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2021年5月

2021/05/31

マイルズを深掘りする(3)〜 エレクトリック時代

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(7 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/0sDmq6Qgj9V0NmZZznNSP2?si=676318a507834d4b

 

マイルズ・デイヴィスの知られざる好演をご紹介するシリーズの三日目は、エレクトリック時代篇。1968年秋ごろからマイルズは大胆かつ積極的にロックやファンクとクロスオーヴァーし、電気楽器も活用しながら、新時代のニュー・ミュージックに取り組むようになりましたよね。

 

具体的にはチック・コリア、デイヴ・ホランドがあらたにバンド・メンバーとなって以後の革新と言えますが、そこから1975年夏の一時隠遁までのスタジオ音源は、残さずすべてが四つの大部なボックス・セットに集大成されています。

 

『コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』『コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』『コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』『コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』。

 

これで1968年秋から75年夏までのスタジオ音源は全曲揃うんですね。

 

しかも1968年ごろからのマイルズのスタジオ・セッションは用意された「曲」をやるという感じでもなく、スタジオ入りすると出ていくまでずっとテープを回しっぱなしにして、「すべて」を録音したんです。プロデューサーのテオ・マセロが適宜ピック・アップして、曲みたいなものの並んだアルバムの体裁に仕立てて発売していただけ。

 

その意味でも、知られざる未発表名演を紹介するためにも、当時発売されていたアルバムでたどるんじゃなく、上記四つのボックス・セットでたどっていったほうが話が早いので、きょうはそうしました。

 

そういうわけで、きょうは当時の未発表曲が中心。録音順に並べました。カッコ内の数字はその年月日。

 

1. Frelon Brun (1968/9/24)

 『キリマンジャロの娘』が聴かれないのは、油井正一さんが低評価をくだしたのがいまだに尾を引いているんじゃないでしょうか。ちゃんと聴けば、これこそ新時代の幕開けを告げる革新的ニュー・ミュージック、最重要作の一つだったとわかるはず。1曲目のこれは、ジェイムズ・ブラウンの「コールド・スウェット」を参照したマイルズ流ファンク宣言。特にチックのエレピとトニーのドラミングを聴いてほしい。アレンジはギル・エヴァンズ。

 

2. Directions I (68/11/27)

 ジョー・ザヴィヌル作のこの曲を、1969〜71年の三年間「例外なく」ライヴでの開幕ナンバーにしていましたので、各種ライヴ・アルバムでも聴けます。そんな重要な一曲なのに、1981年の未発表集『ディレクションズ』に収録されるまでお蔵入りしたままだったので、いまだ知名度が低いのが残念。ウェイン・ショーターが生涯初ソプラノ・サックスを吹いた演奏。ウェザー・リポートもライヴでの定番クロージング・ナンバーにしていましたね。

 

3. The Little Blue Frog (alt) (69/11/28)

 『ビッチズ・ブルー』とその周辺はよく知られた名演ばかりで、おもしろい無名曲、未発表曲がないので困りましたが、この曲はずんずん迫ってくるようなグルーヴ感がなかなかでしょう。グルーヴィなエレベはハーヴィ・ブルックス。シタールとかタンブーラとかすでに使っていたんですね。同曲のマスター・テイクから短く編集された7インチ・シングルが当時発売されていました(そっちはイマイチ)。

 

4. Johnny Bratton (take 4) (70/2/27)
5. Archie Moore (70/3/3)

 『ジャック・ジョンスン』期は、鍵盤なしのシンプルな編成でジョン・マクラフリンがロックなギターを弾きまくるのが特色。サックスがスティーヴ・グロスマンに交代しています。しかもこのまるでラリー・グレアムみたいなぶんぶんうなるファンキーなエレベ・ラインを弾くのが、なんとデイヴ・ホランドだっていう。カァ〜ッコイイなあもう。こんなのがたくさんあるのに、どれもこれも2003年までお蔵入りしていたなんてねえ。「アーチー・ムーア」のほうはマイルズが吹かないロック・ブルーズ。クリームやジミヘンみたい。

 

6. Little High People (take 8) (70/6/3)

 同じ『ジャック・ジョンスン』ボックスからですけど、これはギターなし三人鍵盤体制での一曲。この爽快なノリがぼくは大好きなんですね。クイーカはアイルト(アイアート)・モレイラ。フェンダー・ローズにエフェクターかけて音をひずませているのはチックでしょう。ボスのトランペットまで電化されていますが、これがマイルズ録音史上初の電気トランペット演奏。

 

7. Big Fun (73/7/26)
8. Holly-wuud (ibid)

この二曲、もとは同じ一個のテイクからテオ・マセロが編集したもの。マイルズの全キャリア中最高傑作と呼びたいほどなのに知名度ゼロなのは、1973年に7インチ・シングルの両面として発売されただけで、その後2007年発売の『オン・ザ・コーナー』ボックスまで、どんなLPにもCDにも再録されなかったから。声を大にして言いたい、この二曲は超カッコいい!印象的なギター・カッティングはレジー・ルーカス、コンガはエムトゥーメ。

 

9. What They Do (74/11/6)

 弾きまくりギター・ソロは、スタイルから判断して(ピート・コージーではなく)曲中ずっとドミニク・ゴーモンじゃないかと思います。サックスがソニー・フォーチュン。アル・フォスターのドラミングもまるで鬼。ボスの当時のバンド統率力もよくわかるハードなファンク・ナンバーですね。

 

10. Minnie (75/5/5)

 一時隠遁前のラスト・レコーディング。サックスがサム・モリスンに交代。この時期にはめずらしいやや情緒的な、曲らしい曲ですし、二管でリフを吹くのも滅多になかったことですが、こういった聴きやすいラテン・ポップなフィーリングと明快なメロディ・ラインは、「マイーシャ」(『ゲット・アップ・ウィズ・イット』)系列。隠遁前にちょっとマイルズ・ミュージックの傾向が変化しつつあった兆しだったかもしれません。

 

(written 2021.5.28)

2021/05/30

マイルズを深掘りする(2)〜 コロンビア時代アクースティック篇

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(5 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/6W04Smq33475LF8w6D92b3?si=ccb459846e184f20

 

マイルズ・デイヴィスの知られざる好演をご紹介するシリーズ、二日目のきょうは、1957年のコロンビア移籍後から、ロックやファンクとクロスオーヴァーしながらエレクトリック路線に踏み出す前までの、アクースティック・ジャズ時代篇です。

 

きのう書いた初期プレスティジ時代と違って、コロンビア移籍後のアルバムはどんな無名作でもそこそこ知名度はあるんじゃないかと思いますが、それらのなかにも、あるいは超名作のなかにだって、なかなか話題にならない、再生回数が少ない、評価が低い曲というのはあるので、そういったものを中心にとりあげていきます。

 

カッコ内の数字は、やはり録音年月日。きょうの曲の並びは、基本録音順です。

 

1. On Green Dolphin Street (1958/5/26)

 ビル・エヴァンズが参加しての初レコーディング四曲を収録したアルバム『1958 マイルズ』から。そのなかではやはり「ステラ・バイ・スターライト」がリリカルな名演として知られていますが、「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」のこの泉のように湧き出るグルーヴ感もなかなかのもの。エヴァンズが最高だけど、ジョン・コルトレインのソロもいいですね。

 

2. Freddie Freeloader (59/3/2)

 『カインド・オヴ・ブルー』は知らぬ者のいない超名作ですが、2曲目「フレディ・フリーローダー」はそのなかで最も聴かれていないもののようですよ。ところが個人的にこのアルバムではこの曲こそいちばんの好みなんです。なんてこった!歩くようなテンポで軽快にグルーヴするブルーズで、ウィントン・ケリーのピアノ・ソロも快調だし、ボスのトランペット・ソロなんか、完璧な構成です。

 

3. Teo (61/3/21)

 傑作ではないにしろあんがい人気のあるだろうアルバム『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』ですが、B面のこのスパニッシュ・スケール・ナンバーは、ゲスト参加のコルトレインといいボスといい、壮絶なソロ内容を聴かせる名演じゃないでしょうか。あまり話題になってこなかったのが不思議。コンボ版『スケッチズ・オヴ・スペイン』の世界と言えます。ジミー・コブの細かく入り組んだドラミングにも要注目。

 

4. I Fall in Love Too Easily (63/4/16)

 きょう書くもののうち、『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』が最も知名度も評価も低いでしょう。ほぼ完全無視に近い扱いを受け続けてきている理由は、間違いなくヴィクター・フェルドマンらが参加したロス・アンジェルス録音三曲。しか〜し、それらこそ美しい、すばらしいとぼくは長年思い愛聴し続けてきました。切ない情緒感たっぷりに吹くリリカル・バラードは、本来マイルズの得意とするところじゃないですか。

 

5. Eighty-One (65/1/21)

 1963年から行動をともにしてきたハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズに加え、ウェイン・ショーターを迎えて新クインテットとなったマイルズ・バンドの初本格スタジオ作から。1965年のジャズ界にはまだめずらしかった8ビート・ナンバーだからなのかこの曲は評価が高くないですが、実はその後のマイルズの歩みを視野に入れるとき、かなり重要なステップ・ストーンだったのかもしれないと思います。

 

6. Orbits (66/10/24)
7. Masqualero (67/5/17)
8. Riot (67/7/19)

 いままでほとんど言われてこなかったことですが、『マイルズ・スマイルズ』『ソーサラー』『ネフェルティティ』三作を通して聴くと、1968年以後のマイルズの方向性を踏まえた上での最重要ファクターは、リズムの実験、新感覚ビート・スタイルへの挑戦にあったのではないか、というのがぼくの見方です。トニーのドラミングを軸とする変型アフロ・ラテンな8ビートの活用が、その後の新時代の音楽的革新につながったのではないでしょうか。これら三つのアルバム、決してそういうわけで評価されてきたわけではなかったのですけど。

 

9) Mood (65/1/22)

 アフロ・ラテン・ビートの熱を冷ましてプレイリストを締めくくるためにこれを。アルバム『E.S.P.』のB面ラストという目立たない位置にありますが、むかしからこのスパニッシュ・スケール・ナンバーのことが好き。ウェインとハービーのは名ソロだと思います。

 

(written 2021.5.27)

2021/05/29

マイルズを深掘りする(1)〜 プレスティジ時代

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(7 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/0Pk44cbt85RUA8xgf53ZYs?si=b9ffd3e9384946a8

 

マイルズ・デイヴィスのイメージっていうか代表曲ってどのへんでしょうねえ。みなさんが抱いている一般的なイメージとしては、たぶん「ラウンド・ミッドナイト」「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」「ソー・ワット」とか、そのへんじゃないかという気がします。

 

電化時代なら「イン・ア・サイレント・ウェイ」「ビッチズ・ブルー」とか、あるいは「タイム・アフター・タイム」とか、そういったあたりが “Miles Davis” という印象を決定づけているシンボル、シグネチャーかもしれません。

 

それでもちろん間違っていませんが、そこまでだとあくまで入口に立っているだけなんですよね。あまり知られていないもの、まったく有名じゃないもののなかにも名演・良演はたくさんあって、そのまま知られず埋もれてしまうにはあまりも惜しいんです。どんな音楽家でも有名曲だけ聴くんじゃ、もったいないと思いませんか。

 

そこで、そんな知名度の低い、まったくないマイルズの好演をちょっとだけピック・アップしてみなさんにご紹介するというシリーズをはじめてみることにしました。題して「マイルズを深掘りする」。四日連続の予定で、(1)プレスティジ時代、(2)コロンビア時代アクースティック篇、(3)エレクトリック篇、(4)1981年復帰後。

 

いわば隠れマイルズ、裏マイルズです。

 

どれを良演と思うかはもちろん個人的感覚ですが、無名かどうかの判断は経験的常識だけでなくSpotifyでの再生回数(が四月から出るようになった、デスクトップ・アプリだと)をかなり参考にしました。

 

きょうの第一回は、メイジャーのコロンビアに移籍して大きな存在になっていく(のは1957年から)前のプレスティジ時代からのセレクションです。コロンビア移籍前のマイルズは、キャピトル、ブルー・ノート、デビューにも録音がありますが、音源数の多いプレスティジに限定しました。

 

プレスティジのマイルズというと、なんといっても進行形(〜in’)四部作が傑作で、たしかに名演揃いですが、知名度がかなり高いので、今回のテーマからはもちろん外れます。外しても、まだまだいい演奏がたくさんあるんですよ。各曲の収録アルバムは、いちばん上でリンクしたSpotifyプレイリストをごらんください。以下、カッコ内の数字は録音年月日。

 

1. Dr. Jackle (1955/8/5)

 ごくうまなヴァイブラフォンはミルト・ジャクスン。曲はアルト・サックスで参加しているジャッキー・マクリーンの作品で、こんなふうにブルーズをミドル・テンポでグルーヴさせるのがなんとも心地いいですね。ユーモラスな味もあって、つまりファンキー。

 

2. In Your Own Sweet Way (56/3/16)

 この曲は同年五月録音のレギュラー・クインテット・ヴァージョンが『ワーキン』に収録されていますが、どう聴いてもこっちがよりチャーミング。ピアノはトミー・フラナガン、テナー・サックスはソニー・ロリンズ。バンドもマイルズもていねいでリリカルですね。

 

3. Doxy (54/6/29)

 ソニー・ロリンズ作のひょうきんなファンキー・ナンバー。『バグズ・グルーヴ』B面ではこれがいちばん楽しいのでは。ピアノのホレス・シルヴァーも持ち味を発揮しています。こういう愉快にひょこひょこと上下するラインを演奏するものは、ある時期以後なくなってしまいました。

 

4. Blue Haze (54/3/15)

 軽視どころかまったく無視されているアルバム『ブルー・ヘイズ』からとった、なんの変哲もないシンプルな定型ブルーズ。ワン・ホーン・カルテット編成でただ淡々と吹くマイルズの演奏にうまみを感じます。ピアノはホレスで、この当時気に入っていたみたいです。

 

5. My Old Flame (51/10/5)

 ビリー・ホリデイがコモドア盤(1944)で歌ったのを下敷きにしたんじゃないかと思います。むかしの恋を思い出す内容の、独特の仄暗さがある情緒的な名バラードで、未完成な時期ながらマイルズの資質にはピッタリ。テナー・サックスはソニー・ロリンズ。

 

6. Will You Still Be Mine (55/6/7)

 マット・デニス作のチャーミングなラヴ・ソングをスウィンギーかつ軽快にこなすバンドとマイルズがとてもいいですね。すでにピアノはレッド・ガーランド、ドラムスはフィリー・ジョー・ジョーンズ。

 

7. Gal In Calico (ibid)

 レッド・ガーランドのピアノ・イントロもチャーミングなバラード(アーサー・シュウォーツ作)。その後トレード・マークになったハーマン・ミュートを付けてのマイルズの演奏がステキ。ピアノ・ソロ前半は鈴の転がるようなきれいなシングル・トーンで弾き後半をブロック・コードでもりあげるガーランド・スタイルも確立されています。

 

8. Blue ’n’ Boogie (54/4/29)

 収録されているアルバム『ウォーキン』は名盤として名高いものですが、1960年代まで頻繁に演奏されたその1曲目のタイトル曲もさることながら、それに続く2曲目のこの快速調で飛ばすディジー・ガレスピー・ナンバーがむかしからぼくは大好き。グルーヴしていますよね。アレンジはピアノで参加しているホレス・シルヴァーのものと思います。

 

