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2020年12月

2020/12/31

21世紀のベスト20

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(12 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/1xolB6fHdllwTyjLqfwyAx?si=vmLjnijeQt-nty7dGKzNpA

 

21世紀に入り今年で20年が経過したということで、今世紀のベスト20アルバムというのを選んでみよう、自分のための記録として残しておこう、と思い立ちました。

 

基準は時代を代表しているかということよりも、自分のフィーリングにピッタリ合っているか、聴いていて楽しいか、なんども再生したかということです。

 

したがって、あくまで “ぼく好みの” 21世紀ベスト20。リリース年順に並べました。

 

1)坂田明 / Fisherman’s.com(2001、日本)

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日本民謡をヒップ・ホップ以後の先鋭的なジャズ・ビート感覚でヘヴィなダーク・ファンクに変貌させたという、突出した異形。ほんとうにカッコいいのに、話題にならないのはなぜなのか。Spotifyでグレー・アウトしている曲はYouTubeで探してみてください。
https://open.spotify.com/album/54xWKhuZjQdqGf3N2Awmik?si=zsQHYlg9SPiJEvoEUzOxvQ

 

2)Tinariwen / Amassakoul(2004、トゥアレグ)

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いわゆる砂漠のブルーズ。21世紀の最初の10年(ゼロ年代)はティナリウェンのデケイドだったと言えるんじゃないですか。そんな時代を代表する音楽とぼくの嗜好とがピッタリ合致したのは幸せなことでした。
https://open.spotify.com/album/5FPDGVaIIfWVH79NJoslSe?si=pYbBxC6ITkWma0V6bMtwoQ

 

3)Sona Jobarteh / Fasiya(2011、ガンビア/イギリス)

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ガンビア系ロンドナーのグリオ、ソナ・ジョバーテを知ったのは2018年のこと。曲を書き、コラやギターなど各種弦楽器を弾きながら歌い、バンドのグルーヴィな演奏(特にドラマーがいい)もあいまって、これ以上ないほどの快感をもたらしてくれますね。ほんとうに爽快な音楽で、くりかえし聴きたくなるヤミツキの味です。
https://open.spotify.com/album/7h7MgG54nO4RvaPj01CEX6?si=HaKWa_9GTJ27BBaOgzoP8w

 

4)SakakiMango and Limba Train Sound System / oi!limba(2011、日本)

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これもアフリカン・ルーツの音楽ですが、やっているのは日本人。しかも鹿児島の一地方というローカル・ベースに根差してみごとに発信したという充実作。これぞまさしく “グローカル・ビーツ”。発売当時はすごいすごい!と毎日聴いていました。
https://open.spotify.com/album/1dDbzYEtnQmW5DLEjbitQv?si=whV8U35HRJCKW52u8uFYXQ

 

5)Nina Wirtti / Joana de Tal(2012、ブラジル)

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知ったのは2018年になってから。こんなにもチャーミングでかわいいサンバ・ショーロがあるんだなあって、マジで惚れちゃいました。アルバムも短いので、なんども続けてくりかえし聴ける楽しい音楽。
https://open.spotify.com/album/0Oivkm8f3O3YIIvPEJJr05?si=l-hQvjH_QYSKH-KokD8POw

 

6)Paulo Flores / O País Que Nasceu Meu Pai(2013、アンゴラ)

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2017年に知った(その年になって日本で買えるようになったんだったはず)アンゴラのモダン・センバ。こんなにものすごい音楽があったんだという、21世紀の汎ブラック・ミュージック最高傑作かも。センバを知ったことは、ここ10年ほどの個人的音楽生活クライマックスの一つです。現在Spotifyからなぜか消えています。
https://open.spotify.com/album/6aS5aVX3EKAPieBrDFzLCz?si=g2b0BXrPTpKfLVPSEQZHiw

 

7)HK Présente Les Déserteurs(2014、アルジェリア/フランス)

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アルジェリア・ルーツの在仏音楽家HK(アッシュカー)が、シャンソンの数々をアラブ・アンダルースなシャアビ・スタイルで料理した充実作。つまらないと思うことの多いシャンソンも、こんなふうにやれば本当に楽しくグルーヴィ。
https://open.spotify.com/album/6OlZXEsBuOaKnbCrScwiWt?si=dKr7FiFqT8mPSlRsccca2A

 

8)Dorsaf Hamdani / Barbara Fairouz(2014、チュニジア/フランス)

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2014年暮れの発売でしたので、買ったのは2015年。もういやというほど聴き狂いました。シャンソン(バルバラ)とアラブ歌謡(フェイルーズ)を、斬新なアレンジと歌手の力量で融合させた意欲作。
https://open.spotify.com/album/1GDQ89kQyz1755fry29kVm?si=89sZJlJgRWK-oY3uhumaoA

 

9)Faada Freddy / Gospel Journey(2015、セネガル)

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セネガルの、アフリカの、という枕詞も必要ない、世界に通用する普遍的なポップネスを持つ傑作です。スピリチュアルでダウナーなサウンド・スケープはまさにいまの時代の音楽でしょう。
https://open.spotify.com/album/5yEEGo0p4rgsHsenkDEt0t?si=0qDXw_CsQzidn__3i-vl4w

 

10)Rumer / This Girl’s in Love: A Bacharach & David Songbook(2016、イギリス/アメリカ)

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今年知ったばかりの歌手、ルーマー。このバカラック集は、曲の資質と歌手の資質とぼくの嗜好が完璧に三位一体で一分の隙なく合致した文句なしの一作です。あまりにも美しく、そして音楽的。ルーマーは近年のアメリカーナ・シーンと共振する部分もあるんじゃないでしょうか。
https://open.spotify.com/album/6GCJb3dvt1ioLYCIZNYNYR?si=vPA4XJ5TSg-RuQdRLs6dIg

 

11)Irineu de Almeida e o Oficleide 100 Anos Depois(2016、ブラジル)

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オフィクレイドという失われた低音管楽器の再発見がきっかけで誕生したこのイリニウ・ジ・アルメイダ曲集、21世紀の20年で五作にしぼれ、いや、ベスト1はどれ?と問われても、これを推したいと思うほど。クラシカルなスタイルそのままのショーロでありかつノスタルジーじゃないっていう、30年に一枚レベルの大傑作です。
https://open.spotify.com/album/66VYD6RWN2iY6zrLPyFBSg?si=dbLfOzF3R2CE_Lwn2ct1xQ

 

12)Lệ Quyên / Khúc Tình Xưa - Lam Phương(2016、ヴェトナム)

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(一部で?)熱烈なファンを持つ抒情派ロマンティック・バラード歌手。良作が多いですが、いつもは濃厚かつ重く劇的に歌うレーが、抑制を効かせおだやかに軽くさっぱりした感じで歌った、いまのところの最高傑作と思う2016年のラム・フォン集をあげておきます。
https://open.spotify.com/album/6tU12rqkM74LsmPAm5scy0?si=VXjex_3KRT6NXoVK0RSxFg

 

13)Hiba Tawaji 30(2017、レバノン)

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マライア・キャリーの影響を消化するところから出発し、いまやアラブ世界を代表する実力歌手の一人にまで成長したヒバ・タワジ。技巧先行みたいな側面も薄れ、高度に洗練されたポップスを歌の内容で聴かせる立派な充実作でした。
https://open.spotify.com/album/2bWSCz86y72WFTDN1L18V4?si=bNtYAF7ISUyXafe6EDk7uw

 

14)Iona Fyfe / Away From My Window(2018、スコットランド)

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真摯なフォーク歌手でありながらポップに聴かせる力量もあわせ持ち、時代とも響き合うアイオナ・ファイフのこのデビュー・フル・アルバムは、まるで無垢な宝石みたいな透徹した輝きを放っていました。その後の伸び悩みも今後解消されていくものと期待しています。
https://open.spotify.com/album/324FKjzNz20DnQw2HNzAx8?si=SM2rQFXhQP6prOeWkVu-pw

 

15)坂本冬美 / ENKA III 〜 偲歌(2018、日本)

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2016年から三年連続でリリースされた坂本冬美の『ENKA』シリーズ三作。有名演歌スタンダードの数々を、フィーリンみたいなふわっと軽くクールなアレンジと、エモーションを殺し抑制を効かせたおだやかなヴォーカル表現で料理してみせ、新しい領域を切り拓きました。演歌が廃れた「演歌以後」の時代である2010年代に登場した新感覚演歌、いわばポスト演歌です。
https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=uzaUR2FPTr2MbCmkH0FyEA

 

16)Martinho Da Villa / Bandeira Da Fé(2018、ブラジル)

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ベテラン・サンビスタのマルチーニョにして、この2018年作は新進の気概に満ちたニュー・サンバでした。1曲目からもうぐんぐん引き込まれる斬新な曲構成で、その後もファドふう歌謡サンバがあったかと思うとパーカッシヴなアフロ・ダンス・サンバもあり。背筋が凍りそうな不穏でダークで落ち着かないムードも表現していて、サンバでここまで2010年代的な時代の空気を的確に表現したものってないのでは。
https://open.spotify.com/album/4GpCmApC3QXUoeBguSqrHT?si=KcRAaoYGSq-8CAY9OcDqjg

 

17)Pinhas and Sons / About an Album(2018、イスラエル)

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真のワールド・フュージョン。日本では2020年に知られるようになったばかりですが、この先10年はないだろうという絶大なる衝撃でした。世界中のさまざまな音楽を混淆して意匠を凝らした緻密な難曲を超絶技巧で苦もなくこなしながら、楽しく聴きやすい愉快なポップ・ミュージックに仕立てあげる手腕は圧倒的で、稀有。20年のベスト3に入りますよね。
https://open.spotify.com/album/32yMMRYayASOhFb606XuAl?si=KpMKdZAtT6uril6VuTpZYQ

 

18)Angham / Hala Khasa Gedan(2019、エジプト)

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2018年、19年と立て続けに傑作をリリース、ただいま歌手人生で最も充実した時期を送っているであろう絶頂期アンガーム以上の存在は、いまアラブ圏にいないはず。こんなにも美しくとろける耽美の世界がどこにあるというのでしょう。
https://open.spotify.com/album/05enmrBRGHjSeAzjSvh64M?si=wL_KG9yxSg2h5D8TGNi1VQ

 

19)岩佐美咲 / 美咲めぐり〜第2章〜(2019、日本)

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2017年に出会って以来現在最も愛好する歌手が、2010年代的新感覚派、ポスト演歌の若手旗手、岩佐美咲。なにか琴線に触れる部分があるんです。演歌歌手の常道としてシングル盤中心の活動なので、すぐれた歌唱もシングル表題曲とそのカップリングにありますが、昨年リリースの最新アルバムをあげておきました。Spotifyにあるのはシングル表題曲だけなので、いちおうそれを。
https://open.spotify.com/playlist/3OxWmOFVeufNKmqHV3BTdV?si=F7ij6-edRpCbb5u7iO1BEA

 

20)Immanuel Wilkins / Omega(2020、アメリカ)

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21世紀、特に2010年代以後は、ジャズが再活性化したということが音楽シーンの大きな特徴としてあげられるでしょう。アップ・トゥ・デイトなビート・センス、ソロとインプロヴァイズド・アンサンブルのバランス感などなど、新しい表現が聴かれるようになっています。若手アルト・サックス奏者イマニュエル・ウィルキンスのデビュー作は、そんな新時代の表現法で黒人ならではのパッションをぶつけてみせた傑作でした。
https://open.spotify.com/album/2MxcrtQBHD4YbrPdCJaAY0?si=xx4BLIJyQImgy8n_ZWOLbg

 

〜〜〜

ほかにもシェバ・ジャミラ(アルジェリア)のライヴ、ベイルート(アメリカ)、マレウレウ(日本)、ソーサーダトン(ミャンマー)、ニーナ・ベケール(ブラジル)、ジョアナ・アメンドエイラ(ポルトガル)、ハッサン・ハクムーン(モロッコ)、ゴチャグ・アスカロフ(アゼルバイジャン)、アラトゥルカ・レコーズ(トルコ)など、選びたかった作品がいくつもあり、ずいぶん悩みました。

 

21世紀最初の10年の作品が少ないのは、ログが残っていないからです。1995年からずっと年間ベストテンを選びネットで発表し続けていますが、それを記したもとのテクスト・ファイルは2012年分からしか持っておらず、2005年にmixiをはじめる前のものは、もはや検索もできません。

 

だから、2004年までに愛聴した作品でなにか大切なものを忘れているんじゃないかという気がとてもしますが、思い出すよすががないんですからやむをえないです。

 

さあ、次の20年後まで元気でいられるでしょうか。

 

(written 2020.11.6)

2020/12/30

2020年ベスト10アルバム

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(5 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/5PO4zAUT1vnK9So74MocvB?si=zOByqN5gQ6iolUfQZS1V0A

 

今年から新作篇だけ。おおみそかに発表すると昨年から決めたんですが、今年だけはあした特別な企画を用意していますので、きょう出します。

 

毎年のことながら、傑作だとか時代を代表するだとかいうよりも、自分の好みやフィーリングにぴったり合うか、くりかえし聴いたか、で選んでいます。

 

すべてSpotifyで聴けます。

 

(1)Pinhas and Sons / About an Album(イスラエル、2018)

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今年になって日本に入ってきましたが、もうこればっかり聴いています。夢中です。真のフュージョン、ワールド・ミュージックだと思いますねえ。高度で複雑で難解な構成と技巧が、心地よく聴きやすく耳なじみのいい明快でポップな音楽性を下支えした大傑作。
https://open.spotify.com/album/32yMMRYayASOhFb606XuAl?si=LRtVVnQ6RQKtwI57alg47w

 

(2)Rumer / This Girl’s in Love: A Bacharach & David Songbook(イギリス/アメリカ、2016)

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四年も前のアルバムを選ぶのはどうかと思ったんですけど、これほどの宝石を知ってしまって無視することなど不可能。それほど美しい。ピンハス・アンド・サンズに抜かれるまでは、今年いちばん聴いた、いちばん惚れた作品でした。
https://open.spotify.com/album/6GCJb3dvt1ioLYCIZNYNYR?si=5zzWod4rSzC890M61zlOLQ

 

(3)Immanuel Wilkins / Omega(アメリカ)

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若手ジャズ・アルト・サックス奏者のデビュー作。今年も暮れになってこんなとんでもない傑作に出会ってしまうとは、大きな衝撃でした。強いパッションを新時代の新感覚ビート・スタイルに乗せて表現するカルテットの高い熱量に圧倒されました。
https://open.spotify.com/album/2MxcrtQBHD4YbrPdCJaAY0?si=iUJJjAvQRw-SDQ1piVoBMQ

 

(4)Kat Edmonson / Dreamers Do(アメリカ)

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とりあげているのはディズニー・ソングばかり。それをワールド・ミュージック的な視点から選んだ楽器とアレンジで斬新に料理し、いままでにないまったく違った様相に変貌させた手腕には脱帽です。コラとタブラを使った「星に願いを」とか、サンバになった「あななの夢ばかり」とか、いままでにあったでしょうか。
https://open.spotify.com/album/48vMJyoBaAUs7mRtVnENwh?si=5Frreq0fRSiILZrKOBPrdw

 

(5)Chelina / Chelina(エチオピア、2018)

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都会的に洗練されたモダン・ポップス。もうゾッコンで、一月ごろは毎日聴いていました。オーガニックなネオ・ソウル〜コンテンポラリーR&B的な色彩感が強く、ジャジーでもありますね。
https://open.spotify.com/album/3HtNWmhwolwjvqAV1RcJZK?si=PvjeiGPeQDGA6Lz8HUptTw

 

(6)Dino D’Santiago / Mundu Nôbu(ポルトガル、2018)

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ジャケットがいいので、それだけで聴いてみたくなります。デジタルな打楽器音をメインに組み立てる点描画法的なサウンド構築が大の好み。ダウナーでダークなサウンドスケープはいまの時代の音楽ですね。
https://open.spotify.com/album/2lNJ5yRhrfNmLgVWR7TGtw?si=Gem9M9qFTviEaIWBBeSatw

 

(7)Dilek Türkan / An(トルコ、2018)

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オスマン/トルコ古典歌謡。2018年の曲と1918年の曲をそれぞれやって同国100年の古典歌謡を俯瞰してみせた意欲的大作ですね。個人的にはギターやドラムスなども入った2018年分のモダンなふくよかさがお気に入りですが、オーソドックスで痩身な1918年分もみごと。
https://open.spotify.com/album/2JPi563PQa2U98d0rRcssP?si=sNtj2CExRwyd2hIkH1eG6Q

 

(8)Siti Muharam / Siti of Unguja: Romance Revolution on Zanzibar(ザンジバル)

