« ヒル・カントリー・ブルーズの流行とはなんだったのか | トップページ | ジャズ・ブルーズが好き 〜 ルー・ドナルドスン »

2021/07/12

配偶者をどう呼ぶか

03

(8 min read)

 

2021年7月現在、日本では同性婚が法的にまだ認められていないため、結婚というと男女間に限定されてしまうわけですが、夫なり妻なりを(第三者に紹介するときや言及するときなど)どう呼ぶか?というのはむかしから話題になってきたことですし、近年はジェンダー問題への意識の高まりを受けて、また違った角度からとりあげられることも多いです。

 

ぼくも以前結婚していたことがあって、その時代、パートナーはぼくのことを第三者に紹介するとき「同居人」と言っていました。知り合いでも初対面の相手にでも、どんな場面でもどんな相手にでも、例外なく。それが1990〜2010年代の話で、ぼくもそれを違和感なく受け止めていました。

 

ぼくのほうは「妻」と言えるときはそう言っていたのですが、言えないときというのは、ぼくは吃音者ですから、「ツマ」の「ツ」が難発で出ないことがときどきあって、その際はとっさの言い換え(吃音界隈で「回避行動」という)で、不本意ながら別の発音しやすい用語を使うこともありました。でも、気持ち的には常に「妻」と言いたかったのです。

 

でも、いまやその時代にさかのぼって当時の話をする際には、もはや「妻」ではなく「パートナー」と言うようになっていますけれど。

 

もちろん夫婦間でおたがいをどう呼ぶか?というのは、それぞれの関係に応じて好きにすればいいことで他人が口をはさむことではありません。夫婦間だけでならばね。でもその場に第三者がいたり、紹介したり、言及したりなどするケースとなれば、自分たちのあいだではこう呼んでいるから、という理屈だけでは通らないのではないでしょうか。

 

そういったケースでは、近年「主人」「旦那」、また「家人」「家内」「女房」などといった呼称が徐々に使われなくなってきているんじゃないかという実感があります。ほかの家族や夫婦としゃべったりする機会が激減していている単身者のぼくでもそうなんです。他人の妻を「奥さん」「奥さま」、他人の夫を「ご主人さん」「旦那さん」ということも減ったと思います。

 

ちょっとことばの種類がズレるんですが「嫁」。西日本人、特に関西人はよく使いますよね。これはしかしことばの意味としては配偶者の親(しゅうと、しゅうとめ)が息子の配偶者を呼ぶときのタームですから、夫自身が妻を「嫁」とか「嫁さん」とか紹介するのは間違っています。習慣的に定着している文化圏もあるとはいえ。

 

さらに「嫁」ということばには、結婚したら女性は男性配偶者の家に入るものだという旧民法の発想が残っています。実際、第二次大戦後に新しい民法が制定されるまで、結婚は嫁入りでした。イエにしばられる 〜 もはやまっぴらゴメンな発想なので、この意味でも「嫁」ということばは聞きたくないですね。「入籍」も同様に大嫌いなことば。

 

現行民法下では、婚姻届を提出して受理されると、夫婦ふたりだけの新しい戸籍がつくられる、それで新しい独立した一個の世帯になるわけで、したがって結婚とは、夫婦とは、男女が平等の立場で二人で結びついて新生活をはじめるということなんですから、嫁とか入籍とかっていうタームは歴史的用語としては残っていくでしょうが、現在進行形では聞きたくありません。

 

そう、男女間の関係や認識の変化というか、主従関係、支配/被支配関係じゃないのだ、夫婦は、という認識がひろまりつつあって、法律的には日本国憲法と戦後民法でそれがすでに確立していたわけですけど、現実の日本社会における変化は、この21世紀になってようやく、といった感じで訪れつつある、男女は、夫婦は、対等・平等なのであるから、呼称もそれにあわせていきたいという動きが大きなものになってきているんでしょうね。

 

特に女性からの声として、「『旦那』という呼び方が好きではない」「『ご主人』という呼び方にはかなり抵抗がある、『旦那さま』も無理」など、「主人」「旦那」という言葉への違和感が強く表明されるようになってきているし、「現代にそぐわない」「主従関係があるわけじゃないのに」といった考えがその根底にあるように見受けられます。

 

結婚したら、妻は夫の言うことに従うべきだ、夫のために尽くすのが妻のツトメである、外に出てもいけない、働きに出るなんて論外である…なんていう時代が戦後も長く続きましたし、家のなかにしばりつけられて不自由でつらく苦しく歯痒い思いを、女性は長年味わってきたというその歴史が、いまになって噴出している、長年の怨念がいまになって表面化している、という気もします。

 

ちょっと時代遅れのことばになりますが、熟年離婚なんていうことがよく言われたりするのも、同じ流れでしょう。家庭で耐え忍びに耐え忍んできた妻としても、その長年の蓄積が、夫の定年退職あたりをきっかけに一気に爆発する、といったことがあったと思います。

 

考えてみれば、戦後だけでなくもっとずっと前から、結婚生活において妻の側だけがずっと忍耐を強いられてきていたわけですからね。

 

21世紀になって、男性配偶者を旦那とも主人とも呼びたくないという妻の気持ちがムーヴメントのように表面化しているのは、だからぼくなんかにはとってもよく理解できることです。男女の性役割についての見方も確実に変わってきているでしょう。

 

ですので、男性配偶者の側だけがいつまでも家人だの家内だの嫁だのという表現を使い続けるのにも、個人的には非常に大きな抵抗を感じます。もっと理念と現実にそくした、対等な、ニュートラルな、タームを使うようにすればいいのにな、と思っちゃうんですよね。

 

ぼくが他人の配偶者のことを(その当事者がその場にいるにしろいないにしろ)どう呼ぶか?というと、最近は「パートナーさん」ですね。「配偶者さん」でもいいんですけどこれはちょっと法律用語くささがある。SNSを中心に「夫さん」「妻さん」も拡大しつつありますが、以前から言っていますようにジェンダーを明確化する用語をふだんから極力使いたくない気持ちがあるので。

 

お連れ合い、お連れさん、みたいな表現でもいいですね。そういえば(法律的には日本でまだ認められていないけど)同性婚当事者のばあい、パートナーのことを双方とも「ツレ」と呼ぶことが多いように見受けられます。これもジェンダーを表面化させず、さらに力関係に上下差を感じさせない、いい表現ですね。

 

現実的にぼくがまたもう一回結婚するなんてことはありえないのですが、他人の夫婦(異性婚カップルであれ同性婚カップルであれ)の相方のことをどういうふうに呼ぶか?という問題は、自分のジェンダー意識、夫婦観、男女観、ひいては社会意識が問われる重要局面であると思っていますからね。

 

(written 2021.7.10)

« ヒル・カントリー・ブルーズの流行とはなんだったのか | トップページ | ジャズ・ブルーズが好き 〜 ルー・ドナルドスン »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ヒル・カントリー・ブルーズの流行とはなんだったのか | トップページ | ジャズ・ブルーズが好き 〜 ルー・ドナルドスン »

フォト
2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