9. Green Haze (55/6/7)

 これもやはり『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』より。大好きなんですよねこのワン・ホーン・アルバム。やはりストレートな定型スロー・ブルーズですが、ピアノのレッド・ガーランドがたいへんブルージーで聴きごたえあります。ブルーな気分をたたえたようなこのゆったりしたノリが、ジャズ・ブルーズのいちばんおいしいところでしょう。ベース・ソロはオスカー・ペティフォード。

 

(written 2021.5.26)

2021/05/28

アフリカ音楽の原点回帰 〜 ウム・サンガレ

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(2 min read)

 

Oumou Sangaré / Acoustic

https://open.spotify.com/album/3WPGTvO0ryY6LRMhrR6pZE?si=8UukrfmHRu2cm4T52-MVwg

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-09-10

 

マリの歌手ウム・サンガレ(Oumou Sangaré)の2020年作『Acoustic』は完全アンプラグドで、タイトルどおり完全アクースティック・サウンドを徹底したアルバム。ンゴニ、ギター、曲によっての鍵盤、二名のコーラス、とたったそれだけのサウンド・メイクで挑んでいます。

 

しかもスタジオで一発録音だったそうで、その際通常だったらつけるヘッドフォンもなし。たぶん、少人数のメンバーで向き合ってのライヴ・セッションだったんでしょうね。オーヴァー・ダビングもなしみたい。曲は過去に発表されていたものの再演ばかりだそうですが、そのことについてはなにも知らないので。

 

とにかく生音のライヴな響きを大切にしてていねいにつくりあげた作品ということで、アフリカ音楽らしい生々しい質感とライヴな音の躍動感をみごとに表現できていますよね。ウムの声もイキイキとしていて、うむ、ンゴニとギターが中心になって織りなすシンプルなサウンドによく似合っています。

 

アフリカ音楽はもとはといえば、こういったナチュラルでオーガニックな質感を得意としていたものでしたが、電気・電子楽器やスタジオ・テクノロジー、コンピューターの発達などで、綿密につくり込む作品も増えています。ウムも近作はそうだったんだそうで、その失敗を踏まえて、今回こういったプロダクションを選択したんでしょう。

 

音を重ねすぎたりつくり込みすぎたりいじくったりなどしない、スッピンの、あるいはナチュラル・メイクの、その素朴でストレートなヴォーカル&サウンドが心地よく響くウム・サンガレなのでした。アフリカ音楽の原点回帰を聴くような思いです。

 

(written 2021.2.22)

2021/05/27

コラをギターに移植して 〜 デレク・グリッパー

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(3 min read)

 

Derek Gripper / A Year of Swimming

https://open.spotify.com/album/3nqAmeifj1R8iiiFMcno04?si=44Qss73_R7eRNSNANdVc0g

 

南アフリカはケープタウン出身の白人ギターリスト、デレク・グリッパー。西アフリカのグリオ音楽に魅せられ、特にマリのコラにとりつかれて、コラの演奏を通常の六弦ナイロン・ギターに移植して弾いているという、ちょっといままでにないスタイルのソロ・ギターリストです。アルバム『ア・イヤー・オヴ・スウィミング』(2020)で知りました。

 

デレクは元来クラシック畑のギターリストらしいんですが、『ア・イヤー・オヴ・スウィミング』では全面的に西アフリカ音楽に挑戦。よく知られたサリフ・ケイタの曲ふたつ、そのほかのカヴァー曲に自作もまじえ、ギター独奏だけでコラの世界を再現せんとしているんですね。

 

以前から書きますように西アフリカのコラ・ミュージックが大好きなぼくなんで、というかそもそもコラという楽器のあの音色や、全弦開放で弾くあのサウンド、響きなど、もうえもいわれぬチャームを感じ愛聴しているので、それをナイロン弦ギターに移植したらどうなるのか?という興味だけでデレクのこのアルバムを聴きました。

 

はたして立派なできばえじゃないでしょうか。まぎれもないギターの音だけど、そこにコラのあの世界が透けて見えるような、そんな気がします。コラ演奏を聴いたことのないギター・ミュージック・ファンがこれをどう感じるのかわからないですが、コラのサウンドになじんでいる西アフリカ音楽好きであれば、耳おぼえのあるスタイルのフレイジング頻出で、おもわずニンマリすること必定。

 

デレクがやってみせるまで、だれもが不可能だと考えていたコラのサウンドをギターに移植する作業は(これまでクラシック・ギターでアフリカ音楽が演奏されることはほぼ皆無だったはず)、西洋のクラシックの伝統と西アフリカのグリオの伝統とのあいだに前例のない出会いをもたらしたのだと言えましょう。

 

デレクの弾く、サステインが短くアタックの強い乾いたギター・サウンドは、クールな静寂の世界を表現しているし、たしかにアフリカ音楽の風を感じさせるもので、マリや西アフリカのコラ音楽によくなじんでいる耳にだってかなり新鮮に響きます。コラで聴き慣れた世界のようでいて、同時にいままでまったく体験したことのない未知の領域に足を踏み入れているような快感もありますね。

 

アフリカ音楽やコラに関心のない、アクースティック・ギター・ミュージック好きにもちょっと推薦できるアルバムかもしれません。

 

(written 2021.2.20)

2021/05/26

レイヴェイに夢中

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(5 min read)

 

Laufey / Typical of Me

https://open.spotify.com/album/1ZSqGiN0icYQ9AjMRCAiRo?si=6CkkSLCQRySDwxW3DZTj2w

 

惚れちゃったぁ。

 

レイキャビク出身、中国系アイスランド人で、現在は米ボストンを拠点にしているレイヴェイ(Laufey)。本人のTwitterプロフィールに名前の発音が書いてあるのに従ってレイヴェイと書きました。ボストンにいるのはバークリー音楽大学に在籍中だからですね。
https://twitter.com/laufeylin

 

幼いころからクラシックや古いジャズに親しみながら育ったらしく、やがてそうした伝統的な音楽性と新世代ならではの感覚をうまく融合させた独自の世界を育みたいと願うようになり、それでバークリー音楽大学へ進んでいるようですよ。

 

そんなレイヴェイが四月末にリリースしたデビューEP『ティピカル・オヴ・ミー』(2021)は、COVID-19感染流行によるロックダウンのさなか、自室での簡素な環境でコツコツ宅録されたものらしく、たしかにベッドルーム・ポップっぽいアンニュイさというか退廃感もただよっているかもしれません。

 

がしかし、このアルバムで聴けるレイヴェイの音楽は、基本、ラウンジ・ミュージック的なヴィンテージ・ジャズ・ポップスですね。それも落ち着いたやや低めのトーンで、淡くささやくようでありながら、しっかりと、スウィートに、そしてやや仄暗く歌うしっとり系の歌手で、まるで往年のエラ・フィッツジェラルドのよう。

 

『ティピカル・オヴ・ミー』収録の七曲は、スタンダードの4曲目「アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ」を除き、すべてレイヴェイのオリジナル。自身のヴォーカルに、演奏もギター、ピアノ、チェロをこなす彼女自身の多重録音によるもので、あとはビートなど足しているのはDAWアプリを使っているんでしょう。

 

ヴォーカルにはジャジーなだけでなくソウルフルな味もあって、かすかにR&Bテイストなサウンド・メイクが聴かれるのは、いかにもいまどきのシンガー・ソングライターらしいところ。1曲目「ストリート・バイ・ストリート」でアナログ・レコードを再生するプチ音を挿入しているのは、自身のレトロな音楽志向でしょう。

 

その「ストリート・バイ・ストリート」一曲を聴くだけでぼくは完璧にレイヴェイにはまってしまったわけですが、出だし、ギターをぽろんと鳴らしながらしゃべるように歌っているかと思いきや、フィンガー・スナップ音の反復と自身の多重録音ヴォーカル・コーラスやピアノが入りリズミカルになって、デジタル・ビートが効きはじめたら、もう夢中。

 

低くたなびくような声質や歌いかた、しっかりした発声やノビ、ハリがあるちゃんとしたシンガーなんだとわかるのもポイント高し。いろんな歌手がやっているスタンダードの4曲目「アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ」はちょっぴりボサ・ノーヴァ・スタイルで。しかもそのビートをチェロのピチカートで演奏しているっていう。

 

あ、そうそう、3曲目「ライク・ザ・ムーヴィーズ」でだけホーン・アンサンブルやトランペット・オブリガートなど聴こえますが、バークリーの友人たちが参加しているんでしょうか。ほかはどれもレイヴェイの宅録ひとり多重録音だと思います。

 

自作曲は、どれもヴィンテージなジャジー・ポップス路線の、ちょっとキュートでセンティメンタル、ポップでスウィートなフィーリング。アレンジも実にシンプルで、どの曲も音数かなり少なめ、余分な要素はいっさいなしだけど、決して簡素とかテキトーということはなく、細部までかなり凝ってていねいにつくり込まれているのが、聴くとよくわかります。

 

曲もチャーミングだし、伴奏をつけるどの楽器も実にうまいし、それになんたってこのヴォーカル・トーンですね、惚れちゃったのは。不思議な吸引力を持ったデリケートなアダルト・ヴォイスで、聴いていてくつろげる魅力を持った、新世代にはまれな落ち着いた声質の歌手じゃないでしょうか。

 

たったの21分間。こんなに気持ちいいんだから、早く45分くらいのフル・アルバムでたっぷり聴いてみたいな。ビッグ・バンドやオーケストラを伴っても映えそうな資質の持ち主ですね。

 

そんなにも魅力的なレイヴェイの『ティピカル・オヴ・ミー』、レコードやCDといったフィジカルはありません。ダウンロードかストリーミングでどうぞ。YouTubeにも全曲あります。

 

(written 2021.5.25)

2021/05/25

Spotifyは、サッカー・チームを持つくらいなら、利益を音楽家に還元してほしい

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(5 min read)

 

音楽ストリーミング・サービス最大手Spotifyのオーナー、ダニエル・エク(スウェーデン)が、イングランドの強豪サッカー・クラブ、アーセナルを買収する動きがあるという報道に接しました。
https://web.gekisaka.jp/news/detail/?330244-330244-fl

 

4月29日付のこの記事に書いてあるのは約2730億円という買収予定金額。もうけているんですねえ、Spotify。それでも、四半期収益が数兆円にもおよぶようなAppleとかGoogleとかAmazonとかのIT大手に比べればたいしたことないでしょうけども。Spotifyの収入源は、広告料とユーザーから徴取している月額料金です。

 

サッカーの世界にはちょっと興味を持っているぼくなのでおもしろく読んだ記事だったのではありますが、まず真っ先に頭に浮かんだ気持ちは、ずばり、そんな大金をサッカー・チーム買収に用意できるほど財務状況に余裕があるのなら、自社で配信している音楽家やレコード会社にもっと多額を還元したらどうか、ということです。

 

もちろん起業家がなにしてどんだけもうけてその収益でなにをしようとも自由ではあります。ですが、Spotifyは音楽の世界で果たすべき社会的責任が大きなものになってきているんじゃないですか。音楽家の取り分が少ないという(実はやや勘違いな)批判的意見も見ますし、それへの説明責任をはたしていくためにもSpotifyにはやるべきことがあるはず。

 

日本だけをガラパゴス的例外として、世界の音楽産業におけるここ最近の常識は、ストリーミング配信が業界を救ったという事実。21世紀に入ったあたりからずっと尻すぼみ状態が続いていたフィジカル売り上げは、やはりどんどん下がっていく一方で、AppleやSpotifyなどのストリーミング・サービスの普及で一転収益増となったんですからね。

 

なかでも、過去10年、15年の音楽業界を見ると、Spotifyが音楽ビジネスを救ったことがわかります。それまで音楽ビジネスは15年連続で減収していましたが、ストリーミングが定着すると、その損失は横ばいになり、いまでも収益は増え続けているんです。
https://www.latimes.com/entertainment-arts/music/story/2021-04-19/spotify-artists-royalty-rate-apple-music

 

CDなどのフィジカルの売り上げに対してレコード会社へ支払われる額は約半分で、この割合は実はストリーミングとほぼ同じなんですね。Spotify などは売り上げの三割を取り、残り七割のうち権利者分を除いてレーベルに払われるのはだいたい50%といったあたり。

 

だから、フィジカルか?サブスクか?の違いは、「CDショップやレコード会社にお金を払う」か「ストリーミング・サービスにお金を払う」かの違いでしかないんですよ。このへん、一部では誤解があって、ストリーミングよりフィジカル買うほうが音楽家の応援になると主張する向きもありますが、間違いです。

 

しかしそうでありながら、各種あるサブスク・サービスのなかで、Apple MusicやAmazon Musicに比べ、Spotifyはレコード会社側や音楽家側の取り分が少ない設定になっているんじゃないか、言い換えれば音楽家から搾取しているんじゃないかという批判がずっとつきまとっているというのも本当のことです。裏付けるデータがありませんけどね。

 

現実的には、Spotifyは配信最大手で再生回数も最多であるため、そこからレコード会社、そして音楽家に支払われる金額も最も大きいんです。売り上げのなかから音楽家の取り分となる金額の割合も、実際にはさほど大きな違いはないようです(といっても各社とも資料を公表していないので、客観的な論証ができません)。

 

批判が消えない以上、Spotifyは、売り上げのなかからレコード会社に支払っている割合がどれだけなのか、データを公表したらどうですか。それをしない、できない理由があるのなら、フェア・トレードであることを示す一助として、せめて強豪サッカー・チームの買収よりも、その資金を音楽家サイドにまわすよう態度を改めるべきです。

 

レコード会社や音楽家へじゅうぶんな支払いをしていて、もうこれ以上は不要だいうほどになって、それでもなおかつ収益が増えて増えてお金の使い途に困るというような具合であれば、サッカー・チーム買収でもなんでもすればいいじゃないですか。現状、そういう状態だとはみなされていないんですから。

 

(written 2021.5.2)

2021/05/24

青春時代に古いジャズばかり聴いていたもんだから

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(7 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1EuHy0IiaFuDsk?si=uEGpWjpVRlCY96ZvByCtxQ

 

これまたSpotifyのAIが自動的に作成してくれる個人向けカスタム・プレイリストに『Time Capsule』というのがあります。タイトルどおり青春時代プレイバックっていうか、Spotify登録時に生年月日を入力したんでしょうね、きっと、それでそのユーザーが10代後半〜20代前半ごろに流行っていた曲をどんどん聴かせてくれるというものみたいです。

 

しかしこれ、青春時代に流行っていたものといわれても、ぼくが特殊ケースなだけかもしれませんが、ピンとこない曲がたくさんあります。その後大きくなっていろんな音楽を聴くようになったのでいまでは知っているものがほとんどですけど、青春期には聴いていなかったよなぁっていうものが、たぶん七割。ぼくが中高大学生だったのは1974〜84年です。

 

ぼくにとってはプレイリスト『Time Capsule』を聴いてもタイム・スリップできないっていうか、なつかしくないっていうか、なぜかというと、ぼくが10代後半〜20代前半に夢中だったのは古いジャズ・ミュージックばかりだったんですよねえ。だからちょっとなあ、ヘンな青年でしたよねえ。このプレイリストにそんなもん出ませんからねえ、流行歌じゃないし、時代も違うし。

 

といってもぼくがジャズ狂になったのは17歳、1979年のことで、それ以前は同時代のヒット・ポップスを、それも日本の歌謡曲・演歌を中心に、テレビやラジオの番組で、そこそこ聴いていました。だからこのプレイリストでも、ピンク・レディー、太田裕美、山口百恵、南沙織、伊藤咲子、野口五郎、シャネルズ、松田聖子あたりが出てくると、青春時代の、あのころの、記憶がよみがえるような気分がして、なつかしいです。

 

