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2022年1月

2022/01/31

アナザー・ルーフトップ in コロナ時代 〜 ノラ・ジョーンズ

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(4 min read)

 

Norah Jones /
Let It Be → https://youtu.be/2q5n2X5ARRA
I’ve Got A Feeling → https://youtu.be/E4Zwv3xndjM

 

あれっ、きょうは1月30日なのか。ビートルズのルーフトップ・コンサート(完全版)配信のことを書いてアップしましたけど、それがロンドンはアップル・ビルの屋上で行われたのが53年前のピッタリ1/30。意識していなかったですけど、偶然ってオソロシイ。

 

それで、ぶらぶらTwitterを眺めていたらビートルズ公式がシェアしてくれていたので知ったノラ・ジョーンズとバンドによるライヴ・カヴァー二曲「レット・イット・ビー」「アイヴ・ガット・ア・フィーリング」の動画を観ました。

 

そして、それもなんとルーフトップ・コンサートなんですよね。米ニュー・ヨークのエンパイア・ステイト・ビルの展望デッキで実施された、これも無観客配信ライヴ・ショット。それでもってビートルズのアルバム『レット・イット・ビー』からの曲をやるなんてぇ。同じようにみんな厚着で寒そうだし。

 

公式YouTube動画の説明文に書いてあるのを転載しておくと、昨2021年12月の撮影で、サーシャ・ドブスン(vo)、ガス・セイファート(ba, vo)、ブライアン・ブレイド(dms, vo)というシンプルな編成。観客らしき歓声や拍手が終演後に聞こえますが、どこにいるんだろう?

 

NYCエンパイア・ステイト・ビル屋上でのノラのこれは、そもそも昨年の新作クリスマス・アルバム『アイ・ドリーム・オヴ・クリスマス』を記念してクリスマス時期の12月に実施された配信ライヴで、そこからのレパートリーを中心に約25分間。それにビートルズの二曲はありませんでしたが、おそらく同じときの収録だったのをとっておいたんでしょうね。
https://www.youtube.com/watch?v=9eMdp6OCS-E

 

もちろん曲「レット・イット・ビー」のほうはビートルズのルーフトップ・コンサートにありませんけれど、この二曲をノラが選んだことには意味がありそうです。「暗闇でも一筋の光が差す」「離れ離れになっていてもいつかきっと会える日がある」(「レット・イット・ビー」)、「だれだってつらいときはあるもんさ、いいことだってある」(「アイヴ・ガット・ア・フィーリング」)など、いまのこのコロナ時代にメッセージとなりうる内容じゃないですか。

 

ビートルズのルーフトップ・コンサートやアルバム『レット・イット・ビー』でこれほどの訴求力を持つものはこれら以外にありませんからね。もちろんポールもジョンもいつの時代どんな状況にもあてはまることを書いただけで、普遍的な価値を持つ歌だと言えるんですが、いまは人類がことさら困難な状況に直面しているように思いますから。

 

ノラのエレピの弾きかたや歌いかたには、特にエレピのほうかな、かなりファンキーでブルージーなタッチが目立っていて、ぐいぐい迫るこの泥くささはまるで50年くらい時代をさかのぼったよう。でもそもそもそんなスタイルを最初から持ちあわせてきた音楽家で、このNYルーフトップ・ライヴにかぎった話ではありません。

 

まるで、ロンドン(アップル・ビル)とニュー・ヨーク(エンパイア・ステイト・ビル)という二つのルーフトップを、53年の時を超えて、結びつけているかのような演奏フィールで、おおいに胸を打たれるスペシャルなものがありますね。

 

(written 2022.1.30)

2022/01/30

ルーフトップ・コンサート完全版は配信ライヴみたいなもん 〜 ビートルズ

Thebeatles_2022jan27

(6 min read)

 

The Beatles / Get Back (The Rooftop Performance)
https://open.spotify.com/album/6emgUTDksZyhhWmtjM9FCs?si=q_oZWmJsSheOjWIOVITBkA

 

2022年1月28日リリースのお楽しみ音楽アルバムが四つ、前からの告知どおりちゃんと出ました。

 

1. ビートルズのドキュメンタリー『ゲット・バック』からいはゆるルーフトップ・コンサート部だけ抜き出し、公式に単独アルバムとしたもの。

2. 昨年いちばんの映画だった『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放送されなかった時)』のオフィシャル・サウンドトラック。

3. 現在の若手ジャズ・アルト・サックス No.1、イマニュエル・ウィルキンス期待の新作アルバム『The 7th Hand』。

4. ベイルートの初期&未発表曲集『Artifacts』。

 

どれも楽しかったのでくりかえし聴いていますが、一つづつ順番に感想を書いておきましょうね。きょうはビートルズの『ゲット・バック(ザ・ルーフトップ・パフォーマンス)』(2022)。

 

これがもとは昨年11月末来ディズニー+で配信されているドキュメンタリー『ゲット・バック』パート3の終盤部にしてクライマックスだったことは、以前書きました。ルーフトップ・コンサートだけ単独でアルバム発売すればいいのにねとも言いました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/12/post-7673ab.html

 

やはりファンの多くも同感なのか、ビートルズ公式サイドも認識しているということか、リクエストが多かったらしいせいか、一連のゲット・バック・セッションのラストを飾る1969//1/30のルーフトップ・コンサート部だけ、IMAXで映画上映されることになりました。といってもアメリカでの話で。いいなぁいいなぁ。

 

それにタイミングをあわせてということだとみえますが、ルーフトップ・コンサートの音声だけ、アルバムとして全世界で配信リリースされたんです。これ、CDでも発売されたらいいのにねえ。レコードにしたってサイズ的には余裕ありすぎるくらいだし、ビートルズ・ファンは円盤で聴きたい層が中心なように思いますから。

