スアド・マシの2019年新作はアクースティック路線に回帰して、いい感じ
https://open.spotify.com/album/4hu42nNoG5DCRahtvY77NP?si=g5tFQmlYTuiT21hXS5kGXA
アルジェリア/フランスのスアド・マシ。リリースされたばかりの新作『Oumniya』(2019.10.11)がとってもいいですよ。エレクトリック楽器は極力おさえ、控えめに弾かれるベースだけ。ほかはアクースティック・ギターやウードと打楽器(ドラム・セットのこともあり)だけっていう、かつての路線に回帰したようなサウンドで、しかもアルジェリアのルーツ音楽にも還ったような内容なんですね。これなら大歓迎です。
アクースティック&アルジェリア・ルーツに回帰したっていうのは、アルバム1曲目「Oumniya」のイントロを聴いただけでわかりますよね。この雰囲気、しかもメランコリーに満ちたスアドらしいこの感じ、これですよ。歌のサビに入ってリズムが入ってきてからも実にすばらしいフィーリングです。軽いビートが効いていて、しかし沈み込むように暗く重い、このスアドがスアドであるというレゾン・デートルみたいな曲調。
もうこの1曲目を聴いただけで、今回の新作がなかなかいい内容なんだなと納得できちゃうくらいですけど、スアドって歌が決して上手いとかいうタイプじゃないですよね。アラブ圏の歌謡界にたくさんいる強く張った声で朗々とコブシをまわしたりはしないです。ボソボソっとしゃべるようにというかつぶやくように声を落としていくような歌いかたですよね。スアドのばあいはそんなトーキング・ヴォーカルがかえっていい効果をもたらしているなと感じます。
3曲目「Ban Koulchi」はややシャアビっぽい曲。ウードが華麗なめくるめく旋律を奏でる導入部からしてオオッと思わせます。こんな路線の曲、いままでのスアドにありましたっけ?忘れているだけかもしれませんが、これ、かなりいいなあ。っていうか今回の新作でぼくのいちばんのお気に入りがこれです。北アフリカの打楽器がビートを刻みはじめスアドらが歌いだしたら、ぼくはもう最高。ヴァイオリンも聴こえます。マジ、この3曲目は白眉じゃないですか。
完璧アルジェリア音楽みたいなそんな3曲目のことが忘れられませんが、そのほかギターを中心とするやっぱりフォーキーなテイストの曲が並んでいたりするのも従来のスアドっぽいですね。アクースティック・ギターはスアド自身の演奏なんでしょう。必ずしもアルジェリアとか(彼女のルーツである)ベルベル系歌謡とあまり関係なさそうなものも並んでいますが、アメリカ音楽好きにも聴きやすくていいですね。
5曲目「Salam」はいかにもメランコリックなスアドらしい曲で、どうしてここまで沈んでいるのか?と思っちゃいますが(といっても歌詞のことはアラビア語だからわかりません、曲調のことです)、スアドのメランコリーは聴いていてもこちらの気分は落ち込みませんね。むしろ、そのなかにぼくも身を置いて漂って、それでなかなかいい気分にひたったりできるから、ちょっと不思議です。
フランス語で歌う二曲(7曲目も仏語題ですが中身はアラビア語)をふくむ、アルバムの全10曲で約42分間。あっという間に過ぎていきます。完璧なスアドの世界がここにはありますね。後半は必ずしも憂鬱で暗く漂っているだけでもなく、もっと強くはっきりしたものを表現しているようにも思います。男性ヴォーカルをまじえている8曲目「Fi Bali」もアルジェリア音楽っぽく、またアルバム・ラストの10「Je chante」はスアドの歌手宣言みたいな内容でしょうか。
(written 2019.11.12)
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