ディランとキャッシュのロカビリー・セッション 〜『トラヴェリン・スルー』
https://open.spotify.com/album/1euXUeJobzra05wyBIrdtH?si=qxttU0cHRsuUNGxdPW2yyQ
ボブ・ディランのブートレグ・シリーズ、最近のものはちょっとやりすぎだとぼくは思っています。未発表音源集の CD で10枚組近いとか以上というようなサイズを、それもやつぎばやにポンポンと立て続けにリリースされたってお財布事情が許さないし、追いつけたって味わう時間もないっちゅ〜ねん。そんなわけでここのところの同シリーズは買わずにスルーを決め込んでいました。どうしてだか Spotify では抜粋のサンプラーしか聴けませんしね。
ところが今2019年11月の頭に発売された Vol.15はそうはいかないですよねえ。なんたってジョニー・キャッシュとの共演をふくむ1967〜69年の音源集で、そりゃあもう『ジョン・ウェズリー・ハーディング』と『ナッシュヴィル・スカイライン』が最愛のディランであるぼくなんかには、そこをメインとする未発表録音集で、しかも今回は CD 三枚組とあまり大きすぎないサイズですからね、もう感涙。
それで三枚組の CD を買いましたが、それでもやはり今日は Spotify で聴けるそこからの抜粋サンプラーに沿って話を進めたいと思います。やっぱりなんといっても聴けるかどうか、みんなでシェアできるかどうかは大きな違いですからね。ボブ・ディランとコロンビア側にも、ブートレグ・シリーズぜんぶをフルにストリーミングで聴けるようにしてもらいたいと強く願っておきます。
さて、その『トラヴェリン・スルー』(サンプラー)。中心は(CD でもそうですが)ジョニー・キャッシュとの共演音源でしょうね。サンプラーのほうでは7〜12曲目がそれと、やはり中核を成しています。既発アルバムだと『ナッシュヴィル・スカイライン』に「北国の少女」一曲があったのみですが、やはりかなりたくさんのセッション音源があったんですね(CD だと25トラック)。
ディランとキャッシュの共演最大の特色は、ロカビリー/ロックンロール色を強く帯びているということじゃないでしょうか。キャッシュとの共演でありながら、カントリーというよりエルヴィス・プレスリー的なロカビリー・ミュージックに近づいていると思います。そんな部分は『ナッシュヴィル・スカイライン』ではわからなかったことですよね。ロック・ミュージックの持つ(黒人ブルーズ的以外の)白人音楽要素を前面に出したとでもいいましょうか。
たとえばサンプラーにはカール・パーキンスの「マッチボックス」が収録されていますよね。たしかにカントリーに寄ったような色彩もありますが、これはほぼロックでしょう。CD だとほかにも「ザッツ・オールライト」や「ミステリー・トレイン」といったエルヴィスのレパートリーだった曲での共演が収録されているんですね。どうせだったらそれらをサンプラーにも入れてくれたらこのセッションの特色がもっとハッキリしたのになぁと思うんです。
がしかしそれをせずロック・スタンダードは「マッチボックス」一曲だけをサンプラーに収録したのは、サンプラーゆえの制限と、もうひとつあまり(ブルーズ的な)ロック・サイドに寄りすぎないようにとの配慮があったかもしれません。『ジョン・ウェズリー・ハーディング』『ナッシュヴィル・スカイライン』といったあたりのディランの音楽は、かなり鮮明にカントリー(・ロック)に傾いていましたから。そうはいってもサンプラー9曲目「ビッグ・リヴァー」や11「ゲス・シングス・ハプン・ディス・ウェイ」もロック・ナンバーっぽいのではありますが。
サンプラー10曲目の「北国の少女」(リハーサル・テイク)。大好きな曲なんですが、ディランもキャッシュもまだ手探りといった状態で、『ナッシュヴィル・スカイライン』で聴けるような、冬の冷たくて引き締まった空気がピンと張るような清廉なアトモスフィアはありません。しかしキャッシュのほうはそれでもしっかり歌っていると言えるのではないでしょうか。
『ナッシュヴィル・スカイライン』の録音期に行われたジョニー・キャッシュとの共演セッションからの曲群の前後は、サンプラーだとそのアルバムと『ジョン・ウェズリー・ハーディング』からの未発表テイクが中心です。それらではディランもしっかり歌っているし、曲としても完成に近づいている、あるいはこっちをアルバム収録してもよかったと思えるほどのいい出来のものだってありますよね。
なにしろカントリー色を濃厚に出して少人数のアクースティック編成でこじんまりと歌うそれらの時期のディランがぼくの大好物なもんですから、未発表音源でも聴けばただただ楽しいのひとことです。なかにはサンプラー3曲目の「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」のように本テイクとかなり様子の異なるものだってありますが、それもまた一興です。
サンプラーのラストに「見張り塔からずっと」が収録されています。これは『ジョン・ウェズリー・ハーディング』セッションのときの曲ということで、三枚組 CD では一枚目に入っているものです。しかしそれをくつがえしてサンプラーではラストに持ってきたというあたりには、発売側のこのテイクにかける自信のようなものがうかがえますね。実際、本テイク以上といってもいい迫真の歌唱じゃないでしょうか。今回の『トラヴェリン・スルー』収録のもののなかで最高のワン・トラックでしょうね。
(written 2019.11.7)
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