 

いずれにせよ、音だけになったから様子がよくわかる『ザ・ルーフトップ・パフォーマンス』、もちろんこれはライヴ・アルバムです。ゲット・バック・プロジェクトとは新曲でライヴをやりテレビ放送とライヴ・アルバムを作成することが目的ではじまったものでしたから、53年を越えそれが実現したのだと言えますね。

 

演奏者と聴衆がたがいに姿が見えないという、なんというか野外セミ・パブリック環境みたいなライヴであるのは、1969年時点ではかなり特異なものでしたが、いまや2020年初春来のコロナ禍で無観客配信ライヴとかがさかんに行われているという、そんな時代に公開されたコンサート・ミュージックであることを考えれば、なかなか興味深い一面があるなと感じます。

 

リリース形態もサブスクという配信で、なんですが、そもそもルーフトップ・コンサートは当時から配信ライヴみたいなもんだった、とも言えることになるわけで、もちろんそんなこと、こんなに感染症が大爆発するのも、こんなにインターネットとデジタル・ディバイスが普及しているのも、当時のビートルズとしては予期すらしなかったことですけど。

 

サウンドは、昨年ディズニー+で(ルーフトップ・コンサート部だけ)なんどもなんどもくりかえし視聴していたのと違うように聴こえます。音質面でかなり向上しているだけでなく、各楽器間の音量バランスや、それとヴォーカル&曲間の会話の出し入れまで、だいぶクッキリしたように感じます。特にベースやベース・ドラムの低音が太くなりました

 

今回単独アルバムでリリースするにあたって、ジャイルズ・マーティンらがしっかりしたリミックス&リマスター作業を行ったのだろうと推測できますね。おかげで一個の音楽アルバム商品として完成度が高まった、というかルーフトップ・コンサートがフルで単独発売されたのは今回が初ですが。

 

主にジャズやロックの世界で、アーカイヴものがエンタメ完成商品として成立するようになったという事情も見逃せません。特に1960〜70年代のクラシック・ロックはそうですよね。『ザ・ルーフトップ・パフォーマンス』も別テイクが多く、それをはがして、ジャムも外し、いちばんいいテイクだけにしぼったらたったの五曲しかありませんから。

 

それでもたったの五曲とはいえ、出来のいいものはマジで聴きごたえ充分で、生演奏ライヴでのビートルズの実力を思い知ります。これ、どうして昨年発売の『レット・イット・ビー』50周年記念ボックスにふくめなかったのでしょうか、そこが謎だと思えるほど。どのみち多数枚組の巨大ボックスなんですから、たった40分弱のルーフトップ・コンサート完全版を一枚追加しても大差なかったのでは?

 

(written 2022.1.29)

2022/01/29

選曲の勝利 〜 おかゆウタ 2

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(6 min read)

 

おかゆ / おかゆウタ カバーソングス2
https://open.spotify.com/album/0rMhvBu9iTuuP16TkO4Xac?si=YuS2idLiSEyFh3t9tEnYBA

 

1月26日にリリースされたおかゆの新作カヴァー・アルバム『おかゆウタ カバーソングス2』(2022)、サブスクでなんども楽しんでいますので、ちょこっとメモを残しておきましょう。2021年のカヴァー集第一作(その前、インディのデルコラソン・レコード時代にも一作あり)に続くもので、好調にシリーズ化されていて、いいですね。

 

おかゆには、以前書きましたが昨年の新曲「星旅」で惚れ、そりゃあもうあんまりにもカッコいいんで、あれじゃあ一発KOされちゃいますって。アホほど聴きました(サブスクで)。存在はその前から知ってはいて、わさみんチェックで視界に入ってくる歌手でしたからね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-6d2790.html

 

どこからどうみても演歌のアルバム・ジャケットじゃない『おかゆウタ 2』、カヴァーされているレパートリーも歌謡曲中心で、鮮明な演歌系といえるのはラストの「氷雨」だけ。ラッパー心之助の「雲の上」やアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のテーマ「残酷な天使のテーゼ」(わさみんも歌った)すらあるくらいですから。

 

そのへん、とりあげられている曲の初演歌手と作者名を発売元のビクターが一覧にしてくれているサイトがありましたので、ご紹介しておきます。星数の同名異曲がある4「東京」は、やしきたかじんのやつ。
https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A026434/VICL-65637.html

 

こうした曲の数々を歌うおかゆのヴォーカル・スタイルはっていうと、それでもやはりやや演歌っぽさを感じさせる色が発声とフレーズ末尾の歌いまわしにあって、かといってストレートな演歌歌手として扱うには薄味であっさりしたポップなもの。

 

そのへんの中間的さ加減っていうか(演歌でもポップスでもない)中庸さがおかゆヴォーカルのよさ、持ち味ですね。ときどき新時代の新感覚歌唱法に挑んだり、やや古くさい従来的な演歌路線もこなしたりという融通無碍なところは、やっぱり新世代のあかし。

 

今回の『おかゆウタ 2』、まず1曲目「雲の上」で声が大胆にエレクトロニクス加工されぐにゃっとゆがめられていてオッと思いますが、こういったヴォイス処理は「星旅」の一部でも聴けたもの。演歌ではありえなかった手法ですが、おかゆサイドはときどきやるトレードマークみたいなもんかも。

 

アルバムを聴き進み、個人的にとてもいいねと実感するのは3曲目「メロディ」から。玉置浩二の大名曲でカヴァーも多いですが、はっきり言って玉置はいまアジアでいちばん歌がうまいくらいな歌手なので、それと比較することはできません。

 

