マオリのアバネーラ 〜 タミ・ニールスン
(5 min read)
Tami Neilson / CHICKABOOM! Deluxe
https://open.spotify.com/album/53hH23tLuN4ggfQ3g7O3fY?si=kzDqYQwhTZKhgMHnNrZ07Q
以前一度書いたタミ・ニールスンの『チカブーン!』(2020)。カナダ出身で現在はニュー・ジーランドに住み活動している歌手の最新作です。タミはド迫力ダイナマイト・シンガーっていうか姐御肌なのがキャラで、音楽的にはちょっとレトロなロカビリー、カントリー・ロック色が濃いと思います。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-d955d4.html
そんなタミの『チカブーン!』、今年、内容をちょっぴり拡充したデラックス・エディション『チカブーン!デラックス』(2021)が出ましたのでご紹介しましょう。1〜10曲目まではオリジナルの『チカブーン!』をそのまま再録。あらたにくわわったのは11〜15曲目の五曲です。
それら五曲は、クラウデッド・ハウスのニール・フィンが所有するラウンドヘッド・スタジオにおいて、タミのレギュラー・バンドの面々にあわせ、12人編成のビッグ・ボス・オーケストラも参加して、一発録りのスタジオ・ライヴ形式で収録したもの。
そもそもタミの『チカブーン!』はCOVID-19パンデミックが本格拡大する直前の昨年二月の発売だったもので、この新作リリースにともなってニュー・ジーランド国内はもちろん世界各地をライヴ・ツアーしてまわる計画があったんだそう。
もちろんそれはできなくなってしまったので、代わりにというか、スタジオ・ライヴ形式で、たった五曲とはいえ収録したものをデラックス版のおしりにくっつけて、それで『チカブーン!デラックス』として再リリースしたと、このようないきさつなんですね。
新規収録の五曲はいずれもタミの過去のレパートリーからとられたもの。音楽的な路線も、ほぼ『チカブーン!』のそれに沿ったそのままで、オールド・ロカビリー・ポップみたいな感じ。オーケストラが参加しているせいでサウンドがゴージャスになっていること以外、特筆すべき点もないように思えるかもしれません。
ところが一曲だけ、オッ!と目を(耳を)惹くものがあるんですよ。今回のデラックス版の白眉に違いないもので、それは12曲目の「ロイマタ(クライ・マイセルフ・トゥ・スリープ)」。トロイ・キンギがゲスト参加しタミとデュオで歌っていますが、これはマオリ・ソングなんですよね。トロイはニュー・ジーランドの先住民マオリの歌手です。
「ロイマタ」は、2019年にニュー・ジーランドでリリースされた『ワイアタ / アンセムズ』というコンピレイションからのピック・アップ。曲を書いたのははタミ自身です。マオリの言語や文化を見つめなおそうという「マオリ語週間」というのがあって、それを祝してニュー・ジーランドのスター歌手たちが集結、一曲ずつマオリ語で歌ったものを収録したアルバムだったもので、タミの「ロイマタ」はその末尾を飾っていました(Spotifyで聴けます)。
https://www.waiataanthems.co.nz
今回の『チカブーン!デラックス』にある12曲目「ロイマタ」は、それを歌いなおしたものなんですね。トロイがマオリ語パートを担当していますよね。曲想もおもしろく、マオリらしいのかどうなのかマオリの音楽を知りませんのでなんとも言えませんが、タミの本来領域であるレトロ・ロカビリーとはまったく異なる、ポリネシアン・ムード満載です。ちょっぴりハワイアンっぽくもありますよね。
しかもこのリズムを聴いてほしいんです。完璧に「ラ・パローマ」のパターンじゃないですか。すなわちアバネーラ(ハバネラ)のシンコペイション。アバネーラはもともとキューバの音楽で、それを現地滞在時代にスペイン人作曲家のセバスティアン・イラディエールが聴き憶えて、持ち帰り「ラ・パローマ」という曲に結実させ、ジョルジュ・ビゼーの高名なオペラ『カルメン』でもそのパターンが使われたことで、全世界に拡散したものです。
カナダ出身でニュー・ジーランドにわたり活躍しているタミ・ニールスンが、現地の先住民のことばであるマオリ語をフィーチャーし、音楽的にもマオリやニュー・ジーランドの伝統文化へのリスペクトを示した曲を書き歌ったこの「ロイマタ」で、こんなキューバのアバネーラ・リズムが脈々と息づいているのを聴くのは、なんとも新鮮でうれしい気分です。
(written 2021.6.9)
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