洋楽ポップスだと、ビリー・ジョエル、レッド・ツェッペリンなんかはレコード持っていたしリアルタイムでの記憶があります。イーグルズ、スティーヴィ・ワンダー、ローリング・ストーンズあたりもちょっとだけ、一枚、二枚だけなら、聴いていましたから、曲によってはタイム・スリップ気分にひたれますね。

 

でも大部分は当時知らなかった、聴いていなかった(だって古いジャズしか眼中になかったから)ものなんです。だからそれらはぼくの青春じゃないので、個人的タイム・カプセルに入っていないものばかり。エルトン・ジョン、クリストファー・クロス、(ソロ時代の)ポール・マッカートニー、スティーリー・ダン、ロッド・スチュワート、バーブラ・ストライザンド、ジャクスン・ブラウンなどなどなど流れてきますが、たぶんあのころヒットして同世代のみなさんは聴いていたものなんでしょう、でも、ぼくの青春じゃありません。

 

ぼくの青春とは、1920年代のルイ・アームストロング、ビックス・バイダーベックであり、30年代のカウント・ベイシー楽団、40年代のデューク・エリントン楽団であり、せいぜい50、70年代のマイルズ・デイヴィスだったんですからねえ。

 

的外れな見解かもしれませんがつらつら思うに、音楽マニア、熱狂的音楽愛好家で、中高年になってもその熱が冷めず聴き続けているというようなひとは、一般人からしたら大なり小なり「ヘン」なのであって、そういったヘンな人間のばあい、流行歌、時代のヒット・ポップスを特に意識せずぶらぶら聴いているようなケースはあまりないんじゃないかという気がしますよ。

 

みんなが聴かない、目を向けないようなニッチでマイナーなところを青春時代からずっと掘っているだとか、ジャズとかブルーズとかカントリーとかアジア・ポップスとかアラブ歌謡とかアフロ・ポップとか、そのへんは決して日本で人気のあるジャンルじゃないし、ヒット・チャートにも入りません。しかし熱狂的な音楽リスナーというものは、そんな、ひとが聴かないところを熱心に追いかけていたりするもんですよ、10代のころから。

 

そんなわけで、個人ユーザー向けにそれぞれ自動作成されているSpotifyプレイリスト『Time Capsule』も、一般リスナー向けっていうか、自分の青春時代にヒット・ポップスをどんどん耳に入れていたみなさんには、たしかにタイム・カプセルを掘り起こして開けてみた気分にひたれるものかもしれません。

 

でもぼくのような青春時代からの変態的ジャズきちがいだった人間でも、『Time Capsule』を楽しむ方法がないわけじゃありません。あのころ、あの時代にはどんな音楽がヒットしていたのか、あの当時のヒット・ポップスとはどういうものだったのか、それを手っ取り早く知る好適なサンプルになりうる、ということです。その結果「あの時代」「あのころの音楽」の実像をさぐることができます。

 

それに単純にプレイリスト『Time Capusule』はただたんに流していれば楽しいし、たまに三割程度まじって出てくる、思い出のあるなつかしのヒット・ポップスが聴こえてくれば、おっ!となりますからね。(ぼくみたいにヘンじゃなかった)多くの一般の音楽好きにとっては、プレイリストの大部分がそういう楽しみかたのできるものでしょう。

 

なお、『Time Capsule』プレイリストも日々AIが自動更新しちゃうので、選曲はどんどん入れ替わります。

 

(written 2021.2.19)

2021/05/23

そんなに演歌やJ-POPを聴いているんだっけ

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(5 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1EprCrMLsUuYUk?si=ZXGtUIOGTcikFsuipvMNjw

 

SpotifyのAIがユーザーのふだんの聴取傾向を分析して自動的につくって提示してくれるプレイリストがいくつかあるんですけど、ときどき聴くものの一つが『On Repeat』。たぶん、いつも頻繁に聴くものが集められているのかなあ(説明文を読んでいない)。

 

自動プレイリストの選曲は日々自動更新されるので、同じ『On Repeat』でもきのうときょうでは内容が変わるんですけど、それでも日常的にどんなものをよく聴いているかの指標になりますよね。ぼくはいまやSpotifyでしか音楽聴きませんので、ぼくの音楽ライフがそのまま反映されているということになります。

 

これをみているとですね、最近あきらかに傾向が変化したなと思える部分があるんです。根っからの洋楽ファンで洋楽ばっかり聴いている気がするぼくなのに、ここ二、三ヶ月、『On Repeat』プレイリストに演歌やJ-POPばかりどんどん出てくるようになったんです。

 

特に頻繁に出てくるのが、米津玄師、藤井風、中澤卓也、杜このみ、岩佐美咲 〜〜 このあたりです。岩佐美咲はわかりますよ、熱心なファンなんですからね、美咲ばっかり聴いているなというのは間違いない事実として自覚もしています。

 

けど、米津、風、卓也、このみあたりをそんなにくりかえし聴いているんでしょうか。聴いているからプレイリストに出てくるということですけれども、自覚がないです。そんなにどんどん聴いているというのであれば、ふだんのブログ記事にもっと出てきてもよさそうなのに、それぞれ一回づつですしねえ。

 

ブログに書くのがそれぞれ一回づつでも、頻繁に聴いているという自覚がなくとも、それでも日常的にどんどん再生しているから『On Repeat』プレイリストに出てくるというわけでしょうけどね。正直言えば、2021年に入ったころから、米津と風はたしかにかなりよく聴いているかもしれないです。強く自覚的じゃないだけで。

 

だってね、聴いていると気持ちいいんですよね、米津や風は。ついつい今夜も聴こうって指が動いちゃうというのがたしかなところなんでしょう。これまたこのプレイリストに頻繁に出てくる中澤卓也と杜このみについては、昨年暮れごろに全集みたいなプレイリストを自分でつくったんですよ。それで聴くようになったかもしれません。

 

昨年秋ごろまでは『On Repeat』プレイリストでも洋楽ばっかりだったのに、もういまでは邦楽:洋楽の出現比率が8:2くらいになっちゃっていますからねえ。日本語歌詞の歌は気分が楽でいいっていうか、最近しんどい気分のことが多いですから、ついつい逃避するように邦楽を聴いているということかもしれません。

 

もちろん、いまでは少数だけど洋楽だって出ますよ。こっちも自覚しているものと、なんでこれが出てくるの?というのが混じっています。ピンハス・アンド・サンズ、RHファクターなんかはよく聴いているとわかっていますが、デデ・サン・プリ、グレイス・バルベ、バブ・ルブルーズ、せウザニーなんかはあまり聴いていない気分なのにおっかしいなぁ〜。ともあれ、ここ一ヶ月くらいで『On Repeat』プレイリストに出てくる洋楽はこれらでぜんぶ。えぇ〜っ!?と思っちゃいますよねえ。

 

邦楽だって限られた歌手たちしか出てこないし、これがぼくの聴取傾向の現実なんでしょうね。あっ、邦か洋かよくわかんないけど、渡辺貞夫さんの『Naturally』は最近よく聴いているんで、これも出ます。ちょっとAIの動作がおかしいんじゃないかという疑念を拭いきれませんが、データには明白&正直に出ているということかもしれませんね。う〜〜ん…。

 

上で書きましたように、SpotifyのAIがつくるこの手の個人ユーザー向けカスタム・プレイリストは、内容が日々更新されます。きょうはきょうの『On Repeat』を聴き眺めながらこの文章を書きましたが、あすはまた違うでしょうし、これがブログに上がる(のは二ヶ月以上後)ころにはすっかり全面的に様変わりしている可能性がとても高いことをお断りしておきます。

 

(written 2021.2.17)

2021/05/22

フレンチ・カリブの古層から 〜 デデ・サン・プリ

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(2 min read)

 

DéDé Saint Prix / Koktel Chouval Bwa

https://open.spotify.com/album/4tAOeohypZiXLFjKei4HYE?si=fOw0lb43SLeJnz-Vhrt30Q

 

bunboniさんに教えてもらいました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-11-27

 

マルチニークのデデ・サン・プリ(DéDé Saint Prix)、2020年の新作『Koktel Chouval Bwa』も傑作ですよね。トゥバドゥもシュヴァル・ブワもなにひとつとして知りませんが、聴いて楽しいカリビアン・ミュージックだなというのは、そんなぼくでも感じることができます。

 

特にリズムがいいですよね。9曲目に「カレンダ」と題された曲がありますが、まさにフレンチ・カリブ音楽の古層から掘り起こされたビート感が、現代にイキイキと息づいているのを聴きとることができます。

 

デデの目論見としてはカリビアン・ルーツ・ミュージックへの旅とその再発見ということがあったと思うんですが、たんなる伝統音楽に終わらず、21世紀の現代的感覚をもそこに感じとれるニュー・ミュージックに仕立て上げているのはさすがです。生音中心のパーカッシヴなアンサンブルには、ヒップ・ホップ感覚すら宿っているかのようですよ。

 

決してノスタルジーに終始することなく、フレンチ・カリビアン・ミュージックの原点希求に根ざした上での現代感覚を表現しているあたりが個人的にはこのアルバムのキモで、そうでなくちゃ2020年に新作をリリースする意味はありませんからね。カリブのクレオール・ルーツをめぐる音楽の旅は、いろんな可能性をふりまきながら、未来へと続くのでした。

 

(written 2021.2.13)

2021/05/21

曲はみんなの共有財産 〜 他人の歌・自分の歌

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(写真は岩佐美咲SHOWROOMからのわいるどさんのブログから拝借しました)

 

(7 min read)

 

なんといいますか、演歌、歌謡曲、J-POPとか、ロック・ミュージック分野なんかでもそうかな、だれかのために書かれ提供されたいわゆる持ち歌を、そのひとの曲とみなし、それをだれかほかの歌手がカヴァーしたりするのは他人様の曲をやらせていただいているのであるからして…という発想がファンのあいだにもあるんですねえ。

 

そんなことを、最近わいるどさんのブログのコメント欄を読んでいて実感しました。だからもちろんわさみんこと岩佐美咲関連のことなんですけど、彼女のためにと提供されたオリジナル楽曲はまだ九つしかなくて、だからトータルで20数曲歌うコンサートなどではもちろんカヴァーが中心になっているんですけどね。

 

それで、どんなに上手かろうが他人の曲なのだとか、他人様の曲を歌うばかりでなく…といった論調のコメントがちらほら散見されるんですけど、こういった意見にぼくはそのままストレートには同意できないんですよね。

 

これはどんな音楽をふだんどんどん聴いているかというのにもよります。たしかに演歌や歌謡曲などではカヴァーがめずらしいかもしれないけど、たとえばジャズなんかであれば、特に(スタンダードなどを主にやる)歌手のばあい、 自分の曲なんて少なくて、どんなひとでもカヴァー中心ということになっています。

 

洋楽ですが、トラッドとかフォークとかの世界になれば、自分の曲なんて存在しません。100%カヴァー・ソングばかり。というかそういった世界ではコミュニティの伝承曲をとりあげて歌うもので、そういうものだとみんな思っているから、オリジナル/カヴァーの概念すらないのでは?アメリカ南部のブルーズ・チューンなんかもそうかな。クラシックの世界もそうですね。

 

つまり、演歌や歌謡曲なんかでもぼくはそれに近い発想をしているんですよね。ずっと音楽を熱心に聴き続けること40年以上、ぼくのなかにはカヴァーは他人の曲をやるものだから(自分の曲じゃないから)どうのこうの、といった発想はゼロです。同じように並べて聴いてきましたし、区別はあまりしていないです。いろんなひとのヴァージョンを聴き比べるという楽しみだってあるんだし。

 

演歌や歌謡曲の世界では、うん、ちょっとね、カヴァーをやるのはややスペシャルなことだという発想がまだまだ根強いのかもしれませんけれども。たとえば21世紀に入ってから徳永英明が『VOCALIST』シリーズを六作出しましたけど、有名歌謡曲ばかりカヴァーしたもので、注目されたのはやっぱりカヴァー集だったからかもしれませんからね。

 

2016年から三年立て続けにリリースされた坂本冬美の『ENKA』シリーズもカヴァー集で、過去に歌われた有名演歌スタンダードばかりとりあげたものでした。肝心なことは、徳永のにせよ冬美のにせよ、出来がどうであったかということです。平凡なたんなるストレート・カヴァーだったなら、な〜んだ、しょせんはカヴァーだな、と言われたかもしれませんが、徳永のシリーズも冬美のシリーズも立派なできばえで、賞賛されたじゃないですか。

 

つまりここにポイントがあるんですよ。オリジナル曲で自分の色を出せるのは当然だけど、カヴァーでも自分流の個性というかその歌手の独自色、そのひとにしかできない斬新な解釈で唯一無二のヴァージョンに仕立て上げられるかどうか?〜 ここにこそカヴァーの極意があります。それができていれば、カヴァーでも「他人の曲をやるなんて...」という言われかたはしないはずです。

 

ふりかえって、岩佐美咲のカヴァーはどうでしょうか?ぼくの聴くところ、やはりそれらも立派でみごとな美咲ワールドを展開できていると思いますよ。どんな濃厚抒情演歌でも、あるいは軽めのポップスでも、美咲にしかできないさわやかでサッパリ、あっさりしたストレート&ナイーヴな歌唱法で、まさしく新時代の演歌・歌謡曲といえるものを実現していると思うんですよね。

 

「20歳のめぐり逢い」を、「涙そうそう」を、「糸」を、「風の盆恋歌」を、「遣らずの雨」を、美咲以上に感動的に歌える歌手がこの世にいるんなら、ぜひ教えていただきたい。それらはもう<美咲の歌>じゃないですか。

 

海外のトラッドとかフォークとかブルーズなんかに通じる考えなんですけど、曲は社会のみんなの共有財産なんだとぼくは思っています。歌手や音楽家ならだれがどんな曲をやろうとも自由で、もちろん著作権が生きている曲はその許諾を得ないといけませんが、権利管理団体に届出さえ出しておけば、だれがなにをカヴァーしようと自由です。

 

歌はみんなのもの。100年、200年という長期スパンでみれば、だれの曲、あなたの曲、自分の曲、だなんて発想はチンケでつまらないことだとわかります。自分のために書かれた持ち歌でなかろうが、美咲もどんどんとりあげて歌っていけばいいと、ぼくは心から確信していますけどね。

 

最後にちょっと一個だけ注文をつけておきます。カヴァーは曲をどう解釈するか?ということが最も大切なキモなんですけど、その際の重要要素となってくるのはアレンジの独自性です。徳永の『VOCALIST』シリーズも冬実の『ENKA』シリーズも、歌手の持ち味もさることながら、気鋭の天才アレンジャー、坂本昌之を起用したことが成功に直結しました。

 

美咲のばあい、オリジナル・ヴァージョンのアレンジをそのまま使うか、それにほぼ沿ったあまり変更しないアレンジでカヴァーすることが多いのだけは、ちょっといただけないですね。ああいった持ち味の新感覚歌手ですからそれでも新味が出せるんですけど、本当だったらちゃんと新規にアレンジャーを起用して新しいアレンジを使うべきです。ここだけは課題ですね。

 

(written 2021.5.20)

2021/05/20

アフロ・クレオールな伝統音楽と現代ビートの融合 〜 グレイス・バルベ

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(2 min read)

 

Grace Barbé / Welele!

https://open.spotify.com/album/10ERv0gWs4EV7Kiqo0s8ko?si=BlwQx1wGRn6_A6_KiW4j7A

 

bunboniさんの紹介で知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-10-04

 

インド洋はセーシェル出身の女性歌手、グレイス・バルベ。現在はオーストラリアで活動しているそうですが、そのアルバム『Welele!』(2013)を聴きました。なかなかいいですよね。特に好きなのはリズムとエレキ・ギター。セーシェルの音楽をなにも知りませんので、これがなんなのか実感がありませんが、楽しいことには違いありません。

