ワイアット・マイケルという新人がちょっといい
https://open.spotify.com/album/409Oa29NsXy6FMcj1Mub4r?si=QrQo0JZsSQ-xqe28uP2yxw
萩原健太さんに紹介していただきました。
https://kenta45rpm.com/2019/12/11/renaissance-wyatt-michael/
ワイアット・マイケルなる若者をはじめて聴いたときは、びっくりしたというよりも笑っちゃいました。あまりにもフランク・シナトラそっくり。完璧にその世界を追いかけていて、ワイアットはいまはまだシナトラに憧れてフル尊敬していて、そのまま完全コピー、真似っこしている真っ最中です。声の出しかたやフレイジングなど、なにからなにまでシナトラをそのまま忠実になぞったような新人ジャズ歌手なんですね。
いまどきシナトラをこんな熱心に追いかけるなんて、ちょっとめずらしいというか時代錯誤というか、読者さんのなかにはここまでお読みになっただけでワイアット・マイケルというのは遠慮したいという向きもおありではないでしょうか。でもちょっと待ってください。自主制作盤だという彼のデビュー・ミニ・アルバム『ルネサンス』(2019)はなかなか雰囲気のある、好感を持てる作品なんですよ。
アルバム『ルネサンス』でワイアットのシナトラ完コピぶりがいちばんよくわかるのは、やはり4曲目の「イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ・オヴ・ザ・モーニング」でしょうね。言うまでもないシナトラが1955年に歌った代表作のひとつです。シナトラはネルスン・リドル・アレンジの瀟洒なストリングスを従えてじっくり歌っていましたね。都会的な孤独感を強くたたえたその歌唱は、そりゃあ見事なものでしたし、そもそもアルバム『イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ』が孤独や喪失をテーマにしたコンセプト・アルバムでした。
ワイアットはそれをふまえた上で、アルバム全体がそうですけど、ずっといっしょにインディ活動している相棒のギターリスト、クリス・ワイトマンだけをしたがえて、たったギター一本だけの伴奏で、実に切々と「イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ」を歌っているんですね。ギターだけ、多重録音もギター・ソロ部だけ、つまり歌の部分は完全一発録り(マイクを一本しか使わなかったらしい)というシンプルさで、深夜にたたずむ人間の孤独な哀切感を、ワイアットなりにこれ以上ないフィーリングで表現しているんじゃないでしょうか。
アルバム『ルネサンス』全体がギター一本だけでの伴奏で歌ったものというのは、とても大きなポイントだろうと思えます。ワイアットが憧れるシナトラは、だいたい常にオーケストラをしたがえて歌っていました。もちろんワイアットはまだブレイク前なんでお金も名前もなく、自主制作盤で相棒ギターリスト以外やってくれるひとがいないという事情はありましょう。しかしここではそれが結果として音楽的に功を奏しているといえるサウンドなんですね。
つまり親密さ、プライヴェイトな感触、アット・ホームなフィーリングを、たったギター一本の伴奏で歌うことで表現できていると感じるんです。マイク一本で録ったというこの音響もそうですよね。シナトラに憧れて追いかけて、フル・コピー状態のままのワイアットですけれど、シナトラが近寄りがたいケレン味を強く(強すぎるほど)まとっていたのとは正反対な素朴さ、ナチュラルさを、このアルバムでは出しているように、ぼくには聴こえます。
シナトラをどこまでも追求し、発声から節まわしからなにからなにまでそっくりに似せているワイアットなのに、結果はちょうど真逆なシンプルなナイーヴさを表現することになっているのは、それもまたシナトラ的ヴォーカルの持ちうる可能性だったのか、それともワイアットならではの独自個性なのか、どっちなんでしょう?
そんなワイアットの姿、これまたシナトラのアルバム・ジャケットを意識したようなイラストで飾られた『ルネサンス』のジャケットでは、ギターリストだけを脇においての、これはたぶんパリのセーヌ川にかかるどれかの橋の上という設定ですよね。これもインティミットさをかもしだすことに成功しています。パリであるというのはこのアルバム1曲目、ムード満点な「パリ・イズ・ザ・セイム・オールド・パリ」(「イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ」を書いたデイヴィッド・マンの未発表作品を遺族の許可のもとワイアットが発掘したもの)を下敷きにしています。
(written 2019.12.31)
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