スタンダードをパーソナライズしない歌手 〜 ナンシー・ウィルスン
(5 min read)
Nancy Wilson / The Great American Songbook
https://open.spotify.com/album/51TpP3EhivrdvCps2l5rgr?si=obeu7OnmQwOFGEJTIeTfxA
ナンシー・ウィルスンの『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』(2005)はもちろんオリジナル・アルバムじゃなくコンピレイションで、アルバム題どおりナンシーがスタンダードを歌ったものばかりいろんなアルバムからピック・アップして編纂されたものです。
スタンダードといいましてもナンシーのこのアルバムにはデューク・エリントンやビリー・ストレイホーンの書いたジャズ・オリジナルなどもふくまれているんですけど、つまりはみんながやっていて聴き手もよく知っている有名曲っていうことですね。寄せ集めですから、伴奏は曲によってさまざま。ビッグ・バンドだったりストリングスが参加していたり、はたまた少人数のジャズ・コンボだったり。
この『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』を聴いていてぼくがいちばん強く感心するのはナンシーのヴォーカルの素直さです。ストレートでナチュラルっていうか、原曲のメロディをほぼまったく崩さず、そのまますっと歌っているでしょう、そういうところがたいへん印象深いんですね。ナンシーらしいすばらしさだなって思います。
このアルバムにはビリー・ホリデイが1935年に歌って有名にした「ワット・ア・リトル・ムーンライト・キャン・ドゥ」が収録されています。ビリーにしろだれにしろ一般的にジャズ歌手は曲を “パーソナライズ” することが多いだろうと思うんですね。ちょこっと、あるいは大胆にフェイクしたり、発声や歌唱法の工夫で、その歌手にしかできないワン・アンド・オンリーな歌にしようと腐心します。
かつてはぼくもそれがすばらしい、それこそがタダシイやりかただ、だれがやってもそう変わらない無個性な表現なんて価値ないよ、って信じて疑っていませんでした。この考えが大きく変わった、というか正直言って間違いだったなと気づきはじめたのは、鄧麗君(テレサ・テン)、由紀さおり、パティ・ペイジなどのポップ歌手をどんどん聴くようになってからです。
そして決定的な転回点は2017年に岩佐美咲に出会ったこと。これらテレサやさおりやパティや美咲は、歌に自分の個性を込めないです。その歌手にしかできないというような「色」を出さないっていうか、与えられた歌の魅力をそのまますっと素直にリスナーに伝達するようにナイーヴ&ストレートに歌っていますよね。
ポピュラー・ミュージックの歌手としてどっちがすぐれているかとかいうような話ではありません。ぼくにとって、近年どっちのタイプの歌手が身に沁みるように感動するようになったかということです。ナチュラル&ストレートなヴォーカル表現法をとる歌手のその歌の魅力を知ってしまうと、その真の意味での表現力を知ってしまうと、おおかたの個性の強い歌手はトゥー・マッチに感じるようになってしまいます。
といいましても、もちろんビリー・ホリデイやヒバ・タワジや都はるみなんか、いま聴いてもすばらしいなと心から感動しますので、きょうのぼくのこの話はまぁあれなんですけれども、ナンシー・ウィルスンの『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』もまた、テレサや美咲などの系統においてみるときに、その真の価値が理解できるものじゃないかなって、そう思います。
スタンダードなど有名な曲の数々は、ただでさえそのメロディはもとから美しいもの、すばらしく魅力的なものです。そういった曲は、メロディをフェイクしたりさまざまな工夫をしたりせず、このアルバムのナンシーみたいにそのまま、原曲そのまま、ストレートにすっと歌ったほうがいい、そうに違いない、と最近のぼくは心の底から信じるようになっています。
ナンシーのこの『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』、この曲はどんな感じだったっけな?と確認したかったりするばあいにもいいし、トータルで二時間近い再生時間なのでぜんぶしっかり向きあって聴くというんじゃなく、あっちこっちと好きな曲をピック・アップして楽しむのに格好のものでしょうね。マジになって眉間にシワ寄せてじっくり聴き込むとかいうものじゃありません。
(written 2020.12.16)
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