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2021/01/08

ポール・マッカートニー 『キシズ・オン・ザ・ボトム』

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(8 min read)

 

Paul McCartney / Kisses on the Bottom

https://open.spotify.com/album/5jOBxNZ2fXG1k0x8SYJ38e?si=hAG9wPsRSFSqGwMEkIO3eA

 

きのうブラッド・メルドーの『ブルーズ・アンド・バラッズ』をとりあげましたが、そのアルバム・ラストにあった曲「マイ・ヴァレンタイン」。これのオリジナルが収録されているポール・マッカトニーのアルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』(2012)のことを思い出していました。

 

『キシズ・オン・ザ・ボトム』は、ジャズ歌手でもないポールにしてはめずらしいポップ・スタンダード曲集。しかし喉が衰えたロッド・スチュワートその他大勢なんかが取り組んだようなものとは、ポールのばあいそもそも意味が違うんですね。ポールはビートルズ時代からそんなテイストを濃厚に持っていましたから。

 

たとえば「ウェン・アイム・シックスティ・フォー」(『サージェント・ペパーズ・ロンリー・クラブ・ハーツ・バンド』)、「マーサ・マイ・ディア」「ハニー・パイ」(『ワイト・アルバム』)のような、わざとレトロでヴィンテージなオールド・ジャズ・ソングに似せたようなものを、ビートルズ時代からポールは自分で書いていました。バンドの初期に「ティル・ゼア・ワズ・ユー」(『ウィズ・ザ・ビートルズ』)を歌ったのもポールでした。

 

ビートルズの四人は、っていうかあの世代は、若いころ古いティン・パン・アリーのポップ・スタンダードに親しんでいたひとたちですし、なかでもポールは特にそんな資質を強く持ち発揮してきたシンガー・ソングライターでしたよね。だから、ポールがレトロなポップ・スタンダードをジャジーに歌うのは、きのうきょう思いついたようなアイデアじゃなかったんです。そういう資質をもとからあわせ持つミュージシャンなんです。

 

それでも2012年にこのアルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』がリリースされたときにCD買って聴いたときは印象が悪くて、一、二度聴いただけでラックの奥にしまいこんでいました。最大の理由はポールの発声にありました。ふだんロック・ナンバーを歌うときとはあからさまに違えたソフトでメロウなフィーリングなんですね。

 

それがかなりわざとらしく感じられて、当時は鼻につくように感じたんですよね。こんなふうに声色を変えなくたって、いつもどおりストレートに声を出して歌えばいいのに、って曲そのものは好きなものが並んでいるからいっそう歯がゆく思ったもんです。

 

ところがブラッド・メルドーのおかげで曲「マイ・ヴァレンタイン」を思い出し、それが収録されているアルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』もちょっと聴きなおしてみようと思ったんだから、人生なにがきっかけで巡り巡ってくるか、わかりませんよねえ。今回はもちろんCDじゃなくSpotifyで聴きました。

 

今回、アルバムの印象がグッと向上したっていうか、ポールのばあいビートルズ時代から同じだったことを思い出したんですよね。たとえば『ワイト・アルバム』にある「ハニー・パイ」をちょっと聴きなおしてみてください。この曲はビートルズ時代にポールが書いて歌ったもののなかでは最もジャジーなヴィンテージ・ポップスふうなんですけど、やっぱりふだんとは違う声の表情を故意にみせているでしょう。ソフトな感じによそおっていますよね。
https://www.youtube.com/watch?v=0Sr0efOe8yk

 

つまり1960年代からポールはなにも変わっていないんだなあと、ぼくも2015年にブログをはじめてからビートルズのことを、特に大好きな『ワイト・アルバム』なんかはかなり頻繁に、聴きかえすようになりましたから、それで2012年のスタンダード集『キシズ・オン・ザ・ボトム』のことも、なにも特別視することはない、ヘンじゃない、オールド・ポップスをやるときのいつものふだんどおりのポールの発声だと、そう感じるようになりました。

 

アルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』は、かのトミー・リプーマのプロデュース。そしてトミーの進言でダイアナ・クラールがアルバムのための音楽アドヴァイザー役として起用されることになりました。伴奏のベーシストもドラマーもダイアナのバンドからそのまま持ってきているし、くわえてギターでジョン・ピザレリも参加。ダイアナは全曲のアレンジもやっているし、もちろんピアノを弾き、大活躍。ポールはほぼ全面的にヴォーカルに専念し、ほとんど楽器は演奏していません。ロンドン・シンフォニー・オーケストラも豪華なアンサンブルをくわえています。

 

収録曲のなかには、かなり有名なものとそうでもないものが混じっているように思いますけど、CDでお持ちでないかたも調べればぜんぶ出ますので、ご興味とお時間がおありのかたはぜひ。すべてがティン・パン・アリーのソングブックからで、オープニング1曲目「手紙でも書こう」(アイム・ゴナ・シット・ライト・ダウン・アンド・ライト・マイセルフ・ア・レター)はファッツ・ウォラーで有名でしょうけど、ファッツの書いたものではありません。アルバム・タイトルの「キシズ・オン・ザ・ボトム」はこの曲の歌詞の一節から。ラヴ・レターの末尾に添える “X” のキス・マークのことです。

 

おもしろいのはスタンダードに混じって、このアルバムのために書いたポールのオリジナルも二曲あること。8曲目の「マイ・ヴァレンタイン」(エリック・クラプトン参加)、14「オンリー・アワ・ハーツ」(スティーヴィ・ワンダーがハーモニカを吹く)。古くからの錚々たるクラシックスのなかに混じっても、なんら違わないように聴こえるのはさすがですね。考えてみればビートルズ時代、解散後のソロ時代とポールはそんな感じのポップなオリジナルをたくさん書いてきたわけですよ。

 

そもそもソング・ライティング・クラフトをティン・パン・アリーやブリル・ビルディングから生み出されたソングブックに学んだような痕跡が強いポールですから、それがビートルズ時代から生かされてきて、それで21世紀までずっときているポールなんですから、やっぱり曲を書く才能はすごいものがあるなと、あらためてうならざるをえません。スタンダード・ポップスを歌うヴォーカリストとしての資質同様、今回はコンポーザーとしての偉大さにも思いが至りました。

 

(2020.9.23)

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