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2021/01/13

文章書きは楽器演奏にちょっと似ている

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(7 min read)

 

この文章が完成したら、ブログ用の文章ストックが54個になります(2021年1月12日時点では60個)。どうしてそんなにためこまないと気が済まないのか、自分でもわかりません。54個(60個)って、ぼくは毎日一回ブログを更新する習慣ですけど、それでも一ヶ月半以上もかかっちゃうじゃないですか。そのあいだも毎日書き続けるでしょうから、ストックは減りませんよね。

 

毎日一回必ず更新したいから、平均したら一日一個のペースで文章を書いていくっていうことを維持しないといけないわけですけど、2019年までは書かない日がけっこうありました。というのはわさみんこと岩佐美咲ちゃんのイベントによく出かけていっていましたから、イベント当日と前後の移動日は書かないんですよね。そのほか、音楽コンサートにときたま行っていましたし。

 

ところが、2020年2月末ごろからのこのコロナ禍情勢下、わさみんだけでなくどんな音楽系イベントもコンサートも、客入れするものはほぼいっさいなくなってしまったでしょう。もう毎日どこにも行かないでずっと家にいるわけですよ。それでやることがないから常時音楽を聴きながらネットやったりなどでパソコンかタブレットかスマホを触っているという具合。

 

それで思いついたことをちょこちょこメモしているうちに、いつの間にか一個、二個、三個と文章ができあがってしまうわけです。2019年までみたいに書かない日があるからその分書きためておくということじゃなくなって、どこにも行かず毎日書くのにもかかわらず、さらにやっぱり複数個書ける日もけっこうあるから、それでストックが増えていく一方なんですね。

 

完成した文章のストックと同じくらいの数、これについて書こうという意味のメモもたまっていて、これもあれこれ音楽を聴きながら、あっ、これはいいアルバムだなとか、このテーマはおもしろいかもとかで、「準備中」というメモ・ストックもやっぱり50個以上あるんですね。

 

思いついたときにすぐに書かず、一ヶ月以上が経過してから聴きなおして書く、書き上げてもすぐにはアップロードせず寝かせておいて、やはり一ヶ月半くらいが経過してから上げる(いずれも例外あり)というのは、ぼくみたいな人間にとっては文章が穏便に落ち着くという効果、メリットもあります。

 

こ〜りゃいい!と感じたそのときのもりあがっている気持ちの勢いで書くと、文章がやや激しい感じになってしまうんですね、ぼくのばあい。鉄は熱いうちに打て、とは言いますが、そうでもない面だってあるんじゃないでしょうか。熱い気持ちを封じ込めるというか忘れないようにメモしておいてから、気持ちがほどほどに落ち着いてから書くと、文章が過激化しないんですね。ぼくは語気が強くなりがちな人間ですからね。

 

同様に、書き上がったものをすぐにアップせず、一ヶ月半以上寝かせておいてからもう一回読みなおし、修正・推敲してから上げる、というのも、文章のトゲトゲしさやカドをとって丸くする効果があって、ぼくみたいな人間だと結果的におだやかな文章に決着することができて、ある意味メリットなんです。

 

上で例外もあると言いましたように、まさに「熱いうちに」打っといたほうがいいだろうと判断できるような、時宜を逃すと意味を失ってしまうような、そんなタイムリーな話題のときは、すぐ書いてすぐ翌日くらいにアップしているんですけどね。でもそんなときはちょっと心配です、ぼくはこんな人間ですから、文章がとんがってしまうのではないかと。

 

毎日欠かさず書いているという一つの理由は、だからヒマで音楽ばかり聴きながらずっと部屋にいるからで、聴いて書くことがすっかり習慣化してしまっていて、特にこれといった用事もないなんでもない日に書かないでいると、もはや一種の気持ち悪さを感じるようになっているからですけど、もう一つ、技術を維持したいからでもあります。

 

っていうのは、文章を書くのって、自転車に乗ったりするのとはちょっと違うんですよね。自転車って一回乗れるようになれば、長く離れている期間があっても、やっぱり乗れるでしょ。コツをつかめば一生いけるっていうタイプのことはほかにもあります。料理なんかもそうかな、一回おぼえたら休眠期間があってもできるっていう。

 

でも文章を書くのはそういうのよりも、楽器演奏にちょっと似ていて、しばらくやらないでいるとレベル・ダウンしてできなくなっちゃうんですね。続けていないと維持できないものなんです。そこが文章書きと楽器演奏のちょっとした共通点ですね。

 

楽器って続けていないと、いつも触っていないと、演奏力が落ちてしまう、そもそも音が出せなくなってしまうものですよね。歌もそうかな、いつも歌い続けていないと、ずっと休んだままでいると、喉や腹筋が衰えてヘタクソになってしまいますよね。それでも放置しておくと、歌うための声すら出なくなってしまいます。語学もそうですね、常に触れ続けていないと、レベル・ダウンしてしまいます。

 

それを取り戻すのには、維持し続けているのよりもはるかに強く激しいリハビリ・トレーニングが必要。文章書きというのはちょっとそういった音楽活動、語学活動に似た面があるんですね。ずっと毎日ちょっとづつでも、軽くでも、続けていれば技術を維持できるけど、休み続けているとできなくなっちゃうんで、それもあってぼくは毎日休まず書いています。

 

(written 2020.9.23)

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