でもこれは曲がとてもいいんですよね。ピアノ一台だけの伴奏でしんみりつづっているなと思いきや、箇所により声のハリとノビもみごと(やや演歌ヴォーカルっぽい?)。「ライヴ」との文字がトラックリストに見えますが、コンサートとかイベントとかじゃなく、無観客スタジオ配信ライヴですらなく、たんにピアノ生演奏に乗りその場で一発同時録りしたという意味みたいです(公式YouTubeにその風景が上がっているので)。

 

そして4「東京」。こ〜れが最高です。サルサなピアノに導かれキューバン・リズムが入ってきて、完璧なるラテン歌謡を披露しています。ティンバレスも心地よく、アレンジがいいんだねえと思いたかじんのオリジナルを確認すると、ほぼ同じでした。それをおかゆは踏襲しただけで、だから選曲の勝利といえるんでしょう。この「東京」は本アルバムの白眉じゃないでしょうか。

 

6「みずいろの雨」7「五番街のマリーへ」8「DOWN TOWN」と個人的になじみのあるたいへん好きな曲が続く後半も(選曲が)すばらしい。アレンジやおかゆの歌唱にこれといって書き記すべき特徴はありませんが、曲で聴かせるといった趣きなんでしょうね。

 

目を(耳を)引くのは9「星めぐりの歌」。知らない曲だなあ〜聴いてみてもわかんないやと思うと、これは宮沢賢治が作詞作曲したものだそう。そう言われれば、歌詞には賢治らしいSF要素がちりばめられています。これは今回のおかゆヴァージョンで初めて知ったものですから、カヴァーとも思えないほど。

 

ラスト10「氷雨」は<おんな流し>を売りにしている(実際下積み時代に流していた)おかゆらしいギター流しスタイルでの弾き語り。ギター・アレンジも本人がやっています。これだけは従来的な演歌っぽさを強く感じさせ、だから本作ではボーナス・トラック扱いですね。

 

なお、この「氷雨」でもライヴ収録っぽさというか、観客のざわめきや空気感、拍手まで聴こえますが、それに重なって入るおかゆのMCやヴォーカルはあからさまに層が違うので、現場流しスタイルをよそおっただけのスタジオ収録でのダビングとわかります。

 

(written 2022.1.28)

2022/01/28

ポール・マッカートニーのアクースティック・ギター名演選

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(3 min read)

 

Acoustic McCartney
https://open.spotify.com/playlist/078Q9j0sMzjJsCn8RtPYee?si=be1db7c260d140b0

 

萩原健太さんのブログからパクりました。
https://kenta45rpm.com/2022/01/20/nothing-but-pop-file-vol-2-acoustic-mccartney/

 

ポール・マッカートニーのアクースティック・ギター演奏がどうすばらしいのか、どこが絶品なのかというと、指が速く正確に動くという次元の話ではなく、アレンジ能力というか、どういう音をどこにどれだけどう積むかというアイデアがとんでもなくみごと。

 

コンポーザー、アレンジャー、プロデューサーとして一流のポールらしいところなんですが、どんなジャンルの音楽でもどんな楽器でも、ぼくはそうしたミュージシャンに強く惹かれる傾向があるんです。

 

ビートルズ時代からポールはそうしたアクギの腕前を披露してきましたが、その後現在までのソロ活動もふくめて、存分に堪能できるApple Musicプレイリストを、熱心なファンである健太さんが上掲記事中で公開していましたので、さっそくなんどもくりかえし楽しませてもらいました。
https://music.apple.com/jp/playlist/nothing-but-pop-file-vol-2-acoustic-mccartney/pl.u-YkK2FPRBNPl?l=en

 

健太さんはギターリストでもあるので、それもあってポールのすごみを実感しているということだと思います。ぼくのほうはただの一般素人リスナーですから、なんとなくきれいだなぁと感じて惚れ惚れ聴いているだけ。

 

それで、ぼくはSpotify常用者なので、健太さんのがよかったから同じプレイリストをSpotifyで作成しておこうと思って。アプリ切り替えがメンドくさいだけっていうモノグサゆえなんですけど、するとApple MusicにはあるけどSpotifyでは配信されていないっていうのが一曲だけありました(「ヴァニラ・スカイ」、無念)。

 

それはだからあきらめて、そのついでに健太プレイリストにはないものを自分なりにちょこっと混ぜてみようと。2018年リリースだったビートルズ『ホワイト・アルバム』50周年記念エディション収録の『イーシャー・デモ』からと、ポール1991年の『アンプラグド:ジ・オフィシャル・ブートレグ』から、それぞれ数曲づつ入れてみました。

 

結果、健太さんのが12曲33分だったのに対し、ぼくのは15曲41分になりました。これでもじゅうぶんLPレコード・サイズにおさまったと言えます。聴きやすくていいですね。『イーシャー・デモ』とかライヴの『アンプラグド』とかは個人的に大好きなので、それなりに自分らしさは出せたかなという気もします。

 

ポールのアクースティック・ギター名演集、Apple Musicユーザーは健太さんので、Spotifyユーザーはぼくので、それぞれお楽しみいただければと思います。
https://open.spotify.com/playlist/078Q9j0sMzjJsCn8RtPYee?si=9ee6e74b9f504bf6

 

(written 2022.1.23)

2022/01/27

すべては美咲のおかげです(3)

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(4 min read)

 

(1)https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-bea670.html
(2)https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-dbd52e.html

 

わさみんこと岩佐美咲のおかげでできるようになったこと、わさみんが導いてくれたこと、たくさんあります。演歌歌謡曲系の世界にふたたび没入するようになり、いままで知らなかった美品とたくさん出会えているというのも、そのひとつ。

 

それら、わさみんにハマらなかったら、どれも知るのがもっと遅れたか聴かないまま生涯を終えていただろうっていう。そう考えると、わさみんの重要性、わさ推し活の大切さがよくわかりますね。わさ活とはCDやグッズ買ったりイベントなど現場に参加してお金使ったりすることだけじゃありませんよ。