 

特にオープニングの1曲目。「アフロ・セガ」と題されていますが、もうこのリズムが気持ちいいったらありゃしない。セーシェルの伝統的なアフロ・クレオール・リズムであるセガを土台にしたものらしいですが、それにくわえヒップ・ホップ以後的な感覚もプラスされているようにぼくには聴こえます。ハチロクのアフロ・ファンクでもあるし、アフロビートっぽい感じだってあるでしょう。

 

しかもこのエレキ・ギター。カルロス・サンタナを連想させる音色とフレイジングで弾きまくり、こりゃ快感ですよねえ。弾いているのはイギリス出身のジェイミー・サールというギターリストなんだそうですが、ジェイミーはグレイスと共同で曲も書き、音楽監督もやっているみたいですよ。それでこんな現代的な音楽に仕上がっているんですかね。

 

もうこの1曲目だけでこのアルバムのトリコになっちゃいそうですが、2曲目以後もアフロ・クレオールの伝統と現代的なビート感覚がムリなく溶け合って、なんともいえないうまあじをかもしだしています。9曲目だけは鮮明なレゲエで、これだけがちょっとした変わり種ですね。

 

(written 2021.2.11)

2021/05/19

マライア・キャリーの初来日ライヴ・コンサート

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(4 min read)

 

Mariah Carey / The Rarities

https://open.spotify.com/album/0v1DRRYBXYg1uVN1CIsyy0?si=RxI4XgbYSnWzppGumIeEBQ

 

昨年発売されたマライア・キャリーの変則ベスト・アルバム『ザ・レアリティーズ』(2020)。(フィジカルだと一枚目にあたる)前半には個人的にあまり興味がなく。聴きたかったのは二枚目にあたる後半のライヴ・コンサート分です。

 

それはマライアの初来日コンサートとなった1996年(3月7日)の東京ドーム公演を収録したもので、そのころちょうどマライア好きだったぼくは、そのライヴ・コンサートに行きはしなかったんですけど、だいぶ経ってからこうやって聴けるようになったのはうれしいかぎり。

 

マライアはそもそもあまりっていうかほとんどライヴ・アルバムをリリースしない歌手で、たぶん1992年の『MTVアンプラグド』しかなかったですよね。あれ、ぼくは大好きで、マライアのぜんぶの作品のなかでいまでもいちばん好きなんですけど、でもこれはEP扱いだし、例外作品みたいな感じで、あまりディスコグラフィにも入らないっていう。

 

だからその意味でも『ザ・レアリティーズ』後半の1996年東京ライヴは貴重だなって思うわけです。95年に『デイドリーム』が発売されたのに伴うツアーの一環でした。97年には『バタフライ』が出ていますが、そこまではぼくもCD買いました。ちょうどそんな時期の日本公演だったんですよね。

 

ライヴの導入部的な「デイドリーム・インタールード」を経て、まずはヒット曲「エモーションズ」で幕開け。たいへんみごとなリズムへのノリと声のノビ、ツヤだなと感心しますよねえ。特徴だった超高音部もまだまだ健在。1990年代のマライアはまさに最強無敵の歌手だったなあと実感させてくれる歌唱ぶりです。

 

その後、しっとりしたバラード(ゴスペル調もあり)とビートの効いたダンス・ナンバーを織り交ぜながら歌っていくマライア。どっちかというとお得意の歌い上げ系バラードが多いかなと感じます。曲間のおしゃべりでは、練習してきたであろう日本語もちょこっと披露、ポップ・スターだけあるっていうサービス精神をみせてくれますね。

 

10曲目ではバッドフィンガーの「ウィズアウト・ユー」も。これはマライア自身、もっと前にスタジオ録音して発売していた(『ミュージック・ボックス』1993)カヴァー・ソングですが、そのときと同様にハリー・ニルスン・ヴァージョンに則した内容になっています。曲紹介でもそうしゃべっていますよね。切なく哀しいトーチ・ソングをマライアらしい歌唱力で歌い上げ、これは泣けます。この日のライヴのひとつの勘所かもしれません。

 

「ウィズアウト・ユー」が終わったら、マライアによるクワイア(合唱隊)の紹介があって、ラストまで一気に六曲を駆け抜けます。11「メイク・イット・ハプン」のテンポの効いたノリもいいし、ロック調の12「ジャスト・ビー・グッド・トゥ・ミー」も聴かせます。デビュー曲だった14「ヴィジョン・オヴ・ラヴ」でみせるダイナミックな表現力なんかは、当時のポップ歌手はだれも近寄れなかったであろうものですよね。

 

本編ラストの16「エニイタイム・ユー・ニード・ア・フレンド」が終わってすぐにアンコールだったであろうかのクリスマス・ソング「オール・アイ・ワント・フォー・クリスマス・イズ・ユー」がはじまるのには編集が入っているんでしょう。軽快に歌いこなすマライアのヴォーカルに、客席の興奮も最高潮。すごい歓声です。

 

(written 2021.2.10)

2021/05/18

直言癖

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(9 min read)

 

小学生のころ「戸嶋くんは、おかしいと思ったこと、間違っていると思ったことを、その相手にそのまま直接ストレートに言ってしまうが、内容がいかに正しくてもそれでは嫌われるし、社会に出たらやっていけないぞ、気をつけたほうがいい」と担任教師に指摘されたことがあります。

 

といってもそれだって面と向かって注意されたわけじゃなく、なにかの折にぼくの父親(がずっとぼくの学校へは来ていた)が担任にそう告げられたのです。家に帰ってきた父づてにこれを聞かされたわけですよ、小学生のころ。

 

この直言癖が、結局のところその後半世紀以上が経過した59歳の現在もぜんぜんなおっていない、まったく同じままであるということなんですね。幼少時に身についた人間性、考えかたの根っこは死ぬまで変わらないとよく言いますが、まさにねえ、三つ子の魂百まで。

 

だいたいのひとは、家庭や学校や職場など社会的な人間関係の維持を重視して、ちょっと、いや、かなり妙だなと感じてもぐっとこらえて、直には言わないんじゃないですか。周囲のことを感じてみると、どうもそうなさっているんだという気がします。ぼくはそれが我慢しきれず出てしまう人間なんでしょう。

 

実生活では、嫌いでもそんなシンプルに関係を断ち切れないケースも多々ありますが、ネットですとですね、赤の他人、SNSなんかなら、ボタンを一回ポチっとするだけですからね、なのでみなさんわりと気軽にブロックなどなさっているようにみえます。もちろん直言癖人間であるぼくはブロックされまくる側ですけど。

 

それまでは密接なやりとりを交わすどんなに親しい関係であったとしても、そこはたんなるSNSフレンド、一瞬でわりとカンタンに交流を遮断されてしまうというわけで、現実生活がつらかったり、しんどい人間関係をかかえていたりすれば、うん、大なり小なりみんなそうなので、楽しみでやるだけのSNSでまで苦い直言をされたくないということなのでしょうねえ。

 

そう、ぼくは相手との関係性がどうであろうと、直接はっきり言ってしまう人間なんです。壊れようと困らない関係の相手にはむしろ言わないこともありますが(どうでもいいから)、壊れたら自分が悲しいだろうと思うような関係の相手にこそ、おかしいと思ったことをズバズバ直言してしまいます。

 

もちろんなにがおかしいとか間違っているだとかいうのはぼく個人の判断にすぎないので、こっちが狂っているばあいも多いはず。だから指摘する自分のほうが間違っていたりとかも。でもときにはあきらかに大勢が違和感を持っているだろうとわかっているケースもあります。

 

たとえばついこないだゴールデン・ウィーク前にFacebookでぼくをブロックなさったかたは、個人的にFacebookでそれまでいちばん仲が良く親密で、しかも強く信頼していたかたで、お会いしていっしょにお食事してお茶を飲んだこともあるんですが、昨年初春のコロナ禍突入以後しばらく経って、すっかりひとが変わったようになってしまいました。

 

「コロナはウソ、ただの風邪」「マスクはするな、顔にダニ菌が繁殖する」「ワクチンは毒、人口削減を目的に開発されたもの」〜〜 このような種類のいわゆる陰謀論的言説を、しかも自分では書かずこういった説をくりひろげている投稿を賛意でシェアしまくるようになったんです。

 

それがあまりにも頻繁すぎるから、ずっとお付き合いで読んでいたぼくもさすがにウゲェ〜と感じ、ちょっと前のあるシェアをきっかけにはっきり言っちゃったんですね。どんな投稿をしようと、どんなシェアをくりひろげようとも、個人の自由でしょうから文句は言えませんけど、せめてもうちょっとだけ回数を減らしていただけませんか、と。

 

本音を言うともうかなりウンザリしていたので、言わずにそのまま黙ってアンフレンドすればよかったのかもしれなかったですね。ミック・ジャガー(ローリング・ストーンズ)も言うように、アンチ・ワクチンの陰謀論者とは話ができない、議論にならないのだから言うだけムダであるということで。そのかたも信じ込んでいてまったく真偽を疑っていないご様子でした。

 

しかしちょろっと話してみたらどうも激昂されたようで、次の瞬間にブロックされてしまいました。こういったこともですね、それまであんなに親密だったし信頼もして仲のいいお友だちだったのだから、その関係維持を第一に考えればなにも言わないで我慢しておく、どんなに頻繁でも見て見ぬふりをしておく、という選択肢があったかもしれませんが、ぼくはそれができない人間なのです。

 

同じ日の夜、Twitterでも、こっちはわさみんこと岩佐美咲関連で、あるファンのかたとモメました。わさみんは歌手なんだから歌を聴きたいと思うのは当然じゃないのかという意味のことを言いましたら、えらくキツい口調で反論が返ってきて、しばらく経ってブロックされました。この件はそれまでの伏線があったことだったと思いますが、長い話になるので省略します。

 

いずれにせよ、コロナ禍以後わさみんも思うように活動できないせいで、本人がいちばんつらいはずと思いますが、ぼくらファンも相当なストレスを一年以上にわたりためこんできていることは事実です。それが背景にあって、なおかつ、リアル・イベントが開催できないならネット配信で歌唱ライヴなどをもっと届けるべきだとどんどん発信していたぼくのことを、もともと「文句ばかり言うやつ」と受け取ってあまりこころよく感じていなかったのでしょう。

 

ぼくとしては、ファンである歌手が歌わないことがいちばんのストレスですし、歌手に歌を要求していくことはなんら間違っていないことだと信じておりますし、実際同じ意見のわさみんファンがほかにもたくさんいることを知っています。だけど、そう考えないファンもなかにはいるんだということでしょうね。うざいクレーマーだと解釈されてしまったみたいです。

 

プロ歌手として活動しているわさみん(の運営にだけど)に歌ってほしいと言うことはなんら間違ったことではなかったと、いまでももちろんぼくは信じています。でも、「わさみんの歌をそうやすやすと聴けると思うなよ」みたいな発言をTwitterのおおやけの場所でしてしまうかたに、ちょっとそれはどうかと思います、歌手の歌を聴きたいと思うのはあたりまえでしょう、と面と向かって直言する必要はなかったかもしれないですね。

 

コロナ前の2019年には首都圏エリアでのわさみんイベントでなんどもお会いして親しくおしゃべりしたり、金銭を託したりすることもあったフレンドさんだったのですが、そういった友人関係の維持を第一に考えるなら、直言するのを控えたほうがよかったのかも。言えば関係がギクシャクしたり壊れたりするかもしれなかったのですから。

 

しかし、そうとわかっていてもやめられないから「なおらない癖」なんですよね。

 

人間だれしも、加齢と経験を重ねるにつれ成長し変わっていく部分と、一生変わらない部分とがあるんでしょう。

 

(written 2021.4.29)

2021/05/17

プログレ能管 〜 返シドメ

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(3 min read)

 

返シドメ / 返シドメ

https://open.spotify.com/album/7pHzg3jxowZJFBzVTaFcTA?si=q1rqUHIHSWeJTfrdHuNibw

 

bunboniさんの紹介で知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-04-26

 

能楽笛方、一噌幸宏のバンド、返シドメのアルバム『返シドメ』(2021)がすばらしい。プログレッシヴ・ロック好きの友人に聴かせたら「完璧なるプログレである」との返答が返ってきましたが、まさにねえ、これは古典芸能であるという能楽のイメージからは想像もつかない先進的な音楽ですよ。

 

このアルバムの演奏メンツは、一噌(能管、篠笛、田楽笛、リコーダー、角笛)、大友良英(ギター)、ナスノミツル(ベース)、吉田達也(ドラムス)。この顔ぶれからはインディなフリー・ジャズを連想しますが、サウンドはむしろ抒情派メタル的。メロディも明快で。

 

Twitterではしょうもない駄洒落ばかり連発している一噌は、フリー・ジャズやジャズ・ロックが好きなようですが、そんな趣味が反映されたこの『返シドメ』は、キング・クリムズンやマハヴィシュヌ・オーケストラを連想させる部分も大きくて、かと思うと、たとえば2曲目「大金持ちのアカハライモリ」なんかでは、リコーダーがまるでアイリッシュ・ミュージックのティン・ウィッスルを連想させる素朴さをも表現しています。

 

アルバム全体ではエッジの利いたフリーなインプロ満載の前衛プログレではありますが、難解な印象はまったくなくて、抒情派音楽ですからかなり聴きやすい印象があるのも特色でしょうね。能楽で使われる能管や篠笛にここまでの表現力があるのか!というのは正直言って大きな驚きで、その世界はいままでまったく無知でしたから、一噌がスペシャルなのか、もともとこんな使いかたもできる楽器なのかはわかりませんが、ビックリ仰天ですよねえ。

 

大友、ナスノ、吉田の三人も腕達者。このアルバムでは決してそんなにハミ出さず、むしろ一噌の音楽世界構築のため献身しているのが好感触ですね。三人の生み出すグルーヴはフリーなジャズ・ロック〜プログレ系のそれですが、わりときっちり演奏しているなといった印象です。それぞれファンも多いひとたちなので、特に大友なんかはですね、それでこのアルバムが聴かれているという面だってあるかもしれません。

 

それでも、やっぱりここで聴くべきは一噌の超絶的な能管演奏。能管や篠笛はノイズをふくむ豊穣な音色をハナから持ち合わせていますが、それを最大限にまで発揮して、エレクトリックなサウンドも炸裂するフリー・プログレ・ジャズ・ロックの世界でここまで大活躍できるとは、もう脱帽。

 

一聴、空気の振動が変わる音楽です。

 

(written 2021.5.12)

2021/05/16

岩佐美咲 in 浅草ヨーロー堂歌唱配信イベント 2021.5.15

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(5 min read)

 

みなさんご存知と思いますが、演歌歌手は歌唱イベントというものをやります。たいてい発売中のCD販促キャンペーン目的で、ほぼ毎週末、全国各地のCDショップやショッピングモールなどをまわり、イベント・スペースで数曲歌うわけです。

 

四、五曲歌い終えたら、その後はお楽しみ特典会みたいなものになっていくのが通例で、会場でCDを購入したお客さん限定で握手とおしゃべりをして2ショット写真におさまるといった具合。

 

こういうのを、本当に毎週末のように全国各地を飛びまわって開催するわけですけど、対面対人イベントですからね、コロナ禍以後、どんな歌手もこれを実施できなくなっていて、レコード会社や事務所や歌手本人もストレスがたまるでしょうが、どんどん出かけていっていたファンにとってもつらい時期が続いているわけです。

 

