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2021/09/10

音楽における、新しいとか、古いとか

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(8 min read)

 

Chuck Berry / Toronto Rock ’N’ Roll Revival 1969

https://open.spotify.com/album/73nLDkfjI8BrtGYroJ2m6x?si=FSOPYiLeRD2Brf31SV8NqA&dl_branch=1

 

きのうもジャズの古いスタイルを否定することはないじゃないかということを書きましたが、ホント、音楽における、新しいとか、古いとか。そこんとこにやけにこだわるひと、いますね。けっこういる。

 

ざっくりいって、音楽に新しいも古いもねーだろ、という立場です、ぼくは。これが科学技術とか工業製品とかだったら新しさに価値があるのを理解できますが。家電なんかだって故障しちゃうし、年数の経ったものはメーカーに部品の在庫もなくなって修理すらできなくなってしまいますからね。

 

だから常に更新していかないといけないっていうか、一定年数で(オシャカになった)古いものは廃棄するか引きとってもらって新製品を買うっていうサイクルをくりかえしていくことになりますよね。

 

でも、音楽、でしょ。古いものが聴けなくなるわけでもない。亡くなってしまうとその歌手やミュージシャンのライヴに触れることはそこで終わりになってしまいますけど、レコードやCDや配信に刻まれた音は消滅しません。ずっとずっと聴き続けられます。

 

そういうもんですから、音楽って。だから結局は聴くひとが楽しいかどうか、美しい、カッコいいと感じるかどうか、感動できるかどうか、だけが問題であって、そこに音楽のスタイルの古い/新しいは関係ないでしょって思うわけです。1955年生まれの音楽に突如激しい新鮮な感動をおぼえたりするってこと、あるでしょう?

 

古い、ということが、なんというかある種ネガティヴな価値であるように信じ込んでいるひともたくさんいるみたいで、趣味として音楽を聴いているだけの(ぼくもふくめて)一般のリスナーは好きにしたらいいとは思いますけどね。それに、新しいほうがいいっていう考えは、実はぼくも理解できないことじゃないです。

 

というのは、ものごとが微妙に「古く」なったなと感じさせる瞬間というかタイム・スパンみたいなものがあるような気がします。個人的感覚というか経験からすると、10年、15年の経過あたりがちょっと鬼門かなあという感じですかね。

 

音楽だけじゃないけれど、30年、40年、50年と経ってしまえばですね、もうなんでもぜんぶいっしょというか、10年程度の違いは吸収されます。10歳と25歳ってとんでもなく違うけれど、65歳と80歳って、あんまり変わらないっていうか、本人たちはともかく若者からみれば同じじゃないですか。

 

人間でも音楽でも、成長発展期の変化は大きく感じるけど、完成されたらもうねえ、ちょっとくらい時間が経っても同じっていうか。

 

だから、音楽の世界で新しいとか古いとかっていうことにやけにこだわるひとっていうのは、まだ音楽を聴きはじめて10年程度なのか、あるいはものごとを常に10年、15年くらいの短いスパンでのみ考えているのかなあとかって思いますよ。

 

ロック・ミュージックにとっても、1950〜60年代はちょうど誕生&成長発展期だったから、ちょっとの時間の経過による変化がとてつもなく大きなものに思えたかもしれません。上でSpotifyリンクを貼ったチャック・ベリーはロックを産んだ人間のひとりとされていて、50年代にデビューして活躍したわけです。

 

エルヴィス・プレスリーの登場と大爆発も1950年代半ばで、そこでロックというものが世間に認知されましたけど、60年代に入ってビートルズがビッグ・バン的大活躍をするようになって、それで大きく時代が変わったような感じがありました。エルヴィスはもう「過去のひと」みたいな扱いで。

 

このへん、リアルタイムで経験してきている湯川れい子さんが常日頃からくりかえしているように、日本における洋楽ロック文化の浸透はビートルズからはじまったので、そこが出発点で、それ以前があたかも「無」であったかのような認識で、エルヴィスなんていうと完璧にバカにされる、という時代が続きましたよねえ。

 

1950年代半ばのエルヴィス登場と同時代かそのちょっと前ごろから、チャック・ベリー、リトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイス、ボ・ディドリー、ジーン・ヴィンセントなどなど、黒人白人とりまぜてのロック創成期があったわけですけれど、60年代前半のビートルズ爆発でそれらがいったん御破算になっちゃったわけです。

 

デビュー期にはそれらをたくさんカヴァーしていたビートルズなのにねえ。

 

ビートルズのレコード・デビューは1962年ですけど、世界的にブレイクしたのが64年で、オリジナル曲の「抱きしめたい」とか「シー・ラヴズ・ユー」とかそのへん。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でシーンを揺るがしたのが67年。

 

そしてウッドストック・フェスティヴァルが1969年でしたが、ニュー・ロック、アート・ロックと呼ばれた新世代ロックが大人気を博していたそのころにふりかえるロックンロール黎明期というのは、だからほんの15年くらい前のことでしかないのに、なんだかやけに古い感じがしたのかも。まるで太古の化石時代であるかのような扱いだったんじゃないでしょうか。

 

というわけで、その1969年の9月13日、カナダのトロント大学構内のヴァーシティ・スタジアムで行なわれた野外音楽フェスティヴァルに、チャック・ベリーをはじめとするロック黎明期のスターたちが大挙出演した際のコンサート・タイトルが「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル1969」っていう。

 

ほんの15年程度しか経っていない、1969年からしてもついきのうのことのようなロック黎明期なのに、その時代のミュージシャンたちもまだ若く現役なのに、すでに「リヴァイヴァル」扱いっていう、なんでしょうかねこれ。チャック・ベリーだってまだ42歳だったんですよ。

 

そんなことも、もっと時代がくだってロック・ミュージックが成熟し、ロックのばあい成熟は「死」と呼ばれたりするという、ぼくらから見たらきわめて不可思議な現象もありますが、いろんな新スタイルもひととおり出尽くしたおそらく1990年代あたりからは、すべてがフラットになり、黎明期ロック・スターも正当に評価されるようになったので、よかったなぁと思います。

 

上でも書いたけど、それらをいったん葬った(かのように勝手に誤解されただけですが)1960年代のビートルズやローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンだって、みんなチャック・ベリーやエルヴィスのヒット・ナンバーをどんどんカヴァーしていたんですけどね。

 

(written 2021.9.9)

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