チック・コリアが死んじゃった
(6 min read)
ジャズ・ピアニストのチック・コリアが2021年2月9日亡くなりました。79歳。ガンだったそうです。日本時間の12日早朝、チックの公式Facebookで発表されました。
https://www.facebook.com/chickcorea/posts/10158422599898924
ぼくが第一報に接したのは12日の朝七時ごろ起きてiPhoneの通知を見たときに出ていた一通のメールによってです。「Chick Corea RIP」と件名だけあって、驚いて、本文を開けてもソースが書いていなかったから、このときは半信半疑だったんですね。
その後Twitterを開いてタイムラインを読んでいくうち、大勢のミュージシャンたちがチックの死を悼むツイートをしていたし、公式Facebook投稿のリンクを貼るひともいたし、信頼できるジャーナリズムやレコード・レーベルの公式アカウントなんかもどんどん言っていましたから、信じられなかったけど本当のことなんだと知りました。
きょうはすべてのことがふっとんでしまいましたねえ。
ぼくのような世代のジャズ・ファンにとってチックが死ぬということは、たぶんちょうど一世代上のみなさんにとってビートルズのメンバーが死ぬというのと同じくらいの強いショックなわけなんですよ。
大勢のジャズ・ファンにとってのチックは、たぶんリターン・トゥ・フォーエヴァー(1972〜)やそれ以後の活動で認知されているんじゃないかと思います。裏RTFみたいだったスタン・ゲッツの『キャプテン・マーヴェル』(1974)も実質チックのリーダー・アルバムで、傑作として忘れがたく刻まれています。「ラ・フィエスタ」はこっちのほうがすごいでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=cFuPGlCVhL0
また、ECMにゲイリー・バートンとのデュオで残した一連のアルバムもたいへん強く印象に残るもので、なかでも特に1979年のライヴ・アルバムである『イン・コンサート、チューリッヒ、オクトーバー、28、1979』は名曲名演揃いの超傑作でしたよねえ。いまだによく聴きます。チックの生涯ベスト・ライヴでしょう。
https://open.spotify.com/album/0582GB8L2dLxZfXTTlLLIq?si=V_VO0T-TSBybwoLjCTvsRQ
1991年に来日してのマウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァルで、ゴンサロ・ルバルカバとのピアノ・デュオでやった「スペイン」も大名演で、忘れがたいものでした。ぼくはこれ、現場で聴いたんですよねえ。
https://www.youtube.com/watch?v=WYQgUP7qqc8
個人的な愛聴作は1968年の『ナウ・ヒー・シングズ、ナウ・ヒー・ソブズ』で、なかでも1曲目の「ステップス ー ワット・ワズ」と2曲目の、なんとこれがブルーズの「マトリックス」なんかは、もうなんかい聴いたかわかりません。オリジナルはブルー・ノートじゃなくソリッド・ステートというレーベルからのアルバムでした。
https://open.spotify.com/album/7wKVcBB5SgqVX3Cj3LPllE?si=CzSVqy0TSD20otBGxiDYtQ
しかしマイルズ・デイヴィス狂であるぼくにとってのチックとは、1968〜70年にマイルズ・バンドのレギュラー・メンバーとして、過激にガンガンとフェンダー・ローズを叩きまくる人物とのイメージが強いんですね。リターン・トゥ・フォーエヴァーやそれ以後の、整って美しく情緒的な鍵盤タッチを知っていると、まるで別人としか思えないとんがってひずんだ、先鋭的で抽象的な演奏を、チックはマイルズ・バンドで聴かせてくれていました。
チックがマイルズ・バンドで残したスタジオ・アルバムは三つしかありません。『キリマンジャロの娘』(1968)の一部、『イン・ア・サイレント・ウェイ』(69)、『ビッチズ・ブルー』(70)。『オン・ザ・コーナー』(72)でもクレジットされていますが、いるのかいないのかわからない程度かも。
しかしマイルズ・バンドでのチックの本領発揮は、ライヴでの姿にありました。特に通称ロスト・クインテットと言われる1969年バンド(マイルズ、ウェイン・ショーター、チック・コリア、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネット)のライヴでの過激でフリー・ジャズな表現はすさまじいものがあって、それを牽引していたのがチックのフェンダー・ローズだったんですね。
ロスト・クインテットの1969年ライヴはほとんど公式リリースされていなくて、ぼくもだいぶブートレグのお世話になりましたけど、コロンビア/レガシーはほんとなにしてるの?という気持ちがいまだ強いです。Spotifyでさがしてもマトモなのはこれくらいしかないので、それを紹介します。
https://open.spotify.com/album/4cGwXL4TKQ64RDlNTDeVCy?si=hXMVydWsT2i4f7_FWDpNfw
チックがマイルズ・バンドで活躍した1968〜70年というと、マイルズの音楽が最もラディカルに、最も大きく、変貌した時期。激動の新時代のニュー・ミュージックに取り組み成果をあげるボスにとって、チックはいちばん信頼できるパートナーであったわけで、『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』といった時代を代表する名作でも、大所帯メンバーの軸になってキューを出していたのはチックだったんです。
いつまで経ってもマイルズ・バンド時代のイメージを持ち続けているぼくは、チックのいい聴き手じゃなかったかもしれません。でもあのころの、特に1969年の、ああいった一連のフェンダー・ローズ演奏は、時代を超えたひじょうに強い磁力をいまでも発揮し続けているに違いありません。マイルズがメンターでしたけど、チックがマイルズ・ミュージックにもたらしたものもまた大きかったのです。チックがいなかったら、世紀の名作『ビッチズ・ブルー』も誕生しなかったのですから。
(written 2021.2.12)
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コメント
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こちらのブログ毎回読んでいますが、初めてコメントします。ブログ主さんよりも更にチック・コリア歴は浅いですし、凄いミュージシャンであることは重々承知してはいても音楽のマイリストに於いては脇役(端役と言ってもいい)。でも死去の一報は本当にショック。演奏できなくなってももっと長生きして欲しかった……
僕もほぼブログ主さんと同じチック観。デビューから50年代初期と復帰直後のヘロヘロ時期を除いて全方位型マイルス好きなのでチックと言えばロストクインテット期の過激エレピの人なのです。そして確実に本人達は気に入ってなかったであろうキース・チックのダブル・キーボード体制よりかはチック単独クインテットの方が好き。ショーターもかなり前から車椅子の人になってしまって心配だなあ。生きているだけでありがたいが……
投稿: 青達 | 2021/02/13 15:45
ロスト・クインテット好きっていうのはけっこういるなあと、近年実感しています。公式アルバムがほとんどないですけどね。
ブルー・ノートからのリリースで『コンプリート・”イズ”・セッションズ』というチックのアルバムがあるんですけど(2002年リリース)、これが1969年5月の録音で、当時のマイルズ・ロスト・クインテットの雰囲気に近いスタジオ作品かなと思います。
投稿: 戸嶋 久 | 2021/02/13 16:29