« メグ sings 江利チエミ 〜 日本における新世代レトロ・ポップス vol.1 | トップページ | 1961年1月、ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ初来日 »

2021/12/18

マイルズもシスリーがタバコぎらいだったから禁煙した

71c3hvs8t2l_ac_sl1064_

(7 min read)

 

いまでは大の嫌煙者なぼくですが、20代のころはむちゃくちゃなヘヴィ・スモーカーでした。そりゃあもう絶対にタバコなしでは生きていけないっていうくらいだったんですけど、完全にやめたのは1992年だから30歳のときです。

 

理由はパートナーがタバコぎらいだったから。これに尽きます。タバコくさくちゃキスもしてくんないっていうんで、ずいぶん悩んで、やめようと決心したものの、これがなかなかすんなりとはいかなくて。なにしろそれまでが中毒的ヘヴィ・スモーカーでしたから。

 

とにかく火のついたタバコをくわえていない時間というのがなかったんです。寝ているときとお風呂入っているときだけだったんじゃないか、なんだったら食事しながらでも吸っていたいというほどで、一日に50本以上けむりにしていたと思います。

 

吸っていたのはキャメルだけ。なぜキャメルじゃなくちゃいけなかったのかっていうと、おそらく味や香りの好みと、フィルターとパッケージのデザインとが理由でした。アメリカ産の銘柄だったんで、JTのものよりお値段ちょいお高めだったような。

26055977_1541114035966243_59912247104203

キャメルをですね、それも一個一個自販機とかで買っていたんでは到底追いつかないっていうんで、カートンで買っていたんですよね。東京時代の初期は井の頭線の渋谷駅ホームに上がっていく階段のところにタバコ・ショップがあって、そこでカートンを、それもいっぺんに二箱くらい、まとめ買いしていました。

 

とにかくもうほんとうにタバコが好きで好きでたまらなくて、しかもぼくがヘヴィ・スモーカーだった時代は、まだどこででも吸えたんですよね。いまみたいに社会に分煙・禁煙の考えが浸透していなかったので、飲食店内はもちろん映画館内でも駅のホームでも、マジでどこででも吸えました。

 

そんな大のスモーカーだったのにタバコがダメな女性と出会ってお付き合いするようになって、最初のうちはなにも言われなかったから面前で吸っていました。関係が徐々に深くなるにつれ、実はタバコやめてほしいんだということで、決心したんです。

 

あの当時(1980年代後半)禁煙グッズはちょっとあったかもしれませんが禁煙パイポみたいなおもちゃだけ。もちろん医者がガイドしてくれる禁煙外来なんかなく、自分の意思の力だけでやめなくちゃいけなかったのはつらかった。

 

少しづつ一日に吸う本数を減らしていって、だいぶ減ったところで(國學院に就職したので)パートナーと結婚して同居生活がはじまっても、実はまだゼロになっていませんでした。建前上はすっぱり断煙したということになっていましたけど、隠れてコソコソ吸っていました。

 

そうなると罪悪感ハンパなく、後ろ暗いのがつらくてたまらず、早くゼロにしたいと本心から思うものの、なかなかやめられず。でも、一日に吸う本数が三、四本程度までになってはいたので(もちろん外出時のみ、外出しない日はなかった)、あとひといきだ、精神的・身体的依存は脱しているはずだからという実感がありました。

 

そこへもってきて結婚二年目1992年の夏に夏季休暇を利用して二週間ほどのヨーロッパ旅行に行くことになりました。前年に婚姻届を提出したときは(式、披露宴もふくめ)なにもしませんでしたから、新婚旅行のつもりでした。友人新婚夫婦+1の計五人で、パリとロンドン。ぼくはちょうど30歳。

 

これぞまたとない絶好のチャンスだ!と固く決心したんですよね。二週間ほどパートナーとずっと行動をともにするということは、タバコを吸うことがまったくできないはずだから、その旅行をいいきっかけにして完全にやめられるはずだと。

 

はたしてその1992年夏の欧州旅行の前までにだいぶ本数が減っていて準備ができていたぼくは、その二週間で一本も吸わず、苦労なく完全断煙できました。喫煙道具も旅行直前に完全に処分していましたから。ほんとうに晴れ晴れとした気分でした。

 

それ以来59歳の現在にいたるまでタバコとはまったく縁のない人生で、そうなってみると、スモーカーというのがいかに周囲に迷惑をかけまくりながら吸っている存在であるか、自分もそうだったんだよなあと痛感するようになりました。いまでは懺悔の情しかありません。

 

ぼくが完全絶煙した1992年夏というと社会における禁煙の考えはまださほど強くなかったと思うんですが、2021年現在ではもうタバコはほぼ追放されつつあります。スモーカーの肩身は狭くなる一方で、そんな状況にハマって苦しむ前にやめられたのはラッキーだったなと思います。

 

だからタバコをやめてくれと強く言ってくれた元パートナーに心から感謝しています。隠れてこそこそ吸っていた時分に見つかって叱られて、あのころずいぶん「なんだよ〜!」とか反発心をいだいたものでしたが、いまではほんとうにほんとうに感謝しかありません。

 

タバコ(と酒)は、音楽なんかでも重要な演出要素となってきたもので、歌詞や曲題に出てきたり、インスパイアされた曲があったり、カヴァー・ジャケットに吸っているシーンとか吸殻とかよくデザインされていましたけど、もし21世紀のいまでも実生活でタバコ吸っていたなら、かなり生きにくい思いをしなくちゃいけなかったでしょうねえ。

 

(written 2021.8.31)

« メグ sings 江利チエミ 〜 日本における新世代レトロ・ポップス vol.1 | トップページ | 1961年1月、ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ初来日 »

自分語り」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« メグ sings 江利チエミ 〜 日本における新世代レトロ・ポップス vol.1 | トップページ | 1961年1月、ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ初来日 »

フォト
2022年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