ain’t は洋楽でおぼえた
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音楽で憶えた英語の代表格は "ain't”。これ、現在に至るまで学校や教科書で聞いたり見たりしたことは一度もないですからねえ。もっぱら洋楽(や洋画)で知った表現です。ジャズやブルーズやロックなどの曲題や歌詞には実に頻出するものなんです。だからぼくら洋楽ファンはこの ain't になんの疑問もいだかずそのまま受け入れていますけど、英語の歌に関心のない日本人にはわからないものだそうですよ。
数年前も、とあるかた(たぶん日本語ネイティヴ)と Twitter でふざけて英語でしゃべっていて、gonna を使ったら、相手に?マークが出ていましたからねえ。たぶんそんなもんなんですよね。ain't とか gonna とかぼくらなにも不思議に思っていませんし、TPO を選ぶとはいえ英語ネイティヴのみなさんにもすんなり受け入れられるものですけど、一般的にはあまり知られていないものかもしれません。
そんな具合で、洋楽で憶えた英語ってけっこうたくさんありますよね。アルバム題、曲題、歌詞など。ぼくのばあいはむかしから歌詞の中身をあまり気にしたことがなく、レッド・ツェッペリン・コピー・バンドでヴォーカルをやっていたから歌詞も憶えはしましたけれど、その高校生当時は歌詞の「音」だけ丸暗記していたというに近い状態だったんじゃないでしょうか。意味なんかはもちろんわからない部分も多く。
ain't は be 動詞や have 動詞の否定形なんですけど、それだけとは限らず一般に動詞を否定する表現としてカジュアルにひろく使われているような気がします。実例によく遭遇しますからね。そんでもってぼくらにとっての「実例」とは、たとえばデューク・エリントンの「Things Ain't What They Used To Be」であり、マイルズ・デイヴィスで知ったガーシュウィンの「It Ain't Necessarily So」(『ポーギー&ベス』)であり、ロッド・スチュワート&ジェフ・ベックの「I Ain't Superstitious」(ハウリン・ウルフ)であり、ビル・ウィザーズの「Ain't No Sunshine」であり、ってことなんです。
それらを聴き、意味はさほど気にしないにせよ、たぶん動詞を否定しているんだな、なにかを否定する表現なんだ、ということは想像がつきますよね。ain't なんていう表現はどんな教師からもどんな本からも教わりませんでしたから、つまり実地教育、実例教育っていうか、そのまま現物をたくさんぶつけられて、それでそのうち感覚と類推でわかるようになったという、そんなもんですよね。
ぼくのばあい、大学で英米文学を専攻し、専門はアメリカの現代小説だったんでそれを、主に三年生のころからかな、たくさん原書で読むようになり、卒業論文はウィリアム・フォークナーで書いたんですけどフォークナーなんかもひととおり原書で(翻訳でも)読みました。フォークナーはミシシッピの深南部の作家で、作品のなかには黒人やプア・ホワイトなんかもたくさん出てきます。
フォークナーは会話描写が写実的ですから、南部なまり黒人なまりなどそのまま「音」を文字で記しているわけですけど、大学生になってそれらを読んで、戸惑ったりわからないと思って辞書を引いたりなんてこともすくなかったのは、それ以前に似たような英語表現に、洋楽で、たくさん接していたからに違いありません。だから、英文学者としてのぼくにとっても洋楽が教師だったんです。
あっ、いま思い出しました。アメリカ合衆国本土にはなんども行きましたが、ニュー・ヨーク・シティあたりで「南部出身ですか?」と言われたことがあります。日本人なんですと答えると「う〜ん、南部なまりがあるように聞こえる」と言われ、そうなのか、ハシクレとはいえいちおう英語教師であるぼくとしてはスタンダードな英語をしゃべって教えていたつもりでしたから、ちょっとイカンな、しかしそんなのはアメリカ南部音楽(由来)の歌ばかり聴いて歌ってきたからだとか、苦笑してしまいました。
それくらいぼくにとってはアメリカ南部の、黒人の、くだけた日常の英語表現が身近なもので、それは間違いなく洋楽にまみれるように接してきたからなんですね。ぼくが南部人なのかと言われたように、日本にいて洋楽でアメリカ黒人の、南部人の、くだけた英語にばかり接しあたかもそれが標準的なものだと思い込みそのままネイティヴの前で披露すると、アレッ?となってしまうことだってありますが、それでも最も日常的に接している英語が洋楽、それもアメリカ南部音楽なんだからしょうがないですよねえ。
ジャズやブルーズやロック、リズム&ブルーズやソウルやファンクなどなど、いままで空気を吸ったり水を飲んだりするのと同じように聴いてきましたけれど、いまも、これからも、たぶん変わりありません。ぼくはダメ教師ですけど、ちゃんとした英語教師のなかにもこの単語やこの表現は洋楽のこれこれの曲題で知りました、なんていうひとはたくさんいるんですよね。
そんな感じで、アメリカ(やそれ由来のイギリスのでもいいけど、ロックは UK ロックのほうが)のくだけた音楽を浴びるように聴いてきたぼくらにとっては、中高大の英語の教師や教科書や参考書など、どんな人どんな本よりも洋楽で、英語を学んだのでした。会話などでよく使う日常的なカジュアルな英語、つまり ain't や gonna みたいなやつですけど、もう100%洋楽がぼくらの教師でしたよね。
(2020.1.29)
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