« ストーンズは不良なんかじゃない | トップページ | 暑さで弱った心に 〜 サンバとボサ・ノーヴァの中間あたりで、エドゥアルド・グジンとレラ・シモーイス »

2020/08/26

渡辺貞夫さんが歌手を使いはじめたころ

5de42c4f27ef414b84a38b37094807f9

(5 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/4L5Wby2qUywvh0K87RudDq?si=08rCS-LaS_6ZwWn2BnXoXw

 

渡辺貞夫さんが自身のリーダー・アルバムでヴォーカリストを起用するようになったのは、1983年の『フィル・アップ・ザ・ナイト』からでした。続く84年の『ランデブー』、85年『マイシャ』と連続起用。ストレート・ジャズな作品をはさみ86年の『グッド・タイム・フォー・ラヴ』でも使っています。それまでは歌手をフィーチャーしたことなどありませんでした。

 

いまだから正直に言いますが、ぼくはあのへんの貞夫さん+歌手の作品がキライでした。だれにも言わなかったけど、ケッ!とかって内心思っていたんですよね。いま考えたら意味のわからないことです。ですが、ぼくは当時ジャズのなかに(っていうかフュージョンと呼ぶべきか)ポップなヴォーカルが入るのをあまり好ましく思っていなかったんですよね。それは事実だったんで、はっきり認めておかなくちゃいけません。

 

1983年の『フィル・アップ・ザ・ナイト』のレコードを買い、一曲ヴォーカルが入っているのを聴いて、「なんだこれは!?」と思ったんでですから。しかもそれが「フィル・アップ・ザ・ナイト」というアルバム・タイトル曲だったから、いわばアルバムの目玉のようなものとして歌手がフィーチャーされているんだなあと知って、なんだかガッカリしたのを憶えています。そう、ガッカリしたんですよ、アホでしょう。

 

アルバムのほかの曲はそれまでの貞夫さんのイメージから外れない従来的なポップ・フュージョンで、だから歓迎だったんですけど、そう、期待のなかにおさまっているか従来イメージから外れているかみたいなことが当時のぼくにとって大切なことだったのかもしれません。バカバカしいことです、貞夫さんの音楽は貞夫さんのやりたいようにやればいいのに、どうしてファンのぼくがイメージを決めつけることができると考えたのでしょう?いまとなってはさっぱり理解できませんが、当時はそうだったんです。

 

しかもですよ、ここが当時たいへん重要なことだったんですけど、ぼくが貞夫さんのレコードを、発売されたリアルタイムではじめて買ったのが、その『フィル・アップ・ザ・ナイト』だったんですよ。ずっと前にこのブログで書いたことがありますが、ぼくは貞夫さんのレコードをほとんど買ったことがなく、超高名な『カリフォルニア・シャワー』と次作の『モーニング・アイランド』だけ持っていて、それ以外は知らん顔をしていた、というよりかラジオとライヴでぜんぶ聴けたんですよねえ、だから。

 

松山で開催されるコンサートにも毎回必ず行っていたし、FM 番組『渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ』も毎週欠かさず録音しながら聴いていました。それで、大学生活の四年間ですっかり貞夫さんへの期待値が高まっていたところで、じゃあ、っていうんでいざ発売されるとなった新作『フィル・アップ・ザ・ナイト』をワクワクしながら買ったんですよ。そうしたらヴォーカル・ナンバーがフィーチャーされていて。

 

それでもめげずにその次作1984年の『ランデブー』も買ったんですけど(ジャケットは大好きだった)、今度はヴォーカル・ナンバーが二曲もあったんですね。もうそれですっかりイヤになったぼくは、ラジオ番組を聴いたりライヴに行ったりはやめなかったけど、貞夫さんのレコードを買うのをやめちゃったんです。だから『マイシャ』とか『グッド・タイム・フォー・ラヴ』のことは、収録曲をライヴでやるのを生で、または録音されたライヴ・ヴァージョンをラジオで、耳にしていただけです。

 

40年近くが経過していまふりかえってみるに、やっぱり自分のなかに身勝手に組み上げたイメージから外れているのがイヤだったんでしょうね。貞夫さんの音楽はインストルメンタル・フュージョンであるっていう、しかもそれはかなりの部分、体験したライヴ・コンサートでぼくのなかにできあがったような、そんな強固な印象があって、だから歌が入るなんて…、とか思ったんでしょうね。

 

ぼくが決してフュージョン・ヴォーカル嫌いの人間なんかじゃないことは、このブログを継続的にお読みくださっているみなさんはおわかりいただいていることだと思うんですけど、むかしはこんなこともあったんです。ヴォーカルがどうこうっていうんじゃなく、貞夫さんがそれをやるのが意外だったんですよね。いまではそれら『フィル・アップ・ザ・ナイト』も『ランデブー』も、アルバム全体が好きで、聴いて楽しめます。

 

貞夫さんはといえば、その後、もちろんストレート・ジャズ作品をやったりするときはヴォーカリストは使いませんが、フュージョン・アルバムではやっぱり継続的に歌手を起用し、またブラジル人ミュージシャン、たとえばトッキーニョと共演したアルバムをつくったとき(『メイド・イン・コラソン』1988)なんかは、もちろん全面的にトッキーニョの歌をフィーチャーしているのをぼくも心から楽しく聴いています。

 

(written 2020.7.7)

 

« ストーンズは不良なんかじゃない | トップページ | 暑さで弱った心に 〜 サンバとボサ・ノーヴァの中間あたりで、エドゥアルド・グジンとレラ・シモーイス »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ストーンズは不良なんかじゃない | トップページ | 暑さで弱った心に 〜 サンバとボサ・ノーヴァの中間あたりで、エドゥアルド・グジンとレラ・シモーイス »

フォト
2022年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