 

わさみんがカヴァーする歌のオリジナルを聴いたり、関連領域をディグすることだって、立派なわさ活です。わさみん由来なんですから。

 

演歌とか歌謡曲とか(J-POPでもいいけど)ぼくは長年遠ざけていました。もともと17歳で電撃的にジャズ・ファンになる前は、テレビの歌番組で聴けるそれらを楽しんでいたというのにねえ。山本リンダ、沢田研二、八代亜紀、山口百恵、ピンク・レディーなどなど、10歳ごろからしばらくのあいだ、ぼくの思春期そのものだったんですけど。

 

ジャズに夢中になり、関連するブルーズとかラテンとかロックとかワールド・ミュージックとかのレコードを買いまくるようになると、徐々にテレビの歌番組から遠ざかるようになり、17歳になるまでは買っていた45回転のドーナツ盤に見向きもしなくなりました。

 

そればかりか、シングル曲中心の演歌歌謡曲の世界は見下してバカにするようになっていきました。おおみそかのNHK『紅白歌合戦』も横目でチラ見しながらケッ!とか思うようになったり、そもそも見なくもなり、そんな具合で長い年月が経過していったんです。

 

それこそ20歳前ごろから40年近く。2017年初春にわさみんに出会うまではずっとそうでした。

 

考えてみれば、ぼくの音楽好き素地はこども時分にテレビの歌番組で聴く演歌や歌謡曲で養成されていて、音楽愛好家気質もそれで地固めができていたのに、ジャズにハマってずいぶんと恩知らずをはたらいていたもんです。

 

わさみんがそんなぼくを、もといた本来の世界へと連れ戻してくれたんです。わさみんがどんどんカヴァーする過去の流行歌を聴き、オリジナルはどんなだっけ?とさぐって聴くようになったし、関連する演歌歌謡曲系アカウントをたくさんフォローするようになったので、自然と情報が入ってきて、聴いています。

 

わさみんと同じくらい惚れ込んでいる中澤卓也だって、出会ったきっかけは2019年8月の「DAMチャンネル演歌」公開収録現場に(わさみんが主役だったので)出かけていったからにほかならず、あの場でたくさんの演歌歌手を聴き、一部はその後フォローするようになりました。瀬口侑希だってそう。

 

坂本冬美や徳永英明そのほかを聴くようになり、特に坂本昌之がアレンジした作品なんか、もうほんとうに極上の美しさだなぁと心底惚れ込んでいるのだって、そういう世界へ戻ってくるきっかけをわさみんがつくってくれなかったら、知らないままだったはず。

 

そもそも坂本昌之という天才アレンジャーの存在にすら気がつかなかっただろうし、坂本を知らなかったら近年の由紀さおりのアルバムのすばらしさも知ることなくぼくは人生を終えていたでしょう。あんな美しい世界と縁がないまま死ぬなんて絶対にイヤですけど、きっとそうでした。わさみんに出会わなかったら。

 

そう、だから、すべてはわさみんのおかげなんですよ。

 

(written 2022.1.13)

2022/01/26

レイチェル・ナギーに捧ぐ 〜 デトロイト・コブラズ

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(3 min read)

 

The Detroit Cobras / Life, Love and Leaving
https://open.spotify.com/album/2obANE2dwXlqzslF5vTBij?si=NWqivsLaSQSLn50czV2eAw

 

こりゃもうジャケット一瞥した瞬間にそれだけでイッパツ決まりだっていう、デトロイト・コブラズのアルバム『ライフ、ラヴ・アンド・リーヴィング』(2001)。Spotifyで2016となっているのはリイシュー年ですね。

 

その名のとおりデトロイトのガレージ・ロック・バンドで、1994年デビュー。しかもこのバンドにオリジナル曲はほぼなく、カヴァーばかり。フロント・ウーマンのレイチェル・ナギーがついこないだ2022年1月16日に死んじゃったので、代表作であるこのアルバムも追悼の意味で(一部では)話題になっていました。

 

『ライフ、ラヴ・アンド・リーヴィング』でどんな曲をカヴァーしているか、このバンドはあまり知られていないレアなところを拾ってくるんで、以下に初演歌手をちょっと一覧にしておきましょう。

 

1) Hey Sailor (ミッキー・リー・レイン)
2) He Did It(ロネッツ)
3) Find Me a Home(ソロモン・バーク)
4) Oh My Lover(シフォンズ)
5) Cry On(アーマ・トーマス)
6) Stupidity(ソロモン・バーク)
7) Bye Bye Baby(メアリー・ウェルズ)
8) Boss Lady (デイヴィス・ジョーンズ&ザ・フェンダーズ)
9) Laughing at You(ガーデニアズ)
10) Can’t Miss Nothing(アイク&ティナ・ターナー)
11) Right Around the Corner(5 ロイヤルズ)
12) Won’t You Dance With Me(ビリー・リー&ザ・リヴィエラズ)
13) Let’s Forget About the Past(クライド・マクファター)
14) Shout Bama Lama(オーティス・レディング)
15) This Old Heart(ジェイムズ・ブラウン)

 

つまり、1950〜60年代にレコード発売された古いポップ・ソング、それも埋もれてしまった知られざる曲ばかりピック・アップしてリメイクしているのがデトロイト・コブラズってわけ。ブラック・ミュージックに分類される曲が多いですが、このバンドの解釈は完璧にオールディーズ・ポップ・スタイル一本槍です。

 

言い換えれば、フィル・スペクターがプロデュースしたロネッツとか、あの時代のああいった音楽へのレトロ・シンパシーを表現しているんですよね(レイチェルはロニー・スペクター的 “bad girl” イメージも持っていた)。60sモータウン・ポップスの感触もあります。

