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2020/04/01

ブルーズが好き

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(6 min read)

 

https://open.spotify.com/album/3QSRtkfas8Gr0vDByhFvkE?si=H2HObY29SCud0D1f956gvA

 

ぼくはとにかくブルーズという音楽が好き、大好きなんです。これはもう生理的なものなんで、どうしようもないんですね。だから高橋健太郎さんみたいなプロの音楽評論家のみなさんがいまの時代にブルーズなんてどうか?みたいなそんなたぐいのことをおっしゃってぼくの音楽趣味生活に影を投げかけても、うんだからちょっと恨みに思っていますけど(聴くのに申し訳なさを感じるようになってしまった)、そんなブルーズ否定論者のことはどうでもいいわけです。ぼくはただのアマチュア音楽リスナーなんで、自分が心底楽しい美しいと思えるものを聴いていけばいいんであって、新しさとか時代の要請なんてことは関係ないわけです。ぼくはブルーズが好き。

 

ブルーズが好き、これはあらゆる意味でそうで、だからいわゆるブルーズ・ミュージックも好きだけどブルーズ・スケールやそれにもとづいて展開されるフレイジングも好きで、ジャズやカントリーやロックやファンクやなどのなかにあるブルーズ(要素)も当然大好きです。もっといえばブルーズ・フィールが好きなんで、必ずしもフォーマット的な意味でブルーズ楽曲じゃなくてもいいんです。

 

こんなふうにいうと話が大きくなってしまって、今日ぼくの言いたいことからちょっと離れてしまうように思いますけどね。つまりかなり乱暴に言って20世紀のアメリカ(産、発祥の)大衆音楽はブルーズ・ベースだったのかもしれません。いや、ジャズはそうではない、アメリカにおけるジャズの誕生時にブルーズは存在しないというのはたしかにそのとおりで間違いないんですけれども、その後かなり早い時期にかなり根っこからブルーズを吸収し不可分一体化したとは言えるんじゃないですか。

 

すくなくともジャズの商業録音が1917年にはじまったとき、すでにジャズのなかには抜きがたいものとしてブルーズがありました。カントリー・ミュージックの先祖たるヒルビリーは白人版ブルーズとして録音がはじまったわけですし、当初はアメリカ南部で黒人も白人も共有するコモンウェルス的なものとしてのレパートリーがあって、同じものを黒人がやればブルーズ、白人がやればヒルビリーと呼ばれただけのことです。というかレコード会社がショップでレコードを売り分ける際のビジネス慣習的区分でしかなかったわけで、音楽的にはブルーズとヒルビリー(カントリー)は一体です。

 

ジャズはその後ブルーズ成分を濃くする方向に進み、ブルーズの一形態であるブギ・ウギもふまえながらのジャンプ・ミュージックや、ひいてはリズム&ブルーズの誕生につながり、同時にそれと不可分一体のものとしてビ・バップを産み、それ以後のモダン・ジャズが発展していくこととなったわけですね。モダン・ジャズのなかにはものすご〜くブルーズ・ナンバーが多いじゃないですか。しかも同じ時代に展開されていた(ブルーズ・ベースの)ロックやソウルなどと本質的に祖先は同じです。ファンクも同系で、だから1960年代末〜70年代にジャズ・ファンクやソウル・ジャズがあれだけ流行したのは一種の先祖帰り、本質奪還でしたね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-2a1c25.html

 

まったくブルーズと関係ないようなジャズやロックやポップスもたくさんあって、ぼくもあんがい好きですけど、ひもをたぐっていくとどこかでブルーズをはじめとするアメリカの黒人音楽のルーツにちょっとだけでも結びついていたりするのかもしれません。ブルーズやアメリカ黒人音楽そのものでなくとも、それ関連でそこから発展した音楽要素がちょっぴりでも混じり込んでいたりするんじゃないですか。アメリカみたいな国の音楽が、どんなものでも「混じり気のないピュア」であるなんてありえないわけですし。

 

こういったことは歴史的事実なんで、なかったことにしよう、切り離そうっていうのはムリな話です。南京大虐殺はなかったとかそういうたぐいの主張をしているみなさんと同類とみなされてもしかたがないんですよ。アメリカ音楽にブルーズがある、抜きがたくいろんなところに染み込んでいて、つまり日本の文化に中国大陸や朝鮮半島由来のものが抜きがたく一体化して日本のものとして存在しているのと同じようなことだ思います。

 

いや、こんなことが言いたくて今日書きはじめたのではありません。ぼくが書きたかったことは、個人的にとにかくブルーズが好きなんだ、だれがなんと言おうとブルーズが好きでたまらないんで、そのことはだれも否定できないし、ぼくがふだん聴いている音楽のなかにはブルーズがたっぷりあるし、ブルーズ・ミュージックの新作アルバムだって定期的にリリースされているし、ブルーズ成分を濃厚に持ったジャズやロックの新作アルバムだっていまだコンスタントに発売されているんだし、2010年代以後のジャズをはじめとする「進化した」「新しい時代の」音楽にブルーズはないんだとみなさんがおっしゃっても、ぼくにはなんの関係もないっていうことでです。

 

ぼくら素人音楽愛好家ブロガーにとって、時代の先端、新しさ、進化なんてどうでもいいんで、好きな音楽を聴き続けていけば、死ぬまでそうしていれば、それでいいでしょう。プロ音楽評論の見地を押し付けないでもらえますか。とにかくぼくはブルーズが好き、心底好きなんで、ただそれだけのことなんで、ブルーズ・ミュージックやブルーズ成分を濃く持つ音楽をこれからも好きで聴き続けていけばいいだけの話で、だれに遠慮することもなく堂々とブルーズを聴き愛し書き続けていればいいんであって、ブルーズは時代遅れだみたいな指図をされるいわれはないです。

 

(written 2020.2.22)

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