聴いていた作品については、やっぱりその記憶が残っているんですね。記憶というか一種の皮膚感覚みたいなもんでして、片面分の再生が終わると、CD でもファイルでもストリーミングでも、自分の心のなかで盤面をひっくり返す作業があるんですよね。ひとつづきでありながら、あ、これで A 面は終わりだな、さあ次は B 面だとか、無意識裡に意識します。
アルバムがそういうふうにつくられていたからっていうのがやっぱり最大の原因ですよね。製作者や音楽家も、A 面 B 面の構成を練りこんで、片面ごとにどんな曲をどんな順序で並べていくか、盤面をひっくり返して B 面になったときどんなのが流れてきたら効果的か、考え抜かれていたと思うんです。だから面ごとの音楽性の違いみたいなものがはっきりありました。
そんな聴取生活で音楽に夢中になった人間なので、レコードで聴いていたアルバムは CD やファイルや配信で聴いても、どうしても心のなかで「あっ、A(B) 面が終わった」とか意識するっていうか、気づいちゃいますよねえ。おそろしいのは、レコードがオリジナルだったアルバムは、CD やネットでしか知らなくたって、面がわかるということです。ピンと来ますよね。
これはそういうつくりになっていたんだから当然と言えます。ひとつづきで流れてくるものを聴くようになって、もう30年にもなるわけですからさすがに慣れて…、っていうことにはならないのが不思議なような、そういう制作上の意図がはっきり聴こえてくるんだから当然というか。もうレコードはぜんぜん聴かないぼくなのに、盤面の境目がわからないなんてことはありません。
ですから、世代の若い音楽ファンのみなさんが CD やネット配信でしかアルバムを聴いていないから A 面 B 面というようなことは自分たちにはないんだとおっしゃるのはわかりますが、しかし肝心の聴く音楽の中身が面ごとに考えて組み立てられていたんだから、どこかで調べて頭の片隅においてあってもいいんじゃないかと思うこともあるんですよね。こういうのはたんなる老婆心でしょうか。
CD 時代になって、またその後ストリーミング時代になって、音楽アルバムのプロデュースはあきらかに変わりました。CD だと最長で80分が一気に流れてきますし、配信だとその制限すらもありません。むかしなら20分程度で一区切りでいったん休憩だったでしょ。それがなくなりましたから、ひとつづきの流れのなかで緩急とか起承転結をつくらないといけません。
だからアルバムというもののつくりかた、捉えかたがかなり違ってきているなとも思うんですよ。この点でちょっとおもしろいと感じるのは、ここ数年音楽アルバムの長さが短めになってきていることです。CD なら最長80分だからそれに近いくらいの中身を詰め込んでいたのがなくなって、最近は30分とか40分とかっていう尺のフル・アルバムが主流になってきています。EP だとかっていうわけじゃありません。アルバムです。
この、アルバムが短くなったという事実は、ぼくの見るところ、たぶんストリーミングで聴くのが主流になったから生じた現象ですね。レコードや CD だとディスクを機器に入れて再生するわけですから、途中で<針を上げる>のに若干の抵抗があったはずです。その手間がわずらわしいというか躊躇するというか。ネットで聴くならそんな気持ちも生じません。それで、このへんまででいいやというのでリスナーも気軽に再生をストップしているんじゃないですか。
Spotify なんかだとそんなデータも記録されていて、音楽家や会社側にその情報が行くらしいんですよね。だから集中して最後まで一気に聴いてもらえる長さはどれくらい?というのでさぐって、アルバムが短くなったんだとぼくは踏んでいるんです。聴かれなかったら意味ないし、再生されないデータを配信サーヴィス側としてもサーヴァーに置いておくのはいやかもしれません。
まあそんなことも、アナログ・レコード時代だと片面15〜25分程度ということで、そこで物理的に再生中断ですから、ちょうどいい息抜きというか気分転換だったかもしれないですね。ジャズ喫茶やぼくがそうだったように、片面が終わったらもう片面は聴かずに別のレコードを乗せるなんてことも自由でした。それでパッと雰囲気が一新されますしね。
ネット聴きとアナログ聴きはちょっと似ている面があるのかもしれません。いやいや、ぼくは CD 民ですけれども。
(written 2019.8.3)
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