 

どれもこれもオリジナルとは大きく趣きを異にしていて、このバンドがリメイクの達人と呼ばれるゆえんですが、曲もスタイルも心底好きじゃなきゃできないこういった路線、バンドを結成したレイチェルとメアリー・ラミレス(ギター)の趣味全開といったところでしょうか。

 

カヴァーするひともないクライド・マクファターの隠れた名曲13「過去のことなんか忘れちゃおう」を、ギター中心のちょっとラフでルーズなオールディーズ・サウンドに乗せて、ハスキー・ヴォイスのレイチェルがつづるさまなんか、マジで沁みます。

 

(written 2022.1.24)

2022/01/25

ラウンジーでクラビー 〜 ジェブ・ロイ・ニコルズ

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(2 min read)

 

Jeb Loy Nichols / Jeb Loy
https://open.spotify.com/album/7HP3FS7YFjpGK8J2nSu4tQ?si=mSO_vOkXTJqQAlk04TFXUQ

 

萩原健太さんのブログで知りました。
https://kenta45rpm.com/2021/06/17/jeb-loy-jeb-loy-nichols/

 

米ワイオミング生まれ、もとはカントリー・ロックのひとで、ここ10年は英ウェールズに住んでいるらしいジェブ・ロイ・ニコルズ。1981年以後ロンドンでずっと活動していたそうで、それっぽいアシッド・ジャズ〜レア・グルーヴな要素もあわせ持つ音楽家じゃないかと思います。

 

そんなジェブ・ロイの2021年新作『ジェブ・ロイ』がなかなかいい。ヴィンテージ・ソウル系のリリースを連発しているフィンランドのインディ・レーベル、ティミオン・レコーズからリリースされたもので、そのハウス・バンド的存在であるコールド・ダイアモンド&ミンクが伴奏です。

 

実際アルバムの中身も1970sなソウル・ミュージックっぽさで満たされているといってよく、そこにジェブ・ロイ独自のフォークやカントリー、ロックなどもごった煮にしながら、そうですね、ずっと前のよかったころのヴァン・モリスンを思い起こさせる音楽に仕立てています。

 

ちょっとやさぐれ気味のルーズなグルーヴ感とか、アクースティックな手触りに満ちたソウルフルなサウンドや、メロウなメロディはジェブ・ロイならでは。アシッド・ジャズっぽいというか、要するにクラブ・ジャズ系のグルーヴ・テイストがはっきり感じとれるのは、本人のキャリアもさることながらバンドの貢献が大きそう。ギター・カッティングとかハモンド・オルガンとか。

 

ジェブ・ロイみたいな内省的なつぶやき系ヴォーカルは、本来ブラック・ミュージックとは相性のよくないものでしたが、このアルバムではいい感じに響くというか、ボソボソしゃべっているようなのがかえってラウンジーでクラビーなムードをかもしだしているといえるかも。

 

(written 2021.12.27)

2022/01/24

ちょっぴりミナスなブラジリアン・ラージ・アンサンブル 〜 ジャズミンズ・ビッグ・バンド

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(3 min read)

 

Jazzmin’s Big Band / Quando Eu Te Vejo
https://open.spotify.com/album/35I2GPPEfWfyOUDVdAxBZW?si=XzHgqdA6SeK1ahukmQr23g

 

全員女性で編成されたブラジルのジャズ・ビッグ・バンド、ジャズミンズ・ビッグ・バンドのデビュー作『Quando Eu Te Vejo』(2021)がちょっとした佳作。均整のとれたアンサンブルでブラジル音楽の豊かな伝統とコンテンポラリーなセンスとの融合に成功しています。バンド名の「ジャズミン」っていうのはジャズとジャスミンをひっかけてあるんでしょう。

 

管楽器担当だけで十人以上いるという大所帯。ジャズ・ビッグ・バンドとして、北米合衆国の伝統的なマナーをある程度は受け継ぎながらも、かなり顕著にMPB的な表現をも顕在化させているところが、現代ブラジル人音楽家らしいところですね。

 

全体的にはクールでおだやかな美しさが目立つ本作、ややミナス音楽的とみなすこともできるんですが、サンバ、ボサ・ノーヴァなリズム活用が軸になっているんじゃないでしょうか。オープニングの1曲目はなんでもない感じですが、2曲目「7×1」でいきなり躍動的なサンバ・ジャズを展開して、こ〜りゃいいなあ。

 

4曲目「Fácil Vem」にはややファンキーさすらあって、ピアノが奏でるブロック・コードのリフがなんともチャーミング。ホーン・アンサンブルは(どの曲も)おだやかですが、基底になっているリズム構造に着目したいですね。4曲目ではギターやサックスのソロもいいです。

 

そうそう、ソロといえばですね、だいたい本作ではそんなにたくさん聴けるというわけじゃありません。個人奏者のインプロ・ソロよりもどっちかというとアンサンブルに比重が置かれていて、そのバランスというか、ソロの連続で曲ができあがるというふうにはなっていないんで、このへんはアメリカ合衆国の現代ラージ・アンサンブルと共通する点ですね。

 

5曲目「Radamés Y Pelé」。こ〜れが絶品なんですよ。アルバム中ぼくはこの曲がいちばん好きで、サウンドの美しさに息を呑みます。ほんのり軽いボサ・ノーヴァ・リズムに乗せられたホーン・アンサンブルのたおやかさが、現代ブラジル音楽の最良の美点を表現しています。アントニオ・カルロス・ジョビンの書いたこの曲、タイトルはラダメース・ニャターリ(作曲家)とペレ(サッカー)のことですか?

