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2021/12/26

純烈リーダー酒井のチカン問題で考える音楽家と倫理

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(7 min read)

 

2021年もおおみそかのNHK『紅白歌合戦』に出場する歌謡グループ、純烈。そのリーダー酒井一圭のチカン問題にかんしては不問にふされているような印象ですよね。一般マスコミはもちろん、演歌歌謡曲界に特化した雑誌などジャーナリズムだってなにも言わず。

 

そればかりか歌手活動を従来どおりバンバン応援するような姿勢がみうけられます。特にひどいのが『歌の手帖』。この雑誌は誌面中身を写真撮影してSNSにアップしてはならんというコンプライアンスだけはうるさく言うけれど、歌手の倫理違反は追及せず、ファンのほうにだけエリを正せって、ちょっとなんだかねえ。

 

もちろん表紙はOKだけど開けたなかの誌面をスマホなどで撮影し勝手にSNSに上げちゃダメっていうのは、どこも間違っていません。100%おっしゃるとおりで、ぼくも守っていますが、だったら酒井一圭のチカン問題でもちゃんとした態度を示してよと言いたくなるというのが当然の人間心理でしょう。

 

『歌の手帖』のことはきょうはどうでもいいんで、とにかく純烈リーダー酒井一圭のチカン問題のこと。発覚したのは、なんと酒井自身による2021年8月15日のTwitterへの動画投稿がきっかけでした(現在その投稿は削除されています)。

 

その動画投稿には、同日に和歌山県で開催されたヒーローショー「機界戦隊ゼンカイジャーVS百獣戦隊ガオレンジャー、スペシャルバトルステージ」での一幕が収められていて、ガオレンジャーのヒロイン、ガオホワイトの尻を酒井がなで、その場にいた俳優、金子昇にたしなめられる様子が確認できました。まぎれもないチカン行為でした。

 

なんとそれを酒井はまるで武勇伝を自慢するように「みずから」Twitterに投稿したのです。ガオホワイトのなかに入っていた俳優は、あるいは女性ではなく男性だったかもしれませんが、同性間でもチカン行為であることに違いはありませんし、ヒーロー戦隊の「女性役」に男性共演者が公衆の面前で手を出すという、ステレオタイプなセクハラです。

 

その投稿があった八月、すぐには問題化せず、ネットというか主にTwitter上で非難の声が巻き起こったのは九月に入ってから。炎上をうけネットの芸能マスコミも記事にしてとりあげるようになりました。問題がどんどん大きくなったので、酒井は該当ツイートを削除したんでしょう。

 

しかし問題は、その後2021年末になっても、酒井本人や純烈サイド、ヒーローショーを主催した東映から、謝罪発言など一個たりともないことです。うやむやにして時間が経てばそのうちケムリも消えてしまうさというわけか、ダンマリを決め込んでいますので、そのせいで個人的には酒井のことを許せない気分です。

 

上で言及した『歌の手帖』など歌謡界に特化したジャーナリズムだって、まったくなにもなかったかのようにそれまでどおり通常営業を続けているのが腹立たしいですよね。酒井本人も、純烈も、東映も、誠実な態度をみせておらず、このチカン問題にかんしてはただただ沈黙をつらぬくのみ。

 

ちょっとしたおふざけじゃないか、この程度のタワムレをとやかく咎め立てしなくていいぞっていうのが、いまだ芸能界の共通認識なのかもしれませんが、もう2021年ですからね、社会がこの手のセクハラ行為を決して容認しない方向へすっかり変化したというのに、いつまで「昭和」時代の感覚で生きるつもりでしょうか?各種ハラスメントにゆるい芸能界体質は変わらないんでしょうか?

 

もちろん、歌手とか演奏家とか、その他芸の世界の人間に倫理なんか求めるのがだいたい筋違いであるという発想はいまだ根強いです。過去をふりかえればチャーリー・パーカー(違法薬物常習者)やフィル・スペクター(殺人犯)やジェイムズ・ブラウン(DV&パワハラ)みたいな音楽家がごろごろいました。

 

そんなにひどくなくたってマイルズ・デイヴィスだってビートルズだってローリング・ストーンズだってちょっとした薬物に手を出すくらいはしていたし、日本でだっていまだ枚挙にいとまがないですね。

 

とことんろくでなしの無法者だったとしても、パーカーやスペクターらがとんでもなく偉大な音楽家だったという評価もゆるぐことなんてなく、彼らの生み出した音楽が聴かれなくなるとか忘れ去られるなんてことは、おそらく人類が存続するかぎりありえません。あそこまでの業績をあげたからこそ人間倫理的な部分はプラマイ大目に見てもらえているということでもないような気がします。

 

音楽界とはそんなものかもしれませんけれどもね。でも最近、特にここ二、三年かな、どんな世界の人間でも差別的言動やハラスメント、誹謗中傷などは許されないのであるという共通認識ができあがってきたように思いますから、芸能界だけいつまでも時代遅れの人権感覚のまま取り残されていくというのではちょっとね…って思いますよ。

 

そういう視点で考えれば、まだまだそんなたいした歌手ではない純烈リーダーの酒井一圭が起こしたチカン問題は、やはりしっかり批判され裁かれていかないといけない、今後はくりかえさないように、すくなくとも本人か純烈サイド、あるいは当日のイベントを開催した東映から謝罪と反省等のコメントが一個でも出てしかるべきです。

 

あたかもなにもなかったかのように揉み消されようとしている現状は絶対に容認できませんし、純烈の歌は個人的には聴きません。応援的にとりあげる『歌の手帖』などジャーナリズムも買いません。なんらかの前向きな対処がなされるまでは。

 

(written 2021.12.25)

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コメント

マイルズは・・・「ちょっと」じゃないですが(笑)。自伝はほとんどヤク絡み(ヘロインが主)の話だし、二番目の妻・フランシス・テイラーに対するDVも酷い。ボコボコ殴るわ、無理矢理ダンサーとしてのキャリア終了を強要するわ。現在の日本のコンプライアンスに当てはめると音楽界から永久追放されること間違いなし。

偉大な音楽家だからそんなこんながプラマイゼロに・・・ならんような。「こんな道徳的に堕落した人間の音楽は聴かない!」という人がいてもそれはそれで仕方ないですけど、これの逆、「人格的に非の打ちどころのない人の作ったつまらない音楽を愛聴しますか?」という問いにどう答えるか?ということですね。

そもそも別の基準で測られるべきものを一緒くたにしてる、というのがこの問題の核だと思いますが。

同じひとりの人間がやっていることだから...と考えると、なかなか分別できないですね。近年の欧米には「キャンセル・カルチャー」というものがあります。ご興味あれば調べてみてください。

キャンセルカルチャーはもちろん知ってます。が、どうなんですかね。これも問題になっている事柄の真偽次第ですね。 僕は純烈に興味がないので本気で調べようなんて夢にも思いませんが、ブログ主さんも当時の実際の状況や事実関係をその場で確認したわけではないのでしょう?

お笑い芸人がネットで突如として殺人犯呼ばわりされた事件がありますよね?「自分が絶対に正しい」という確信をネットから得られる情報だけで持つのは危険じゃないですか? それにまずは「被害者」が当人を訴えるというアクション無しに外野が怒るというのは順番が違うと思います。

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