ショーロ新作二題(2)〜 典雅なエポカ・ジ・オウロ
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ブラジルの名門ショーロ・バンド、コンジュント・エポカ・ジ・オウロ。今年の新作『ジ・パイ・プラ・フィーリョ』(2019.7.3)のジャケット・デザインはどうしてこんなにも瀟洒なんでしょうか。楽団名なんか金で押箔されているんですもんねえ(インナー・ブックレットでも同じ)。そのほかパッケージはいかにもクラシカルな雰囲気横溢で、この名門バンドのことや、そもそもショーロという音楽のありよう、伝統をそのまま表現したようで、これを眺めながら中身を聴くだけで贅沢な気分が味わえて、実にいいです。
偉大なジャコー・ド・バンドリンを創始者とするこのコンジュント、現在のエポカ・ジ・オウロはバンドリンのロナウド・ド・バンドリンを核とする六人編成。バンドリン、ギター、7弦ギター、カヴァキーニョ、フルート、パンデイロです。今年の新作でもどの曲も基本的にはこのメンツで演奏されています。いろんな曲をとりあげていますが、アレンジはロナウドが担当しているものが多いみたいですね。メンバーのなかでは、たとえば7弦のジョアン・カマレーロなんかも目を惹くところ。パンデイロのセルシーニョは、ジョルジーニョ・ド・パンデイロの息子です。
『ジ・パイ・プラ・フィーリョ』で聴ける新進の特色は、三曲で多重録音が駆使されていることでしょうか。主にフルートのサウンドを重ねて、まるで複数のフルート奏者が合奏しているような、やわらかい木管のふくらみを持たせ、バンド・サウンドに丸みを帯びさせているのが成功していると思います。別の一曲ではセルシーニョがパンデイロだけじゃない打楽器をオーヴァー・ダブして、がちゃがちゃとしたリズムの華やかさを出す工夫も聴けますよ。
アントニオ・ローシャの吹くフルートは、このアルバム『ジ・パイ・プラ・フィーリョ』の主役だと思うんですね。ロナウドの参加していない曲はすこしありますが、アントニオが吹かない曲は一つもないですからね。どの曲でも主旋律を(ばあいによっては多重録音で)担当し、弦楽器がその伴奏をしたりカウンター・パートを演奏するというパターンが多いです。このアルバムを聴いて最も耳に残るのがフルートのサウンドでしょう。
実際、フルートは(ギター、パンデイロなどとならび)ショーロにおけるいちばん伝統的かつ一般的な楽器のひとつです。常にどの時代でもコンジュント編成だと旋律を演奏する主役を担ってきました。ブラジル音楽の父とまで言われるかの黄金のピシンギーニャもフルート奏者(のちにテナー・サックス)でしたし、1930年代サンバ・ショーロ全盛期の代表的名手ベネジート・ラセルダにしてもそうでしたね。
エポカ・ジ・オウロのアントニオも、2019年にそんな伝統を背負って立つにふさわしいフルート演奏の風格と、それでもなおかつリキまないショーロならではの軽み、やわらかさをよく表現できています。ユーモア感覚もじゅうぶんで、これでこそ名門ショーロ・コンジュントのフルート奏者にふさわしい柔軟性を存分に発揮していると言えましょう。
アルバム『ジ・パイ・プラ・フィーリョ』では、ほぼどの曲も典雅でクラシカル。エレガントに舞いただよっているような、そんなムードに満ち満ちているんですね。ショーロはもともとストリート・ミュージックでしたが、誕生した19世紀後半の早い時期に、室内楽的なみやびを身につけました。実際、クラシックのチェインバー・ミュージックと区別できないそんな感じも、現代ショーロ最大の特色のひとつです。
エポカ・ジ・オウロの新作『ジ・パイ・プラ・フィーリョ』は、いちばん上でジャケットの雰囲気のことを言いましたが、中身もまさにその同じクラシカル路線をとっていると思うんですね。このアルバムはクラシック音楽作品ではありません。がしかしどこからどうっていう線引きをキッチリやるのは、ブラジル音楽ではあまり意味のないことなんですね。特にショーロだとそうです。
今回の新作では、しかしそんななかに、3曲目「ジ・パイ・プラ・フィーリョ」、6「ボラ・ナ・レデ」のように軽快にスウィングするものがあったり、7「タヤン・ノ・マリーニョ」(ルイス・バルセロス作)のようにリズムの激しい華やかなエキゾティズムも聴かれ、もちろんしっとり泣くようなサウダージ系ショーロも複数織り交ぜつつ、ラスト12「メストレ・ピシンガ」は爽快なポルカでズンズン進む感じです。このラスト・ナンバーではアントニオがフルートだけでなくピッコロも多重録音していて、まるで小鳥のさえずりのような軽快なかわいらしさが耳を惹きますね。
(written 2019.8.21)
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