対人対面のこういったイベントが開催できないわけですから、じかの接触のないネット配信で同様のイベントを開催するしかないんですけど、演歌界のばあいはなかなか思ったようになっていないケースも多く。運営側の体質も旧弊でしょうし、ファン層だって演歌界は高齢化していますからネットに不慣れで、みたいな事情があるみたいですね。

 

とにかく、まだまだリアル・イベントは開催できませんから、ネット配信でちょっとでも実施していくしかありません。ぼくの応援する岩佐美咲のばあい、コロナ禍以後に実施したネット配信歌唱イベントは、実はなんとまだたったの一回だけ(これじゃあアカン)。

 

それが2021年4月17日に浅草ヨーロー堂で実施された歌唱イベントでした。浅草雷門からすぐのヨーロー堂は演歌ファンなら知らぬ者のいない有名老舗店で、コロナ禍以前は店内二階のイベント・スペースでどんどん歌唱イベントを開催していましたが、コロナ禍以後、みごと配信イベント実施に移行していますね。

 

そしてきょう2021年5月15日に、美咲自身二回目のヨーロー堂配信イベントが開催されたというわけです。13:00から。ヨーロー堂のは生配信だけで、アーカイヴに残らないのがちょっとあれなんですけど、リアル・イベントだとそのとき一回きりなので、それと同様と考えればいいですね。

 

きょう歌ったのは、以下の四曲。

 

・無人駅
・年下の男の子(キャンディーズ)
・元気を出して(薬師丸ひろ子)
・右手と左手のブルース

 

歌の出来は、ちょっとなんといいますか、こう〜、うん、イマイチだったかもしれません。特にオープニングの「無人駅」がボロボロで、声も出ていないし音程も外しまくりで、どうしたんだ、だいじょうぶか?と心配しましたが、3曲目の「元気を出して」あたりでいつもどおりの調子にまで整えてきましたね。

 

現実問題、美咲もコロナ禍以後、それ以前みたいにどんどん歌うということにはなっていないので、ふだんから客前で歌わない歌手はヘタになっていくという鉄則そのままに来てしまっているかもしれないとは思います。しょうがないですよねえ、機会がないんですから。

 

このへんは本人の問題じゃなく、ネット配信ででもどんどん歌唱系のイベントなどを開催しないといけない運営側に責任があると思います。素質というか持っているものは大きく深い歌手なので、それに見合うだけのチャンスを与え育んでいくことが大切かなと思います。

 

そうすれば、テレサ・テン並みの資質を兼ね備えた美咲のことです、大きくなっていけば将来日本歌謡界を代表できるビッグな存在になれると信じているんですけどね。現在活躍しているあの歌手、この歌手、どの歌手、etc、よりも美咲のほうが素質は上です。

 

だから、どうか長良プロや徳間ジャパンには、そんな美咲を大きく育てるために、コロナ禍でもできることを可能なかぎりやっていってほしいなと、強く強くお願いしておきます。よろしくお願いしますね。

 

(written 2021.5.15)

2021/05/15

インスト・ナンバーがいい三作目『ディストラクションズ』〜 RHファクター(3)

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(4 min read)

 

The RH Factor / Distractions

https://open.spotify.com/album/3nYjuY4dXgUHza1eD1K3tI?si=QQ3VcgoKTdiCKtOhbalISw

 

RHファクターの三作目にして最終作『ディストラクションズ』(2006)。ジャケット・デザインは三作のなかでいちばん好きで、渋い感じ。しかし中身も渋くて、ひと時代前のR&B〜ジャズ路線にちょっと戻ったかのような音楽です。だから、これ以前の二作の先鋭的な音楽を愛好していると、イマイチに聴こえないでもなく。

 

でもそのぶん案外聴きやすいという面があるかもしれないですね。やっぱりインスト・ナンバーとヴォーカル・ナンバーが半々くらいで、それらは傾向がクッキリ分かれています。インスト・ナンバーでは(ストレートな)ジャズを演奏し、ソロ・インプロも聴かせるんですが、ヴォーカル・ナンバーでは1980/90年代っぽいブラコン〜R&Bに近寄っているなと感じます。

 

「ディクストラクションズ」というアルバム・タイトル・ナンバーが四回出てきますけど、一種のテーマというか通奏低音みたいになっているだけで、それじたいのおもしろさみたいなものは薄いかもなあと思います。それぞれ時間も短いですしね。

 

それでも12曲目の「ディストラクションズ 4」はかなり聴けます。オルガン・サウンドが印象的なソウル〜ヒップ・ホップ・ジャズで、サウンドもビート感も21世紀的。もっぱらソロをとるロイ・ハーグローヴのトランペットもかなりいいですし、やっぱりビートをつくるドラマーが大活躍で、気持ちいいです。これを1曲目に持ってきたらよかったんじゃないのかなあ。

 

ふりかえって考えてみれば、このアルバムでもインストルメンタルなジャズ・ナンバーはかなりグッドなのでした。生演奏によるヒップ・ホップなビート感やリズム・パターンのリフが心地いい3曲目「カンザス・シティ・ファンク」、うっすらネオ・ソウルふうのヴォーカル・ハーモニーが背景に入っているけど、都会の夜を思わせるチル・アウトなダウンテンポの5「ファミリー」。

 

さらにアルバム・ラストの13曲目「ザ・スコープ」がこのアルバムではいちばん聴けるインスト・ナンバーですね。かなりいいですよ。で、これ、ちょっとフュージョンっぽい感じがしませんか。フュージョンといってべつにけなしているんじゃなく、内容のいい上質な音楽だなと思うんですね。従来的な1980年代っぽい印象だけど、ぼくは大好き。後半どんどんテンポ・アップしていきながら、ロイがひとりで吹きまくります。

 

やや古くさいR&Bっぽいなと感じてイマイチに聴こえるヴォーカル・ナンバーのなかでは、それでもディアンジェロがゲスト参加して曲のプロデュースもしている9曲目「ブルシット」だけが異質で、これだけが浮いているなと思うほどすばらしいです。ディアンジェロにしか決して産み出せないこのスロウ・グルーヴ、最高ですね。

 

(written 2021.2.9)

2021/05/14

かなりジャジーなRHファクター二作目『ストレングス』(2)

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(4 min read)

 

The RH Factor / Strength

https://open.spotify.com/album/3iObboZ4jyfu1RWLzeCAqx?si=89PMyBA1TBOFEp4EDW0iGA

 

ロイ・ハーグローヴのヒップ・ホップ・ジャズ・ユニット、RHファクターの話を続けます。きょうは二作目だった2004年の『ストレングス』。ジャケット・デザインは一作目の路線をそのまま継承していますよね。同じデザイナーなんでしょう。

 

CDがいま手許にないんですけど(あるけど、ちょっと取りにくい、引っ越して以来)、一作目の『ハード・グルーヴ』もそうだったようにRHファクターはヒップ・ホップ・ジャズだけど打ち込みビートは使っていないんですよね。ドラムスもベースも生演奏の人力によるものです。そこはやっぱりジャズ(〜ネオ・ソウル)的なアティテュードですかね。

 

『ストレングス』は前作を録音したセッションのときの残りトラックだということで、聴いてハッキリするのはネオ・ソウル色が後退し、ストレート・ジャズのインプロが中心になっているなということです。といってもビート感はヒップ・ホップ以後のそれなんですけど。アルバムの半分がインスト・ナンバーなのも特色です。

 

もうとにかく1曲目「リッチ・マンズ・ウェルフェア」からカッコよすぎて、なんなんですかこの猛烈なスピードとグルーヴ感。アフロ・ラテンなビート感覚でもあって、それはアルバムのほぼすべての曲に言えることですけど、しかし野卑な感じはまったくなく、ジャズらしい都会的洗練がありますよね。

 

この1曲目だけでノック・アウトされちゃいますが、2曲目「バップ・ドロップ」もまったく同路線の疾走感満点のジャズ・ナンバー。各人のソロ・インプロがまぶしいですね。グルーヴも超快感でたまりません。完璧同一傾向の曲をアルバム冒頭に二つ並べたというのには意図を感じますね。二曲とも最初と最後のホーン合奏も心地いいですし、またソロ・インプロにはジャズ的なスリルと快感があふれています。

 

3曲目「ストレングス」はヴォーカル・ナンバー。これはややソウルクエリアンズ的なネオ・ソウル色が出ているかなと思います。1、2曲目と違い、ジャズ的なスリルを感じるソロ・インプロはありません。4曲目「リスン・ヒア」はふたたびのインスト曲で、まずサックスのソロから出ますが、二番手ロイのトランペットにはたっぷりの電化エフェクトをかけてあって音をひずませてあります。それも楽しくて。また、ドラマーが1、2、4曲目ではかなり活躍していますよねえ。だれなんだろう?

 

5、6曲目はやっぱりヴォーカル入りで、ネオ・ソウル寄りの音楽になっています。ジャズ・インプロのスリルには乏しいものの、サウンドのテクスチャー、グルーヴ感など、いかにも21世紀的な新時代の音楽だなと言うことができるはず。ぼくは大好きですね。特にラスト6曲目にはアフロなヒップ・ホップ感覚が横溢していて、グルーヴで聴かせるワン・トラックだなと感じます。

 

(written 2021.2.8)

2021/05/13

ソウルクエリアンズ由来のヒップ・ホップ・ジャズ 〜 RHファクター(1)

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(4 min read)

 

The RH Factor / Hard Groove

https://open.spotify.com/album/7ocjymC4B0S00K0BZ71M9X?si=qa0moc5TTz6bZhS_9yUgag

 

トランペッター、ロイ・ハーグローヴのヒップ・ホップ・ユニット、RHファクター。21世紀に入ってちょっとしてからはぼくもずいぶん夢中になっていて、三つしかアルバムないんですけど、三枚ともCD買って熱心に聴いていました。

 

2003年の『ハード・グルーヴ』、2004年の『ストレングス』、2006年の『ディストラクションズ』。きょうは一作目だった『ハード・グルーヴ』の話をしますが、まずなんたってジャケットがいいですよねえ。こんな感じだから、CDショップでも目について、たぶんみなさん同じだったんじゃないでしょうか。

 

RHファクターの『ハード・グルーヴ』、出だし1曲目の「ハードグルーヴ」からして、いまでも聴くだにカッコよすぎてしょんべんチビリそうですけど、しかしこれらのアルバムのこと、ちょっと前までぼくは完全に忘れていたんですよね。昨年のおおみそかに「21世紀のベスト20」というのを書いたでしょ、そのとき入れ忘れましたからね。あんなにくりかえし夢中で聴いたのに。

 

2021年になってちょっとしてからなにかのきっかけで思い出し、Spotifyで聴いて、そのカッコよさにふたたびノック・アウトされているというわけです。アルバム『ハード・グルーヴ』にしても、やっぱりこれはヒップ・ホップ・ジャズというべきですよね。ちょっと、いや、かなり、ネオ・ソウル色も濃いです。

 

ロイ・ハーグローヴはストレート・アヘッドなジャズもよくやっていて、そっち方面でも人気ですけれど、ディアンジェロの『ヴードゥー』に参加したあたりからかな、ネオ・ソウル、ヒップ・ホップ系の作品にかかわるようになりました。『ヴードゥー』にはどうして参加したんでしたっけ?ソウルクエリアンズの関係?

 

だからエリカ・バドゥのアルバムにもロイが参加したものがあるし、それで自身のRHファクター『ハード・グルーヴ』にもディアンジェロとエリカがゲストで演奏し歌っているんですね。それらもほんとうに心地よくて、ネオ・ソウル風味全開。そんな曲調のなかで吹くロイのトランペットもいいムードですよね。コモンも参加したトラックがあります。

 

また、ネオ・ソウルっていうよりヒップ・ホップ・ジャズというべきトラックの数々も大好きで、トランペットに激しくエフェクトをかけグジャツとサウンドを歪め痛快に吹きまくるグルーヴにも降参ですね。1「ハードグルーヴ」、7「ザ・ジョイント」の漆黒のファンクネス、5「パストール “T”」、9「アウト・オヴ・タウン」の疾走感など、たまりません。

 

その後アルバム後半はネオ・ソウルのテイストが色濃く出ているなと思います。そんななかでも、10「リキッド・ストリーツ」、14「ザ・ストローク」で聴かせるていねいなバラード吹奏表現なんかも絶品ですね。まるできれいな花がぱっと咲くのを見るかのよう。絶品のネオ・ソウル・ジャズだと思います。

 

(written 2021.2.7)

2021/05/12

ゲンブリ・ロック 〜 バブ・ルブルーズ

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(3 min read)

 

Bab L'Bluz / Nayda!

https://open.spotify.com/album/2Ctf8UeMAI9Iy2ODkUQyxv?si=Z_yjT7V5Scq0SPOEdudOIA

 

モロッコのバンドなのかなあ、モロッコ・ルーツの在仏?わかりませんが、四人組のバブ・ルブルーズ(Bab L'Bluz)っていうバンド、昨年リリース作『Nayda!』(2020)がちょっとおもしろいですよね。四人はヴォーカル、ゲンブリ、ドラムス、フルート(となっているけど、なにかの横笛?)で、それぞれパーカッションもやっているんじゃないかと思います。カルカベとか鮮明に聴こえるのはだれの担当なんだろうなあ。

 

ネットで情報をさがすと、このアルバムはグナーワ・ロックと言われていることが多いんですけど、個人的にはあまりグナーワ要素を感じません。ハッサン・ハクムーンがやったようなものとは根本的になにか違うんじゃないかという気持ちが拭えないですね。でもゲンブリやカルカベの音、特にゲンブリはこの音楽の主役なんで、だからゲンブリ・ロックとでも呼んだらどうでしょう。

 

このゲンブリはグナーワ・ミュージックみたいに同一フレーズをヒプノティックに反復して高揚していくといった弾きかたじゃなくって、もっとポップに聴きやすいロックっぽいスタイルでやっているよねと思うんです。そのゲンブリ・フレーズを軸に、ドラムスは完璧ハード・ロック的な叩きかたで、それらの上に女性ヴォーカルが乗っかっているっていう、そんな音楽ですよね。笛はあまり聴こえず。

 

ドラマーは曲によってときどきラテンっぽいリズム感で、というか3・2クラーベ・フィールのあるロックっぽいスタイルで叩いていて、かと思うと一曲だけヨレてつっかかるようなハリージ(ペルシャ湾岸ポップス)みたいな感じになったり、それもなかなか聴けますよね。ジミ・ヘンドリクスやクリームみたいなロック・トリオ似と考えても、しかしゲンブリ奏者が(ロックでいう)ギターとベースの役割を同時に一人で果たしているっていう、それ+ヴォーカルですね。

 

軽くてポップで聴きやすいんですけど、なぜかちょっとクセになる味を持っているこのバブ・ルブルーズの音楽。グナーワやそれベースのミクスチャー・ミュージックを知っていると、ゲンブリ(+カルカベ)のあの独特のサウンドに惹かれて聴けるし、ロックなどからこういった楽器に興味を持ったかたにも入門アルバムとしてなら推薦できるものかもしれません。

 

アルバム・ラストの曲だけ、エフェクトの効いたエレキ・ギターが入っていて、ちょっとブルーズ・ロックっぽい感じがします。

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(written 2021.2.6)

2021/05/11

アメリカとかイギリスっていうことばはむずかしい

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(5 min read)

 

だってね、そもそもどこのことだか正確にはわかりませんからね、「アメリカ」とか「イギリス」って。洋楽ファンとしては実に頻繁に、頻繁すぎるほど、目にする名詞で、いちおうアメリカはアメリカ合衆国(USA)のこと、イギリスはグレート・ブリテン&北アイルランド連合王国(UK)のことだと、わかってはいますけどね。

 