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ベースとバス・クラリネットを中心とした低音メインのおどろおどろしくジャジーなターラブ・アンサンブルが魅惑的。主役歌手のヴォーカルもいいけど、バンドの演奏に聴き入りました。
https://open.spotify.com/album/3PFSo4rIUsm5YPOzxUSYe2?si=5AmqUWq1QF66_RoiMjSIbg

 

(9)Os Matutos / De Volta Pra Casa(ブラジル、2019)

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古典的そのままのショーロ・ミュージックは、いつだって好物です。このアルバムはその上、かわいくてキュートな魅力にあふれていました。オフィクレイドでエヴェルソン・モラエスが参加しています。
https://open.spotify.com/album/4oNIR1hnxTo6GtGvI11TFO?si=rAA-el14R3ug8RQ2MByl2A

 

(10)Nihiloxica / Kaloli(ウガンダ)

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ゴシックなエレクトロ・パーカッション・アンサンブル。ウガンダ現地の伝統リズムをベースに、現代的なクラブ・ビート感覚とも共鳴する内容で、おおいに感心しました。
https://open.spotify.com/album/60zIn86oH8QkyU2ry5z8hc?si=K3u9wjjIRNC1x2qjEeCVKw

 

ーーー

やむなく選外としたものを一部ご紹介。

・Karyna Gomes / Mindjer(ギネ・ビサウ、2014)
・Kem / Love Always Wins(アメリカ)
・里アンナ&佐々木俊之 / Message II - Reincarnation -(日本)
・SHIRAN / Glsah Sanaanea with Shiran(イエメン)
・Incesaz / Peşindeyim(トルコ、2017)
・Gustavo Bombonato / Um Respiro(ブラジル、2018)
・Lianne La Havas / Lianne La Havas (イギリス)
・Brian Lynch Big Band / The Omni-American Book Club: My Journey Through Literature in Music(アメリカ、2019)
・Soggy Cheerios / III(日本、2019)

リイシュー・発掘ものでは、プリンスの『サイン・オ・ザ・タイムズ』スーパー・デラックス・エディションをよく聴きました。

 

(written 2020.12.4)

2020/12/29

We have to be anti-racist 〜 Black Beauty

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(3 min read)

 

今年ほど、このブログのタイトルを「Black Beauty」にしておいてよかったと思った年はありません。いうまでもなくブラック・ライヴズ・マター #BlackLivesMatter 運動のもりあがりが大きい年ですからね、五月末ごろからずっと。

 

2015年9月にブログをはじめるにあたってタイトルを Black Beauty にしたのは、むろん何重かに意味を持たせたつもりではありましたけれども、あくまで第一義的にはブラック・ミュージックが好きだから、というだけのシンプルな理由でした。マイルズ ・デイヴィスがいちばん好きな音楽家で、マイルズはアメリカ黒人ですからね。

 

デューク・エリントンにも「ブラック・ビューティー」という曲があったりしますし、マイルズにも同題のアルバムがあったり、そのほかいくつかアメリカン・ポピュラー音楽界で意味を持つことばだったりして、社会的・人間的にも意味のひろがりを持ちうるんじゃないかという気持ちがありました。

 

でもいままでどなたかからこのブログのタイトルの意味を尋ねられたことは一度もなく。そりゃあなんでもないことばですからね。自分でもほかのタイトルのほうがよかったんじゃないかなどともまったく思わず、なにも考えず、こんにちまできました。

 

それが今年のこの様子ですよ。Blackということばに差別的な意味合いはないと思いますが、でもTPOによっては注意しなくちゃいけないばあいだってあります。それでも今年かちょっと前くらいから、アメリカ黒人(この「黒人」という日本語も差別的となるかどうかむずかしい)を中心に、大文字のBではじまるBlackという表現をみずからのポジティヴなアイデンティティを表示するものとして積極的に用いる動きが出てきていますよね。

 

いまやアフリカン・アメリカンというよりもむしろブラック・アメリカンという言いかたのほうがふさわしいと考える当事者たちも多くなっているようですからね。

 

その最たるものがBlack Lives Matterという表現でしょう。そんなムーヴメントの尻馬に乗っかって、2015年9月に考えたこのブログのBlack Beautyというタイトルを、ぼく自身は黄色の日本人ですけれども、アメリカのものだけでなくひろくブラック・ミュージックを愛する者として、今後も自覚と愛情を込めて使っていきたいと思います。

 

そして黒人差別をふくむ世界の人種差別がなくなればいいと、また、あらゆる(人種、民族、性、容貌、年齢、キャリア、居住地域、貧困、職種、障害などさまざまな)差別に徹底反対していくべきと、そう考え、テニスの大坂なおみ選手の言葉を借りれば、

 

(Being) not racist is not enough. We have to be anti-racist.

 

っていうスローガンを常に自己に言い聞かせ実践したい者として、Black Beautyというこのブログのタイトルにある種のプライドを持って、今後もやっていきたいと思っています。

 

(written 2020.9.17)

2020/12/28

ビートルズ『メディテイション・ミックス』の効用

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(5 min read)

 

The Beatles / Meditation Mix

https://open.spotify.com/album/3EBq3MYLSyBxxdxXJ4FBhN?si=0Wf-P7EIREiyVMAtZKtDBg

 

12月4日にリリースされたビートルズの『メディテイション・ミックス』(2020)というEP。ビートルズの公式Instagramで偶然発見しましたが、これ、たぶんストリーミングだけのアルバムで、ダウンロードもあるのかどうかわかりませんし、フィジカルはもちろんないでしょう。

 

っていうのは、これ、新ミックスとかじゃなくて、いままでに発売済みのものからちょこちょこっと六曲拾って並べただけの(プレイリスト的な)ものなんです。それでわざわざ『メディテイション・ミックス』と銘打って新リリース品として2020年暮れに紹介するのには、なにか理由があるのかもしれませんが、よくわかりません。

 

例の2009年リマスターとか、2018年の『ワイト・アルバム』拡大版ミックスとか、2019年の『アビイ・ロード』拡大版新ミックスなど、並んでいるなかで、ちょっと目をひくのは3曲目の「ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」と4「シー・オヴ・タイム」ですね。

 

「マイ・ギター・ジェントリー」は『ラヴ』ヴァージョン。これはなかなかめずらしいですよ。『ラヴ』なんて、あれはいつだっけ?2006年か、シルク・ド・ソレイユのステージで使うためのリミックス集だったんですけど、いちおうCD買ったものの、一回聴いてつまんないと思ってそのまま放ったらかしでした。

 

「シー・オヴ・タイム」はビートルズのメンバーの曲ではなくジョージ・マーティンが書いたシンフォニーで、アルバム『イエロー・サブマリン』B面から。これもなかなかレアですよね。ビートルズのオフィシャル・ディスコグラフィからは外されることが多い作品ですし、B面にはビートルズのメンバーがかかわっていないですからね。

 

しかしこのEP『メディテイション・ミックス』のなかでは、これら二曲とも楽しく聴こえますので、これも一種のコンピレイション・マジックですよね。さて、ビートルズと瞑想といえば、まっさきに頭にうかぶのがマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとの関係。くわしいことはみなさんご存知なので省略しますが、関係は1967年にはじまって、四人でインドにも行ったし、ジョンはすぐ離れたものの、その後もしばらくメンバーは没頭していました。

 

今回の『メディテイション・ミックス』EPは、そこらへんの1967〜68年ごろの内省的な曲を集めているのかというとそうともかぎらず、またジョージがシタールやタブラなどを活用して哲学的な歌詞を歌ったあからさまにインドふうな曲もまったくふくまれておりません。

 

じゃあいったいなにがメディテイションなのか?2020年12月に考えられる瞑想とビートルズ・ソングとの関係とは?となるとよくわからないんですが、これも一種のCOVID-19パンデミックに起因するコンピレイションということなんでしょうね。ステイ・ホームがあたりまえになって、もちろん毎日通勤しているかたもおいででしょうが、自宅でのリモート・ワークがこれだけ一般的になり他人とも(密に)会わなくなれば、自然と自己内省的になるんじゃないでしょうか。

 

レコード会社側としても、そんな事情関係なくむかしもいまも大人気のビートルズの楽曲群のなかから、そんな自宅でくつろいだり、瞑想したりとまでは言わないまでもみずからをかえりみる時間を持つようになっている世界のみんなのために、ちょこっとコンピレイションでも届けてみれば、これまたあるいは楽しんでもらえるかもしれないっていう、そんな意図があったかもしれないですね。

 

自室でリラックスしてゆっくりのんびりしながら自省するための時間としては、この『メディテイション・ミックス』EPの約18分はぼくには短すぎるんですけど、だからこれをいいきっかけに、自分でプレイリストでもつくってみようかなと思います。リラクシング・ビートルズっていうか、決して激しかったり快活だったりしない、落ち着いた雰囲気のメディテイション向きの内省的な曲だけ集めてもそこそこの時間になるはずですから。

 

(written 2020.12.11)

2020/12/27

ベテラン・ロック・ミュージシャンの心意気 〜 ジ・イミーディエット・ファミリー

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(4 min read)

 

The Immediate Family / Slippin’ and Slidin’

https://open.spotify.com/album/1kpkjbDGDpDgGP1UnatUd5?si=ZYZrwCpGTVuceakqIy9iQg

 

ジ・イミーディエット・ファミリーとはアメリカ西海岸のベテラン・セッション・ミュージシャンたちで2018年に結成されたバンド。ダニー・コーチマーを軸に、リーランド・スクラー、ラス・カンケル、ワディ・ワクテル、スティーヴ・ポステルの五人です。2020年の新作EP『スリッピン・アンド・スライディン』を聴きました。

 

このひとたちは基本スタジオ・セッション一筋で、過去にだれかとレギュラー・バンドでも組んで定期的に活動するなんてということはなかったんじゃないかと思いますが、どういうわけで2018年にそうなったんでしょうか。年老いてきて、逆にだんだんそんな意欲がムクムクと湧き出てきたということでしょうか。

 

ともあれ、1970年代にキャロル・キングとかジェイムズ・テイラーなどなど数々の音楽家のセッションでバックをつとめてきたミュージシャンたちの、その音楽性が、21世紀だからといって変化しているわけもなく、聴き慣れた、おなじみの世界がEP『スリッピン・アンド・スライディン』でも展開されています。

 

いかにも西海岸のロック・バンドらしいなっていうのが第一印象で、ちょっと聴いた感じ、全盛期の(つまり解散前の)イーグルズっぽい雰囲気があるなと思います。その上、個人的にはフォーリナー風味も感じますね。特に2曲目の「ニュー・ヨーク・ミニット」のサビのリフレインはフォーリナーっぽい。

 

収録の五曲とも、2020年という時代とはまぁ〜ったく響き合わない、レトロな、時代遅れの、ロック・ミュージックなんですけれども、音楽の楽しさ、美しさ、真摯で真剣な姿勢は、そんなことと関係ありません。ぼくは世代的にも1970年代ロックに親近感をおぼえる人間なんで、こういう音楽は大歓迎です。

 

ほぼ全編エレキ・サウンドなのは、彼らの往年の仕事を知っているとやや意外な感じもします。アクースティックなサウンド、特にバンドの軸であるギターのダニー・コーチマーはそんなセッションが多かったように思いますからね。このEPではエレキ・ギターを中心に弾いていますよね。

 

といっても、地味に黙々とサウンドの下支えをするというダニーの本領はやはり発揮されていて、折々で聴こえる派手めなギター・ソロはたぶんぜんぶワディ・ワクテルによるものでしょう。スライド・プレイなんかもやっていて、それも実にいい感じに響くヴィンテージ風味。

 

4曲目だけ、演奏が終わったら拍手と歓声が聴こえるからライヴ・テイクなんだろうなと思ったら、しっかり「ライヴ」とトラック・リストに書いてありました。これだけしかしどうしてライヴを収録したんだろうと思わないでもないですが、基本ライヴ・ツアーを活動の中心に据えているバンドなんだと思います。

 

それがところが2020年はCOVID-19のせいで年間通じ(21年前半だっておそらく)ほぼライヴはできませんでしたから、一曲だけ過去に収録したライヴ音源を混ぜておいたということなんでしょうね。スタジオ・テイクとなんら違わない熟練の完成度なのはさすがの腕前です。

 

っていうかスタジオ収録だって、漏れ聞く話ではこのバンド、全員集合の同時一発なライヴ演奏でやっているそうで、しかもその際、通常だと立てられるついたてもなしだそうですよ。やりにくいんじゃないか、と素人だったら心配しますが、ベテラン・スタジオ・ミュージシャンたちは意に介さないんでしょうね。

 

(written 2020.11.20)

2020/12/26

サンタナのラテンの血を担ったホセ・”チェピート”・アレアスのソロ・アルバム

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(4 min read)

 

Jose “Chepito” Areas / Jose “Chepito” Areas

https://open.spotify.com/album/0G2KA52MfPgGwwm7fLfYMh?si=bCRwLjpNQaqiiOKQSJtQkA

 

カルロス・サンタナ率いるサンタナは西海岸ラテン・ロックの雄。そのパーカッショニストとして1969年から74年まで大活躍した、ニカラグア出身、チェピートことホセ・アレアスの唯一のソロ・アルバム『ホセ・”チェピート”・アレアス』(1974)が2020年に話題になったのは、長らくレコードが廃盤状態だったところに、突如CDリイシューされたからですね。世界初CD化だそうです。

 

レコードは買わなかったファンも多かったらしく、廃盤になってその後まったく入手不可になってしまっていたみたいなので、CDリイシュー、しかも日本で、というのは歓迎されましたよね。ぼくのTwitterタイムラインでもそこそこ話題になっていました。Spotifyなどサブスクに入ったのもリイシューされたからだったのか、もっと前から聴けたのか。

 

チェピート人脈のラテン・ミュージシャン群が大挙結集してサポート。くわえて、初期サンタナ仲間のニール・ショーンやダグ・ローチ、リチャード・カーモード、トム・コースター、さらにはスライ&ザ・ファミリー・ストーンのグレッグ・エリコ、マロのハドリー・カリマンらも曲によって参加しているんですよね。

 

それでこんなにぎやかなラテン・ロック、ラテン・ファンクをくりひろげているわけですが、サンタナ三作目までのファンのみなさんであれば文句なしに楽しめる内容になっているなと思いますよ。初期サンタナでいかにチェピートがリズムの核だったのかもよくわかる内容で、実質的にサンタナとそう大きくは違わない音楽。こういうのがぼくなんかもほんとうに大好きなんです。

 

2曲目「ファンキー・フォルサム」とか3曲目「リメンバー・ミー」(これらで聴けるカルロス・サンタナばりのラテン・ロック・ギターはニール・ショーンでしょう、そうなると『サンタナIII』なんかでも実はけっこうニールが弾いていた?)なんかもたまりませんし、5曲目「モーニング・スター」とか、あるいは7「セーロ・ネグロ」もいいですね。

 

個人的クライマックスは8曲目「テレモト」の後半部。前半はトロンボーンを軸にクールな演奏なんですけど、中盤で3・2クラーベのリズムが入ってきたら突如、ほんとうに「地震」のような激しいラテン・グルーヴに移行。煮えたぎる血をこれでもかとぶちまけるような演奏に、そのまま聴き手はケイレンし瀕死状態におちいってしまいます。ラスト9曲目「グァグァンコー・イン・ジャパン」もすごい。日本へはサンタナで来たんでしょうね。

 

サンタナでは、自身のやりたいラテン・ミュージック的なことを思い切り存分にやり切れていたわけじゃなかったんだなということもちょっとは理解できる爆発ぶりで、キューバン・リズムを核とした灼熱のラテン・グルーヴ炸裂チューンのオンパレードで、血がたぎります。

 

このアルバムがレコード・リリースされた1974年というと、ラテン界はサルサ(ニュー・ヨーク・ラテン)の大ブーム真っ只中だったわけですが、東海岸のそれに対し、西海岸ではこんなラテン・ミュージックが展開されていたっていうこともよくわかる、格好の名作ですね。

 

(written 2020.11.19)

2020/12/25

マフムード・ガニアのディープ・グナーワ(2)

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(4 min read)

 

Mahmoud Guinia / Aicha

https://open.spotify.com/album/10EpOJqEiy3kShiBri6CJ2?si=m92v53dYTNmbFH9mRKNE_g

 

モロッコのマアレム、マフムード・ガニア(ギネア、ギニア)のことは、以前一度記事にしました。ディープなルーツ・グナーワを本領とするマスターで、ガニアの担当はゲンブリとヴォーカル。2017年の『カラーズ・オヴ・ザ・ナイト』のことをその翌年このブログでもとりあげたわけです。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-0d43.html

 

これをリリースしているハイヴ・マインドというレーベルはアナログ・レコードしかリリースしないCDを作らないという会社で、しかしダウンロードやストリーミングといったデジタル配信にはきっちり乗せてくれるんで、貧乏庶民のぼくなんかはそれで助かっています。

