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2021/01/24

あのころのオリヴェッティはいまのiPhoneだった

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(8 min read)

 

オリヴェッティ(Olivetti)というイタリアのタイプライター・メーカー。いまはパソコンなどつくっているのかもしれませんが、よく知りません。ぼくのなかでは英文タイプライター機のイメージしかない会社です。

 

どうしてイタリアのメーカーが英文タイプライターをつくっていたのかも知らず。ただたんに中学生のときからこの会社のタイプライターを個人的にずっと愛用していたわけで、それで憶えているだけなんです。オリヴェッティのレッテラ・ブラックという手動式のポータブル機種を。

 

どうしてオリヴェッティのレッテラ・ブラックを使っていたのかというと、ぼくの世代の日本人は多くのばあい中学に進学すると同時に英語を習いはじめますけど、それでぼくがタイプライターをほしがったか、あるいは教育熱心だった父親がみずからすすんで買い与えたか、どっちかだったんでしょう。中学一年生か二年生のときだったはず。

 

ぼくは買いものにはついていかず、自宅にいたらある日突然、父がレッテラ・ブラックを抱えて帰ってきたんです。それにしても父は松山市街のどこで、どうして、イタリア製のタイプライターを買ったんでしょう?ブラザーなど日本のメーカーもタイプライターをつくっていましたのに。

 

そこらへんはもうなにもわかりませんが、オリヴェッティのポータブル・タイプライターは機能的に過不足ないばかりか、ルックスもスマートでおしゃれでした。いまもパソコンやスマホ、タプレットなどApple製品しか使わないっていう、マシンに対するぼくのデザイン重視志向は、中学生のころからオリヴェッティのタイプ愛用で養われたものだったかもしれません。1970年代のオリヴェッティは2010年代のiPhoneだったと言えるかもですね。

 

オリヴェッティのタイプライターが機能的にもデザイン的にもすぐれていたというのは、高校生になってESS(英会話部)の部室に頻繁に入りびたるようになって実感しはじめたことです。ESSの部室には三台か四台のメーカーの異なるタイプライターが常備されてあって、みんながヒマなときに打って遊んでいましたからね。

 

ぼくはといえば、中学のときから英文タイプライターを愛用していたおかげで、高校に上がるころにはQWERTY配列の英文字キーだったら見なくてもタッチ・タイピングできるようになっていました。ESSの部員(ぼくは部員じゃなくて、よく遊びに行っていただけ)のなかにはそういうひとがわりといましたね。

 

一定の英語の文章をどれだけ速くどれだけ正確にタイプライターで書写できるかを複数人で競ったりなどもESSの部室でよくやっていて、そんなこともあって、中学のころに基礎ができたぼくの英文タイプの腕前は、高校生のときにほぼ完成されたとして過言ではありません。

 

大学の英文学科に進学し、すると(どうしてだか)英文科では卒業論文を英語で書くんですけど(あれはホントなんで?仏文科がフランス語で、独文科がドイツ語で、なんて聞きませんけどねえ)、提出する卒論の完成品はタイプライターで書かなくちゃということになっていて、しかしぼくのばあいは、だからそれにはまったく手こずりませんでした。英文科でも学生みんながタイピングに習熟していたわけではなかったのですけど。

 

大学院に進学しての修士論文も、上京の際当然のように肌身離さず持参したオリヴェッティのレッテラ・ブラックで書き、そもそもぼくのばあい最初段階のメモや草稿からしてはじめからぜんぶタイプライターで書いていたんですね。英文にかんしては手書き感覚とほぼ違わないようになっていましたから。

 

以前書きましたように博士課程に進学したらワープロ機を買いましたから、それからはタイプライターの出番が徐々に減っていったんですけど、それでもディスプレイを見ながら打ち、確認してから印刷する、というプロセスを経ないで、タイプしたものがそのままダイレクトに紙に出てくるタイプライターのほうが感覚的にわかりやすいし使いやすいと思って、学生のころはまだときどき使っていました。

 

ワープロ機を買ってもパソコンを使うようになってからも、ぼくが英語はもちろん日本語もQWERTY配列のキーボードでローマ字入力する癖がはじめからすっかり身についていて、迅速&正確にタイピングできるのは、中高大生時代のオリヴェッティ体験のおかげです。記号類の並びがメーカーによって少し異なりますので、そこはあれですけども。MacとiPhoneとiPadでも違っているという、あれはなんでだ?Appleさん?

 

QWERTY配列のキーボードがあまりにも指になじみすぎて手書き感覚になっているせいで、スマホやタブレットなどでのソフトウェア・キーボードでもそれで入力している現在のぼく。スマホとかだと12キーによるフリック入力のほうが圧倒的にラクだし速いんだとみなさんに勧められ試してみたものの、ぼくのばあいQWERTY配列での入力のほうに親しみすぎていて。

 

人前にてiPhoneで日本語を入力していると、ときたま見ているかたにビックリされることもありますね。英文字、英文を入力する機会はいまでも多いので、同じ並びのキーボードを切り替えずそのまま使えるというのは、ぼくのなかでは、皮膚感覚的にとても大切なことです。

 

オリヴェッティのレッテラ・ブラックについては、都立大学英文学研究室の助手だったころ、(もとはシェイクスピアが専門で)アフリカ文学研究者の、当時は助教授だった福島富士男さんが、ワープロ機はめんどくさい、短い手紙程度だと(ダイレクトだから)タイプライターがいいんだけどもうあまり売ってなくて買いにくくなっている、戸嶋持ってないのか?とおっしゃるので、使用頻度激減だったぼくは躊躇なくさしあげました。

 

いまではもはや紙にアウトプットするということがなくなって、そもそも紙の使用は削減したい、なるべく紙類は使わないようにしたいというのが個人的感覚(社会的にもそうなりつつあるでしょう)ですから、一度もフィジカル出力せずデジタルのままで最後まで処理できるパソコンやスマホに頼りっきりです。

 

(written 2020.9.19)

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