それでもやっぱりおかしいぞという気持ちを拭いきれません。歴史が古いほうから言いますと「イギリス」。これに相当する英語って存在しないんで、その意味でも妙ですが、もともとイギリスとはイングランドのポルトガル語読みであるエングレスが日本に入ってきてなまったものだとのこと。ポルトガル語なら、戦国〜安土桃山時代あたりに入ってきたんでしょうか。

 

っていうことは、語源的にみればイギリスとはイングランドのことであって、UKのことじゃないんだってことになってしまいますが、そうはいってもいまやUKの意味でイギリスってみんな言っていますからねえ。でもそこにぼくはなんらかの疑問みたいなものを持つわけです。

 

歴史的経緯からすれば、イングランドがウェールズ、スコットランド、北アイルランド(最初はアイルランド全体)を併合して、それでUKが成立したわけですけど、だから、イングランド=UKじゃないわけですから、現在も。それなのにイングランドを指すことばであったイギリスをUKの意で使うのはやや間違っているんじゃないですか。

 

いまでもばあいによってはそれら四ヵ国はそれぞれ独立国扱いであって(サッカーやラグビーの世界など)、スコットランドもウェールズも北アイルランドも、イングランドの属国なんかじゃありません。別個のカントリーであって、ゆるやかに連合しているだけなんですから。

 

音楽ファンとしてはいっそう事情がややこしいっていうか、ウェールズのことはよくわからないですけど、スコットランドや北アイルランドは魅力的なシンガーやミュージシャンをたくさん輩出しているじゃないですか。だから心情的にはよりいっそうスコットランドと北アイルランドに肩入れするっていうか、そこのみんなを「イギリス人」と呼ぶなよなと思っちゃいます。

 

ことほどさようにイギリス、イギリス人という言いかたは雑で乱暴で、無意味でもあるんですけど、「アメリカ」だってちょっとワケわかんないですよ。イギリスと違ってアメリカのばあいは America っていうことばが英語にありますけども、このことばは元来、南北アメリカ大陸を指す地理的名称だったのであって、だから「アメリカ」とだけ言ったらあれら大陸全体のことだと解釈しないといけないのに、なぜかUSAのことしか意味しないですからね。

 

これは当のUSA人もそうで、自国のことをアメリカと呼び自国人のことをアメリカンと平気で言って疑問を感じていないあたりに、アメリカ合衆国人の傲慢さを強く感じるわけです。そんな際、メキシコ人、ブラジル人、アルゼンチン人、キューバ人、ニカラグア人などなどはどう感じるだろうか?とその心中を察するにおだやかな気分ではいられれません。

 

そういう事情があるので、しかしながらぼくもふだんUSAのことにしか言及していないことが文脈上明白なばあいには「アメリカ」と言っちゃっていますけど、ちょっぴり胸がチクリとするのはたしかなことです。ましてや中南米のことを視野に入れた文脈で話をするときには、かならずアメリカ合衆国と呼んできています、長くて面倒でも、それがことばに対する誠意だと思いますから。

 

これまた大衆音楽の世界では事情がややこしいっていうか、中南米音楽(ラテン・ミュージック)のほうもかなりおもしろいし豊穣でもあるっていう、そういうことがありますから、それゆえやっぱりいっそうラテン・アメリカ地域(そう、アメリカ、なんですよ)に肩入れし、北米合衆国のことをアメリカとしか呼ばないのは実にケシカランと思っちゃうわけですよね。

 

イギリスが雑で乱暴なことばであると同時に、USAのことをアメリカと呼んで疑わないのも無神経でガサツなやりかたなんですよね。とはいえひとことで言えて便利だし、通例にもなっているしで、ぼくもふだん使うことは多いです。でも、きょう書いたような視点はいつも忘れずに持っておきたいなと。

 

(written 2021.2.5)

2021/05/10

コロナとわさみんのブルース.

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(8 min read)

 

#わさみん
#岩佐美咲

 

いまのところの岩佐美咲(わさみん)の最新楽曲「右手と左手のブルース」がリリースされたのは、昨2020年4月22日。この発売アナウンスがあったのが3月19日でした。

 

実を言いますと、この告知があったときぼくは4月22日と23日の東京のホテル宿泊と、松山⇄羽田間往復の飛行機チケットを予約したんですよ。つまり、なにか発売記念の歌唱イベントが首都圏で開催されるのではないか?との淡い期待を抱いてたわけです。

 

ってことは、昨年三月時点でのぼくの(たぶん世間的にも)新型コロナ・ウィルスに対する認識はその程度だったということです。二月末からリアル・イベントが中止になりはじめ、三月に入って完全消滅しましたが、四月になれば復活するんじゃないか、くらいに軽く甘く考えていたわけですねえ。

 

いまからふりかえれば、ぼくもアホでした。これがまだまだ当分続く感染症なのだと気づいたのは、ぼくの場合かなり遅くて、昨年夏くらいのことだったかもしれません。主にわさみん関係のイベントがいっさいなくなったままだというのと、世間の報道をあわせてですね、そうわかるようになりました。

 

もういま2021年5月時点では、この状況が日本のばあい、最低でもまだあと二、三年は続くのだとわかっています。そう、そうですよ、今年はもちろん、来2022年になってもまだまだ対人イベントや客入れコンサートなどは開催できません。オリンピック&パラリンピックなんかもってのほかだし、もちろん、わさみん関係のこともできるわけありません。

 

一般的には、その国の総人口の約七割程度にまでワクチン接種が進めば集団免疫を獲得したといえる状態になり、それで社会生活が元通りになると言われていますが、ブルームバーグの試算によれば、現状がこのまま推移するとして、そうした状況になるのにアメリカでいまから約三ヶ月、ドイツで約半年、政府の失政により大きく立ち遅れている日本だと、いまから約3.8年もかかるそうです。

 

すなわち、わさみん関係もまだあと約三、四年は開催できないんです。歌唱イベントもコンサートも接触系のイベントも舞台もディナーショーも、なにもかも、あと三、四年は我慢です。どうです、悲観的状況でしょう、ファンのみなさん、そんなに我慢できますか?ぼくだってストレスがたまりにたまって爆発するかも。限界突破サバイバー、できましぇ〜ん。

 

このへん、実を言うとわさみんを担当する長良プロダクションや徳間ジャパンも認識がまだまだ甘いんじゃないかと思えるフシがあります。こんだけリアル・イベントが開催できないつらい状況が続いているのにネット配信での歌唱系イベントをほとんどやらないのは、コロナ禍終息を待っているからじゃないか、そのうちまもなく終わるだろうくらいに思っているからじゃないかという気がするんですよね。

 

コロナ禍が終われば、ふたたび従前どおり歌唱イベントできるんだから、ファンもそれまであとちょっとすこしだけの我慢ですよ、と思っているのではないでしょうか。

 

しかしですね、各種の調査や統計データを総合しますと、自民党政府の無為無策でコロナ対策が進まない日本では、コロナ禍終息にまでまだまだかなりかかってしまう、希望的観測でもあと二年、客観的に科学データを分析すればあと三、四年はいっさいなにも開催できません。

 

このへん、長良プロと徳間ジャパンはわかっているんですかね?

 

あと三年、四年もなにもやらず、ず〜っと指をくわえて辛抱させたままでいるつもりですか?

 

わさみん関係だって、その間にどんどんネット配信で歌唱イベント様のものをどんどん定期開催したり、配信(ハイブリッドでもいいけど)コンサートをやったり、YouTubeで定期的にカヴァー・ソング・シリーズを展開したり、しないとまずいんじゃないですか?

 

この点、ちょっと前のわいるどさんのブログでみごとな提案がなされていました。

 

・「配信の目的をはっきりと・・・」
https://ameblo.jp/saku1125/entry-12671260729.html

 

このなかで、現在のわさみんネット配信はSHOWROOMだけに寄りかかりすぎできわめてバランスが悪いと指摘されていますよね。まったりトークが楽しいというファンもいれば、歌手なんだからやっぱり歌ってほしいと希望するファンもいたりして、それをSHOWROOM一個で充足させるのは不可能だから、分けるしかないと。

 

引用します。
〜〜〜
今のわさみんに求められているのは・・・

①既存のファンを楽しませるトークやカラオケ配信
②新規ファンを増やすための唄の配信
③プロの歌手としてある程度緊張感のある有料ライブ配信

少なくともこの3つが必要やと思うのですよ~

(中略)

①は今のSHOWROOMのやり方でいいでしょう~歌唱するかどうかもその時の本人の気分次第でいいと思いますよ~

②は中澤卓也くんの「歌ごころ」のように色んな曲を歌唱して、わさみんの歌唱の凄さをアピールして新規ファンを増やしていく・・・もしくは、音のヨーロー堂さんや山野楽器さんのキャンペーンですよね~今の動画サイトの現状をみると、競争は激しいけどYouTube一択でしょう~

③は有料なので、「PIA LIVE STREAM」や「Streaming+」で、ある程度まとまった曲数を歌唱するしかないでしょう~
〜〜〜(引用終わり)

 

そう、現状足りていないのは②と③ですよね。SHOWROOMはどんどんやっていますし、こないだのゴールデン・ウィークなんか六日連続配信なんてやっていて、まったりトーク派のファンのみなさんにとってはじゅうぶんだと思いますが、歌唱はぜんぜん足りていません。

 

どうか、わさみんの定期ネット配信歌唱イベントやストリーミング・ライヴの開催へ向けて、また一刻も早い岩佐美咲公式YouTubeチャンネル開設に向けて(そう、なんと、まだ存在しないんですよ!)、長良&徳間は動いてほしいと思います。

 

こないだ四月中旬にも大きな声が多くのわさみんファンのあいだからあがりましたが、やはり歌唱配信関係はまだまだファンを満足させられるだけのものが、質量ともにまったく足りていないというのが現実。わさみんは歌手でしょう、歌をやらなくてどうするんですか。

 

関係者のみなさん、どうか真剣に、本気で、考えてください。

 

(written 2021.5.1)

2021/05/09

波に乗る最近のアイオナ・ファイフ

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(6 min read)

 

May - Iona’s Playlist

https://open.spotify.com/playlist/1INoQTmtlnPqA6llA0PV3a?si=d342b3a700064b34

 

今年四月からはじまったアイオナ・ファイフ(スコットランド)のSpotifyプレイリスト公開。アイオナが個人的に愛聴している音楽をプレイリストにまとめて公開するというもので、こういうのをフォローする理由は二つ、アイオナが好きだからということと、いつでもどこでも未知の音楽との出会いを求めているから。

 

しかしこれ、四月の頭に公開されたとき、名前も「April - Iona’s Playlist」となっていたはずですし、選ばれている曲もですねえ、知らないものばかりだったんですけど、けっこう楽しくて、ケルト系やスコットランドの音楽が多いのかなと想像していましたが、なんどもくりかえし聴いていました。

 

ところが、さあきょうも聴こうと思ってアクセスした4月30日、鳴らしはじめてアレッ?となっちゃいました。よく見たらタイトルも「May」に変わっているし、それよりなによりセレクションが全曲入れ替わっちゃっていたんですよねえ。

 

これはちょっとどうなんでしょうか?四月のアイオナ・プレイリストが気に入って保存していたぼくとしては、それがそのままソックリ入れ替わってしまったことがかなり残念で、う〜ん、説明文をいまさら読んでみたら「毎月更新する」とたしかに書いてありますけれども…。

 

こういうのって、上書き更新しちゃう(前のものを消してしまう)んじゃなくて、新しくつくったものはどんどん追加して積み重ねていくほうがいいんじゃないかって、ぼくなんかは思いますけど、どうなんでしょうかねえ。

 

だってこの世には無限の音楽があって、そのなかからアイオナがピック・アップしたセレクションは唯一無二のものだから、上書きして消してしまったらもうさがせないし、どこいったかわからなくなって、つまりこの世から消滅したも同然です。あんなに楽しかったのに。

 

知らない歌手、音楽家ばかりだったから、自力ではもうわからなくなってしまったアイオナの四月のプレイリストの内容。どこかにアーカイヴされていないのかなあ。う〜ん、残念。でも五月のセレクションもなかなか楽しいし、こうなるんだと学んだから、今後は気に入った曲は自分でいいねして保存しておくことにします、うん。

 

それはそうと、ここ数ヶ月、アイオナを取り巻く状況は改善しつつあるんじゃないかと思えます。輝きはじめているんですよね。

 

きっかけはおそらく昨年12月に発売したクリスマス・ソング「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」でした。もともと英語の歌だったものをアイオナは自力でスコットランド語に訳して歌ったわけですが、その際ちょっとしたことがありました。

 

Spotifyにこれを入れるとき、音楽家側は何語の歌なのか選んで登録するようなシステムになっているみたいなのですが、そこにスコットランド語が用意されていなかったのです。最初はアイオナもSpotify側におだやかに「私の新曲はスコットランド語にほかならないので、登録リストにスコットランド語も乗せてください」と要求していました。

 

なかなか実現せず、アイオナも要求をくりかえしていたのですが、Spotify側が一向に取り組もうとしない、その意思がないかのような冷酷対応なのを受け、アイオナも徐々に態度を硬化させ戦闘姿勢に変化。数ヶ月間にわたりアイオナ対Spotifyの闘いがくりひろげられたのでした。アイオナはかなり執拗に強い要求と抗議をくりかえしていました。

 

その結果、少し前にようやく折れたSpotify、スコットランド語を登録リストに入れたんですよね。アイオナの勝利でした。

 

なんだかこのバトル終結あたりからアイオナはTwitterでもInstagramでもあらゆる発信をスコットランド語だけで行うようになり(だからぼくなんかはその点ちょっとつらいのですが)、音楽活動も地元密着型というか、出身地のスコットランドはアバディーンシャイアに根ざしたものを推進するようになっています。

 

地元のスコットランド政府からは、かつてUK政府から受けていたのより多額の自営業者向け援助をもらえるようになっていると自分でも発言しているし、こないだなんか地元の名門サッカー・クラブ、アバディーンシャイアFCとも契約を結びました。アイオナの最新曲「ザ・ノーザン・ライツ」がチームの公式ソングになったのです。

 

新曲リリースも、昨年暮れのクリスマス・ソング以来、ほぼ月一のペースで、さらにすべてスコットランド語で、しかも地元の歌を、発売していて現在トータル四曲。これら、出来だってなかなかみごとなんです。特に4月2日リリースだった「スコットランド・イエット」はぼくの大のお気に入り。

 

それら計四曲、ぼくはまとめてプレイリストにしておきました↓
https://open.spotify.com/playlist/7tk7MuX34IQLfGkZ2Ih4B3?si=145bc6c8c9c04d5f

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これらは製作中の新作アルバムに収録されるんですかね?今年はじめ〜初春ごろ、新作アルバムのためのクラウドファウンディングを募っていて、ぼくも微力ながら協力したんですけど、無事制作・発売されてほしいなと強く願っています。クラウドファウンディングが行われて当初の希望金額に到達したのが初春でしたから、アルバムの発売は今年秋〜末ごろかなあ。

 

地元密着を進めるいまのアイオナは波に乗っているんで、期待していいと思いますよ。

 

(written 2021.5.3)

2021/05/08

今朝の夢 〜 カッコよかったハービー・ハンコック

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(4 min read)

 

どうでもいい話です(いつもそうだけど)。

 

ゆうべ、というか今朝方見た夢のなかにハービー・ハンコックが出てきて、ぼくの自宅のオーディオ・ルームにいたんですけど、ファンキーにキーボード・シンセサイザーを弾きまくって楽しませてくれました。そういう夢を見ました。

 