 

そんなハイヴ・マインドが、2020年もマフムード・ガニアのアルバムをリリースしてくれました。ガニアはもう故人ですが、『カラーズ・オヴ・ザ・ナイト』に続くもので、『Aicha』。これもCDはありません。レコードだってすでに完売状態ですから、配信でみなさんどうぞ。

 

『Aicha』は新作というわけではなく、モロッコ現地で1990年代後半にカセットテープでリリースされていたものをリマスターしてリイシューしたものらしいです。どうりで音質がちょっとショボいような気が最初しましたが、ヴォリュームを上げれば無問題。

 

それに音楽そのものは最高ですしね。前作『カラーズ・オヴ・ザ・ナイト』がテンションの高さを特徴としていたのに比べると、ややリラックスしているかなといった様子で、ガニアの故郷エッサウィラで気心の知れた仲間により形成される小編成バンドで録音されたもの。

 

仲間といってもこのアルバムで聴けるのは、ガニアのゲンブリ&ヴォーカルのほか、カルカベ担当が一名、+少人数の男声バック・コーラスと、たったそれだけなんですけどね。グナーワ・ミュージックを演奏する必要十分なミニマム編成というわけでしょう。

 

それでこれだけのグルーヴを表現できているのは、ひとえにガニアのゲンブリとヴォーカルの持つパワーゆえです。カルカベは複数名の演奏者がいることもグナーワでは多いと思いますが、このアルバムの音を聴くかぎりでは一名だけに違いありません。その鉄製カスタネットは両手に一個づつ持ってカシャカシャ鳴らすものです。

 

ガニアのゲンブリ演奏の低音の野太さは特筆すべきで、音量を上げて聴いていると部屋の床が鳴るほどズンズンとお腹に響いてきて、魅惑的。そのフレーズはシンプルでパワフルだけど、リズム的には複雑で、グナーワならではのつんのめるようなハチロク(6/8拍子)をカルカベともども奏でています。

 

こういった儀式グナーワは聴き手をトランス状態に導く力があって、だんだんと気持ちよくなってきて、日常とは違う異次元世界に連れて行ってくれます。それで、聴き終わったころにはすっかり癒やされているというスピリチュアルなヒーリング・ミュージックでもあって、結果、現実の見えかたが変わってくるという、そんな音楽ですね。

 

グナーワは、ポップ・ミュージックとのミクスチャでも決してその神秘性を失いませんが、ガニアのやるようなモロッコ現地の儀式そのままのシンプル&ディープなグナーワには、ほんとうに音楽ファンを惹きつけてやまない不思議な魔力がありますね。死ぬまで離れられそうにありません。

 

(written 2020.11.26)

2020/12/24

コロナ時代のクリスマス・ソング 〜 アイオナ・ファイフ

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(4 min read)

 

Iona Fyfe / In The Bleak Midwinter (Scots)

https://ionafyfe.bandcamp.com/track/in-the-bleak-midwinter-scots

 

今年もそろそろクリスマス記事を書きたいなと思っていたところ、ちょうどきょうの正午に一通のメールがBandcampから届きました。アイオナ・ファイフ(スコットランド)のニュー・シングル「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター(スコッツ)」リリースのお知らせです。上掲バンドキャンプのページでストリーミングやダウンロードできます。ぼくは1ポンドで買いました。

 

そう、そうなのでした、昨晩だったかな、アイオナは自身の各SNSアカウントで、明日朝ちょっとした一曲をリリースします、それはクリスマス・キャロルなんですよ、と告知してくれていたのでした。それで、それが公開されたというメールが(日本時間の)今昼バンドキャンプから来たわけですね。

 

「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」は英国の古典的クリスマス・キャロル。クリスティーナ・ロセッティが1872年に書いた詩にもとづくもので、メロディはその死後にグスターヴ・ホルストが書いたものがスタンダード。

 

アイオナはそれをスコットランド語に翻訳し、オリジナルにない三連目のヴァースもくわえて、あたらしいスコッツ・クリスマス・キャロルとして生まれ変わらせていますよね。スコットランド語がさっぱりなぼくですけど、バンドキャンプのページに歌詞が掲載されているので助かります(でも音で聴いたほうが英語に近いような)。

 

多くのクリスマス・キャロルは宗教的なおごそかさに満ちていて、当日に教会で静かに過ごす際のBGMとしてふさわしい雰囲気を持っていますが、そこは無宗教のポップ・ミュージック・ファンなぼくですから、にぎやかで派手な感じに解釈されたものをいままでの人生で楽しんできたわけです。

 

クリスマスが楽しくにぎやかなイベント、というのはキリスト教観点からしても、いいと思うんですよ。そういうふうに布教した、世界にひろめたと思いますし。実際、ポップ歌手がやる楽しげなクリスマス・ソングを人生でたくさん聴いてきました。それで気分が上がればオッケーと思うんですね。

 

ところが、今年は全世界的なCOVID-19パンデミック。大勢が近距離で集合したりすることは避けなければなりません。キリスト教圏で今年のクリスマスをどう過ごすのか、どんなプランが立てられているのか、まったく知りませんが、やはり例年どおりとはいかないでしょう。

 

そんなわけで、陰鬱で暗くつらかった今年のクリスマスには、派手でにぎやかでポップなクリスマス・ソングよりも、宗教的に敬虔な、静かでおごそかで、じっとひとりで部屋のなかで過ごすような、そんな様子にぴったり似合う「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」みたいなクリスマス・ソングがいいかも。

 

ましてやそれが愛するアイオナ・ファイフの歌で聴けるんですから、もはやこれ以上なにを求めようというのでしょう。今年のぼくにとっては、ピアノ一台の伴奏で歌うアイオナのこの「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」こそが最高のクリスマス・プレゼントです。

 

ありがとう、アイオナ、ぼくのサンタ。
xxx

 

(written 2020.12.4)

2020/12/23

圧倒的な祝祭感、ヘヴィロテ必至の超絶ミクスチャー・バンド 〜 驚愕のピンハス・アンド・サンズ

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(7 min read)


Pinhas and Sons / About an Album

https://open.spotify.com/album/32yMMRYayASOhFb606XuAl?si=o112hxM2QdG9L3AOBE3pZA

 

日本でも今年各所でいろいろ話題になっているイスラエルのバンド、Pinhas and Sons。これがピンハス・アンド・サンズなのか、ソンズか、はたまた違うのか、バンドの公式サイトの英文字記載から拝借してきましたが、もとはヘブライ語でפנחס ובניו 、読めません。かりにピンハス・アンド・サンズとしておきます。その2018年作『 מדובר באלב』(About an Album)がぶっとんでいますよねえ。

 

ピンハス・アンド・サンズは、リーダーでキーボード&ヴォーカルのオフェル・ピンハスを中心とする九人編成(パーカッション、ドラムス、ベース、ギター、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、ヴォーカル)が軸。イスラエルで2016年にファースト・アルバムを出していますから、そのあたりから活動しているんでしょうか。2018年作では大勢のゲストを迎え、観客を入れてのスタジオ・ライヴ形式で収録した模様。

 

話題の2018年作、聴いてみての第一印象としては、かなりポップでほんとうに聴きやすい明快な音楽、楽しい祝祭感にあふれている、といったところです。どんだけすごいのかということをみなさんおっしゃっていますけど、テクニカルなことがこの音楽の本質じゃないような気がします。

 

とっつきやすい、聴きやすい、楽しく愉快にノレるといったあたりが最大の特徴で、しかしたしかに音楽的にはとんでもなく高度に洗練されていて、複雑怪奇。バンドの演奏能力だってとてつもなく高く、難技巧をあっさりこなすテクニカル、メカニカルなレベルの高さが、ポップな音楽性を下支えしていますよね。

 

そういう意味ではフランク・ザッパの音楽に酷似しています。1960年代末から90年代まで活躍したザッパの音楽こそ、変拍子やキメラなハイブリッド性、複雑怪奇な曲構成を、作曲と即興の超絶的な不可分一体化によって、結果的には心地よく楽しく聴きやすいポップ・ミュージックへと昇華していたわけで、まさにピンハス・アンド・サンズの先祖です。
https://www.youtube.com/watch?v=vAGVQM6IAKk

 

世界中の種々雑多な音楽のごった煮状態であるピンハス・アンド・サンズのこのアルバムの音楽。クラシック、ジャズ、プログレ、クレズマー、フラメンコ、アラブ、バルカン、ラテン、ブラジルといった幅広いジャンルの音楽をぶち込んでいて、しかも継ぎ目がないシームレスなスムースさでこなしています。

 

アルバムの曲はバンド・リーダーのオフェルがだいたい書いているみたいですけど、どうしてここまでのハイブリッド・センスを持ち合わせているのか、経歴というか音楽家としてのいままでのキャリア形成におおいに興味がわくところです。
https://musica-terra.com/2020/06/07/pinhas-and-sons-interview/

 

こういうものこそ「ワールド・ミュージック」「フュージョン・ミュージック」と呼んでほしいんですが、ピンハス・アンド・サンズの今作にある世界の雑多な音楽要素のうちぼくが最も強く感じるのは、ジューイッシュ音楽、中東系の音階、バルカンのリズム解釈、そしてブラジル風味とジャジーな演奏法です。

 

1曲目はJ・S・バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の第一番を下敷きにしていますけど、そこにクレズマーが混じっているという。そうかと思うと2曲目は聴きやすいポップなヴォーカル・ナンバーで、しかしその伴奏が変態テクニカル・フュージョン。
https://www.youtube.com/watch?v=SbJqMCjsOMs&feature=emb_title

 

3曲目はヴォーカル・コーラス・ナンバー(ゲストがいるんでしょう)だけど、4曲目は一小節ごとにリズムが変化し、しかも後半のフルート・ソロが絶品な美しさ。
https://www.youtube.com/watch?v=dwMsmlJXAQA&feature=emb_title

 

ジューイッシュ音楽とアラブ音楽を混淆したようでいて、伴奏は高度にテクニカルでジャジーな5曲目を経て、
https://www.youtube.com/watch?v=vYaOk2HPlOA&feature=emb_title

 

6曲目はテンションの強いジャジー&ファンキーなハーモニーと、バルカン音楽に影響されたリズム、中東的なメロディーがからんだキラー・チューン。
https://www.youtube.com/watch?v=MUgoBbRQwlc&feature=emb_title

 

とにかくどれも作曲、アレンジ、演奏ともに異様にレベルが高く魅力的で、しかも非常に複雑だけど、男女のツイン・ヴォーカルやコーラス・ワークもキャッチーで不思議とポップスのように耳になじむという、それが特色のバンドですね。

 

9曲目でゲストとしてSpotifyでクレジットされているシランは、ぼくも以前とりあげたテル・アヴィヴ在住のイエメン歌手シランのことでしょう。これは完璧にアラブ音楽、だけどリズムはバルカン的っていう折衷具合。

 

そう、どの曲も異種混淆なんですけど、ピンハス・アンド・サンズのばあいは、どれだけ多様な音楽を混合・折衷していても、まったくスムースに一つのものとして溶け合わせていて、違和感なく明快なできあがりで、聴きやすくノリやすいように仕上げているんですよねえ。すごいことです。

 

アルバムのクライマックスはラスト12曲目。メタルっぽいバロックふうなイントロが終わると、曲はサンバ/ショーロに影響を受けた怒涛のブラジリアン・テクニカル・フュージョンに展開。細かく上下する早口ヴォーカルと楽器演奏のラインをぴったりユニゾンで合奏させたり、ゲスト参加のブラジルの打楽器グループによるサンバ・アンサンブルが入り乱れたり。メロディ・ラインはビ・バップふうでもありますね。しかもこんだけ複雑なのにキャッチーで愉快なポップスであるっていう。なにより楽しい!
https://www.youtube.com/watch?v=payjVl-amnM&feature=emb_title

 

複雑かつ緻密な楽曲が、タイトなリズムでみごとなアンサンブルに昇華されるさまは圧巻。ワールド・ミュージックを聴く醍醐味が詰まったすばらしい作品ですね。

 

もうね、こんなにむずかしいことをやっているのに、こんなにも聴きやすくノリやすいポップ・ミュージックだなんて。ありえませんよ、こんなの。もう夢中です。間違いなく今年のベスト・アルバム No.1でしょう。

 

(written 2020.12.22)

2020/12/22

新旧センバ、どっちも好き 〜 ゼカックス

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(4 min read)

 

Zécax / Avó Sara

https://open.spotify.com/album/6iO7KQKLdsqLtrUplC5H0p?si=VwkBUcjcTsCF5khyh9QL9w

 

bunboniさんに教えていだだきました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-10

 

アンゴラの歌手、ゼカックスことジョゼ・アントニオ・ジャノタ。Spotifyでは2016年とクレジットされていますけど、どうなってんの?ともあれ、リリースされた唯一のリーダー・アルバム『Avó Sara』は2パート構成。前半が新録音作品で11曲目まで。12曲目以後はゼカックスの往年のヒット曲を年代順に収録したもの。

 

やっぱりなんといっても前半11曲の新録音アルバム・パートが聴かせる内容で、とてもいいですよねえ。センバだといっていいと思いますが、アップデートされたモダン・センバとして工夫されています。サウンドも感覚的にも21世紀的。

 

出だし1曲目でもうじゅうぶんそれを聴きとることができますね。リズム、というかグルーヴがシャープでタイトでしょう。しかも甘さというかスウィートなフィーリングもあって、なかなか聴きごたえありますよね。ホーン・セクションもピシッと決まっているし。

 

スウィートさ、メロウさが2曲目以後も目立っているなという印象で、このへんは時代感覚ということなんでしょうね。ゼカックスのヴォーカルは決してうまいわけじゃないっていうか、ちょっと朴訥としていますけど、バックのサウンドが最高ですよ。DJマニャがアレンジしたようで、ゼカックス本人がどこまでかかわっているのかはわかりません。

 

3曲目「Fim de Semana」は往年のヒット曲のリメイク。(1980年代の?)オリジナルが17曲目に収録されているので聴き比べてみてください。3曲目の新ヴァージョンがいかに新感覚か、わかると思います。モダンにセンバを焼きなおすといったこういう試みがアルバム全体であふれていて、楽しいですね。

 

しかしですね、その17曲目のオリジナル版「Fim de Semana」にしてもそうなんですけど、個人的にはこういった往年のセンバもなかなかいいぞ、むしろそっちのほうが好きかも、自分のフィーリングには合うよなあと思う面があります。

 

たしかに感覚もサウンドもちょっと古くさいとはいえ、こういった黄金時代のセンバを聴くのがぼくは大好き。なぜでしょうか、自分でもよく説明がつかないんですが、とにかく聴けば気持ちいいんだからしょうがないです。チューニングのあいまいなホーン・セクションがあまり演奏していない、ギター中心の曲だと最高だと思っちゃいますよ。16曲目「Contentor」なんか、もうねえ。

 

図らずも今回のゼカックスのアルバムは新旧のセンバが並ぶことになっていますから、新しいのもいいけど古いのだって好きだぞという、ぼくのこの嗜好をいっそうはっきりと自覚することができました。もちろんパーカッションをフィーチャーした新録部分の10曲目「Mulher Angolana」なんかすごいなとわかりますが、ぼくは12曲目以後の古いセンバも同じくらい好きです。っていうか、どっちかというとそっちのほうが。おおらかでのどかな感じがするのがいいのかなあ?よくわかりません。

 

(written 2020.11.13)

2020/12/21

「あなたの記事が話題です!」(noteで)

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(4 min read)

 

https://note.com/hisashitoshima/n/nc63a2b3c3923

 

今年一月ごろから、それまでどおりブログBlack Beautyに毎日音楽関係の文章を発表するのと同時に、そのまま同じものをnoteとMediumにも毎日公開するようにしています。ちょっとどんなもんか興味があったんですよね。そのまま現在までずっと続いています。

 

といっても、Black Beautyのほうはもう五年半以上継続しているブログなので、過去記事も相当数になっていますけど、それらをnoteなどに転載することはまったく考えていません。新記事だけBlack BeautyとnoteとMediumの三つに同時アップするようになったんですよね。

 

それで、ぼくのばあい、noteでは各記事につく「すき」(いいねのことをnoteではこう言う)がいつも2個、3個、多くても6個程度なのに、こないだ一週間ほど前に公開した「現代に再創造されたブルー・ノート・クラシックス〜『ブルー・ノート・リ:イマジンド』」に突然大量のすきが付きはじめ、こりゃいったいなんだろう?と思ったんですね。

 

そうしたら、先週木曜日12月17日の夜に、この記事がnote公式マガジン「#音楽 記事まとめ」に選ばれて、次いで土曜19日の朝には「編集部のおすすめ」に選出されたみたいなんですよね。どうりでヴューやすきが急激に爆増したわけですよ。

