マイルズ『ラバーバンド』発売さる
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本日9月6日、マイルズ・デイヴィスの未発表新作アルバム『ラバーバンド』が発売されました。フルに聴けるようになりましたので、ちょっとした感想メモを残しておきます。どのお店で買っても CD の到着はすこし先になるみたいですから、それが届いてまた新規に書くべきことあらば、そのときにあらためて。
マイルズの失われた幻のアルバム『ラバーバンド』については、このブログでもいままでに四回書きました。これらは主にラバーバンド・セッションの事情と、2018年に先行発売されていた表題曲「ラバーバンド(・オヴ・ライフ)」(の各種ヴァージョン)についてと、そして今日のアルバム・リリース決定にかんして記したものですね。
・https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-b4d9.html
・https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/down-blue-7ca8.html
・https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-c5c347.html
・https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-79962a.html
アルバム全体が不足なく聴けるようになりましたので、その第一印象はといいますと、2010年代末的な今様の R&B っぽく仕上がっているコンテンポラリー・ミュージックと、いかにも1980年代的なフュージョンっぽいサウンドとが混在しているなということです。どこまでがオリジナル・レコーディングでどこからが今回のポスト・プロダクションなのか、音を聴いただけではあまりわかりませんのでそのことはおきますが、古くさく響くどのインストルメンタル曲も全体的にブラッシュ・アップされているような気はします。
強いビートの効いたアッパー・ファンクは、だいたいどれも1980年代的フュージョン・サウンドですよね。あの時代、ブラック・コンテンポラリーと呼んでいたものにも近い感じがあります。「ディス・イズ・イット」「ギヴ・イット・アップ」「メイズ」「ザ・リンクル」、そしてアルバム・ラストの「ラバーバンド」などがそうです。ちょっとビートもサウンドも古くさく感じてしまいます。1985/86年のレコーディングですからもちろんそうなりますけれども。
やや興味深いのは「メイズ」でしょうか。ラバーバンド・セッションの実施時期は1985年の10月以後の数ヶ月なんですが、先立つ85年7月の来日公演(よみうりランド)で演奏されていた曲です。FM 放送されたソースからブートレグ CD になったその音源と比較しますと、7月の東京ライヴではボス、ボブ・バーグ(テナー・サックス)、ジョン・スコフィールド(ギター)の順で若干長めのソロまわしが続き、それをつなぐフックとして(テーマ・)リフが演奏されていました。
『ラバーバンド』ヴァージョンの「メイズ」ではマイルズ以外のソロはあまりなく、ソプラノ・サックスを軸とするリフ演奏が主体で、あとはリズム。つまりグルーヴで聴かせるワン・ナンバーになっていますよね。合奏されるリフはライヴとスタジオで同じなんですが、音楽の組み立てがかなり違っています。またテンポやグルーヴ・タイプも、スタジオ版のほうが遅く落ち着いてやや暗い、ダウナーなフィーリングに変化しています。
また、「ギヴ・イット・アップ」は、ちょっとレア・グルーヴっぽいノリを持った曲で、1990年代的なフィーリングもあるかと思います。リフ合奏のパートとトランペット・ソロの一部は、1992年リリースの『ドゥー・バップ』のためにイージー・モー・ビーがサンプリングして転用していますよね。そっちをずいぶん前から耳タコになるほど聴き込んでいるせいでレア・グルーヴっぽいと感じるのかもしれません(「ハイ・スピード・チェイス」)。
それから、『ドゥー・バップ』にかんするイージー・モー・ビーの説明によれば、そのアルバムの曲「ファンタシー」では、ラバーバンド・セッションでの「レッツ・フライ・アウェイ」という曲からトランペット・ソロをサンプリングしたとなっていますが、そんなタイトルの曲は今回ありません。でもこれはたぶん「パラダイス」となっているものがそれじゃないかと思います。同じオープン・ホーンの、ソロ・パートが(部分的に)同じですから。
その「パラダイス」は、今回発売されたアルバムで女声ヴォーカルをフィーチャーしているにもかかわらず今様のコンテンポラリー・サウンドではないものです。ナイロン弦ギターやフルートなんかも使われている、ややフラメンコっぽい曲調のスパニッシュ・ナンバーですね。スパニッシュ好きのマイルズ、やはり一曲はレコーディングしていたということでしょうか。今回ヴォーカルをオーヴァー・ダブして曲題も変更したんでしょうね。
前段で書きましたように、アルバム『ラバーバンド』で聴ける女声ヴォーカル入りのものは、「パラダイス」以外、まさにいま、2019年という時代にフィットするフィーリングの R&B っぽい、ブルーでダウナーでダークな今様 R&B に仕上がっていますよね。これは発売に際してのランディ・ホール、ゼイン・ジャイルズ、ヴィンス・ウィルバーン三名のプロデュース・ワークのたまものでしょう。レディシが歌う「ラバーバンド・オヴ・ライフ」のことはいままでなんども書きましたが、レイラ・ハサウェイがヴォーカルをとる「ソー・エモーショナル」だって立派なものです。
そしてその「ソー・エモーショナル」でも実感するんですが、マイルズのトランペットのサウンドが、実にコンテンポラリーに聴こえるっていう、いま2019年に聴いても時代にフィットしているように響くというのが、ちょっと不思議というか驚くべきことだというか、すごいことですよねえ。トランペット演奏パートは1985/86年のものなんですよ。それでここまでモダンなサウンドをしているなんて。
この点では、今回発売されたインストルメンタル曲のなかでも、「カーニヴァル・タイム」(の出だし)、「シー・アイ・シー」、「エコーズ・イン・タイム」(1:42からの「ザ・リンクル」を外して)の三つは、コンテンポラリー・ヴォーカリストの助けを借りなくても2019年に同時代的に響く現代サウンドを持っているなと思うんです。アルバム『ラバーバンド』でぼくが最も気に入っているのがこれら三つ、特に「シー・アイ・シー」ですね。この、真っ暗な都会の夜を彷徨うような、不気味に重く退廃的で沈むようなフィーリング、大好きですねえ。
もっとも、「シー・アイ・シー」は、曲「ラバーバンド」とともに、ワーナー公式でも2010年発売のアンソロジー『パーフェクト・ウェイ:マイルズ・デイヴィス・アンソロジー、ザ・ワーナー・ブロ・イヤーズ』ですでに聴けたものですけれどもね。それでも今回しかるべき単独アルバムにちゃんと収録されこのムードのなかに置かれることで、いっそう異様な妖気を放つようになっているなと感じました。
(written 2019.9,6)
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