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2021/11/27

「これじゃあ、配信とおんなじ」で悪かったね

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(6 min read)

 

Super Biton De Segou / Afro Jazz Folk Collection, Vol. 1
https://open.spotify.com/album/7vUghVGJ5aKAUOZR0S4VqS?si=LRIQskAfToGOpOBbPwA38g

 

たとえば、たまたま肌の色が濃い白人がいたとして、それを別の白人が「それじゃあ、まるで黒人とおんなじじゃないか」と発言して、それをとなりにいた黒人が耳にしたら、いったいどんな気分になるでしょうか。

 

録音音楽を聴くのでも、レコードだろうがCDだろうが配信(ダウンロード、ストリーミング)だろうが、各人それぞれ自分の好みや事情に応じて、どれでも好きな方法を選べばいいのであって、これじゃなくちゃ!みたいなことを言ったり、どれかの信奉者が別の方法を蔑んだり欠点をあげつらったりなどは、とてもよくないと感じ、ぼく個人はその種の発言をいっさいやめるようになりました、最近。

 

以前Twitterでまわってきた発言で、どなただったか、犬伏 功さん(音楽ライター)だったか、サブスクがこれだけ普及してみんなが使うようになり時代の流行であるからなのか、フィジカル派に対しあれこれ否定的なことを言うひとがいて、自分にも向けられることがあると、嘆いていたことがありました。

 

そのとき犬伏さんが言っていたのは、音楽を聴く方法は多様でいい、たくさんあればあるほどいいんで、どれか一つが消えてなくなったりすると自分は悲しくつらいのである、それが音楽愛好家の心情というものである、ということでしたね。

 

だから、サブスク派が、「CDなんか消えてなくなってもいいんだ」みたいなことを、それもフィジカル派に面と向かって聞こえるように、言ったりすることもある(らしいんですよ)のはきわめて不穏であると、犬伏さん(だったかどうか、忘れちゃったんだけど)は言っていました。

 

まったくそのとおりですよね。そして、逆も言えます。

 

CDをどんどん買ってそれで音楽を楽しんでいるファンが「サブスクなんか…」みたいな発言をしているのを、かなり頻繁にTwitterやnoteやブログなどその他随所で見かけて、ぼくはかなりがっかりし、深く傷ついた気持ちになってしまって、落ち込んだり腹を立てたりなどしているというのが現状です。

 

そんで、ぼくがふだん好きでどんどん聴いている音楽の種類でいうと、これまたフィジカル派がかなり多いんです。大半の良識的なかたがたはなにも言いませんよ。サブスクいいんじゃない、自分だってサブスク使っているよなどなど。あんなに熱心なフィジカルほしがり屋で実際買いまくっている(のがSNSに上がる)萩原健太さんですら、毎日のブログ記事はサブスクで聴いて書いているようですから。
https://kenta45rpm.com

 

そういう穏当なかたが大半ではありますが、なかにはたまに、サブスク否定発言をものする向きも一部に混じっているというのが事実。一部どころか、ぼくの好きな音楽界隈にはそこそこいるんです。サブスクなんて、あんなもの、ダメだ、と内心思うだけなら自由でしょうが、発言してしまうかたが。

 

たしかにねえ、サブスクにはテキストがちょっとしか付属しません。Spotifyだと最近は仕様変更があって「Show credits」をクリックすれば、一曲ごとに作詞作曲者、演者、プロデューサー名が出るようになり、トラックリストの曲名の下にも共演者、ゲスト参加者名が付記されたりしますが、それだけですもんね。

 

だから、せっかくレコードなりCDなりちゃんとしたテキスト情報を付与しやすい形態でリリースするのであれば、それが付いていないと意味ないじゃんとお怒りの気持ちはとてもとてもよく理解できるのです。

 

しかしそれならそれでそのことだけを指摘すればいいのであって、比較対象として「配信」ということばを持ち出さなくてもよかったかと。あたかもあんなダメなものといっしょなんて…みたいな否定フィーリング(があると受け取れる)の文章にしなくてもよかったんじゃなかったかと思います。

 

もっぱらサブスクで聴いている中高年にはそれぞれ事情と理由(ぼくのばあいは貧困)があるのであって、もちろん便利で簡単だからというのもみなさんにはあるかもですが、ぼくはお金がないからだけです。毎月10万円でなにもかもやりくりしなくちゃいけないんですから。

 

ですから、「サブスクなんか」とか「(CDなのに)これじゃあ、配信とおんなじ」だみたいな言いかたを目にすると、こっちの貧困を蔑視されているような気分になって、そりゃあいたたまれないんです。

 

そんなぼくだってついこないだ、例の大部な本といっしょにマラヴォワ『Masibol』CDをエル・スールで買って聴いているし(サブスクにないので)、フィジカル派のみなさんがサブスク使うこともあるんじゃないですか。共存していけばいいです。

 

なにも相互排他的に二者択一じゃなくていいんで、以前も言いましたがブルー・ノートがすべてを用意してくれているように、みんながそれぞれ自由に自分のやりかたで楽しめばいいんで、その選択肢が多いのはだれにとってもいいことだと思いますから、トランプみたいに分断と対立をあおらないでください。

 

(written 2021.11.26)

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