 

それで現在12月20日午後時点で、note記事「現代に再創造されたブルー・ノート・クラシックス〜『ブルー・ノート・リ:イマジンド』」には計50個のすきが付いています。ヴューも9千回以上。いずれもぼくにとっては異常な数です。

 

公式だけじゃなくユーザーのマガジンにも、二本か三本、追加されたりして(noteは執筆者がそう設定してある記事を他のユーザーが自由に自分のマガジンにいろいろ追加して編纂できる)、気に入ってもらえているんだなあという気がします。

 

「編集部のおすすめ」選出が土曜日だったでしょう、だから週末にちょこっとnoteにアクセスして、さてどんなおもしろい記事があるかな?とさがして読んでみるみなさんにとっては絶好のタイミングでぼくのその記事がおすすめの上位に来てしまっていたわけですよね。

 

すきやヴューだけでなく、クリエイター(とnoteは呼ぶ)としてのぼくをフォローしてくれるかたもぐんと増え、さすが公式のまとめとかおすすめとかの威力は絶大なるものがあるんだなあと、いまさらながら実感しておりますね。どうしてぼくのその『ブルー・ノート・リ:イマジンド』の記事が選ばれたのかはわかりませんけれども。気持ちの入った好記事と自分では思うものをもっと書いてきたつもりでしたけどね。

 

ブログにしろ、その更新のお知らせを書いたツイートにしろ、noteにしろMediumにしろ、好意的な反応がたくさんあればそりゃもちろんうれしいものです。これからもそんなことがあるように、日々精進していきます…、と言うところかもしれませんが、ぼくはぼくでいままでどおり、なにも変わらずずっと同じように続けていきたいと思っています。

 

音楽を聴き、楽しんで、ポジティヴな感想がうかんだものについてはちょこっと自分なりの文章を記して、公開する 〜〜 たったこれだけの、いままでと同じことを今後も同じ気持ち、同じペースで続けます。よろしくどうぞ。

 

(written 2020.12.20)

2020/12/20

極上のカリブ風味と洗練されたアフロ・ポップ・センス 〜 カリナ・ゴメス

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(3 min read)

 

Karyna Gomes / Mindjer

https://open.spotify.com/album/3buevUWYS6HF4FfGRK9t1S?si=pIJ8867BROKdvM41ZUqBrg

 

bunboniさんに教えていただきました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-02

 

ギネ・ビサウの新進歌手、カリナ・ゴメス(Karyna Gomes)のデビュー・アルバム『Mindjer』(2014)。かなり内容がいいし大好きで、今年のベスト10アルバム有力候補だなと思ったら、六年も前のリリースじゃないですか。もうちょっと最近の作品なら、間違いなく2020年ベストのなかに選んでいたはずです。

 

と思うほどすばらしい音楽で、よく聴いています。なんといってもカリブ/ラテン風味ですね、気に入っているのは。たとえばアルバムの出だし1曲目がいきなりのサルサ・ナンバーじゃないですか。このグルーヴ感、リズム、サウンドが最高に心地いいですよね。カリナのやわらかくていねいな歌唱もみごと。これ、曲を書いたりアレンジしたりは、カリナ自身がやっているんですかね?だとしたら脱帽です。

 

アコーディオンがいい感じに入ってくるのには、サルサ(アフロ・キューバン)でありながら、クレオール風味を感じたりもして。もうこの出だし1曲目だけで、あっ、ぼくはこのアルバム大好きだぞ、と確信できる内容ですよ。キューバンというかカリビアンなラテン風味は、アルバム中ほかにも数曲あります。

 

3曲目のビート感なんかもそうですし、4曲目のイージーでリラクシングな感じはたしかにハワイ音楽を想起させますが、同時にこの明るい感じにはカリブの青い空をもぼくは連想したりもしました。リズムのノリにちょっぴりアバネーラっぽいフィーリングもありますからね。男声の語りではじまるラスト12曲目も、ビートが入ってきてからはキューバン・ミュージックふうに聴こえます。

 

正確にはカリビアンというよりアフロ・クレオール音楽ということでしょうけれどもね。ギネ・ビサウらしい西アフリカ音楽要素だってもちろん強く、たとえば数曲でコラがフィーチャーされていますけど、実に効果的。ところでぼくはコラという弦楽器の繊細な美しさ、その音色が最高に好きなんですけど、ねえ、ほんとうにすばらしいサウンドですよね。

 

たとえばこのアルバムのクライマックスというか白眉といえる6曲目「Mindjer Di Balur」でのコラ・サウンドの入りかたなんか、絶品ですよねえ。たおやかで美しい。曲づくりもアレンジも繊細で、しかも高度な洗練を感じます。コラの美しい音色とアコーディオン、カリナのソフト・ヴォイス、くわえパーカッションがからみあって、もうえもいわれぬ極上のアフロ・ポップに仕上がっていますよね。この「Mindjer Di Balur」を美しさでしのぐアフロ・ポップは、近年聴いたことがないぞと思うほど。

 

(written 2020.11.9)

2020/12/19

イタリア発、グルーヴ・オンリーのクラブ・ジャズ 〜 ジェラルド・フリジーナ

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(3 min read)

 

Gerardo Frisina / Moving Ahead

https://open.spotify.com/album/6n7NBhb8zDmIX1Rwwg8FBQ?si=avGM0RWaTfazvHa54VZN-g

 

イタリアのクラブ・ジャズ界の大物、ジェラルド・フリジーナの新作『ムーヴィング・アヘッド』(2020)が出たので聴きましたが、やはり今回もなかなかいいですよね。クラブ・ジャズということで、グルーヴ一発、踊れるようにっていう、それだけにフォーカスしたような音楽です。

 

くわしいパーソネルとか録音情報がわからないんですけど、グルーヴ・タイプはあきらかにアフロ・ラテンですよね、この音楽。アフロ寄りかな。じっとすわって聴き込むような音楽じゃなくて、フロアでダンスするためのものですから、延々と一種類のビート感が続くのも特徴です。だから対面して聴き込んでいると同じような曲がずっと並んでいるので飽きちゃうかも。

 

ってことで、部屋のなかにすわっているときでも、トラックリストを眺めながら真剣に耳を傾けるというよりも、ながら聴き、なにかをしながらBGM的に流す、というのに向いているアルバムだなと思います。グルーヴィさは極上ですから、気分はいいです。ちょうど1990年代的なアシッド・ジャズな感覚にも満ちていますよね。

 

このアフロ・ラテンなグルーヴ、たぶんこれ聴いた感じ、バンドの生演奏で実現しているんですよね、きっと。そう聴こえます。基調はあくまでドラムスとパーカッションの打楽器群。それが大きくバーンとフィーチャーされていて、そこに各種楽器音がちりばめられているといった配色でしょうか。

 

ちょっと異色なのはコラです。だれが弾いているのか、西アフリカのこの弦楽器、でもエキゾティックな雰囲気はまるでありません。あくまでジャズ・ファンクというか西洋ふうクラブ・ジャズのなかの一要素としてコラの音が混ぜ込まれているだけなんですけど、それでもオッと耳を惹きますよね。新鮮でさわやか。

 

多くの曲でアフロなグルーヴが実現しているなか、そのなかにいろんな打楽器で3・2クラーベのパターンも演奏され同居していて、このアルバム、一時間以上も、ただひたすらこのノリのいいグルーヴに身を委ねているだけで快感だといえる、そんな音楽ですよね。理屈抜きに楽しいです。

 

(written 2020.10.27)

2020/12/18

新感覚ファドの若手歌手 〜 サラ・コレイア

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(3 min read)

 

Sara Correia / Do Coração

https://open.spotify.com/album/73BFWOB4vxPVyaMU8bvVDP?si=zJEu1j9mQJulDHwxCH8nXQ

 

サラ・コレイア。ポルトガルにおけるファドの新世代若手歌手だとのこと。新作『ド・コラソン』(2020)ではじめて出会いましたが、こりゃなかなか魅力的な音楽ですよ。みずみずしくて、新しい感覚にあふれたニュー・ファドだと言っていいんじゃないでしょうか。

 

新鮮なのはなんといってもリズムですね、いままでファドでこんなリズムを聴けたことはなかったんじゃないかと思うような曲が並んでいます。出だし1曲目のギターの弾きかたからしてすでにフォーキーな雰囲気がただよっていますが、それ以上にビックリするのは2曲目です。ラテン/カリブ調じゃないですか。

 

こんな快活で陽気で跳ねるリズム・シンコペイションに乗ったファドって、いままでありましたっけ?ぼくは初体験です。リズムを表現するためにドラム・セットとエレキ・ベースが使われているのだって軽い驚き。ディオーゴ・クレメンテがアルバム全編でプロデュースをやっているそうで、その仕事なんでしょうね。

 

こんなリズム・フィールと曲調の明るさは、3曲目以後もアルバムを支配していて、軽快さをファドに持ち込むことに成功しています。サラ・コレイアの発声や歌いまわしは、それでもやっぱりファド歌手だなというのを感じる濃ゆいアイデンディティがありますが、新世代らしい軽妙さをも身につけていると言えましょう。

 

4曲目でアコーディオンを使って打楽器も入りややアバネーラ〜タンゴっぽいリズム・フィールを表現していたり(ベースはコントラバス)、スネアの硬いリム・ショット音とギターのフレーズが地中海〜カリビアンな明るさを表現する5曲目(ゲスト歌手としてアントニオ・ザンブージョが参加してサラとデュオで歌う)とか、ピアノを効果的に使った7曲目もいい。

 

さらに8曲目ではやはりふたたびドラムスとエレベを用いて軽快で強い跳ねるリズムを表現するポップな曲調。サラもさらっとやわらかく歌っているのが耳を惹きますね。これもポップでフォーキーなバラードみたいな9曲目とか、その後も従来的でない新感覚のファドを披露するサラとディオーゴ・クレメンテの試みが楽しいアルバムです。

 

(written 2020.10.25)

2020/12/17

ニュー・オーリンズ・ジャズのあの空気感 〜 ドク・スーション

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(8 min read)

 

Edmond “Doc” Souchon / The Lakefront Loungers and His Milneberg Boys

https://open.spotify.com/album/0PsHYdzjjJCPb0dfyNPcaR?si=G_MCZe8HSlmx1yMNmgNtPQ

 

きのう書いたスクィーレル・ナット・ジッパーズの新作アルバムはドク・スーションにフォーカスしたものでしたが、そんなわけでエドモンド・ドク・スーション、Spotifyにあるということで、実はいままで聴いたことなかったからいい機会だと思い、流してみました。

 

ドク・スーションは1897年にニュー・オーリンズで生まれたジャズ奏者&研究家。ギターやバンジョーを弾き、また歌い、1968年に亡くなるまでずっと発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズを仲間たちと演奏し、また古いニュー・オーリンズ音楽のレコードや同地のさまざまな文化物の蒐集・保存に力を尽くした人物です。

 

Spotifyに唯一あるドク・スーションのアルバム『The Lakefront Loungers and His Milneberg Boys』は、たぶんこれ、2in1 でしょう。いつごろの発売なのか、2in1でCDリイシューされたのは21世紀のことかもしれないけど、オリジナル・レコードは1960年代の発売だろうと思います(ドク・スーションは1968年没ですから)。録音年がはっきりしませんが、1950年代末〜60年代前半との情報もあります。

 

アメリカ南部ルイジアナ州ニュー・オーリンズでジャズが誕生したのがいつごろのことだったのか、19世紀の終わりごろだったんじゃないかという話ですけど、なにしろその当時の録音が残っているわけじゃないので、その姿そのままをぼくたちが聴くことはできません。

 

クラシック音楽と違ってジャズは譜面で保存することも不可能でありますから、なんにつけてもとにかくレコードが大切なわけですけど、ジャズの史上初録音は1917年(オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド、ODJB)。その後はどんどんレコードが出るようになりましたが、すでにニュー・オーリンズ現地におけるジャズのピークは過ぎていたわけであります。

 

同地出身のキング・オリヴァーにしろサッチモことルイ・アームストロングにしろジェリー・ロール・モートンにしろ、録音したのはニュー・オーリンズを離れた1920年代以後のことで、その最初期録音ですら、もはや彼の地の、往年の、ジャズ最盛期の、空気感を嗅ぎとることは不可能です。ニュー・オーリンズ生まれで最も有名なジャズ音楽家は間違いなくサッチモでしょうけど、サッチモの残したレコードにニュー・オーリンズ・ジャズの香りはまったくなしですからね。

 

と、こう書けるのも、実は発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズの姿、スタイルをそのまま真空パッケージしたように保存した古老たちが例の1940年代ニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルでどんどん録音したレコードを聴いているからなんですね。バンク・ジョンスン、ジョージ・ルイス、スウィート・エマ・バレットなど、ああいったジャズ演奏家たちのレコードは、ぼくがジャズに夢中な大学生だった1980年代初頭にあっても問題なく買えたんです。

 

すると、それらで聴く発祥期そのままのニュー・オーリンズ・ジャズとは、キング・オリヴァーやサッチモ、モートンらの音楽となにもかも違っているじゃないかということに気がついたわけですね。まず第一にソロがほとんどなく、曲の最初から最後まで合同演奏で進みます。

 

曲のレパートリーだって違えば、さらに最大の違い、というか発祥期ニュー・オーリンズ・ジャズで最も顕著な特徴は、<あの空気感>としか呼びようのないオーラみたいなものです。ぼくはニュー・オーリンズ現地にちょっとだけいたことがありますが、あの土地で呼吸してみてはじめて理解できる、独特のヴァイブがあるんです。

 

そんな空気感を1940年代以後のニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルの古老たちは数十年が経過してもよく残していて、鮮明に再現してくれていました。なんというか南国の、あの強い日差しのもと、ジリジリ焼けつくような、音楽のサウンドやリズムにも反映されるあの空気感、雰囲気、それこそがニュー・オーリンズ・ジャズなのです。真夏に一週間も滞在すれば、だれでも感じることができます。

 

ドク・スーションは1897年生まれですから、1940年代のリヴァイヴァルで録音した古老たちよりはやや若い世代です。同地の生まれ育ちとはいえ、発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズの姿はかすかに憶えているといった程度じゃなかったでしょうか。ドク・スーションのばあいは、生育環境もありましょうが、なにより後年の学習によって獲得した部分が大きいような気がします。

 

Spotifyにあるドク・スーションのアルバムを聴いていると、あの時代の、発祥期の(ジャズを中心とする)ニュー・オーリンズ・ミュージックの姿が鮮明によみがえります。それは1940年代のニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルで録音した同地の古老たちがやったジャズに相通じるものなんですね。あの、ニュー・オーリンズの、独特の空気感、フィーリングをドク・スーションはよく再現してくれています。

 

ちょっとおもしろいのは曲のレパートリーです。「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」のような、リヴァイヴァル期の古老たちもよくやったようなスタンダードをたくさんやっていますが、これが初期ニュー・オーリンズ・ミュージックにふくまれるんだなあとちょっと驚いたものだってすこしあります。

 

たとえば、1920年代の北部都会派女性ブルーズ・シンガーたちがよく歌った「トラブル・イン・マインド」をジャズ・ミュージシャンがインストルメンタル演奏するのははじめて聴きましたし、またODJBの「オストリッチ・ウォーク」は彼らのオリジナルで、早い時期にレコード発売されましたが、これなんかも現地ニュー・オーリンズで演奏されていたとはねえ。「スタック・オ・リー」のような伝承フォーク・ナンバーもあるのはちょっとした驚きです。

 

このへん、ドク・スーションは特にニュー・オーリンズ現地に根付くジャズ・レパートリーと限定せず、あの時代の当地にゆかりのある文化遺産的な意味合いで、後年レコードで聴いて自身の演奏曲目に追加したんじゃないかという気がします。もとはといえばジャズとは演奏の方法論であり、曲そのものにジャズ・ソングなんてものはないわけです。同時代のポップ・ソングでもなんでも、なにをやってもジャズ・スタイルで料理したものがジャズなのです。

 

そんなこともまた、発祥期のジャズとニュー・オーリンズ文化を研究しつくしたドク・スーションならではあるな、このひとはわかっている、ホンモノだったなと実感できたところで、ジャズ・ミュージックのことを再確認しました。

 

(written 2020.10.24)

2020/12/16

あのころのニュー・オーリンズ音楽のように 〜 スクィーレル・ナット・ジッパーズ

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(7 min read)

 

Squirrel Nut Zippers / Lost Songs of Doc Souchon

https://open.spotify.com/album/2FIbpWkYB3X5lGjLQuoiLq?si=oTLWT8B1S9uDG1KN8wS87A

 

