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2021/03/15

なつかしのゴールデン・ハーフ

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(7 min read)

 

ゴールデン・ハーフ / ゴールデン・ハーフでーす

https://open.spotify.com/album/2abISbaH225XbrZiUTXctE?si=vKgH-fqcRp-7IqWOYj_Mog

 

日本のガール・ヴォーカル・グループ、ゴールデン・ハーフ、…ってみなさん憶えているでしょうか?知っているよというのは間違いなく還暦付近以上の世代でしょうね。だから、きょうのこの文章、(レトロ趣味のかたを除く)それ以下の世代のみなさんには「なんのこっちゃ?!」と思われそうですが、中高年のただの思い出話としてご笑読ください。

 

ゴールデン・ハーフはデビュー時五人組、すぐ四人になった、全員がハーフ(という設定だったけど)の女性アイドル・グループ。ウィキペディアを見てみると、1970年にデビューしたとき、メンバーは全員ハイ・ティーンくらいの年齢だったようです。74年解散。

 

1970年のデビュー・レコードが「黄色いサクランボ」で、70年代初頭当時リアルタイムでテレビ番組に出演するのを見ていたぼくはな〜んもわかっておりませんでしたが、これは1959年にスリー・キャッツが歌った同曲のカヴァー。スリー・キャッツについては以前書きましたね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-550f.html

 

1970年というとぼくは八歳だったわけですが、そのころテレビ番組にゴールデン・ハーフが出演して「黄色いサクランボ」を歌っていたのをいまでも鮮明に憶えております。当時は彼女らのためのオリジナル楽曲だと思っていたはず。っていうか、八歳ですからね、オリジナルとかカヴァーとかそんな概念すらまだ持っていなかったはず。

 

ただ、テレビに出てくるのをおもしろく楽しく見ていただけなんです。好きでしたねえ、ゴールデン・ハーフ。「黄色いサクランボ」はもちろんセクシー・ソングなわけですが、スケベさ全開だったスリー・キャッツのオリジナルに比べ、ゴールデン・ハーフのヴァージョンはテンポを上げムードも明るくして、子どもにもわかりやすい快調な感じのポップ・ナンバーに仕立て上げてありますよね。お色気はそんな濃厚じゃありません。

 

レコードを出してテレビ番組で歌ったゴールデン・ハーフのレパートリーはぜんぶカヴァー(洋楽のが多かった)なんですけど、「黄色いサクランボ」だけでなくどれもこれも、オリジナルの持つ雰囲気は弱めてあるっていうか、淫靡な感じを消し、濃厚なムードやフィーリングを中和して、ティーン・アイドル・グループとしてお茶の間に受け入れられやすいように健全でポップにしてありました。

 

そんなことも、いま聴きなおして考えるからわかることであって、小学生当時のぼくにはちっともワケわかっていなかったことです。子どもの目には十分セクシーな悩殺系に見えたかもしれませんしね。いや、セクシーとかそんな感覚をまだあまり理解できない年齢だったはず。レコードは一枚も買いませんでした、ただテレビ番組で見ていただけで。

 

テレビ番組で見聴きするゴールデン・ハーフの歌には振り付けがあって、それもちょっぴりセクシー、と思っていたかもですけどいま考えたらキュートなかわいい系の雰囲気のもので、直後に(再)登場する山本リンダみたいなラテン系の激しいアクションではなかったはずです。ゴールデン・ハーフの振り付けはちょっとした手の動きをメインとする愛嬌のあるものだったんですよね。

 

ちょっぴりセクシーさを感じていた、といってもぼくは当時小学生ですからね、なんにもわかっていなくて、なんだか楽しい、おもしろい、かわいい、とか、そんな受け止めかたをしていたんじゃないかと思いますが、それでも年上のお姉さんたち(じゅうぶん大人に見えた)がなんだか意味深な歌を意味ありげに歌っているぞ、というなんとなくの雰囲気はそれとなく感じとっていたかもしれません。

 

それが小学生なりにおもしろく感じるちょっとしたお色気っていうことで、ぼくも当時ティーネイジャー程度にでもなっていればまた感じかたが違ったかもと思いますが、まだ思春期前の子どもですからね、なんとなくのセックスの香りみたいなものはまったくわかっていませんでした。ただかわいくて楽しいと思っていただけで。

 

10代の、それもハーフの女性たちでグループを結成させ、カヴァー・ソングばかりを、書き換えた日本語詞でもって歌わせて、ポップでちょっとしたセクシーさを売りにしつつお茶の間に届けて、人気を博し、レコードも売れる、テレビや映画の露出も増える、なんていうのは、完全に彼女たちを操っていたレコード会社のプロデューサーというかディレクターがいたわけです。

 

ゴールデン・ハーフのばあいは、東芝の草野浩二ディレクターが担当でした。草野は洋楽分野が専門で、だから洋楽のカヴァー曲ばかり(が中心)、彼女たちにやらせたんですね。1970年デビューですから、主に60年代のアメリカン・ポップス、オールディーズの数々を持ってきて、新しい歌詞をつけて歌わせました。草野はザ・ドリフターズも担当していましたよね。

 

1970年のデビュー・シングル「黄色いサクランボ」から74年の「ゴールデン・ハーフのメロンの気持」まで、シングル10枚、アルバム3枚を出してゴールデン・ハーフは解散。アイドルはだいたいこれくらいの活動期間だったケースが多いですね。大人の男性の着せたセクシー路線をまとい、かわいく笑いながら振りつきで歌ってテレビ番組で消費されていくっていう、そんなおなじみのガール・アイドルのパターンの一つだったかもしれません。

 

小学生のころからテレビの歌番組が好きでよく見ていたぼくはといえば、ゴールデン・ハーフの直後あたりの1972年に(再)登場したハード・アクション路線の山本リンダに夢中になり、それも下火になったころにはちょうど沢田研二とか山口百恵が出てくるようになって、そっちに興味が移っていきました。その数年後にピンク・レディーがデビュー。

 

(written 2021.1.3)

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