これもマイルズ、ロスト・クインテットのブート・ライヴ
https://open.spotify.com/album/2IQwM81ZpSyo3Xp32y8VRd?si=l_hkFVmuS5ugHllq40JeCQ
つい最近発売されたばかりかな、なんだかエエ加減なジャケット・デザイン、きわめてテキトーなアルバム題、録音年月日などいっさいのデータが不明と、こりゃいったいどうなんだ?!と思わざるをえないマイルズ ・デイヴィスの発掘ライヴ盤『ザ・ロスト・クインテット』。ブートレグなんですけど、ディスクユニオンで売っているし Spotify でも聴けるということで、話題にしておきます。Spotify のほうで見る4曲目はもちろん「Masqualero」の間違い。
このアルバム、1969年のいわゆるロスト・クインテットのライヴであることは間違いありません。でもホントいつどこでのライヴなんだろうなあ?ディスクユニオンのサイト担当者のかたは11月3日のパリ・ライヴとの推測ですが、違うんじゃないかと思います。信頼できるディスコグラフィで見る11月3日のパリ・ライヴとは演奏曲目がかなり違います。じゃあいつのライヴなんだ?と言われても、ぼくにもわからないんです。1969年のロスト・クインテット・ライヴ、それも秋〜冬のヨーロッパ・ツアーの一幕であろうことは言えるんですけど。
それから Spotify で見るのだと四曲になっていますけど、実は3曲目「サンクチュアリ」となっているその後半は(8:23 から)「イッツ・アバウト・ザット・タイム」ですね。はっきりマイルズがそのモチーフを吹いているのに、どうして発売元はトラックを切らなかったんでしょうか。「サンクチュアリ」になってからも 1:49 までは「ビッチズ・ブルー」ですし、そこから 4:28 までは「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー」です。
ロスト・クインテットのことを書くのはひさしぶりですから、ちょっと再説明しておきましょう。1969年のマイルズ・バンド、正確には前68年暮れに誕生していたんですけれど、ボスのマイルズ以下、ウェイン・ショーター、チック・コリア、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットの五人編成を、ぼくたちはロスト・クインテットと呼びます。なぜ lost かというと正規録音がひとつもないから。
正規録音がないとはいえ、1969年にこのバンドは活発に活動していて、グループとしての実態があったんです。年間とおしライヴには実にたくさん出演していますし、またスタジオ録音でも、同年二月の『イン・ア・サイレント・ウェイ』、八月の『ビッチズ・ブルー』ともに、ロスト・クインテットを軸に据えて参加メンバーを大幅に拡充したものなんですね。「サイレント」のときだけはドラムスがトニー・ウィリアムズですけれども。
1969年というマイルズにとって非常に重要な一年を、ともに充実して過ごしたのがこのバンドであったにもかかわらず、どうしてなのか正式ライヴ録音を一度も行わなかったことを、後年マイルズ はたいへんに悔いたといいます。実際、各種ブートレグで聴けるこのロスト・クインテットのライヴのなかには、かなりぶっ飛んだすごいものがありますので、記憶力のかなりいいマイルズのこと、正式録音しておくべきだったと追想するのも当然です。
そんなわけで今日話題にしたい『ザ・ロスト・クインテット』も、そんなライヴ・ブートの一つなんですね。そして、このアルバム、なかなかテンションの高いすばらしい演奏を繰り広げている箇所もあります。それはぼくの聴くかぎりふたつ。一個は1曲目「ディレクションズ」。もう一個は(「サンクチュアリ」となっているトラックの後半 8:23 からの実質3曲目)「イッツ・アバウト・ザット・タイム」です。
「ディレクションズ」は例によっていつものようにチックのフェンダー・ローズむずむずによってはじまりますが、一番手マイルズ、二番手ウェインともにソロ内容がたいへん充実していますよね。マイルズも短いながら実に荒々しくというか猛々しいソロを吹きますし、テナーのウェインもフリーキーにかっ飛んでいて見事です。惜しむらくはこの「ディレクションズ」、完全収録じゃありません。ウェインのソロ終盤からフェイド・アウトして切れちゃっていますよね。ウェインはもっと長く演奏したかもですし、チックのソロだって聴きたかったところです。
3曲目の「イッツ・アバウト・ザット・タイム」(「サンクチュアリ」8:23 から)は、その点、完璧です。一番手マイルズのソロは平均的な出来かなと思うんですけど、ソプラノを吹く二番手ウェインのソロが超絶的ですよ。ソプラノでここまでアグレッシヴに攻めるウェインはほかでは聴いたことがありません。フリーキーに細かいフレイジングをくりかえしながらどんどん異様にもりあがるさまは、聴いているこっちまで興奮しますね。
そしてそんなウェインのソプラノ・ソロ背後のチックの伴奏ぶりにも注目してください。過激にフェンダー・ローズを叩きつけるように弾きまくるその様子は、手に汗握るよう。チックってこんなにも攻撃的で先鋭的なエレピ奏者だったんですよね。同様にハードに迫るジャックのドラミングもあいまって、三者一体でいったいどこまで行くの〜?という激しい世界を展開していますよね。
チックは、そんなウェインのソロ背後でのアグレッシヴな伴奏の雰囲気をそのまま自身のエレピ・ソロ(ではほぼジャックが休んで、デイヴとのデュオ演奏)に持ち込んでいます。一般に1969年ロスト・クインテット時代のチックの演奏はこんな過激さに満ちているんですが、このブート・アルバムの「イッツ・アバウト・ザット・タイム」でのソロほどとんがった内容のものはなかなかありませんよ。こりゃ完璧にフリー・ミュージック。いやあ、ウェインもチックも、すごいなあ。
(written 2019.11.15)
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