 

6曲目でもブラス群に特徴のある多層にレイヤーされたホーン・サウンドに酔うような気分になれるし、ジョアン・ジルベルトも歌ったドリヴァル・カイーミの9曲目「Doralice」ではちょっとおどけるようなユーモラスさを強調する演奏になっていて、思わず微笑み。

 

(written 2021.12.19)

2022/01/23

「写メ」って?

Kerkab1 Kerkab2

(6 min read)

 

「写メ」ということばがいまだ使われることがあって、わりとよく見聞きしますが、これってよく考えたらもうおかしいですよねえ。写メールの略で、それはもうなくなったJ-PHONEのサービスだったんですから。2000年ごろから10年くらいのあいだでしたか。

 

もっとも、携帯電話にカメラ機能をつけて、撮ったものをそのままパッとメールで送れるようにするというサービスは、J-PHONE(ソフトバンク)のが爆発的大人気になったがゆえ、ドコモなど他社も速攻で追随し、さながら写メ文化が花ざかりという時代もあったらしいです。

 

その後の(2010年前後ごろからの)スマートフォンの登場と普及でもカメラ機能の搭載は必須となり、撮ったものをパッと送ったりネットに上げたりするのはみんなのあたりまえになりましたから、そんな文化のルーツは、というとたしかにJ-PHONEの写メールにあったのかもですが。

 

この「写メ」ということばにぼくが違和感を抱くのは、その全盛期をまったく知らずに素通りしたからです。ことばの成り立ちや意味は理解できるものの、いまや写真撮ってもメール添付しないだろうと。Instagramなどソーシャル・メディアにアップするんでしょと。

 

だれもメールで送らないんだから、写「メ」じゃないだろうと、そう思うわけです。

 

カメラがついているスマホを一人一台持っている時代になり、各種ソーシャル・メディアだってどれか一個はだれもが登録しています。ぼくはちょうどそんな時代になってだいぶ経った2017年6月にはじめてスマホを買ったんですから、「写メ」時代を知らないので、このことばに実感がないのもムリはありません。

 

といってもですね、いま自分のPhotosアプリに存在する一番古い写真は、なんと2007年3月2日撮影とのタイム・スタンプがついているんです。それが上で掲げたカルカベ(グナーワなどで使われる鉄製カスタネット)の写真二枚。そう、これ撮ったなあ。東京在住時代。はっきり憶えています。

 

グナーワ・ミュージックなどで聴くカルカベの音が好きでたまらないぼくは、自分でも鳴らしたいと思い、ネットでさがして通販で買ったんですよね。カルカベは両手に一個づつ持って鳴らすのだからペアです。

 

そしてちょうどそのころ、パートナーの強い要請によりぼくはカメラつきガラケーを持たされていたんです。くわしい経緯は省略しますが、ぜんぜん使わず携帯もせず、でかけるときも自室のテーブル脇に置きっぱなしでしたから、パートナーにほどなく解約してくるからと言われましたけども。

 

だから持っていたのはほんの短いあいだでしたが、そのあいだにカルカベを買い、これは撮っておきたいと思ったか、あるいはおそらく(のちのちなにかに使いたいとか考えて)パソコン内にファイルとして残しておきたかったんじゃないでしょうか。

 

いまやスマホ ⇄ パソコン ⇄ タブレット間はクラウドでファイルを同期できますので、同一Wi-Fi下であれば、スマホで撮った写真はなにもせずともそのままパソコンのPhotosアプリに入ります(ええ時代になったもんや)。

 

しかし2007年ごろはまだそんなことにはなっていなかったので、ガラケーで撮った二枚のカルカベ写真をパソコンに入れたいと思ったぼくは、メールに添付してMacで使っていた自分のアドレス宛てに送ったんですよね。いま考えたら、なんというメンドくささ。

 

その後Macは何台も買い替えましたが、カルカベ写真は引き継いで現在まで残っているという。いまやiPhoneで毎日大量に撮影するのがあたりまえの日常になりましたけども、2007年のこの二枚のカルカベ写真こそ、ぼくが携帯機器で写真を撮ったはじめてでした。

 

そして、それを(他人にではなく)自分のパソコン宛てにメールに添付して送ったんですから、写メだったといえるのかもしれないですね。う〜ん…。いずれにせよ2007年のガラケーですから、画質が悪いですよねえ。

 

写メということば、いまや10代の中高生には通じないし使われてもいないものだそう。そりゃあそうだよねえと思います。スマホでパッと撮ったものはソーシャル・メディアで共有するという文化ができてから生まれ育った世代なんですから。だいたいメールというシステムだって(ビジネス用途以外では)もう使われていないでしょう。

 

それを踏まえると、カルカベの写真を撮った2007年ごろイヤイヤ携帯を持たされて、どんな用途にもほとんど使わなかったけど、そのころが名実ともに写メ文化の最盛期でした。

 

ぼくはそれを知らないままずっと時間が経って、2017年になってはじめてiPhoneを、今度は自分の意志で進んで買って使いまくるようになったそのころにはとっくにSNS文化が定着していたがため、スマホで写真を撮るのを「写メ」と呼ぶのに強い違和感があるっていう。

 

もちろん、ことばって指し示す対象の事物がなくなっても生き続けるものですけどね。

 

(written 2022.1.22)

2022/01/22

ハラムで表現するアフリカン・クールネス 〜 ベン・アイロン

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(3 min read)

 

Ben Aylon / Xalam
https://open.spotify.com/album/4E0S0Z55Y9mDWqpugqhQnl?si=9FchXkaRSH-btdknLIqA_A

 

現在セネガルに住んでいるだろうベン・アイロンは、イスラエル生まれのパーカッショニスト。サバールはじめ各種アフリカン・ドラムの演奏に卓越した腕をみせ、中東地域出身ながら「セネガルの次世代パーカッショニスト」と賞賛されている存在です。

