エンリッキの世界カヴァキーニョ歩き 〜 ショーロ新作二題(1)
http://elsurrecords.com/2019/07/31/henrique-cazes-musica-nova-para-cavaquinho/
ところでエンリッキ・カゼス(ブラジル)のアルバムって、どうしてどれもこれも Spotify にないんでしょう?これじゃあまるで山下達郎みたいじゃないですか。聴けるのは『ポケット・ピシンギーニャ』と『エレトロ・ピシンギーニャ』だけというに近くて、ピシンギーニャ関連だと解禁になるんですかね?わかりませんが、もったいないことです、この現在最高のショーロ・カヴァキーニョ奏者の音楽をシェアできないじゃないですか。
まあしょうがないです。そんなエンリッキの今2019年最新作が『ムジカ・ノーヴァ・パラ・カヴァキーニョ』で、ショーロのカヴァキーニョを徹底的に追求したような内容になっているんですね。プロデュース意図としてはやや学究的というか、そういった側面も強く持っている音楽家だけに、と思うんですけど、CD をとおして聴くと立派なエンターテイメントになっていて楽しめるのがさすがというかショーロだけにというか。
それでも3トラックだけエチュードが収録されているのがこのアルバムらしいところですね。エンリッキのカヴァキーニョ独奏で、指ならしみたいな練習曲です。曲はエンリッキ自作で、ショーロ・カヴァキーニョの歴史を研究してきた何十年というこのひとのキャリアがにじみ出ている、そんな成果発表みたいなものでしょうか。でも演奏技巧を楽しめるものではあります。
また、アルバム中いちばん長い七分以上ある9曲目が「カヴァキーニョと7弦ギターのためのディヴェルティメント」になっているのも特徴的。ディヴェルティメントとはクラシック音楽用語で、遊奏曲とでもいったところ。これもエンリッキの自作ですが、曲題どおりの二台のデュオで、エンリッキの相手役はジョアン・カマレーロ。3パートで構成されているこれは典雅な雰囲気で、ゆっくりくつろげますね。
その9曲目のディヴェルティメントのクラシカルなデュオ演奏が終わった次の10曲目ではパッと世界がひらけて、特にヴァイブラフォンのサウンドも入っているのが耳を惹く軽快なエンターテイメント。ショーロでヴァイブってなかなか珍しいじゃないですか。エンリッキのカヴァキーニョと同じくらいけっこうフィーチャーされていて、明るく暖かで、アルバム中きわだったサウンドを聴かせてくれています。
続く11曲目のカヴァキーニョとチェロ二重奏のエチュードが終わったら、アルバム・ラスト12曲目の「エスキジティーニョ」です。これはアコーディオンも入るコンジュント編成。リズムがちょっとエキゾティックで、ややタンゴっぽいザクザク刻みながらハネる、そんなおもしろ風味なんですね。パーカッションのベトも控えめながら活躍しています。だれかがソロをとるというよりみんながからみあいながら演奏が進みますが、そのあいだを縫うようにエンリッキのカヴァキーニョが走ります。
さて、アルバム『ムジカ・ノーヴァ・パラ・カヴァキーニョ』は、まずヴァルジール・アゼヴェード作のかっ飛ばす痛快速カヴァキーニョ・ショーロ「ヴィラヴォルタンド」で幕開けするんですね。こういったものはエンリッキのカヴァキーニョ追求の最大の成果でありつつ、聴き手の耳を楽しませる最高のエンタメですよね。実際、聴いていて実に気分よくスカッとしますもん。
その後はいかにもショーロっていうようなしっとり系のサウダージを聴かせる感傷的な泣き(ショラール)のショーロ(2)やヴァルサ(3)なども織り交ぜつつ、軽くて明るいなかにやや湿ったサウダージのこもった曲が来たかと思うと(4、ベトにも注目すべきリズムのハネ)、5曲目はアゼヴェードに捧げた中庸テンポのエンリッキの自作で、全面的にカヴァキーニョがフィーチャーされています。
うんまあカヴァキーニョ・フィーチャーはアルバム全体をとおしてそうなんで、そんなアルバムをエンリッキは創ったわけですから、だいたいぜんぶそうですね。ショーロ史やカヴァキーニョ奏法についての長年の研究成果が、決して小難しい学問的作品ではなく、愉快に楽しめる娯楽ショーロ作品になって結実した、見事な一作と言えますね。
ライスから日本盤も出るんでしょ、これ。
(written 2019.8.19)
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