ヒバ・タワジでクリスマス
https://open.spotify.com/album/1XaS1MuxlxF1UJFpQLMym2?si=VXDmbirhT2CHoVZjVaIbdQ
キリスト教は中近東地域発祥です。現在アラビア語がひろく通用しているエリアでは全体的にイスラム教徒ばかりかというとそんなこともないんです。少数とはいえキリスト教徒だって現在でもいますよね。レバノンの歌手ヒバ・タワジが2017年にクリスマス・アルバム『ハレルヤ』をリリースしたのには、たぶんそんな文化背景と、もうひとつは世界的に活躍しているヒバだからマーケットのことを考慮したという面もあったんじゃないでしょうか。さらに、いまやクリスマスは宗教の枠を超えた大きなイベントになっているからでもありましょうね。
ヒバ・タワジの『ハレルヤ』、現地では2017年に CD が発売されていて、それと同時に日本でも Spotify などストリーミングで聴けるようになっていましたのでぼくも親しんでいましたが、エル・スールさんに入荷したのは今2019年初頭。そのころぼくはまだフィジカルをどんどん買っていたので、ヒバのこれも買いました。それでようやく今年のクリスマスにあわせてこの文章を書いているというわけです。
ヒバの『ハレルヤ』、全12曲(Spotify のでは11曲)のなかには欧米などキリスト教世界で人気のクリスマス・キャロルが多くあります。2「ジングル・ベルズ」、4「サイレント・ナイト」などは日本でも知らぬひとはいませんが、ほかにも5「ガッド・レスト・イェ・メリー・ジェントルメン」、6「オ・カム・オール・イェ・フェイスフル」、7「ハーク!ザ・ヘラルド・エンジェルズ・シング/グローリア」もキリスト教会ではスタンダードです。
ちょっとした変わり種は Spotify のには収録がない(なぜ?)8曲目でしょうか。CD の裏ジャケットにはアラビア語題の下に「オ・モスト・ワンダフル・クリスマス」などと英語題の記載がありますが、これはジャズ・サックス奏者ジョン・コルトレインなども得意とした世俗のポップ・スタンダード曲「マイ・フェイヴァリット・シングズ」にほかなりません。ウサマ・ラハバーニとヒバはクリスマス体裁にしてここに収録しているというわけですね。といってもぼくにアラビア語はわかりませんからピンときていないんですけど、どうして「マイ・フェイヴァリット・シングズ」が選ばれたのでしょう。
たぶんそれはヒバの資質をウサマも考慮したということかもしれないですね。ヒバはオペレッタみたいなのが得意中の得意で、ドラマティックな歌唱がサマになる歌手です。「マイ・フェイヴァリット・シングズ」の初出はみなさんご存知のとおりロジャーズ&ハマーシュタイン作のミュージカル『サウンド・オヴ・ミュージック』。ジュリー・アンドルーズ主演で映画にもなりました(たぶんこれが最有名)。ミュージカル、つまりオペレッタですよね。
そういえばアルバム『ハレルヤ』のなかでも、この8曲目ではけっこう大きくもりあがる劇的な歌いかたをヒバはしているなと思うんです。もとがミュージカル・ナンバーなだけに、クリスマス・ソング仕立てになってはいても、ここは本領発揮とばかりにグイグイ迫る迫力の歌唱でヒバは歌い込みます。ウサマのオーケストレイションも派手な感じになっていますよね。
言いかえれば、このアルバムにある8曲目以外のものでは、ヒバはふだんの持ち味をグッと抑え、控えめで抑制の効いた落ち着いた静かめのフィーリングで歌っているなと感じるんですね。ウサマのアレンジも同様で、両者ともふだんアラブ歌謡をやるときとはやや様子が違っていますよね。たぶんクリスマス・アルバムだからでしょう、派手さよりも宗教的な敬虔さ、厳かさを前面に出すことを意識したんじゃないでしょうか。
おかげで、ヒバやアラブ歌謡の(ばあいによってはトゥー・マッチと感じるかもしれない)あの濃厚でグリグリとした派手な世界から少し距離を置いているなと感じないでもないです。それでもヒバの声に常時漂っている微妙な震え、振動、揺れはアラブ歌手特有のものですけれども、だからやっぱりアラブの歌手だなとはわかるんですけれども、それでもアルバム『ハレルヤ』では聴きやすい身近なフィーリングを獲得できているととらえることができますね。
なお、このアルバムに収録の、上で書いたキリスト教世界で知られているクリスマス・キャロルでは、ヒバは一部の歌詞を英語でも歌っていますね。そのほかの曲をふくめ大部分はアラビア語で歌っていると思います。有名クリスマス・キャロルやスタンダード・ナンバー以外は、このアルバムのための書き下ろしかもしれません。
(written 2019.12.16)
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