 

そんなベン・アイロンの最新作『Xalam』(2021)はインターナショナル・デビューとなったもの。サバールをふくむ10種の太鼓を組んだドラム・セット(がベンの独自特徴)にくわえ、アルバム題どおりハラムという西アフリカ伝統の弦楽器を大きくフィーチャーしています。

 

独自のドラムスと、ハラムとジェリ・ンゴニ(は見た目も酷似しているし、同じような楽器では?)と曲によってはヴォーカリストと、それだけのアンサンブルでできあがっているように聴こえるこのアルバム、ゲスト参加のドゥドゥ・ンジャイ・ローズとかハイラ・アルビーとかはSpotifyのトラックリストでも名前が出ています。

 

個人的には歌ものよりインストルメンタル曲のほうがグッときますが、ドラムスだけでなくハラム(やジェリ・ンゴニ)の演奏もベン自身なのかもしれません。そのへんのクレジットが書かれてあるサイトがないか、さがしたんですけれども見つけられませんでした。でもきっとベンひとりの多重録音じゃないかと思うんですよね。

 

変幻自在で複合的なリズム形態を表現しているといういかにもな西アフリカ音楽ではありますが、聴いた感じぼくには弦の強いバズ音(三味線のさわりみたいなもの)も魅力的なハラムの演奏のほうが目立っているように思えるし、実際心に残るのもそっちです。

 

アルバム題にもしているんだし、ベン自身このワールド・デビュー作ではハラムを大きくフィーチャーし、聴き手にもそちらをアピールしたいという気持ちがあったんじゃないでしょうか。ビート感もそんな強烈に跳ねるとかもりあがるとかいう曲はなく、どっちかというとクールで静かにたたずんでいるミニマルな曲調のものが中心。

 

そして、ベン自身の弾くハラム・サウンドが、たしかにンゴニにそっくりだけど(くどいが同系楽器)ときおり親指ピアノのように聴こえる瞬間もあり、おそらく多重録音で折り重ねてタペストリーに編んであるハラム・アンサンブルが、まるで親指ピアノ群のポリ・レイヤーにも聴こえるんですよね。

 

4曲目「SeneGambia Pt.2」(は後半強靭なビートが効くけれど)や、ハラムを電化アンプリファイドしてあるだろう6「Benn Takamba」で聴ける強いノイズ感というかディストーション、さらに8「Cafe Touba」9「Mon Lov」で特徴的なアフリカン・クールネスがいいなと思います。

 

(written 2021.12.13)

2022/01/21

陽の当たらない裏道で 〜 ソニー・レッド

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(5 min read)

 

Sonny Red / Out Of The Blue
https://open.spotify.com/album/5yJJWHsvWUqXiFHf9VZoqV?si=A8FDCn7BTxmcVQ1s2_rF7w
(オリジナル・レコードは8曲目まで)

 

大物好きのぼく。英文学者時代はウィリアム・フォークナー、ウラジーミル・ナボコフ、スティーヴ・エリクスンといった、メインストリームで目立ついわゆる「キャノン」ばかり研究し論文を書きました。

 

趣味の音楽のほうでも、ルイ・アームストロング、マイルズ・デイヴィス、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ユッスー・ンドゥール、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンなどなど、つまりメイジャーなスターが好きで、いわば陽の当たる明るい表通りを歩んだ成功音楽家を中心に聴く傾向がありますね。

 

ブランド志向の強い人間ではあるんですけど、2015年以来ブログをはじめて今度は自分がクリエイターの側にまわってみると、ちょこちょこ反応してくれるかたが一部にいるものの、ほとんど注目もされないし、決して表舞台で活躍しているとはいえない状態です。

 

一日たりとも欠かさず書いてきているブログ記事を整理してまとめて紙にインクで印刷して本にしてくれるなんて話もぼくにはないから、出版されたのを買って読んだみんなの賞賛を集めて…なんてこともありません。音楽系有名SNSアカウントが引用紹介してくれることだって皆無。

 

日々黙って書き淡々と更新するだけの、認められない、報われない人生だなあと痛感し、同じ世界にいる他人にはヒジョ〜に強い嫉妬、ねたみを感じるときもあるんですが、音楽家の世界だって見渡せばマイナーな存在がたくさんいます。クォリティは高いのに現役当時から没後の現在までほぼだれも注目しないという日陰者が。

 

ハード・バップのサックス奏者、ソニー・レッドもそのひとり。代表作のひとつ『アウト・オヴ・ザ・ブルー』(1960)のことを思い出したのは、こないだブルー・ノート・レコーズの公式SNSアカウントが自社に残る “(hidden) gem” として紹介したからです。
https://www.instagram.com/p/CYy5ZXir8zW/

 

だから、有名人好きのぼくなんか、その投稿を見るまですっかり忘れていたという体たらく。それにしてもソニー・レッドはちょっと間違いやすいというかまぎらわしい名前です。同じハード・バップ界隈にフレディ・レッド(ピアノ)がいて、さらに同じチャーリー・パーカー系ジャズ・サックス奏者でソニー・クリスがいますからね。三人とも知る人ぞ知るといった存在だぁ。

 

フレディ・レッドはなぜ人気が出なかったのか、テナー・サックスのティナ・ブルックスみたいに超マイナーな存在だけど一部に熱心なファンがついていて決して忘れられてはいない、なんてことにすらならなかったのはどうしてなのか。

 

決して実力不足ということじゃない、良質な音楽を残したのは、唯一のブルー・ノート作『アウト・オヴ・ザ・ブルー』を聴いてもわかります。ブルーズ・ベースの、ブルーズばかりの、典型的ハード・バップで(あ、なかにはハード・バップのブルーズが退屈だっていうひともいるんだってぇ〜)、サックスの音色も芳醇、フレイジングも魅力的です。