きのうジンボ・マサスの名前を出しましたが、このひとが中心人物であるバンド、スクィーレル・ナット・ジッパーズ(Squirrel Nut Zippers)。だから、もちろんきのう書いたニュー・ムーン・ジェリー・ロール・フリーダム・ロッカーズからひもをたぐって辿り着いたわけです。もう1990年代から活動しているバンドなんだそうで、知らなかった…。最新作『ロスト・ソングズ・オヴ・ドク・スーション』(2020)のことをきょうはちょっと書いておきます。

 

スクィーレル・ナット・ジッパーズはいわゆるグッド・タイム・ミュージックをやるバンドで、だから20世紀初頭から前半ごろのヴィンテージなジャズ〜スウィングを現代に再現しているバンドです。あれですかね、いままでにこのブログでも話題にしたことのあるジャネット・クラインとかダヴィーナ&ザ・ヴァガボンズなどと同系列なんでしょうか。

 

そんなスクィーレル・ナット・ジッパーズの2020年新作はドク・スーションことドクター・エドモンド・スーションにフォーカスしたもの。ドク・スーションは1897年生まれのアメリカはニュー・オーリンズのギターリスト&シンガーで、古いニュー・オーリンズ音楽の保存に力を入れた人物みたいですよ。だから、スクィーレル・ナット・ジッパーズみたいな音楽性のバンドにとってはもってこいの題材ですよね。

 

ドク・スーションのレパートリーだったものを中心に、スクィーレル・ナット・ジッパーズならではの曲やアレンジも交えて、楽しく愉快にオールド・ジャズ・ミュージックをこれまたやっているアルバムっていうことになるんでしょう。1曲目がジェリー・ロール・モートンもやった「アニミュール・ボール」で、もうここですでにレトロ趣味全開のスウィンギーさ。

 

耳を惹くのは、次の2曲目「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー」。フランキー・ヴァリでおなじみ「君の瞳に恋してる」ですから、みなさん聴きおぼえがあるはず。このスタンダード曲をスクィーレル・ナット・ジッパーズはタンゴっぽいアレンジで、いや、タンゴというよりぼくの耳にはアバネーラ寄りのフィーリングで料理しているように聴こえます。アバネーラとタンゴの中間あたりでしょうかね。アバネーラはタンゴの前身にもなった音楽です。

 

途中で突如ヨーロッパふうのワルツになったりもするおもしろいアレンジのこの「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー」。タンゴというよりもアバネーラふうだと考えれば、ニュー・オーリンズとの関係もよくわかります。アバネーラはキューバの音楽ですからね、カリブ音楽はニュー・オーリンズ音楽に多大なる影響を与えております。実際このヴァージョンはザクザクっていうタンゴの歯切れじゃないなとぼくは感じるんですよね。もっとカリブ寄りのリズム・シンコペイションでしょう。

 

3曲目以後はしばらくジンボ・マサスのオリジナルが続きますが、それもドク・スーションが蒐集した古いニュー・オーリンズ・ミュージックの意匠にのっとってつくられたものです。完璧な20世期頭ごろのニュー・オーリンズ・ジャズのスタイルじゃないですか。こういうのはも〜うほんと〜に大好きなんですよね。4曲目「トレイン・オン・ファイア」は伝承フォークっぽい感じ、トーチ・ソングの5「ミスター・ワンダフル」もいいですね。

 

その後はふたたびカヴァー曲セクションに入り、レトロなヴィンテージ・ジャズに仕上がっているフレッド・レインの6「アイ・トーク・トゥ・マイ・ヘアカット」と、ニューオーリンズ・ウィリー・ジャクソンの8「クッキー」なんか、最高に大好きです。特に「クッキー」かなあ、完璧にあのころのニュー・オーリンズ・ジャズが持っていた雰囲気を再現できていますよね。

 

アルバム前半のハイライトが「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー」なら、後半のそれは7曲目の「プーリーム・ナイグラム」でしょう。これは歌なしのインストルメンタル。クレズマー・ジャムみたいなもんでしょうね。ご存知のとおり東欧のクレズマー・ミュージックは初期のジャズにとても大きな影響を与えていて、その痕跡は1930年代後半のベニー・グッドマン楽団あたりにまで及んでいるわけなんです。

 

19世紀後半〜20世紀頭ごろのニュー・オーリンズ・カルチャーにはもちろんヨーロッパ由来の要素も大きくて、それが主にクリオールたちを中心にして誕生期のジャズのなかに活かされたわけなんですね。そんなありよう、空気感を、ドク・スーションを媒介にして、スクィーレル・ナット・ジッパーズも嗅ぎとって再現しているというわけでしょうね。ジャズ界初のレコーディングを1917年にやったオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(ODJB)のレパートリーにもクレズマーはあったんですよ。

 

アルバム・ラストの10「サマー・ロンギングズ」は、最初聴いたとき、なんだかスティーヴン・フォスターが書いた曲そっくりじゃないかと感じたんですけど、実はやっぱりフォスターの曲みたいです。そっかぁ。19世紀なかごろのものですかね。この曲だけはニュー・オーリンズ音楽やドク・スーションとの関係がわかりにくいです。

 

(written 2020.10.23)

2020/12/15

極上のイナタさ 〜 ニュー・ムーン・ジェリー・ロール・フリーダム・ロッカーズ

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(4 min read)

 

New Moon Jelly Roll Freedom Rockers / Vol 1

https://open.spotify.com/album/1fvXByhPytBg03OSJi0My5?si=cFIvoKLTQnOwPRr8Qhp6ew

 

萩原健太さんのブログで知りました。

https://kenta45rpm.com/2020/09/30/vol-1-new-moon-jelly-roll-freedom-rockers/

 

ニュー・ムーン・ジェリー・ロール・フリーダム・ロッカーズ(長い)は、ジンボ・マサスとルーサー・ディッキンスン&コーディ・ディッキンスン兄弟(ノース・ミシシッピ・オール・スターズ)とが組んだユニット。ルーツ・ミュージック・プロジェクトみたいなもんですかね。

 

これら三名にくわえ、チャーリー・マスルワイトやアルヴィン・ヤングブラッド・ハートも参加して 10年以上も前にレコーディング済みだったアルバムが『ヴォリューム 1』(2020)らしいです。監督役を当時存命だったジム・ディキンスンがやったそう。

 

ルーツ・ロックっていうか、要はこのグループ、米南部に根差したブルーズ・ロックをやっているということでしょうけど、曲によっては20世紀初頭ごろのオールド・ジャズを香らせているものもあったりして、つまりまだブルーズとジャズが一体化していて、なんだかわかんないけどゴチャゴチャと猥雑だった<あのころ>の音楽をよみがえらせているということでしょうか。

 

だからその意味でも南部的ですね。そんなところ、アルバムの出だし1曲目から鮮明です。バンド形式の電化シカゴ・ブルーズっぽいですが、フィーリングは完璧にダウン・ホームな南部感。ブルーズ・ハープが実にイナたくてステキです。そう、こういうのをステキと思っちゃうような趣味の持ち主ですよ、ぼくは。

 

2曲目はなんとチャーリー・パットンの「ポニー・ブルーズ」。デルタ・スタイルのブルーズ・ギターをルーサーが弾いていますが、歌っているのはアルヴィンですね。オリジナルは弾き語りでしたが、ここではやはりドラムスも入ってバンド形式でやっています。これもクッサ〜い。

 

こういったクサさ、イナタさがこのアルバム全編を支配しているわけですが、いかにもなアメリカ南部的ルーツ・ブルーズ色全開ですね。1960年代後半ごろのブルーズ・ロック勢に通じる感覚もありますが、そもそもそれらだってデルタ〜シカゴ・ブルーズなどを規範にしていたわけですからね。

 

ちょっと都会的な雰囲気を香らせている3曲目「ナイト・タイム」を経て、故ジム・ディキンスンが歌う4曲目「カム・オン・ダウン・トゥ・マイ・ハウス」(ガス・キャノン)はグッド・タイム・ミュージック、つまりオールド・ジャジーなポップ・チューンですね。やはり猥雑なブルージーさもあります。

 

ヴィンテージ・ジャズを匂わせているのはこの一曲だけ。ほかは古い戦前ブルーズをそのフィーリングのまま現代化したような曲が並んでいます。異色は9曲目の「ストーン・フリー」。なんでここでジミ・ヘンドリクスが出てくるのか。

 

しかしこの「ストーン・フリー」もですね、もしもジミヘンが1920年代の人間だったなら?という仮説を具現化してみせたみたいなフィーリングでの演唱なんですよね。この雑で荒っぽい感じがなんともいえません。ブルーズ・ハープがこんなふうに炸裂する「ストーン・フリー」なんて、聴いたことなかったですよねえ。いやあ、うすぎたない(╹◡╹)。

 

(written 2020.10.22)

2020/12/14

マット・ラヴェルのデビュー作には黒人音楽要素&ラテン色がある

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(5 min read)

 

Matt Lovell / Nobody Cries Today

https://open.spotify.com/album/47dRM2ojoQd7g02NNDbYTb?si=flaM-VtjSq-T3a4POfhxOg

 

萩原健太さんに教えていただきました。
https://kenta45rpm.com/2020/09/15/nobody-cries-today-matt-lovell/

 

まったく知らないマット・ラヴェルというアメリカ人シンガー・ソングライター。ナッシュヴィルを本拠としているそうです。そのデビュー作『ノーバディー・クライズ・トゥデイ』(2020)を健太さんに教えていただいて、聴きました。なかなかいいですよね。

 

マットは生まれが南部らしいんですけど、いつごろからナッシュヴィルで活動しているんでしょうねえ、同地の音楽家らしいカントリー色が濃いのかというとそんなこともなく、ブラック・ミュージックっぽいもの、カリブ/ラテン系とか、たった31分のアルバムながら、多彩です。

 

マット・ラヴェルのこのデビュー作でも、個人的にはやっぱりソウル、うんホワイト・ソウルですか、それっぽいものとか、それからラテン色とかに惹かれます。オーガニックでアクースティックな音像感もきわだつこのアルバム、そのへんは現代アメリカン・ポップスの大きな潮流の一つなので、ぼくも聴き慣れています。

 

アルバムでは、たとえば2曲目「90 プルーフ」。これなんかソウル・ナンバーっぽい曲調ですよね。こういうの、大好きです。あ、そういえばブルーズなんかでもアメリカ黒人がやるのはもちろんステキだけど、UK白人ロッカーがやったりするのがあんがいもっと聴きやすいしわかりやすいかもと思ったりするというぼくの嗜好は、ソウルについても言えることなのかもしれません。

 

さらに、6曲目のアルバム・タイトル・ナンバー「ノーバディー・クライズ・トゥデイ」。これなんか完璧なブルー・アイド・ソウル(死語?)じゃないでしょうか。大好き。ハチロクのリズムで、ちょっとゴスペル・ミュージック・ライクな雰囲気もあって、いやぁいいなあこれ。やわらかいエレピの音色とハモンド・オルガンのサウンドもたまりませんが、なんといってもソング・ライティングが光っています。

 

こういった、ソングライターとしてなかなかいいぞ、このマット・ラヴェルというひとは、というのは、ラテン色が強く出た曲でも言えます。たとえば7曲目の「ディメ・アディオス」。曲題もスペイン語ということでラテン・ミュージックっぽいのかと想像して聴いたらビンゴ。女性歌手をゲストに迎えて二人で歌っていますが、ちょっとメキシカン・テイストな曲ですよね。

 

ところでですね、前から疑問に感じていることをちょっと付記しますが、いつもお世話になっている萩原健太さんのブログ、だれのどんな音楽の記事でも、ラテン傾向のことにはいつもまったくノー・タッチ。アメリカ合衆国の音楽には抜本的に抜きがたく中南米カリブ要素が渾然一体化して溶け込んでいて、ひじょうにしばしば表面に出てくるのに、健太さんはいつもひとこともないんですよね。『マット・ローリングズ・モザイク』の1曲目なんか、あんなに鮮明なキューバン・アバネーラはないと思うほどだったのに、やっぱり言及なし。あたりまえのことだからかなあ。
https://open.spotify.com/track/32JIF1fZls7W3gXGmZ3ABj?si=moAFRzxlRcCBJGg3HV6yqg

 

それはおいといて。マット・ラヴェルのきょうのこのアルバムでも、7曲目の「ディメ・アディオス」に続く8「ザ・ゴスペル」にもかすかなラテン香がただよっているように思います。アコーディオンの入りかたなんかは完璧にテックス・メックスふうじゃないですか。曲のメロディだってちょっぴりラテンだし、サウンドだって。

 

マット・ラヴェルは南部の出身なんでしょ。いまはナッシュヴィルで活動しているとはいえ、そういった出自や生育環境が、黒人音楽的&ラテン音楽的っていうこのデビュー・アルバムのちょっとしたアナザー・サイドに影響を与えている可能性だってあるかもしれませんよね。

 

いや、むろん、そんなこと関係なくたって、アメリカン・ポピュラー・ミュージックにそれらは必然的に混じり込む不可欠な要素なものだから、っていうことでもあるんですけどね。

 

(written 2020.10.21)

2020/12/13

ほとばしるパッション 〜 イマニュエル・ウィルキンスのデビュー・アルバムがすごい

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(8 min read)

 

Immanuel Wilkins / Omega

https://open.spotify.com/album/2MxcrtQBHD4YbrPdCJaAY0?si=g6njC-zaSy-uX9dtgRfH8A

 

大傑作。とんでもない衝撃。若手ジャズ・アルト・サックス奏者、イマニュエル・ウィルキンスのデビュー・アルバム『オメガ』(2020)のことです。八月に出ていたらしいですが、こりゃすごい。五年に一作出るかどうかというレベルのどえらい傑作じゃないですかね。

 

これを知ったのは12月はじめごろ。ニュー・ヨーク・タイムズが「Best Jazz Albums of 2020」というのを発表したんですよ。New York Times Musicの公式Twitterアカウントをフォローしているんで、それで流れてきて気づきました。
https://www.nytimes.com/2020/12/02/arts/music/best-jazz-albums.html

 

一位に選出されていたのがイマニュエル・ウィルキンスの『オメガ』だったんですけど、読んだときはふ〜ん知らない名前だなと思っただけでそのまま。それでもこの記事、Spotifyプレイリストが埋め込まれているんで、数日経ってからちょっと流してみたんですね。

 

トップにイマニュエルの『オメガ』からの一曲が来ているんですが、それで、ちょっと待って!となって、あらためてアルバム『オメガ』をちゃんと聴いてみて、はっきり言って脳天ブチ割られました。絶大なるショック。これほどのジャズ・アルバムが今年出ていたのかと。

 

それが昨晩のことで、あまりにもビックリしてこればかりリピートして聴いてしまい、頭から離れなくなってほかの音楽が入ってこなくなりました。それできょう、あわてて文章にしているというわけですよ。いやあ。

 

もうぼく、今年の「ベスト10アルバム」記事は12月4日に完成済みだったんですよね。あとは年末まで約一ヶ月、ゆっくりのんびり音楽聴いていられるだろうとノンキに構えていたところにこの衝撃が来て、ひっくり返っちゃって、完成済みのベスト10記事も書きなおさなくちゃなあ。

 

現在23歳のイマニュエル・ウィルキンスはペンシルヴェイニア州フィラデルフィア近郊の出身。2015年にニュー・ヨークに移り、ジュリアード音楽院で学ぶかたわらすでに音楽活動をはじめていたようで、知名度のあるジャズ・ミュージシャンのサイドについて世界をまわっていたそうです。日本にも来ているみたいですよ。

 

調べてみたら2019年のジョエル・ロスのデビュー・アルバム『キングメイカー』に参加していたんですね、イマニュエル。う〜ん、そのときはこれという強い印象を持ちませんでした。あのアルバムではとにかくジョエルのなめらかなマレットさばきに夢中でしたから。イマニュエルにとっては最初期のサイド・レコーディングだったみたいです。

 

そして今年の八月にブルー・ノートからリリースされた自身のデビュー・アルバム『オメガ』。ジェイスン・モランのプロデュースで、演奏メンバーはイマニュエルのアルト・サックスのほか、ミカ・トーマス(ピアノ)、ダリル・ジョンズ(ベース)、クウェク・サンブリー(ドラムス)という自身のワーキング・バンド。知らない名前ばっかりだぁ。

 

アルバムでいちばん印象に残るのはカルテットが表現するとても強いパッション、ハンパない圧倒的な熱量の高さです。それを込めるビート感、グルーヴ・センスも新時代のアップ・トゥ・デイトなもので、カルテット四人の一体感もみごとだし、曲によってはバンド全員でぐわ〜っと昂まっていく高揚感は尋常じゃありません。

 

そうしたパッションの源泉は、何世紀にもわたってアメリカで黒人が経験し続けている苦難や痛みを現代に表現したかったということだとイマニュエルは語っていて、このアルバムは、あたかも2020年的ブラック・ライヴズ・マター組曲といった趣きになっているんですね。

