« ハート・メルティングなレイヴェイの新曲にぞっこん | トップページ | 去りゆく夏の寂寥感のような郷愁 〜 エルヴィオ »

2021/08/19

「〜〜のロバート・ジョンスン」

71jtf36fwkl_sl1200_

(7 min read)

 

https://open.spotify.com/album/0MG8ODOjmgu62MpgeS9dRF?si=Hz1qIrJWROCUa-8_1KXUhg

 

という言いかたをしたばあい、その世界のパイオニア、始祖、第一人者、というみなされかたをしていることもたまにあるように感じますが、これはブルーズ史におけるロバート・ジョンスンの意味を取り違えているんだろうと思わざるをえません。

 

だから、いままでも強調してきたことではあるんですけど、いま一度あらためてこのことを書いておきます。同じことばかりのくりかえしで、前からいつもずっとお読みのみなさんはうんざりでしょうけど、世間でのロバート・ジョンスン像は、どうもいまだに誤解されたままの部分がありますので。

 

それは端的に言って、ロバート・ジョンスンをデルタ・カントリー・ブルーズ界の人物とみなすのは間違いだということで、もっといえばブルーズ・ミュージックの世界における古典的先駆者と考えるのも妥当じゃないぞということです。

 

ロバート・ジョンスンはデルタ・ブルーズ、カントリー・ブルーズの世界の人間ではないし、古い人間でもないということです。でもブルーズ史上最も有名で名前が知れ渡っている人物のひとりであろうということは疑いえません。だからこそ「〜〜界のロバート・ジョンスン」と比喩に使われたりするわけですからね。

 

そう、ロバート・ジョンスンは最有名人。そのわりには(イメージばかりが先行して)残した音楽をしっかりちゃんと聴いている人間がなかなか少ないのかもという気がします。CDなら二枚組になるその全録音をじっくり味わえば、「音楽的には」彼は決して謎の人物でもない、音楽性なら全貌が判明している存在だということも理解できるはずです。

 

ロバート・ジョンスンの録音を聴きますと、そこにデルタ・カントリー・スタイルの曲がかなり少ないという事実に気がつくはず。マスター・テイクだけにするとぜんぶで29曲となる彼の全録音のうち、デルタ・カントリー・スタイルだと言えるのはたったの五曲しかないんですよ。いいですか、29のうちたったの5、ですよ。

 

具体的には(録音順に)「テラプレイン・ブルーズ」「ウォーキン・ブルーズ」「プリーチン・ブルーズ」「イフ・アイ・ハッド・ポゼッション・オーヴァー・ジャジメント・デイ」「トラヴェリング・リヴァーサイド・ブルーズ」と、たったこれだけしかデルタ・ブルーズはないんですよね。

 

この事実だけをもってしてもロバート・ジョンスンがデルタ・ブルーズの人間ではないことがはっきりするはず。たしかにミシシッピ・デルタ地域の出身で、典型的なデルタ・ブルーズの人間である先輩サン・ハウスを師としましたが、デルタを出てアメリカ全土を放浪していた時期に、さまざまなブルーズのスタイルを身につけたのです。

 

ロバート・ジョンスンが全国放浪で身につけた(デルタ・スタイルではない)その時代の新しいコンテンポラリー・ブルーズとはいったいなんだったのか?端的に言えばそれはブギ・ウギです。主にピアノで演奏されていたブギ・ウギのずんちゃ・ずんちゃというあのパターン、それをそのままギターの低音弦反復に移植したんですよね。

 

そんな曲なら彼の全録音のなかにたくさんあります。ちょっと数えてみたら14曲。かの有名な「スウィート・ホーム・シカゴ」も「ダスト・マイ・ブルーム」も「ランブリング・オン・マイ・マインド」も、ローリング・ストーンズの秀逸なカヴァーを産んだ「ストップ・ブレイキン・ダウン・ブルーズ」も「ラヴ・イン・ヴェイン・ブルーズ」も、ぜ〜んぶブギ・ウギのパターンなんですよ。
https://open.spotify.com/playlist/7xBNvs0xAc1b7Mn2S1FZzZ?si=9de35eb8e414486e

 

もうひとつ、ロバート・ジョンスンはリロイ・カーに代表されるような洗練されたシティ・ブルーズも吸収しました。ロバートがブルーズに目覚めたのは、リロイ・カーの1928年のレコード「ハウ・ロング・ハウ・ロング・ブルーズ」でだったんですし、もとからそんな志向を持ってブルーズ・ギターリスト/シンガーを目指した人物だったんです。

 

同時代のあらゆるコンテンポラリー・ブルーズをギター一台での弾き語りでやった、結合させたという点では画期的だったと言えますし、だからこそ後世のブルーズ・ミュージシャンやロック・ミュージシャンたちが下敷き、模範にしやすかったと言えます。ロバート・ジョンスンを神格化したのは、どんどんカヴァーした1960年代活動開始の白人UKブルーズ・ロッカーたちだったでしょうが、彼らのせいでなにか特別な存在のように思われているだけです。

 

現在のようにロバート・ジョンスンがブルーズ史上の最有名人になったのだってUKブルーズ・ロッカーたちがさんざんひろめたからであって、それ以外に理由はありません。最初のLPレコード『キング・オヴ・ザ・デルタ・ブルーズ・シンガーズ』が発売されたのが1961年。そこからですよね。しかもアルバム題が「デルタ・ブルーズ歌手の王様」となっていたのがいけなかった。誤解のもとでした。

 

音楽的にロバート・ジョンスンが発明した・開発したといえるブルーズのスタイルはなにもなく、先達たちの演奏をレコードで、あるいは現場で生で、聴き、それらを吸収し、自分ひとりで展開したのがロバート・ジョンスンという人物の実像です。クロスロード伝説などアホみたいな言い伝えもありますが、自分で研鑽を重ねて腕を磨いていったに違いないのです。楽器の上達にそれ以外の方法はありませんから。

 

録音時期だって1936年と37年の二回のセッションがすべてで、これは第二次大戦前のブルーズ・ミュージシャンとしてはかなり新しい時期に入ります。そこで録音され、レコードやCDや配信でリリースされている音源は、「漏れなくすべて」現在のわれわれも聴くことができるのであって、謎とか伝説なんかじゃありませんよ。

 

(written 2021.4.24)

« ハート・メルティングなレイヴェイの新曲にぞっこん | トップページ | 去りゆく夏の寂寥感のような郷愁 〜 エルヴィオ »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ハート・メルティングなレイヴェイの新曲にぞっこん | トップページ | 去りゆく夏の寂寥感のような郷愁 〜 エルヴィオ »

フォト
2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