歌はヘタだけど、サウンドは心地いいし曲もいい 〜 ゲイリー・コーベン
https://open.spotify.com/album/4cb5KTC7Nn66kAQSOj8kSY?si=8kuk0675SyW95Qt7m8tYvg
ゲイリー・コーベンの『ガッズ・イン・ブラジル』(2019)。Gods というのはゲイリーとカシン(プロデューサー)のことなんでしょうか。ともあれ、サウンドはスーパー心地いい、ヴォーカルはヘタで聴いていられないというのが第一印象のアルバムです。これ、歌っているのがゲイリー・コーベンだということなんですよねえ。う〜ん、ヘタだ。業界では有名人ですけれども、だからって歌わせてみようってのは…。
ところで、ゲイリー(ギャリー)・コーベンは現在ポーランド在住で、リイシュー専門の Whatmusic レーベルの創始者として知られていると思います。そのゲイリーはいまから25年も前、リオ・デ・ジャネイロでカシンとフラット・シェアリングしていたそうで、その後カシンはブラジル音楽シーンでの大物プロデューサーに成長。カエターノ・ヴェローゾ、ガル・コスタその他大勢を手がけ、ブラジル音楽を代表する人物となりました。
リオでフラット・シェアリングしていたそのころからゲイリーは曲を書きためていたんだそうで、カシンはそれを知っていたようです。しかしそれらの曲をなんとかしようとはゲイリーは首を縦に振らず。カシンの頭のなかにそれらのゲイリーの曲がずっと残ったまま年月が経過。カシンは折に触れて「曲はどうなった?君のアルバム、創らないの?」と言い続けたんですって。
親友ゲイリーにゲイリーのつくった曲をみずから歌わせてみよう、アルバムを創ろうとずっと思い、問いかけ続けていたカシン。それが25年経ってようやく実現したのが『ガッズ・イン・ブラジル』ということになるんでしょう。ゲイリーがイエスの答えを出したのが2018年のロンドンでだったそう。友情の結実ですね。録音はゲイリーの住むポーランドはワルシャワで行われ、演奏には当地のポップ・デュオでカシンもかかわりのあるミッチ&ミッチが中心となって参加しました。最終的にカシンはリオに持ち帰り完成させたようです。
そんなこのアルバム、言いましたように主役のヴォーカルがふにゃふにゃでまったく好みから外れているんですけれども、しかしそれでもなんどもくりかえして聴いてしまうのはサウンドが極上だからですね。ゲイリーもソング・ライティングのほうなら文句なしです。曲がいい、プロデュースがいい、演奏もいいとなれば、あとはもっとちゃんとした歌手に歌わせてくれていればなあ。
でもこれくらいでちょうどいいのかもしれません。主役ヴォーカリストに声の強い、色の濃い人物を持ってくれば、その個性がきわだってしまい、それを聴くことになりますので、曲そのものやサウンド・プロデュース、演奏から若干耳が離れるかもしれません。そういうのがふだんのぼくの音楽の聴きかたです。
歌手のヴォーカルを聴かせたい、それが主役だという作品ならそれでなんの問題もありません。しかしゲイリーの『ガッズ・イン・ブラジル』は曲が主役だと思うんですね。プロデュースをやったカシンも曲そのものがずっと気になっていたんだそうですし、曲がいいから録音して具現化したいという気持ちだったと思います。
曲を活かしそれを聴かせるためには、これくらいのヴォーカルでちょうどいいのかもしれないですね。カシンのメイクしたサウンド、演奏陣もみごとで、心地いいことこの上なし。音楽的には(ちょっぴり1960年代風味もありつつの)1970s 的ブラジリアン・ポップスですね。ちょうど好みでもありますし、ゲイリーとカシンのルーツにもなっているあたりかもしれません。このアルバムはゲイリーの曲の魅力とカシンのプロデュース・ワークのたまものですね。
(written 2020.1.16)
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