 

1曲目「ウォリアー」という曲題だって1960年代の公民権運動以来続くアメリカ黒人の社会運動の象徴ですし、2「ファーガスン - アン・アメリカン・トラディション」は、2014年にミズーリ州ファーガスンで起きた18歳の黒人少年が白人警官によって射殺された事件がテーマ。

 

アメリカの伝統(American Tradition)になってしまった社会の構図に抗議をするというテーマは、同じことばを使った4曲目「メアリー・ターナー - アン・アメリカン・トラディション」でも同じ。21歳の妊婦と胎児の命を奪った1918年の悲惨な事件を描いたもので、アメリカの一部にいまもはびこる白人至上主義の問題を深く嘆く作品です。

 

3曲目「ザ・ドリーマー」は全米黒人地位向上協会(NAACP)の会長をつとめたジェームズ・ウェルドン・ジョンスンの人生を讃えた曲ですし、5「グレイス・アンド・マーシー」も社会性を帯びたスピリチュアルな曲なのはあきらか。

 

こうしたアルバム『オメガ』前半における展開は、そこに込められた音楽家の思いの強さ、情熱ゆえに、それがサウンドにも反映され、激情的でしかし反面クールにも聴こえるっていう、そんなフィーリングでの演奏になっているかなと感じます。

 

アメリカ黒人音楽家の怒りやパッション(苦難、激情)が深く刻まれたされたイマニュエルのこのアルバムの音楽、リリースされた2020年のBLMとも強く共振する内容で、まさしく今年出るべくして出た、いまの時代のアメリカ音楽だなとの思いを強くします。

 

アルバム後半の6〜9曲目はパート1〜4と題されていますので、アルバム内組曲みたいなものなんでしょう。ジュリアード音楽院在籍時代に書いていた曲だそうで、なかでも9曲目「パート4. ガーディッド・ハート」でのフリーキーでパッショネイトなアルト演奏が印象に残ります。強い激情があふれんばかりにほとばしるという意味ではアルバム全体のクライマックスですね。曲後半での爆発ぶりはほんとうにすごい。

 

続くラスト10曲目はアルバム・タイトル曲「オメガ」。これは1「ウォリアー」、5「グレイス・アンド・マーシー」とならび、このイマニュエルのデビュー作を象徴するできばえのスピリチュアルでハードなグルーヴ・チューンですね。コンポーザー、アレンジャー、バンド・リーダーとしてもすでに完成されているし、バンドの四人全員で密接にインプロヴァイズド・アンサンブルを重ねるようにして上昇していく2020年的なアップ・トゥ・デイトなグルーヴ感、ビート・センスには完璧に降参です。

 

(written 2020.12.8)

2020/12/12

COVID-19時代の音楽 〜 HK

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(3 min read)

 

HK / Petite Terre

https://open.spotify.com/album/5i0lIRODZjRaa0eDeDsUVZ?si=bdo7trReS5mpF8YMTpkcRA

 

秋にリリースされた、フランスで活動するアルジェリア系音楽家、HK(アッシュカー)の新作『Petite Terre』(2020)は、ほぼ全体的にレゲエ・ビートを基調としながらも、そこにアルジェリア系楽器やシャアビ的な作法も混ぜ込んで、哀感たっぷりに聴かせるポップ・アルバム、とでもいったらいいでしょうか。

 

そんなところ、1曲目のアルバム・タイトル曲から鮮明です。音楽的にはポップ・レゲエ・ナンバーですが、HKのばあいはいつものことながらこのアルバムでも歌詞が社会派ですから、フランス語ゆえ聴解できないとはいえ、それなりの内容はともなっているんだろうと思います。

 

サルタンバンク名義のアルバムでもソロでも、レゲエ・ビートに政治家批判など社会派リリックを乗せ、わりかしシリアスに聴かせることの多いHK。だからボブ・マーリーやそのフォロワーたちのアティテュードを継承しているのかもしれませんね。HKの音楽そのものはもっと明快でポップですけれども。

 

『Petite Terre』2曲目からはアルジェリア色が出てきます。これ、たぶんウード、あ、いやマンドーラか、使ってありますよね。それでもってシャアビなめくるめくフレーズを演奏していて、いいなあこれ。でもフランス語で歌っているし、シャンソンでもなくシャアビでもないんですよ。HKにしかできないコンテンポラリー・ポップスっていうか、独自の世界ですね。

 

そして、これはアルバム全体がそうですけど、わびしい感じ、さびしい感じがとても強く出ています。曲調も快活にグルーヴするものがあまりなくて、ミディアム〜スローで寂寥感を表現しているものが多く、72分間を通して聴くとちょっと沈鬱なっていうか重苦しい空気を感じないでもありません。

 

それで、たぶんこれが2020年という時代の空気感じゃないかなとぼくは思うんですね。COVID-19の全世界的パンデミックによって、フランスなんかも特に閉塞的な状況が続いているじゃないですか。そう、世界の閉塞感、それをサウンドにしたのが今回のHKの新作『Petite Terre』じゃないかという気がするんですね。

 

そんな重苦しい閉塞感を音楽で表現するのに、レゲエの沈むこむようなビート感はまさにピッタリじゃないかと思います。+シャアビふうな哀感とわびしさ、フランス的な諦観+退廃があわさって、このアルバムのHKの音楽をつくりあげているのかなと、そう思います。

 

COVID-19時代の音楽だ、それ以外のなにものでもないな、というのが率直な印象ですね。つくづく、大衆音楽は時代の鏡です。

 

(written 2020.12.6)

2020/12/11

現代に再創造されたブルー・ノート・クラシックス〜『ブルー・ノート・リ:イマジンド』

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(5 min read)

 

v.a. / Blue Note Re:imagined

https://open.spotify.com/album/5wFRcZFehmF2egAQmIWpaV?si=ACXHh92QR4CHIsFiUwUbuQ

 

10月16日にようやくサブスクでも解禁になった『ブルー・ノート・リ:イマジンド』(2020)。ブルー・ノートと英デッカが全面タッグを組んで、1960〜70年代のブルー・ノート・クラシックスの数々をUKの最新鋭ジャズ〜R&Bミュージシャンたちが再解釈したカヴァーを収録する、一種のコンピレイション・アルバムです。といってもすべてこのための新録みたいですけどね。

 

これがなかなかおもしろいんですよね。カヴァーされているブルー・ノート・クラシックスは有名なものばかりですけど、演唱している若手UKミュージシャンたちのなかにぼくの知っていた名前はほぼなし。聴いたことがあったのはエズラ・コレクティヴとシャバカ・ハッチングズだけくらい。ほかは初めて知る名前ばかりで、調べてみたらやはり最近シーンに登場してきたひとたちが多いみたいです。

 

カヴァーされている原曲は、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ボビー・ハッチャースン、ジョー・ヘンダスン、ドナルド・バード、エディ・ヘンダスン、マッコイ・タイナー、アンドルー・ヒルなど、時代をかたちづくった名曲ばかり。ブルー・ノートは昨2019年に創立80周年を迎えており、過去の名カタログを見なおすプロジェクトを進めています。

 

その一環として『ブルー・ノート・リ:イマジンド』も位置付けられるものでしょうが、結果としては遺産の偉大さを示すというよりも、現代のUK最新鋭ジャズ/R&Bのおもしろみがきわだつ内容となっているのが楽しいところ。原曲の面影をまったくといっていいほどとどめていない再解釈もあり、完全なる新曲みたいなものすらあります。

 

たとえば3曲目、ポピー・アジュダの「ウォーターメロン・マン(アンダー・ザ・サン)」。これ、ハービーの書いた曲はどこにあるの?1974年にハービー自身がファンク化して再演したヴァージョン冒頭に入っていたあの例の(瓶を吹くような)リフしかないっていう、その後はまったくのポピーの新曲になっていますよねえ。しかしリスペクトの念はあるといいうことなんでしょう。

 

これは極端な例ですが、このアルバムでは多かれ少なかれブルー・ノート・クラシックスは換骨奪胎、解体・再構築されているばあいが多いです。キーになっているのはビート・メイクと、中域を抜いた低音の重視でしょうか。ビートは生演奏ドラムスを使ってあるばあいと、デジタルな打ち込みと、その両方が混在しているようです。生演奏ドラミングにしても、かつてはコンピューターでつくっていたようなビート感を再現しているわけですから、感覚的には同じですね。

 

中音域を抜いて重低音をメインにダウン&ヘヴィなサウンド・メイクをするのも、現代的な意匠と言えましょう。ここ数年の(アメリカふくめ)最新R&Bでも顕著な傾向で、結果としては上物の楽器演奏やヴォーカルがポンと目立つことになっていて、そうしたかったから中域はジャマで、どかそうってことだったのかもしれません。

 

ヴォーカル・ナンバーが多いのもこのアルバムの特色でしょう。ブルー・ノート・クラシックスのほうにヴォーカル・ナンバーはほとんどありませんから、だいたいぜんぶが今回あらたに歌われたわけです。図らずも原曲の持つメロディのよさがきわだつ結果に思えるのはすばらしいところ。といってもかなりフェイクしてあったりしてわかりにくかったりしますけどね。

 

オリジナルがはっきりわかるというか聴こえてくるものだってあり(エズラ・コレクティヴの「フットプリンツ」、ミスター・ジュークスの「メイドン・ヴォヤージ」など)、それらではオリジナルのメロディの下支えをヒップ・ホップ以後的なビートが裏打ちしているので、新旧合体っていうか、古典の現代化のありようがよくわかるものかもしれません。

 

いずれにしても、ぼくがビート好き人間だからなのか聴いていてほんとうに心地いい時間を過ごすことのできるこのアルバム『ブルー・ノート・リ:イマジンド』。かつて1960〜70年代に書かれ演奏されたブルー・ノート・クラシックスの2020年的最新の再解釈集として、ちょっとした楽しみになりえるものでしょう。レーベル設立以後ずっとコンテンポラリーなブラック・ジャズを世に送り出し続けてきているブルー・ノートの伝統がここになっても生きているという証左でもありますよね。

 

(written 2020.10.20)

2020/12/10

『ビギン・アゲン』の延長線上において聴きたいノラ・ジョーンズの2020年新作

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(4 min read)

 

Norah Jones / Pick Me Up Off the Floor

https://open.spotify.com/album/3pi6NXntLETosIkAuaZEhW?si=G21xOJQiQOKPVosa7xh_6g

 

ノラ・ジョーンズの新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』(2020)。この今年の新作、夏前ごろだったかなリリースされたとき聴いたんですけれども、そのときはふ〜んと思っただけで特になんとも思わず。悪いとも感じなかったけど、これといって感想もなかったんですね。

 

ちょっと思いなおして気を取りなおし、秋口にもう一回聴いてみました。そうしたらとてもいいアルバムだなと感じましたから、やっぱり時間をおくと音楽に対する感想も変わってくるもんですよね。そんなわけできょうはちょこっとだけノラのこの新作についてメモしておきましょう。

 

ノラのアルバムというと、昨2019年『ビギン・アゲン』が出ていて、しかし大勢のみなさんがそれを飛ばして2016年の『デイ・ブレイクス』以来のオリジナル新作フル・アルバムとお書きですよねえ。ぼくはちょっとそれ、どうかと思うんですよ。今年の『ピック・ミー・アップ・オン・ザ・フロア』は、あきらかに『ビギン・アゲン』があったからこその音楽ですからね。

 

『ビギン・アゲン』は、配信でリリース済みのシングル曲をちょこっと集めただけの企画ものEPだったということなんでしょうけれども、だからディスコグラフィから外されちゃうということなんでしょうけれども、あの『ビギン・アゲン』で聴けたピアノのブロック・コード・プレイ、それに乗せてブルージーに、まるで酔っ払いみたいに、フラフラとしゃべるように歌うという、あのノラの調子は、新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』でも同じじゃないですか。

 

たとえば2曲目「フレイム・ツイン」。これ、『ビギン・アゲン』で聴ける肌触りに瓜二つですよ。ブルージーで、ざらざらした演奏とヴォーカルの質感。ぼくはこういう音楽がわりと好きなんですよね。スモーキーな声の感触はいつものノラの調子ですけどね。歌詞をしっかり鮮明に発音せず、まるでろれつがまわらないみたいなヨタったフレイジングも好きです、ブルージーに聴こえて魅力的。

 

それに、実際、今年の新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』も、昨年リリースの『ビギン・アゲン』のもとになった各種セッションで誕生した曲群がもとになっているみたいで、落ちこぼれたそれらをノラもくりかえし聴いているうちに離れられなくなったんだそうですからね。

 

それで、やはり今回も『ビギン・アゲン』のとき同様、曲が書かれたセッションごとに少しずつ色合いの違う作品群が共存する一作に仕上がっているというわけですね。そんな寄せ集め感が、この新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』でもノラの多様な様相を見せてくれることに成功していて、演奏メンツも曲によってさまざまのようです。

 

ぼくが大好きで、はっきり言ってこれでノラに惚れちゃったといってもいいくらいだった昨年の『ビギン・アゲン』の、あくまでその延長線上に今年の新作もおいて聴きたいです。

 

(written 2020.10.17)

2020/12/09

ラテンに解釈したホレス・シルヴァー 〜 コンラッド・ハーウィグ

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(5 min read)

 

Conrad Herwig / The Latin Side of Horace Silver

https://open.spotify.com/album/6Plg1VTOVvb6kt2Gxcd7Ix?si=YIw_GOAFTRKl-Qv7oLz49g

 

Astralさんに教わりました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2020-08-28

 

ラテン・ジャズ・トロンボーニスト、コンラッド・ハーウィグの『ザ・ラテン・サイド・オヴ・ホレス・シルヴァー』(2020)。78分。大作ですよねえ。うげぇ〜。しんどい。最近はアルバムの長さが70分を越えているのをみると、もうそれだけでつらく感じちゃいますが、なんとか聴きました。

 

『ザ・ラテン・サイド・オヴ・ホレス・シルヴァー』はライヴ・アルバムで、バンドの編成はボスのトロンボーンのほか、トランペット、テナー・サックス、アルト・サックス&フルートの四管+ピアノ、ベース、ドラムス、コンガのリズム・セクション。2、3、8曲目ではゲストでミシェル・カミロ(ピアノ)が参加しています。リズムがにぎやかだから複数のパーカッショニストがいるんじゃないかと、最初聴いたときは感じていました。管楽器奏者なども手が空いているあいだ小物を叩いているのかも。

 

コンラッド・ハーウィグはもうずっと「ラテン・サイド」シリーズを続けていて、25年にもなるそう。だから一種のライフ・ワークですよねえ。マイルズ ・デイヴィスやジョン・コルトレインなど、名の知れたジャズ・ミュージシャンたちの曲をラテン・アレンジで再解釈するということをずっとやってきているみたいです。Spotifyにあるのはホレスのと、コルトレイン、ウェイン・ショーターと、それだけ(なんでや?)。

 

今回はホレス・シルヴァーが題材ということで、しかしホレスのばあいはマイルズとかトレインなどほかのひとたちと違って1950年代からラテン香味のあるオリジナル・ソングをたくさん書いているし、そんなアルバムだってあって、もとからアフロ・キューバンなテイストの濃いジャズ・ミュージシャンだったとも言えるわけで、そのホレスのラテン解釈といったってなにをいまさら、との第一印象がありました。

 

がしかしコンラッド・ハーウィグの解釈を聴いてみたら、これはこれでけっこう楽しいのでうれしくなっちゃいましたね。特に新しい世界だとか斬新な容貌をみせているだとかいうことはないなあとは思うんですけど、ラテンなリズムをいっそう強靭化して、ぐいぐいとパワフルに迫るバンドの演奏は、文句なしに心地いいです。

 

1曲目「ニカズ・ドリーム」から楽しさ全開ですが、もっとよくなるのは2曲目「ソング・フォー・マイ・ファーザー」と3曲目「ザ・ガッズ・オヴ・ヨルバ」。これらにはゲスト・ピアニストとしてミシェル・カミロが参加。その弾きまくりラテン・ピアノがもう絶品なんですね。だからこれら二曲での最大の聴きどころはなんといってもミシェルのピアノ・ソロ。サルサなタッチも色濃く混ぜ込みながらブロック・コードでがんがん弾く迫力に、思わずのけぞりそうになっちゃいますね。

 

ミシェル・カミロのラテン・ピアノ弾きまくりに大興奮のそれら二曲のあと、ミシェルはもう一曲アルバム・ラスト8曲目「ナットヴィル」にも参加していて、でもここではそれほど聴かせるピアノを弾いていません。むしろ管楽器奏者たちのソロと全体のアンサンブルに重点が置かれているという感じでしょうか。ミシェルはむしろ脇役にまわって支えているあたりにうまあじを発揮していますよね。

 