なぜハービーがぼくの部屋にいたのかなんてのはわかりませんよ、夢ですからね。なんだかライヴ・セット一式が揃っていて、各種キーボード類はもちろん、ドラム・セットなんかもあって、そんなの現実ではぼくの部屋にいままであったことないんですけどねえ。夢って不思議です。

 

ハービーは自由自在にファンキーに、っていうか要は「ロックイット」みたいな感じのヒップ・ホップ・ジャズ調の演奏をまず一人ではじめ、なんだか空手チョップみたいな感じで鍵盤に手をふりおろし、キーボード・シンセを操っていました。そ〜れがもうチョ〜カッコよかったんですよね。

 

ハービーが弾きはじめるとすぐにドラマーとベーシストがパッと合わせて演奏しはじめ、トリオで進みました。それがもう超絶的にカッコいいヒップ・ホップ系のジャズ・ファンク生演奏で、ドラマーはなぜかデニス・チェインバーズでしたね。そう、そうです、デニチェンです、あの容貌は見間違えません。

 

ぼくの部屋のなかで演奏しているわけですから聴衆はたったぼくひとりで、こ〜りゃすごいぜいたくだ、でも楽しい、なんだこれ〜!と感激しきりだったんですね。ハービーはいろんな身振り手振りをまじえて鍵盤を弾き、その動作もフレーズもすんばらしくカッコいいし、そりゃあなあ、ふだんから聴いているあのハービーのああいった音楽が目の前で展開されたわけですからねえ。

 

も〜う至福の時間でした。ハービー3のあまりにもカッコいい演奏が終わると、なぜかハービーはそれを収録したCD-Rをもう持っていて(不思議ですけど、夢ですから)、感動の絶頂だったぼくは思わずハービーに「それをコピーしてもいいですか?」と聞いたんです。

 

ハービーは「ダメですよ、これは not for sale ですから」って言うんですけど、自分の楽しみのためにコピーしたいだけだから、ねっ、ねっ、とぼくはしつこくお願いしハービーから承諾をもらうと、さっそく別室のパソコンのところまで飛んでいきました。っていうあたりまでしかこの夢は憶えていないんですね。

 

でも目が覚めてもしばらくのあいだはハービーが弾いた特にカッコいいフレーズのパターンが脳内で反復再生され続けていて、それを延々とリピートしながらベッドから出たんですけど、すぐにパソコンを立ち上げて、夢の追体験とばかりにハービーを再生しはじめたら、その夢で聴いていたフレーズは消えちゃいました。

 

でもアルバム『フューチャー・ショック』『サウンド・システム』『パーフェクト・マシーン』あたりを連続再生し、あぁこんな感じだったよねえ、カッコよかったよねえ、とあらためてため息をついています。それに、気さくだったなあ、ハービー。

 

(written 2021.2.4)

2021/05/07

プリンスがギターの天才だったのはこれでよくわかる

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(4 min read)

 

1960年代から「ギターの神様」と賞賛されてきたエリック・クラプトンは、あるとき「”ギターの神様” と呼ばれるのはどんな気分?」と聞かれ、「その質問はプリンスにしてほしい」と答えたんだそう。

 

つまり、正真正銘、だれもが認める本当のギター神はプリンスだったということです。その腕前は自身のいろんなアルバムでも証明されているところですが、ここにそれをとても強く印象づける一個の動画があります。ロックの殿堂公式アカウントが2012年に公開したもの。
https://www.youtube.com/watch?v=6SFNW5F8K9Y

 

2004年「ロックの殿堂」式典で披露されたビートルズ(ジョージ・ハリスン)の「ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のパフォーマンス。ダニー・ハリスン、トム・ペティ、ジェフ・リン、スティーヴ・ウィンウッドらが共演しているもので、そこにプリンスも参加しています。

 

今2021年4月24日、この映像の新たな編集版が公開されて話題になっていますよね。ニュー・ディレクターズ・カットと名付けられたそれはプリンスに焦点を当てたもので、このパフォーマンスでの彼のギター・ソロがどれだけすばらしいものなのかを強調しています。
https://www.youtube.com/watch?v=CdfMh8QgJjA

 

2004年の「ロックの殿堂」式典のオリジナル放送を監督およびプロデュースしたジョエル・ギャレンによる再編集ヴァージョンで、式典パフォーマンスから17年が経過して、この「ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」におけるギター・ソロの際のプリンスのクローズ・アップをいくつか追加していますよね。

 

現実問題、サウンドがリマスターされたわけじゃないし未発の新映像が発掘されたのでもなく、だからこのパフォーマンスにおけるプリンスのギター・ソロのみごとさが2012年版と21年版で違うとか、新しいほうがよりよくわかるようになったとか印象強くなったとか、そういったようなことはないかなあというのが個人的な感想です。

 

この「ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」、歌はAメロをトム・ペティが、サビをジェフ・リンが歌っていますが、それが終わった約三分半すぎからギターでプリンスが登場。演奏終了まで数分間にわたり、これでもかとそのヴァーチュオーゾぶりを見せつけるかのように弾きまくっています。

 

後半部は完璧にプリンスの独壇場。しかしこれ、まったく呼吸するようにギターを弾きっぱなしにしないでほしいよと思うほど。スペースへの斬り込みかたもシャープで際立っているし、ぺらぺら自由自在に思うがまましゃべりまくる人間みたいに、思うがまま弾いています。こんだけなんでもないように自然に凄腕を披露できるギターリストが、いくら一流のプロでも、はたしてどれだけいたでしょうか。

 

あらゆるポピュラー・ギター・ミュージック界でぶっちぎりのトップだったことを図らずも証明してしまったプリンスのこのソロ。ギターでプリンスにできなかったことなどなにもなかったと痛感する超絶パフォーマンスですねえ。この「ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」でのソロに匹敵する内容は、いかなプリンスでもほかにあまり例がないのでは?

 

まさにギターの神かなにかが降臨しプリンスに憑依したのだろうかと思わせるほどのソロ・パフォーマンス。ファンなら、いや、すべてのロック・ギター・ファンにとって、必聴の No.1であることは間違いありません。

 

(written 2021.5.1)

2021/05/06

美しい、あまりにも美しいアヴィシャイ・コーエンの新作

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(5 min read)

 

Avishai Cohen / Two Roses

https://open.spotify.com/album/2szbf6gQqHlk7cogeEMBfg?si=RpF4uqfIT4u4kbxTR_nwiQ

 

イスラエル人ジャズ・ベーシスト、コンポーザー、シンガーのアヴィシャイ・コーエン。今年四月中旬にリリースされたばかりの最新作『トゥー・ロージズ』はクラシカルなオーケストラ作品ですが、ぼくの聴くところ、アヴィシャイの最高傑作に仕上がったに違いないと断言できる内容で、完全に惚れちゃって、ここのところ毎日ずっとくりかえし聴いています。

 

このアルバムでアヴィシャイと共演しているのは、アレクサンデル・ハンソンが指揮するスウェーデンのヨーテボリ交響楽団。+コアとなるジャズ・トリオにピアノのエルチン・シリノフ(Elchin Shirinov)とドラムスのマーク・ジュリアナ(Mark Guiliana)がいますが、主役はあくまでも総勢92名というオーケストラですね。

 

アルバム中、有名曲といえるのは5「ネイチャー・ボーイ」と9「ア・チャイルド・イズ・ボーン」(サド・ジョーンズ)だけで、ほかはアヴィシャイ自身の曲か、ユダヤやアラブの伝承曲。アヴィシャイの曲のなかには旧来のレパートリーをオーケストラ用にアレンジしなおしたものもあります。

 

このオーケストラ演奏による柔軟なサウンドがほんとうになんともいえず美しいんですよねえ。1曲目「Almah Spring」からそのふくよかなサウンドのトリコになってしまいますが、2曲目以後も管弦のたおやかな響きに聴き惚れてしまいます。スコアはたぶんアヴィシャイ自身が書いたと思いますが、ひょっとしたらパートナーがいたかもしれません。

 

アルバム題にもなっている4曲目「Two Roses」はユダヤの伝承曲。ピンハス・アンド・サンズも2018年作でやっていたものですね。アヴィシャイのこのオーケストラ・ヴァージョンでは、やはり管弦アレンジがきわだっていますが、ジャズ・トリオも大活躍。特にマーク・ジュリアナの躍動的なドラミングは、この演奏にまるでアフロ・メディタレイニアンなグルーヴをもたらしています。

 

アフロ・メディタレイニアン〜アフロ・カリビアンなグルーヴは、実はコア・トリオを中心にこのアルバム全体を支配する基調ともなっていて、特にマーク・ジュリアナがそれを強く表現していますが、それはこのシンフォニー作品をたんなるクラシック作品に終わらせない、現代ジャズとの交差を体現する最重要エレメントになっているんですね。

 

管弦のどこまでも美しい響きとリズムの躍動感、その一体化がこのアヴィシャイのアルバムをより次元の高いところへ運んでいっているなという印象があります。アルバム中、「Two Roses」と並ぶクライマックスともいえる8「Arab Medley」でも、アラビックなスケールを基礎としたモチーフをくりかえしながら、たたみかけるように高揚したサウンドをつくっていくさまが圧巻です。マーク・ジュリアナ同様、エルチン・シリノフのピアノも活躍していますよね。

 

それでもやはりこのアルバム全体を通して聴き手に非常に強い印象を残すのは、シンフォニー・オーケストラの演奏するみごとに美しいアンサンブル。まるで楽団全体で生きもののように呼吸しているかのようなサウンドで、繊細さと大胆さをもって硬軟しなやかに演奏、アヴィシャイの壮大な構想をあざやかに具現化しています。

 

特に木管と弦楽がふくよかなハーモニーを奏でるそのふくらみと豊穣で表現される様子には、聴いていてうっとりしてしまうような至高の美しさがあって、余韻を残す印象的なオーケストラ・アンサンブルに降参しちゃいました。いやあ、ほんとうにすばらしい!

 

ジャズ、クラシック、ユダヤ&アラブの伝統が、哀愁とノスタルジーをたたえたオーケストラ・アンサンブルのなかに、地中海的でありかつアフロ・カリビアンな湧き立つ高揚感に満ちたグルーヴに下支えされイキイキと躍動していて、ここまで壮大で、しかも美しい音楽は滅多にないぞと、なんど聴いても聴くたびに感動を新たにしています。

 

(written 2021.5.5)

2021/05/05

アダルト・オリエンティッド・ブラジリアン・ジャズ 〜 渡辺貞夫

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(6 min read)

 

渡辺貞夫 / Naturally

https://open.spotify.com/album/0cHuwRpxsnjwyQgeiAJ75m?si=_cmj6PJPStGbhvkakdDc1w

 

最近の、つまり21世紀に入ったあたりからの渡辺貞夫さんのことはまったくフォローしていなかったからと反省し、いまだ現役だからどんなアルバムがあるのだろう?と思ってSpotifyでざっと聴いてみました。なんだかメインストリーム・ジャズに回帰したみたいなものもわりとあるんですね。

 

しかしそのなかでも2015年の『Naturally』がとってもいいなあ〜って、ジャケットともども心に沁み入りました。もちろんジャズだけどフュージョンに近いっていうか、ブラジル音楽路線なんですよね。実際、リオ・デ・ジャネイロ録音らしく、ジャキス・モレレンバウムらブラジル人ミュージシャンたちを起用して製作されています。

 

ジャキスはチェロを弾くだけでなく貞夫さんと共同でアルバム・プロデューサーもやっています。バンド編成はギター、ピアノ、ベース、ドラムス、パーカッション(+曲によってストリングス)。貞夫さんはこの二年前の2013年にもブラジル録音でアルバムをつくっているみたい(『Outra Vez』)。

 

全員がアクースティック楽器を演奏し、エレキはいっさいなし。サウンド・プロデュースとしても現代のオーガニックなジャズ作品に仕立てあげようとしたんだなという意図がよくわかります。アメリカ合衆国のポップスでもオーガニック路線は近年の流行で、その一方にコンピューターをフル活用したヒップ・ホップやR&Bがあったりしますが、ジャズ界でもこの二極化は言えることなのかもしれません。

 

ともあれ『ナチュラリー』、聴き心地のいいアクースティックなオーガニック・ブラジリアン・ジャズで、リズムはボサ・ノーヴァが基調になっているばあいが多いと思います。曲はほとんどがたぶん貞夫さんの自作かなあ、ピシンギーニャの「カリニョーゾ」もやっていますけど、これ、貞夫さん好きみたいですね、いままでも頻繁に演奏してきていますからね。

 

しっとり落ち着いたアダルトなムード全開で、決してハードにならず全体的にとても丸く、貞夫さんも若かったころはとんがった激しいブロウも聴かせたと思うんですけど、80歳も超えいい感じに丸く枯れてきたなという印象がこのアルバムを聴くとあります。そこにちょうどいい塩梅のブラジル音楽風味をくわえ、いわばアダルト・オリエンティッド・ブラジリアン・ジャズとでも言ったらいいようなものをつくりあげていますよね。

 

1曲目「ナチュラリー」からそんなフィーリングが横溢しています。明るい曲調のボサ・ノーヴァで、バンドの落ち着いた演奏に乗って貞夫さんがどこまでもしっとりとおだやかに歌っています。これですよ、これ、この雰囲気こそくつろぎのリラックス・タイムを彩る大人の音楽。アド・リブ・ソロもよく歌っているし、文句なしですね。

 

アルト・サックスの音色にも特徴があって、若いころよりも、枯れたぶんかえって湿った色気を増しているように聴こえるのは驚異ですね。貞夫さんのアルトは以前からずっとそうだったのではありますが、このセクシーさ、落ち着き、音色そのものにただよう情緒感など、も〜う、ぼくは完璧に惚れなおしちゃいました。いやあ、すばらしい。

 

そんなところ、切ないバラード調である2曲目「ジュント・コン・ヴォセ」なんかだと、もう哀感の極みに到達しているような感があって、たまりません。ジャキスのチェロがアルトにからみはじめた刹那、もう泣きそう。ブラジル音楽特有のサウダージということなんですけど、それをここまで甘く切なくジャジー&メロウに表現することのできるアルト奏者が現在ほかにいるでしょうか。こんな世界、なかなかないですよ。

 

快活なサンバ調の4曲目「ベン・アゴラ」でも落ち着いたフィーリングでしっとりと吹いていく貞夫さん。バンドはみごとにスウィングしてそれを下支えしています。特にブラシを中心に使うドラマーがいいなあ。リズムも効いていますが、決してハードにならないのがいまの貞夫さんらしいところですね。

 

5曲目の「ウォーター・カラーズ」のメロの出だしなんか、そのまんま「マイ・ディア・ライフ」のそれなので、あれっ?と思っていると、その後独自展開します。ジャキス・アレンジのストリングスも美しいこれはジャズ・バラードですね。6「ナ・ラパ」もボサ・ノーヴァ、ギターとチェロとアルトの三重奏でやっている7「カリニョーゾ」はショーロというよりジャズ・バラードふうです。

 

バンドは激しくビートを刻む8「バーズ・ソング」、哀切バラードの9「スプリング」(これも最高)を経て、アルバム・ラスト10「スマイル」はチャールズ・チャップリンの有名曲。これをピアノとだけのデュオ演奏でじっくり淡々と聴かせるアルト・サックスのサウンドには、人生の年輪を重ねた古老にしか表現しえない説得力がこもっているように思えます。

 

(written 2021.2.3)

2021/05/04

さわやかなカーボ・ヴェルデ・ポップ 〜 セウザニー

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(2 min read)

 

Ceuzany / Ilha d’Melodia

https://open.spotify.com/album/6nILL42irkzUXuCohmnMkm?si=qZIo4bwhQ7W5sBzi2w1RHA

 

bunboniさんに教えてもらいました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-12-27

 

