曲「フットプリンツ」をちょっと
https://open.spotify.com/playlist/3PmelfwG2WIYWNAK0RT7qB?si=UaynEplDTbWbj9DcZlJ1PA
楽曲形式は定型の12小節ブルーズなのに、ちっともブルーズっぽくないフィーリングの曲「フットプリンツ」。作者ウェイン・ショーターのスタジオ・ヴァージョンとライヴ・ヴァージョン、それからこの曲を世に広めたマイルズ・デイヴィスの同様に二つのヴァージョンと、合計四つを録音年順にプレイリストにしておきました。マイルズのライヴ・ヴァージョンはたくさんあるんですけど、Spotify で聴けるものをと思ったらあんがい絞られます。1967年冬のコペンハーゲン公演を選びました。
これら四つを聴き比べるのもなかなか興味深いんじゃないかと思い立ったんですね。まずオリジナル・ヴァージョンであるウェインのスタジオ録音はわりとふつうのハード・バップですよね。といってもハード・バップのなかにたくさんあるファンキー・ブルーズにはなっていなくて、まったくブルージーじゃないブルーズ演奏なんですけど。リズム面ではごく平凡な3/4拍子。はっきり言ってこのヴァージョンはイマイチかもしれません。
ところが同じ年に録音されたマイルズのスタジオ・ヴァージョンでは大きく様変わりしています。最大の違いはリズム・アプローチで、6/8拍子の変型ラテン・リズムみたいになっていますよね。作曲者である同じテナー・サックス奏者が参加しているわけなので、この違いはボスか、あるいはたぶんドラマーのトニー・ウィリアムズがもたらしたものだったかもしれません。しかも一番手でソロを吹くマイルズのそのソロのあいだにも一回リズム・パターンがチェンジします。
大方の見方と違って『E.S.P.』〜『ネフェルティティ』期のマイルズ ・クインテット最大の功績はリズムの多彩な表現にあったというのが最近のぼくの考えなんですが(そのうちまとめます)、『マイルズ・スマイルズ』はそこへ一歩も二歩も大きく踏み出したアルバムだったんじゃないでしょうか。本格的には変型ラテン・リズムがいくつも聴ける『ソーサラー』(1967)まで待たなくてはなりませんが、前作『マイルズ・スマイルズ』のなかにもこの「フットプリンツ」みたいなのがあったわけです。
そんな新時代のリズム実験を、しかしマイルズはサイド・マンの書いた、それも12小節定型ブルーズでまずやったというのがこのひとらしいと思うんですね。保守と革新の入り混じるというか、なにか一個新しいことをやるときには、別な部分はそのまま旧来的なものを使ってやる、というのが生涯にわたるマイルズの傾向でした。なにもかも一度にぜんぶを新しくはしない音楽家だったんですね。漸進的なアプローチのひとだったわけです。
1967年冬のマイルズ・クインテットのヨーロッパ・ライヴでは、そんなリズム・アプローチがさらに一歩進んでいるのを聴きとることができるはず。曲の演奏冒頭からトニーがかっ飛ばしていますよね。さらにこのコペンハーゲン・ヴァージョンではハービー・ハンコックのブロック・コード弾きもトニーのドラミングと一体化してリズムの躍動感を表現しています。それにしてもライヴのときのトニーはぶち切れるとものすごいことになりますよねえ。この「フットプリンツ」でもその一端が聴けます。
マイルズはその後1970年までこの曲をライヴで演奏しておりまして、69年以後はもちろん鍵盤奏者がエレクトリック・ピアノを弾いていますが、それでも、アクースティックなこの1967年コペンハーゲン・ヴァージョンがいちばん聴きごたえあるように思います。いちばんはやはりトニーのおかげです。なかでもシンバルとリム・ショットの使いかたに注目して聴いていただきたいと思います。
ラスト、ウェインの2001年ライヴ・ヴァージョンは、2002年リリースのライヴ・アルバム『フットプリンツ・ライヴ!』から。もちろんポスト・ウェザー・リポート期で、ウェインはいまだ2020年時点でも現役なんですからビックリですよねえ。アルバム『フットプリンツ・ライヴ!』はかなり充実した傑作のように思います。過去のウェインの代表作ばかりたくさんやっているアルバムです。
この2001年ライヴのウェインの「フットプリンツ」は、ウェインがまずソプラノ・サックスで出ます。背後でブライアン・ブレイド(ドラムス)とダニーロ・ペレス(ピアノ)がやはり躍動的なリズムを表現していますが、過去のマイルズ・ヴァージョンみたいにラテンやファンクに接近しているような部分は聴きとれません。マイルズやジョー・ザヴィヌルなしだと、ウェインはやっぱりジャズのひとなんですよね。
このウェインのライヴの「フットプリンツ」では、終始ウェインとダニーロの、つまりサックスとピアノの対話形式で演奏が進むのもおもしろいところです。両者ともパッショネイトな演奏ぶりで、しかも対話形式ですから、特にウェインはまとまったパッセージを吹くよりもフラグメンタリーにフレーズを展開するのも特徴でしょう。ダニーロはややハービーを意識したようなフレーズを連発しています。テナーに持ち替えてからのウェインの熱いもりあがりかたがとてもすばらしいですね。最終的にはクールに落ち着いたムードになって終わります。
(written 2020.1.11)
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