これら以外のアルバム中盤の曲でもピアノ奏者(ビル・オコーネル)がけっこう活躍していて、なかなかいいぞと思える内容です。サックス二本のソロはうねうねジャジーでそれもいいし、二つあるバラード調のものがちょっぴりボレーロっぽいフィーリングをくゆらせたり、「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」はもとからああいった曲ですから想像の範囲は超えていないんですけど、それでも聴けば十分楽しい内容です。

 

ストレートなラテン・ジャズ・アルバムで、いまの新世代ジャズがラテン・リズムを取り込みながら伸縮自在の柔軟な演奏を聴かせたりするものとは違う、オーソドックスな作品でしょうし、テーマ合奏〜ソロ・リレー〜テーマ合奏という、これも従来的なフォーマットをそのまま踏襲していて、目新しさ、ジャズとしての新時代性みたいなものは聴きとれないですけどね。

 

(written 2020.10.5)

2020/12/08

ルデーリの三作目ライヴ・アルバムでもダニエルのドラミングがいい

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(4 min read)

 

Ludere / Live at Bird’s Eye

https://open.spotify.com/album/5bWiteJSxHA7naQAB2jff0?si=lHrdoiSQRlq-bQu7kpm07g

 

国籍を問わず現代最高のジャズ・グループなんじゃないかと思うルデーリ(Ludere)。ブラジルのひとたちですけど、ルデーリのジャズにブラジル色は皆無です。ユニヴァーサルな、どこへ持っていっても通用する音楽をやっていますよね。某デスクウニヨンのサイトなんかには「現行ブラジリアン・ジャズの最高峰」とかって書いてありますけども。

 

そんなルデーリの、いまのところの最新作(2020年10月時点)はライヴ・アルバムで、タイトルも『ライヴ・アット・バーズ・アイ』(2019)。スイスはバーゼルで行われた生演奏を収録したものですね。これ、ぼくの聴くところ、まだ三作しかないとはいえ、ルデーリの最高作と思える内容なんです。

 

ルデーリのことは、それまでの二作品ともこのブログで書いてきましたが、いちおうくりかえしておくと、リーダー格がフィリップ・バーデン・パウエル(ピアノ)で、くわえてルビーニョ・アントゥネス(トランペット)、ブルーノ・バルボーザ(ベース)、ダニエル・ジ・パウラ(ドラムス)のカルテット編成。活動をはじめて四、五年経つようです。

 

最新作『ライヴ・アット・バーズ・アイ』を聴いてもよくわかることですけど、ルデーリのキモを握っているのはダニエルのドラミングなんじゃないかというのがぼくの見方。+フィリップ・バーデンのピアノの躍動感ですけれども、リーダー格のフィリップ・バーデンとダニエルの相乗作用で演奏全体にイキイキとしたグルーヴが生まれている、それがルデーリ最大の魅力じゃないかと思えます。

 

『ライヴ・アット・バーズ・アイ』だと、たとえば1曲目、2曲目あたりの快活なアップ・ビート・ナンバーでそれが特に顕著。個人的にダニエルのドラミングの大ファンなんで、そればっかり聴いてしまうというようなところもありますが、ひいき目を抜きにしても最高のドラマーだなと思いますねえ。スネアの込み入った使いかた、シンバル・ワークの繊細さなど、細かい神経が行き届きつつ、ビートを細分化して全体として躍動を生み出すドラミングですよね。

 

それを引き出しているのが、ルデーリではフィリップ・バーデンのピアノ演奏ではあるんですけれども。ライヴ演奏だということもあって、いっそう四人のプレイぶり熱く、ノリのいい集団演奏を聴かせてくれているなという印象です。21世紀の現代ジャズはソロとアンサンブルのバランスをとりつつ、ソロばかりでなくアンサンブルのカラーといいますか、スポンティニアスなアンサンブル・ワークでも聴かせるという、そのアンサンブルはあたかも即興演奏であるかのような、いわばインプロヴァイズド・アンサンブルとでもいうような演奏で、ソロをそのなかに効果的にはめ込んでいくという、そういった手法を採用していることが多いです。ルデーリもまたしかり。

 

ルデーリは、それでもまだ個人ソロの比率が高いかなと思いますね。アルバムは3曲目以後やや落ち着いたフィーリングで進みますが、どの曲でもバックのダニエルのプレイぶりが際立っていますね。グループの躍動感が最高潮に達するのがラスト8曲目の「アフロ・タンバ」。二作目にあった曲ですが、ここでは後半ドラムス・ソロもはさみつつ、その終盤からテーマ合奏部が出てくるあたりのリズムのスリルはほんとうにすばらしいです。

 

(written 2020.10.1)

2020/12/07

ストーンズ『ゴーツ・ヘッド・スープ』デラックス版は、『ザ・ブリュッセル・アフェア』が聴きもの

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(7 min read)

 

The Rolling Stones - Goats Head Soup (Deluxe Edition)

https://open.spotify.com/album/5Q7oMv5dx9VinYxveFZNsn?si=o98sFAZSSKS2w8N0BHo2hA

 

長年ザ・ローリング・ストーンズの『ゴーツ・ヘッド・スープ』(1973)を苦手にしてきたぼく。だってね、問題はオープニングの1曲目ですよ。『スティッキー・フィンガーズ』(71)が「ブラウン・シュガー」でしょ、次の『エクサイル・オン・メイン・ストリート』(72)では「ロックス・オフ」で、ああいったかっ飛ばす爽快なロックンロールで幕開けしてきたのに、『ゴーツ・ヘッド・スープ』はなんですか、この「ダンシング・ウィズ・ミスター・D」って。どよ〜ん。

 

アルバム全体もギターより鍵盤楽器のほうが目立つようなサウンドで(実はそんなこともないんだけど)、いま考えたらこれはソウル/ファンク寄りの米ブラック・ミュージック志向ということなんですけど、むかしはストーンズにギター・ブルーズ・ロックしか求めていなかったですからねえ。テンポよく快調に飛ばす曲もアルバムにあまり、というかほとんどなしで、だからちょっとねえ、スロー/ミディアム・ナンバーばっかりで。

 

でも今年9月5日に『ゴーツ・ヘッド・スープ』のデラックス・エディションがリリースされました。出る前からいろいろと話題になっていたもので、それはいかにもいまどきのSNS全盛時代らしい盛り上がりかただったんですけど、そんなわけでSpotifyで流し聴きしてみたんですよね。そうしたらちょっと思うところがあったんで、感想を書いておきます。

 

Spotifyにある『ゴーツ・ヘッド・スープ』デラックス・エディションは、フィジカルでいう3CD版ですね。音質の違いなんかはぜんぜんわかりませんが、今回の拡大版発売で個人的にいちばんグッと来るのは、CDだと三枚目にあたるライヴ・サイドです。なんとこれはかの名作『ザ・ブリュッセル・アフェア』じゃありませんか。もうこれだけで大歓迎。この名作ライヴ・アルバムが配信で聴けるようになったのいうのは快挙ですよ。も〜う、大好きなアルバムなんです。これからはSpotifyで聴けるんだと思うだけでうれしい。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-95822c.html

 

『ザ・ブリュッセル・アフェア』は『ゴーツ・ヘッド・スープ』発売から約三ヶ月後の1973年10月ライヴということで、中盤にその新作披露セクションがあるんですね。5「スター・スター」、6「ダンシング・ウィズ・ミスター・D」、7「ドゥー・ドゥー・ドゥー・ドゥー・ドゥー」、8「アンジー」と。その前後は黄金のストーンズ流ロックンロールのオンパレードですけど、ファンキーな『ゴーツ・ヘッド・スープ』セクションが異彩を放っています。

 

こうやってライヴで聴くと、なかなか悪くないなと思える『ゴーツ・ヘッド・スープ』セクション。それでもやっぱり「ダンシング・ウィズ・ミスター・D」とかはイマイチおもしろみがわかりません。う〜〜ん。でも続く「ハートブレイカー」なんかはかなりいいじゃないですか。スタジオ・ヴァージョンよりいいかも。ビリー・プレストンの弾くクラヴィネットがファンキーに粘りつきます。むかしギターでよく練習していた「アンジー」は、いまではそうでもないかもなあ。

 

とにかくですね、この80分近い『ザ・ブリュッセル・アフェア』がCDでも配信でも正規にいつでも聴けるようになったということの意義は大きいです。もともと『ゴーツ・ヘッド・スープ』発売記念キャンペーン・ツアーの一環だったから今回のボックスに入ったわけですけど、ライヴそのものはもっと前からの代表曲をたくさんやっているし、なんたってミック・テイラーの弾きまくりギター・ソロやオブリガートが超うまあじで。

 

この『ザ・ブリュッセル・アフェア』がふくまれていることだけでも、今回の『ゴーツ・ヘッド・スープ』デラックス・エディション発売の意義があろうというものですよ。

 

『ゴーツ・ヘッド・スープ』本編は、聴きなおしてもやっぱりいまだに苦手なんですけど、レコードでいうところのB面はそれでもわりと聴けますよね。1曲目の「シルヴァー・トレイン」とラスト5「スター・スター」がお得意のチャック・ベリーふうロックンロールでカッコいいし、2「ハイド・ユア・ラヴ」はピアノ・リフ中心の正調ブルーズ。好きです。

 

おもしろいのはB面4曲目「キャン・ユー・ヒア・ザ・ミュージック」ですね。この、笛みたいな音はいったいなんの楽器でしょうか?米英欧の音楽で使われる一般的な管楽器じゃありません。あたかもかつてブライアン・ジョーンズがモロッコの音楽に入れ込んで制作した例のアルバムで聴けるような、そんな北アフリカ系のなにかの笛みたいに聴こえ、それがこの「キャン・ユー・ヒア・ザ・ミュージック」全体で効果的に挿入されています。オカリナっぽい気もしますが、違うようにも思います。

 

だいたいストーンズはこういったちょっぴりのエキゾティック・テイストを混ぜ込むのが以前から得意で、ときどき無国籍な曲をやったりするんですけど、『ゴーツ・ヘッド・スープ』を録音した1970年代初頭あたりまでだと、まだまだそれが残っていたんですね。こういったシックスティーズ的な、異国文化(というかインドとかアフリカとか)への憧憬みたいな部分は、70年代半ば以後のストーンズからは消えちゃいました。

 

(written 2020.10.8)

2020/12/06

配信、とひとまとめに言うけれど、ストリーミングとダウンロードをいっしょくたにしないでほしい

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(6 min read)

 

そうなんです、配信とカンタンに言いますけれども、実態はひとつじゃありません。このへん、いまだ世間では誤解されているのか、されていないけれどもたんに雑にまとめられているだけなのか、わかりませんが、ぼくらの音楽生活のありようとはあまりにも大きく食い違っているので、もう一回書いておきたいと思います。

 

音楽配信、と日本語でひとことで言ったばあい、ダウンロードとストリーミングの二形式をふくんでいると思うんですけど、この二つは「ぜんぜん」違うんですよ。まったく別種の世界です、さまざまな意味で。

 

ぼくに言わせりゃ、ダウンロードしてそのファイルで音楽を聴くのは、CDやレコード買うのとさほど違いません。だって定額制じゃないでしょ。一曲いくら、一つのアルバムでいくら、と従量的に値段が変化して、たくさん買えば買うほどお金がかかるじゃないですか。

 

パソコンなりスマホなりのローカル・ストレージにダウンロードしたファイルがたまっていくという点でも、レコードやCDを部屋にコレクトする習癖となんら違いはなしですね。「自分のてもとに音楽を持っておきたい」「所有したい」「自分のものにしたい」という願望の反映でしょう。

 

はたして音楽のようなかたちのないものが「自分のもの」となるのか、音楽を「所有」できるのか、という根源的な疑問はきょう、さておきます。

 

またダウンロードだと音源だけでなくデジタル・ブックレットも付属することが多いので、たんに「聴けりゃいいという、テキスト不要の消費者向け商品」ってことはありませんよね。データやライナーノーツ、写真などがくっついてきます。

 

CDやレコードで買うよりもダウンロードのほうが価格が低めだったりするかもしれませんが、それでもたくさん買えば買うほど総額が上がるという意味では、フィジカルとダウンロードは同質のものですよね。富裕層、とは言いませんが、経済的にそれが可能なみなさん向けの購買形式です。

 

いっぽうストリーミングは音楽を一個づつ「買う」わけじゃありません。定額制で、毎月些少な一定額(たいてい980円程度)さえ払えば、あとは無制限に聴き放題というサービスです。980円ほど払えば、ひと月に何百枚アルバム聴こうがタダなんです。日本でも貧困層が拡大したいまの時代にはありがたいですよね。

 

たとえばレコードでもCDでもダウンロードでも一枚1500円のアルバムを月に10枚買えば1万5000円になりますけど、ストリーミングなら同じ10枚を聴いたって980円なんです。この差はあまりにも大きい。お金のないぼく、いまはひと月八万円程度で暮らさないといけませんから、月に万円単位のお金を音楽に費やすことなど不可能です。

 

てもとに物やファイルをためこまないのもストリーミングの大きな特色で、フィジカルやダウンロードとの違いですね。ぼくはSpotifyユーザーですけれど、アプリを使って音楽を流すだけ、もちろんインターネット接続環境は必要ですけどね、それだって安価だし、場所もとりません。レコードやCDが部屋を占拠する、(ダウンロードした)ファイルがストレージを圧迫するということもありません。

 

物理的占拠や圧迫がない、音質的にCDとさほど変わらない高音質である、些少な定額さえ払えば無制限に音楽を楽しむことができるのでお財布に優しい 〜 これらの点においてストリーミング・サービスはいまのぼくにはもってこいの音楽の聴きかたで、これらの点においてダウンロードとは根本的に異なるものです。

 

ストリーミング・サービスだと、たしかにデータやライナーなどのテキスト類などはまったく付いてきませんから、その点でも付属することが多いダウンロードとは違いますね。それらはネットで調べるしかなくて、そこはちょっとアレですけどね。

 

でも、お金がないんです、貧乏なんですよ、ぼくは。だから月980円のストリーミング・サービス以外に選択肢がないんです。そこをごちゃごちゃ言わないでほしいです。

 

たんに選択肢が増えればみんながハッピーになれるというだけの話で、だから同じ音楽作品をレコード、CD、ダウンロード、ストリーミングの四形式ぜんぶで可能なようにしてもらえれば(ブルー・ノートみたいに)、それでリスナー側は自分の都合に合わせて好きなものを選べばいいんで、それでいいじゃないですか。

 

(written 2020.12.5)

2020/12/05

ハイチ産ヘヴィ・ロック 〜 ムーンライト・ベンジャミン

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(3 min read)

 

Moonlight Benjamin / Simido

https://open.spotify.com/album/730GPb8tC5ul9bHRnmnGY7?si=fxsBvZ2PTHGUKE9Qor4W-A

 

この歌手のことはbunboniさんに教わりました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-08-23

 

まだフィジカル化されていないらしい(が、確かめたわけじゃない、興味がないことだから)最新2020年作『Simido』のほうがずっといいと思うハイチの歌手、ムーンライト・ベンジャミン。bunboniさんご推薦の2018年作もしっかり聴きましたが、どう考えても最新作のほうが充実しています。だからぼくはこっちを書いておくことにしました。

 

ヘヴィ・ロックということばがピッタリ似合うムーンライト・ベンジャミンの音楽。その最新作『シミド』ではいっそうその趣きが強くなっていますよね。バンドはこれたぶんエレキ・ギター、ベース、ドラムスのトリオじゃないですかね。それ+ベンジャミンのアクの強いヴォーカル。だから編成からいってもできあがったものを聴いても、ちょうど1960年代末〜70年代初頭のハード・ロックっぽいですよ。

 

ハード・ロックとヘヴィ・ロックは違うんだとか、なんだかそんな声も聞こえてきそうですが、ぼくはそんなに区別はしていません。ヘヴィ・ロックは必ずしもブルーズ・ベースでなくてもいいとか、サウンドの重心がずっしり沈んでいて重たく感じるだとかいったことはあると思いますが、ムーンライト・ベンジャミンの『シミド』はブルーズ要素も感じるので、その意味ではハード・ロックとしたほうがいいんでしょうか。

 

アルバムで特にお気に入りは、5曲目「チュレ」と6「シミド」あたりですね。そのへんの中盤でほんとうにすばらしく聴こえます。曲をだれが書いているのか、ムーンライト・ベンジャミン自身かなとは思うんですけど、そう、曲のメロディ・ラインがいいんですよね。それを歌うベンジャミンの声のハリもみごと。独特の緊張感があって、なんともいえず快感ですね。ファズの効いたエレキ・ギターのブルージーでノイジーなサウンドも聴きごたえ満点。

 