これもカーボ・ヴェルデの歌手セウザニー(Ceuzany)。その2016年作『Ilha d’Melodia』は、ジャケットがなんだか雑で安っぽくて印象悪いですけど、中身の音楽は文句なしにさわやかで楽しいですね。

 

モルナとかコラデイラとかのカーボ・ヴェルデ伝統色は実はかなり薄く、もっとユニヴァーサルなポップ・ミュージックとして聴けるように仕上げられているというのが最大の印象で、実際、この曲がコラデイラだとかモルナだとか鮮明ではないように思います。

 

それでもそこはかとなくカーボ・ヴェルデの伝統ポップスが活かされていて、特にコラデイラですかね、このセウザニーのアルバムでもたとえば3曲目なんかはコラデイラ・ベースじゃないですか。ドラムスの入りかたなんかはロック的ですけど。

 

その3曲目とか、こういったビートの効いた曲はほんとうに楽しくて、1、2曲目もそうなんですけど、サウンド・メイクもみごと。エルナニ・アルメイダというひとがアレンジやプロデュースを手がけているそうです。特にビートのつくりかたがぼくは気に入りました。

 

セウザニーの歌い口もさっぱりしていてさわやかで自然。じっくり聴かせるバラード系のものもいいけど、やっぱりビートの効いた曲でのノリのいいスムースさでうまく聴かせるなあって思いますね。あ、5曲目もコラデイラ・ベースっぽいけど、ビートにヒップ・ホップ感覚がありますね。8曲目はモルナか。

 

2曲目でラッパーがゲスト参加しているだけでなく、アルバム・ラストの10曲目ではエリーダ・アルメイダがくわわってふたりで歌っていますね。それだって曲もいいし歌もよくて、かなり聴かせます。

 

(written 2021.2.2)

2021/05/03

ソウル・ファンにとって格好のジャズ入門 〜『グラント・グリーン・プレイズ・ザ・R&B・ヒッツ』

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(3 min read)

 

Grant Green / Plays The R&B Hits

https://open.spotify.com/album/1UB3vzC9LN3VBLJtmWKJYe?si=DpQS5gmCSF2sYHHEXyUz1w

 

グラント・グリーンの『プレイズ・ザ・R&B・ヒッツ』(2020)。プレイリストじゃなくて公式アルバムですけど、でもたんなるコンピレイションだから、もとのアルバムをたどりやすいプレイリストとして公開してくれたほうが親切だったかもしれないですね。

 

アルバム題どおり、グラント・グリーンがリズム&ブルーズ/ソウル系の名曲をブルー・ノートでカヴァーしたものばかりコンパイルしているわけですが、このアルバムがなかなか貴重なのはグラントのリーダー作だけでなく、ほかのミュージシャンの作品に参加して弾いたものもふくまれているところ。

 

ある時期以後のグラントのリーダー作にソウル・ナンバーがけっこうあるんだというのはファンならみんな知っていることですが、他方、ほかのジャズ・ミュージシャンの作品にサイドで参加して弾いているもののなかにもソウル・ナンバーがかなりあるっていうのも、これまた事実。しかしそれらを個人でさがして集めるのはなかなか面倒です。

 

だからルーベン・ウィルスンとかビッグ・ジョー・パットンみたいなファンキー・ジャズ・オルガニストの作品からも選ばれているのはうれしいところなんですよ。そう、どっちもオルガン奏者ですよねえ。オルガン・ジャズ、特に1960〜70年代のブルー・ノートのそれがファンキーなソウル・ジャズになりやすいという傾向がみられるように思います。

 

グラント・グリーンはハナからそういったソウルフルなフィーリングを持ったギターリストであって、ある時期以後はその資質を全開にしてファンキー・ジャズ路線をフル展開しましたが、だから当然のように(もとは歌入りの)ソウル・ナンバーをどんどんカヴァーするようになったんです。

 

このアルバム『プレイズ・ザ・R&B・ヒッツ』を聴けば、いかにグラントがこういうものを違和感なく演奏できるか、ソウルフルにぐいぐいもりあげる弾きかたができるか、できあがりの音楽がどんだけ楽しいか、よくわかるんじゃないでしょうか。結果的にオルガン奏者が参加しているものが多くなったのは必然でもあるように思います。

 

「アイ・セイ・ア・リトル・プレイヤー」「ホールド・オン・アイム・カミング」「シェイク」「エイント・イット・ファンキー・ナウ」「ガット・トゥ・ビー・ゼア」「ベチャ・バイ・ゴーリー・ワウ」などなど、ソウル系のヒット・ナンバーが目白押しのこのアルバム。

 

たんにグラント・グリーンのソウル・カヴァー集としてだけではなく、一時期のブルー・ノート・レーベルにたくさんあったファンキーなソウル・ジャズ・サンプラーとして聴くのにも格好ですし、ソウル・ファンのみなさんにとってのジャズ入門としてもいいですよね。

 

(written 2021.2.1)

2021/05/02

スピッツさんと呼ばなかった上白石萌歌はマトモだ

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(9 min read)

 

こないだ四月、テレビ朝日系『ミュージック・ステーション』に登場した上白石萌歌(かみしらいしもか)が番組内でスピッツと共演をはたし、司会のタモリらとのトークの際、スピッツと呼び「さん」づけにしなかったことが波紋をひろげているらしいですが、アホかいなぁ。

 

どこの世界に、たとえ存命の現役先輩であろうと、歌手名や音楽家名、バンド名に「さん」をつけて呼ぶ人間がいるんでしょう?バカバカしくてこの件で文章を書く気にもならないほどですが、でも物議をかもしているみたいだし、上白石とスピッツのこの件だけでなく現在の日本でひろく一般に流布していることがらであるようにもみえますので、記しておきます。

 

もちろんこれ、有名音楽家を「さん」づけで呼ぶことには強い違和感があるとはっきり言っているひとも大勢いて、他方、上白石が「スピッツさん」と言わなかったことを敬意を欠くとして批判する向きと、両方の意見があるんですけど、ながめてみると前者は熱心な音楽ファン、関係者、評論家などマニア、専門家で、後者はそうでもない一般人という違いがあるように見えます。

 

個人氏名かバンドや組織名かによってもとらえかたが違ってくる問題で、人名であれば「さん」をつけるのにさほどの違和感がないかもしれませんが(実生活ではふだんそうだし)、バンドやユニットの名前でそれをやるとかなり妙なことになってしまうなという部分もあります。

 

ただのいちファンとしてのぼくはですね、個人名であれバンド名であれ、いままでたとえば「マイルズ・デイヴィスさん」「ビートルズさん」とか「サザンオールスターズさん」「YMOさん」「松任谷由実さん」「一噌幸弘さん」などと書いたり言ったりしたことは一度もなく、有名歌手、音楽家、スポーツ選手、俳優、芸能人などであれば、むしろ敬意をこめてこそ呼び捨てというのがあたりまえだという発想の持ち主です。

 

熱心なファンである岩佐美咲のことも、ふだんは愛称の「わさみん」で呼んでいますが、これはさすがに「わさみんさん(ちゃん)」と言う人間はこの世にいないと思います。愛称でなく岩佐美咲名を呼ぶばあいでも、このブログでいままで「美咲」と呼び捨てにしてきましたし、論評・レヴューなどの際はそれがふさわしい態度に違いなく、このことに1ミリたりとも疑問をはさむ余地はありません。

 

むろんオタクなどが推しのアイドルのことを、たとえばファン・ブログなどで書く際には「さん」「ちゃん」づけにすることもあるでしょう。そういった世界は、ちょっと音楽愛好家のふだんの書きかたとはやや異なるマナーが支配しているみたいですね。住んでいる世界が違うんでしょう。

 

そういったブログなどでは、たとえばわさみんオタクが書いているばあい、わさみんじゃないほかの歌手のことも「さん」「くん」「ちゃん」づけで呼ぶのがならわしで、水森かおりさん、中澤卓也くん、などなど、正直に言ってしまいますがわいるどさん、ちょっとした引っかかりを、軽〜いものですけど、個人的には以前から持っています。でも個人のファン・ブログだから自由ですね。

 

ついでだから言いますと、女性歌手は「さん」、男性歌手は「くん」をつけ、そのファンをそれぞれ「〜〜おにいさん」「〜〜おねえさん」と呼んだりする習慣も、実を言いますと、現代的ジェンダー論の観点からちょっぴり反対です。ほんのちょっとの弱いものですけど違和感があるし、そもそもファンのなかに女性も男性もいるわけなのに、それは考慮されていないわけでしょう。

 

すみません、きょうのテーマとはズレる話でした。

 

そういったアイドル/オタク世界のマナーが、同様のオタク文化が拡散しているということなのか、アイドルなどじゃない一般の歌手や音楽家をオタクじゃない人間が呼ぶ際にも、敬称の「さん」をつけるようにひろまってしまったということなのかもしれません。

 

しかし音楽関係でもそうでなくても、ちょっと本や雑誌の評論や、新聞(ネットのでも)などの論説論壇コーナーを一読してみてください。論じている対象の歌手、音楽家に「さん」をつけている例がありますか?たぶん一個も見つからないと思いますよ。

 

それは論説文のばあい、対象をそのまま敬称をつけずに呼ぶのがストレートなマナーだからです。「さん」をつけたほうがむしろ失礼で、敬称をつけずに呼び捨てにしてレヴューするのがリスペクトの表明にもなるからなんですね。

 

いや、おまえ、ふだん「bunboniさん」「萩原健太さん」と書いているじゃないかとつっこまれそうですけど、彼らは有名音楽家、芸能人じゃありません。また仕事の内容に言及しているんでもなくて、それぞれ個人の趣味ブログへの言及だからですよ。bunboniさんが荻原和也名で、あるいは健太さんが、音楽雑誌や新聞などおおやけのメディアに論説を発表したものをとりあげるのであれば、また態度が違ってくると思います。

 

だから、スピッツに上白石が「さん」をつけなかったことを問題視する向きは、プロの仕事というより趣味世界の延長線上で、アイドル/オタクみたいな関係性の地平において、ものごとを判断しているのかもしれないなあ、というのがぼくの個人的感想です。

 

でもこれ、ちょっと距離感が気持ち悪いと思うんですよね。

 

米津玄師もですね、以前、「バンド名にさんをつける習慣っていつから始まったんだろう? 3年ほど前、スピッツの対バンイベントに出演させてもらったときに、MCでスピッツにさんをつけなかったことでお客さんにエラい怒られてびっくりしたんだけど、そこんとこどうなんだろう」と発言していました。

 

確立された固有名詞には、ヘタな敬称などはかえって失礼にあたるように思えるっていうのがぼくらの発想であり、おそらく世間一般的にも同様の認識があるんじゃないかと思います。ビートルズとかローリング・ストーンズくらいになれば、「さん」をつけたらかなりヘンでしょ。エルヴィス・プレスリーさんとか、言っているひと、います?ジョンさん、ポールさんもいないでしょ?

 

スピッツは、「さん」づけにしなかったから失礼などと言われたりするっていうことは、バンド結成後30年以上が経過するいまでも、いまだそこまでのポジションを確立していないのだいうことのあかしかもしれないですね。

 

ひとりの音楽好きとしてのぼく個人としては、(スピッツであれだれであれ)エルヴィスやビートルズやストーンズなどと同じようにリスペクトすべき存在だということで、世間でおおやけに活動している歌手、音楽家、バンドなどは呼び捨てですね。そのほうが気持ちいいし、文体上もスッキリします。ぼくにとっての「渡辺貞夫さん」とか、そういった例外はむろんありますけど。

 

シンプルにいえば、なんにでも「さん」づけしていると、要は「このひと、わかってないんじゃないか」って思っちゃいますね。

 

(written 2021.4.30)

2021/05/01

狂気の美、ジョアンの『三月の水』、祝サブスク解禁!

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(5 min read)

 

João Gilberto / João Gilberto (1973)

https://open.spotify.com/album/5vru95SeE8oiz2633v1a5L?si=_kDek2mGRg-ykN5xFargDw

 

本日、日本時間の2021年4月30日早朝、ジョアン・ジルベルトの名作『三月の水』(João Gilberto、1973)がサブスクで解禁されました。だからもちろんSpotifyで聴けます。これをどんだけ待ち望んだことか。

 

まだまだサブスクで聴けない音楽はいくつもありますが、そのなかでもジョアンの『三月の水』は名作中の名作、どうして聴けないの?!との声がひときわ高かったもの。「サブスクで聴けない傑作◯選」みたいなリストの常連でした。権利関係が複雑だったからでしょうけどね。

 

いうまでもなくジョアンの『三月の水』はぼくもCDで買って持っていて、パソコンのMusicアプリ(旧名iTunes)にも入れていますから、部屋にいれば聴こうと思ったときにいつでも聴けました。だから個人的にサブスクにないから困るといった状況にはありませんでした。

 

ですがサブスクで聴けるようになったという意義はたいへんに大きなものなのですよ。レコードやCDといったフィジカル所有はあくまで個人個人の事情だし、しかもしばらく経てば廃盤になったりして、新規参入のファンにはどうにもならなかったりします。なにより、体験を共有できません。

 

サブスクなら、なんらかの権利関係問題や音楽家側の意向でひきあげられてしまうといったケースを除き、ずっといつでも、だれでもどこででも、聴くことができますからね。聴いた?聴いたよ!いいよね!といった共有体験を持つことができるのも大きな意義です。名作を聴いた楽しい思いはみんなで語り合いたいですからね。

 

そういったことへ向けての大きな前進なんですよ、サブスクで聴けるようになるっていうことは。つまり「この傑作が一人でも多くのひとの耳に届きますように」との思いを実現することが可能になるっていうことです。これこそ、サブスク最大のメリットです。

 

人類の音楽文化のなかで決して忘れ去られてはいけないアルバムが、CDなどでしか購入できず、いつでもとりだして聴くことのできるほぼ無限の所蔵量を誇る音楽図書館のようなものであるサブスク・サービスに入るか入っていないかは、もはや2020年代においては決定的な意味を持つようになってきていると言えましょう。

 

サブスクというライブラリーに収蔵されない音楽は、そう遠くない未来には存在すら忘れられてしまうかもしれないんですから。現に一定世代以下の音楽リスナーのみなさんとおしゃべりしていると、ネットで聴けるか聴けないかが最大のポイントになっているようで、サブスクで聴けないものはもちろん聴かないばかりか、この世に存在しないも同然というのがすでに常識化しつつあるのを痛感します。こちらがいくら熱弁しても、興味を持ってすらもらえないんですよ。

 

というわけでジョアン・ジルベルトの『三月の水』、本日サブスク解禁になったことで、忘却の彼方に葬り去られる運命をようやくまぬがれることができました。これで聴きたいひと興味を持つひとみんなに届くようになって、喜ばしいかぎりなんですね。

 

ジョアンの『三月の水』は、ジョアンのギターと声とハイ・ハットの刻みだけっていう、極限まで贅肉を削ぎ落とした編成で、ボサ・ノーヴァがいわゆる<お洒落音楽>であるとの固定観念を打ち破る、静謐で落ち着いた狂気の世界を展開したもの。思わず息が止まりそうになる静けさと緊張に支配されたこの音楽は、ボサ・ノーヴァの核心的本質をむきだしにしているものだとも言えます。

 

ジョアンのギターが奏でるコード・ワークでつくるこのリズム、それとこのヴォーカル、それらこそがボサ・ノーヴァだったと思える一作で、ジョアンの稀有な天才を実感できる、ボサ・ノーヴァという音楽のある種の<おそろしさ>を垣間見ることすらできる、傑作じゃないでしょうか。

 

みなさんのもとに届きますように。

 

(written 2021.4.30)

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