ハイチの音楽のことをなにも知りませんので、そのこととこの最新作との関係についてはなにも言えないんですけど、それでもできあがったアルバムを聴いているだけなら完璧にぼく好み。たぶん、”あのころ” のロック・ミュージックがお好きなみなさんには、きっと気に入っていただける内容になっていると思います。テンション高く強く張ってグイグイ攻めるハード・ロック、ヘヴィ・ロック、びりびり来る、まさにそんな感じの音楽です。

 

(written 2020.10.3)

2020/12/04

ちょっぴりカリビアンな2020年のダン・ペン

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(4 min read)

 

Dan Penn / Living on Mercy

https://open.spotify.com/album/1Aun67BhiNx6buBaSYGpBO?si=ckRTZ8WuTyyXti1r-LG5hA

 

サザン・ソウル・レジェンド、ダン・ペン久々のリーダー作品『リヴィング・オン・マーシー』(2020)がなかなか評判いいですよね。ジャケット・デザインは個人的にあまり好きになれないですけど、中身は文句なしにすばらしい。このアルバムも、録音の一部がやはりナッシュヴィルで行われたそうですよ。やっぱりナッシュヴィル 、なにかあるよなあ。

 

ダン・ペンの今回の『リヴィング・オン・マーシー』は、基本、アメリカ南部音楽をベースとするカントリー・ソウル・アルバムと呼んでいいと思います。この、アメリカ南部音楽を基調としているという部分が個人的にはたいへん印象深いんですね。1960年代にはアラバーマ州マスル・ショールズのフェイム・スタジオを中心に活動していたダン・ペンですが、長い時間が経過して、音楽的にはもっと南下したような印象があります。

 

たとえば今回の新作3曲目の「アイ・ドゥ」。アルバム中これだけが古い曲で、1965年にすでに一度フェイムに録音していますから、今回のは超久々の再演。その65年の初演はSpotifyでも聴けるようになった『ザ・フェイム・レコーディングズ』に収録されていますので、ぜひちょっと聴き比べてみてください。その65年ヴァージョンはわりとストレートなソウル・ナンバーで、とくに変哲もない感じなんですね。
https://open.spotify.com/album/51hZ7LsRCqVIDMPxnnH2zh?si=1nAmL4NdSU-k-l4D0PzslQ

 

これが今回の新ヴァージョン「アイ・ドゥ」になると、なんとアバネーラ的な解釈が施されているじゃないですか。グッとテンポを落とし重心を低くして落ち着き感を出し、リズムにアバネーラのあのタン、タ、タ〜ンのシンコペイションを効かせたアレンジになっていますよね。個人的にはもうこれで最高!となってしまうほど、毎度毎度言いますがぼくはアバネーラの大ファンですからね。サビでピアノが三連を叩くのは1965年ヴァージョンと同じです。

 

アバネーラは19世紀のキューバ音楽ですが、カリブ海経由でニュー・オーリンズにも輸入され、そこを拠点にアメリカ合衆国各地の音楽に拡散していったことは間違いありません。ジャズがそもそも誕生初期からそうでしたし、その後のアメリカン・ポピュラー・ミュージックの基軸になっているものですね。ダン・ペンみたいな白人ソウル・ソングライターのなかにもしっかりあるということでしょう。

 

このことを念頭におくと、今回の新作『リヴィング・オン・マーシー』、わりとカリブ海を臨むような南部的テイスト、ニュー・オーリンズ風味がわりと聴けるなという印象があって、サザン・ソウルなんだからそりゃそうだろうと言うのは簡単ですが、1960年代のフェイム時代にはこんなふうでもなかったですからね。年月を経て、みずからも身を置いてきたアメリカン・ミュージックのルーツ、由来みたいな、つまりいまふうに言ってみればちょっとアメリカーナ的視点を、ダン・ペンも獲得したのだと言えるかもしれません。

 

ミシシッピとかルイジアナなど南部的テイストが濃いといえば、そもそもダン・ペンはそんな音楽家ではありました。今回の新作でもスワンプ・ロック風味だってあるし、それがサザン・ソウルと混じって、+(ニュー・オーリンズ経由での)カリビアン・ニュアンスもくわえた上での、2020年的展開を聴かせているっていう、そんな音楽ですかね、この新作。

 

(written 2020.10.6)

2020/12/03

ナッシュヴィル発ふたたび 2020

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(3 min read)

 

最近どうもふたたびナッシュヴィル(アメリカ合衆国テネシー州)が人気だというか、この都市でセッションしたり作品を制作・録音したりするアメリカの音楽家が、一時期より増えつつあるような気がしているのはぼくだけでしょうか。

 

そして、それがそのとおりだとしたら、それは近年の、ここ10年ほどのアメリカーナへの注目と関係があるのでしょうか。

 

バート・バカラック&ダニエル・タシアンのコラボEPも、シーロー・グリーンの新作も、ルーマー(イギリス人だけどアメリカ在住)の新作も、マット・ラヴェルのデビュー作も、ぜんぶ2020年リリースのものですけど、どれもこれもナッシュヴィル発なんですよね。まだまだたくさんあると思います、ぼくの知っている最新音楽なんてほんのちょっとですから。

 

もちろんナッシュヴィルはそうでなくたってむかしからアメリカ音楽のメッカのひとつでありました。街みずからミュージック・シティとの異名を名乗るほど。カントリーのイメージを持つかたが多いと思うんですけど、決してそれだけじゃありません。ひろくアメリカン・ミュージック一般がさかんな土地柄ですよね。

 

アメリカ音楽における拠点都市と呼べるのは、もちろん何ヶ所もあります。ニュー・ヨーク、シカゴ、カンザス・シティ、ニュー・オーリンズ、メンフィス、ロス・アンジェルス、サン・フランシスコなど、ジャンルにより、時代の変遷により、さまざまな都市が注目され、歌手や音楽家が集まってきていましたよね。

 

それにしてもここ数年の、つまり2010年代以後の、ナッシュヴィル への再注目具合はちょっと目立つなと感じています。これにはやはりなにかある、経済的、文化的な理由もあるでしょうが、音楽的にもナッシュヴィル ・アメリカーナ・スタイルとでも呼べるかもしれないようなものが再興して拡散しつつあるのではないか、との思いが、特に今年になってからぼくのなかで強くなってきているんですね。

 

近年、ナッシュヴィルがなぜ再注目されるようになってきているか、その音楽的理由はぼくにはよくわかりませんので、どなたかおくわしいプロのライターのかたにお任せしたいと思います。やっぱりなにか、アメリカーナっていうか、近年のアメリカン・ミュージック全般のルーツ志向と関係あるのかな?くらいのボンヤリした感想しか浮かばないですね。

 

ほんと、いま、どうして、ナッシュヴィル ?

 

(written 2020.9.22)

2020/12/02

ハッサン・ハクムーンのオンライン・グナーワ・ライヴ on YouTube、約一時間、しかもタダ!12月5日まで。急げ!

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(4 min read)

 

https://www.youtube.com/watch?v=wOLqdbBgsk4&feature=youtu.be

 

11月末に突如発表されたこのハッサン・ハクムーン(モロッコ/アメリカ)のYouTubeライヴ・イベント。トータルで一時間強。しかもなんと無料!タダなんですよ。11月28日に公開され、このまま一週間、12/5の13時(日本時間)までオンラインでフリー視聴できます。急げ!

 

ハッサンはモロッコはマラケシュ出身のグナーワ・ミュージシャンですが、現在はアメリカのニュー・ヨークに拠点を置いています。今年は全世界的なコロナ・パンデミックのせいで、ハッサンもやはり思うように音楽活動ができなかったと思いますから、年末にきてこういった無料オンライン・ライヴを公開してくれるのはファンにとってはうれしいですね。

 

このハッサンのライヴ、YouTubeの説明文を読んでもくわしいことが書かれていませんが、ひょっとして現在の拠点たるニュー・ヨークで収録されたものなんでしょうか。いつごろの?さっぱりわかりません。背景なんかからはまったく読みとれないですね。ロバート・ブラウニング・アソシエイツというところがサポートしているみたいです。

 

全体でたぶん七曲やっているだろう(カウントしました)ハッサン。しかしこのYouTube動画、現時点でまだたったの547回しか再生されていません。なんてこった。グナーワとかハッサンとかいっても知名度はそんなもんなのか。このオンライン・ライヴの宣伝もちょっと、いや、かなり足りない気がしますね。

 

もっと長く、一ヶ月くらい試聴できたらもっと拡散できて、もっと大勢に視聴してもらえるかもでしょうにねえ。

 

演者はハッサン自身のシンティール(ゲンブリ)+ヴォーカルに、弟アブダラヒムのカルカベ+ヴォーカルと、たった二名だけ。しかしこの最少人数でやるルーツ・グナーワのシンプルだけど特濃のディープなあじわいは格別です。グナーワ・ミュージックがお好きなみなさんは必見ですよ。

 

ところで、ハッサンはむかしから自身の演奏楽器を「シンティール」と呼んできました。今回も同じ。動画がついたことで、それがやはりゲンブリと同じもの、名前だけの違いだとわかりましたね。カルカベともども、その演奏法をぼくは間近で見たことがなく、今回録画作品であるとはいえそれらの演奏シーンに触れることができたのも収穫でした。

 

また、いままでハッサンのCDアルバムでは、ルーツ・グナーワというよりも、種々の米欧楽器とのコラボレイションを展開することが多く、音楽的にもポピュラー・ミュージックとのフュージョン的な内容になっているケースが目立ちました。っていうかほぼぜんぶそうじゃないですか。

 

世界に名を知られるきっかけになった1993年の『トランス』も、グナーワ・ファンク21世紀の大傑作2014年の『ユニティ』も同様だったわけで、しかしそんなバンド編成での音楽を、パンデミックにより実現することがむずかしくなった2020年、ハッサンもグナーワの原点、ルーツに立ち返り、ディープなコア・ミュージックをYouTubeライヴで展開することになったというのはなかなか興味深いところです。

 

もとよりグナーワはそういったルーツ・ミュージック、コミュニティの民俗音楽として提示されたときにこそ、そのトランス・パワーを最大限に発揮するものです。ハッサンも今回のYouTubeライヴで、図らずもマアレムとしてその偉大さ、魅力の源泉が奈辺にあるかを証明することとなっていて、おおいに歓迎ですね。

 

(written 2020.12.1)

2020/12/01

絶頂期のダイナ・ワシントン on Spotify

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(8 min read)

 

Dinah Washington / The Fabulous Miss D! : The Keynote, Decca and Mercury Singles 1943-1953

https://open.spotify.com/album/19hwtbpzGfEQ95lQsU9qjM?si=9C35_NbQTp6csuqcr_povw

 

アメリカの歌手、ダイナ・ワシントン。マーキュリーに大量の録音を残していて、それらは完全集となってむかし三枚組×七つという規模のCD群で発売されましたが、ダイナの絶頂期というか、もっとも勢いがあって歌の色艶も最高に輝いていたのは、そのちょっと前、ライオネル・ハンプトン楽団の専属歌手だった1940年代前半〜半ばあたりでした。

 

契約上の関係で、ハンプトン楽団の名義をしっかり出したかたちでダイナの歌がレコードにならなかったのはほんとうに痛恨事。それでもちょこっとだけあるにはあって、またそれ以外でもその1940年代〜50年代初頭のシングル(もちろんSP盤)発売曲の数々はほんとうにすばらしく、うっとり聴き惚れてしまう内容でありました。

 

そんなダイナのシングル盤音源をCDで集大成したのが、2010年にHip-Oが四枚組でリリースした『ザ・ファビュラス・ミス・D!:ザ・キーノート、デッカ・アンド・マーキュリー・シングルズ 1943-1953』でした。総計約五時間。これはまさしくアメリカ黒人音楽史上最高の至宝です。

 

このボックス・セットのことは以前くわしく書きましたので、気になるかたはぜひご一読ください。もうこの文章につけくわえることなどなにもないんですけれども、きょうはまた違った事情があって、もう一度ペンをとっている次第です。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-03f7.html

 

違った事情とはなにか?というと、それはこのCDなら四枚組だったダイナのボックス・セット『ファビュラス・ミス・D!』が、なんと、そのままそっくりSpotifyにあるぞ!ということなんです。ついこないだ発見したばかりなんですよね。
https://open.spotify.com/album/19hwtbpzGfEQ95lQsU9qjM?si=9C35_NbQTp6csuqcr_povw

 

『ファビュラス・ミス・D!』はCDのほうが廃盤になっていて買いにくくなっているなどということもまだなくて、アマゾンで見ても当時と変わらない通常価格で入手できるんですけれども、四枚組で8000円を越える値段でしょう、なかなか判断に迷うところじゃないかと思うんですね。
https://www.amazon.co.jp//dp/B003YUK8I2/

 

ところがそれがSpotifyであれば、これを聴くだけなら無料ですからね。有料会員になったとて、ひと月たったの980円。たったそれだけでいくらでも無制限に聴き放題なんですね。もはやこりゃ迷う理由なんてないんじゃないですか。

 

それにですね、トータル再生時間五時間にもおよぶような大部なボックスものはフィジカルだとなかなか聴きにくいという面もあります。Spotifyならば(もちろんCD買ってインポートしたiTunesファイルでもいいけど)パソコンでもスマホでも、いつでもどこででも、流しっぱなしにできるんですよ。これは大きなメリットでしょう。

 

とはいえ、ダイナはああいった感じの、発声もフレイジングのつくりかたも、言ってみればかなり濃ゆ〜い味付けで歌いまわすという歌手なんで、だからいくらすばらしくてもずっと続けて聴いていると、もうおなかいっぱいということになってしまいがちなんじゃないかという気もします。ただBGMとして流しているだけならいいけど、対面して聴き込むには限度があると。

 

だからこの五時間超の『ファビュラス・ミス・D!』も、きょうはこのへん、あしたはちょっとまた別なところと、ちょちょっとそのときそのときでピック・アップするように聴けばOKなんじゃないかと思います。もとがぜんぶ一曲単位の存在であるSP盤だったんですし、アルバムという概念がまだなかった時代の産物ですなんですからね。

 

だらだら流し聴きにするにも、ちょこちょこっと抜き出して一定の長さをしっかり聴くにも、フィジカルもいいけどどっちかというとやはりSpotifyなんかのストリーミングが向いているんじゃないかと思うんですね。『ファビュラス・ミス・D!』がSpotifyにあるぞ!というのを発見したときは、そりゃあもううれしかったですね。ときどき思い出したようにいろんな過去の名盤をSpotifyで検索しているんですよね。

 

この『ファビュラス・ミス・D!』、アポロ・レーベルへのシングル録音は事情があって収録されていないんですけれども、それ以外の、キーノート、デッカ、マーキュリーへの全シングル録音を集大成したもの。特に貴重なのはキーノートとデッカのシングルですよね。2010年にこのボックスが発売されるまで、通常の方法ではまとめて聴けなかったものだったんですから。

 

キーノート録音は冒頭の1〜4曲目(すなわちSP盤二枚)、デッカへの録音が続く5曲目のたった一つ(B面はハンプトン楽団のインストルメンタル・ナンバーだった)。これがもう最高じゃないですか。特にハンプトン・セクステットが伴奏をつけているデッカの「ブロウ・トップ・ブルーズ」なんて、こんなうまあじな音楽ってなかなかないですよ。ジャズ〜ジャンプ〜リズム&ブルーズの中間あたりでダイナは歌っていますよね。

 

本質的にダイナはジャズ・ブルーズ歌手で、だからジャンプ・ミュージックに移行した1940年代のライオネル・ハンプトン楽団にはぴったりな資質を持っていたわけです。ハンプトン楽団から卒業した6曲目以下のマーキュリー録音でも、その実力をいかんなく発揮していますよね。ジャズっぽいフィーリングを土台としながらもブルーズを得意としたダイナ。黒人音楽歌手として1940年代のある種の理想型を体現していたでしょう。

 

おもしろいのは、このアルバムを聴き進むと、徐々にダイナもリズム&ブルーズっぽいフィーリングに移行していっているのがよくわかるっていうことです。CDでいうところの3枚目途中から4枚目にかけて、かなり粘っこくリズムの跳ねも強靭な同時代の最新音楽リズム&ブルーズを歌うようになっていると思います。なかには初期ロックンロールの祖型みたいに聴こえるものもあったりして。

 

そんなところ、バンドの演奏ともあいまって実はディスク1中盤からちょろちょろと聴けたものではあるんですけど、CDなら四枚になるこのダイナの絶頂期、変わらないヴォーカルの味と時代にあわせての微妙な音楽の変化を感じとることもできて、1940年代〜50年代初頭のアメリカン・ブラック・ミュージックの貴重な証言でもありますね。どんな曲があるか、どれが特にいいか、どんな感じの歌かなど、具体的でくわしいことは過去記事で書きましたので、ぜひご一読くださいね↓
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-03f7.html

 

(written 2020.9.30)

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