 

ジャッキー・マクリーンあたりと比較してもなんら遜色なく、一本調子で際立つ個性や主張がないといえばそうかもしれませんが、1960年当時のブルーズ系ハード・バップってだいたいこんな感じでしたよ。あっちが人気で歴史に名を残し、こっちはそうならなかったのに、合理的理由があるとは思えません。

 

現実問題、ハード・バップにおける1950年代後半〜60年代前半は最もシーンがにぎやかでしたから、この程度の演奏ができるミュージシャンはそれこそ無数にいて、しっかりしたリーダー作を複数残せた(ジャズランドにあり)というだけで実はたいへんラッキーだったのだと考えるべきかもしれません。

 

有名バンドに加入せずフリーランスで、歴史的名作にサイド参加する機会もゼロだったのが、ソニー・レッドの不運だったのかもしれませんね。1960年代にはそれでもそこそこ活動したんですけど、70年代後半になると完全に忘れられ、そのまま81年に48歳で亡くなりました。
https://en.wikipedia.org/wiki/Sonny_Red

 

(written 2022.1.20)

2022/01/20

歴史を感じながらコーヒーを飲む

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(5 min read)

 

Twitterでフォローしているカフェバグダッドさんが、以前トルコ・コーヒーのことをnoteに書いていたことがあります。
→「トルコ・コーヒーはなぜ素晴らしいか1」
https://note.com/cafebaghdad/n/n81ebfaf0d0cd

 

そうです、愛好家でも、コーヒーを淹れて飲むときに、そもそもコーヒーの歴史を感じながらやりたいというひとはあまりいませんよね。

 

人類のコーヒー愛飲史をたどると、初期は炒った豆を粉砕してお湯を注ぐか水から投入して沸かすかして、それを濾したりせず、そのままうわずみ液をすすっていたんでしょう。文献資料にあたるとそういう記述が出てきます。

 

トルコ・コーヒーは、こうしたコーヒー・メイクの歴史を実感しながら飲めるというのがいいんです。とはいえ、こちら愛媛県ではトルコ・コーヒーを出してくれるお店もないし、自宅でやるには専用マシンを買わないといけないしで、どのみちちょいハードル高め。

 

だから、かなりなブラック・コーヒー愛好家として40年以上生きてきたぼくも、ずっと紙製のフィルターで淹れるという最も一般的に普及している方法をとってきたわけです。うまくやればとってもおいしいし、プロのやるカフェやレストランでもペーパー・ドリップで淹れて出すところは多いです。

 

ところが、ちょっと思うところがあったのと推薦してくれるかたがいたのとで、四年くらい前、2018年ごろだったかな、フレンチ・プレスでコーヒーを淹れるというのをはじめてみたんですよね。

 

フレンチ・プレス(or たんに「プレス」)とは、専用の器具に挽いた豆を入れ、熱湯を注ぎフタをして、そのまま四分待ったら、フタに付属するプランジャーを押し下げ金属製メッシュで豆を沈めて、上のコーヒー液をカップに注ぐというもの。

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紙でも布でもフィルターで濾すと豆かすが液のなかに混じりこまず、透明で飲みやすいすっきりしたコーヒー液ができあがりますよね。もちろんそれでいいんですけど、コーヒー本来のうまみ成分までフィルターがシャットアウトしてしまうところはちょっとした問題です。

 

コーヒー・オイルもふくめコーヒーのうまみ成分を残さずフルに味わおうと思ったら、初期のように歴史的な淹れかたをするか、現代でも(コーヒー飲用の起源地たる)中東地域では一般的なトルコ・コーヒーみたいにやるか、どっちかしかありません。

 

フレンチ・プレスは、こうしたコーヒーの味わいをフルに楽しみたい&歴史を実感したいという面と、淹れやすく飲みやすいという実用面の双方をまずまず折衷できる、そこそこいい妥協点なんです。フィルター・ドリップ方式ではほぼ味わえないコーヒー・オイルもちゃんと出ます。

 

フレンチ・プレスの金属製メッシュはペーパー・フィルターなどとは仕組みが根本的に異なるものですから、ミルで豆を挽く際に極粗挽きにしてみてもどうしても出てしまう微粉がコーヒー液のなかに混じり込み、注いだカップの底に沈殿します。

 

ですので、カップの底の最後の一滴まで飲みきることはできず、その直前でストップするしかありません。あとくちがちょっとあれなんですけども、コーヒーのうまみ成分であるオイルが余さず液のなかに出てきますので、濃厚でフル・ボディな味わいになって、もうホントそれがずいぶんとおいしくて、コーヒー・タイムが楽しいんです。

 

コーヒーの極細微粉と油分がいっしょくたで液に混じり込むわけですから、もちろんプレス器具のケース内部も金属製メッシュも注いだカップの内壁面も、どろどろによごれます。洗剤を使っての洗浄もめんどくさい。

 

でも「ある程度」コーヒーの歴史を感じつつ真のうまみを味わうように飲みたいと思えば、日本の一般家庭人にはこれがほぼ唯一に近い選択肢。よごれるので洗浄が…っていうのはトルコ・コーヒーでもそうだし、初期の歴史的淹れかたでも同じだったはず。

 

ぼくだっていつもフレンチ・プレスで淹れているわけではなく、そのつど気分でフィルター・ドリップ方式と使い分けていますし、アイス・コーヒーをつくるときはドリップ方式じゃないとおいしいのができないですね。毎日一度はフレンチ・プレスで淹れたフル・ボディの濃厚なホット・コーヒーを飲んで、楽しいひとときを音楽とともに味わっています。

 

(written 2021.12.23)

2022/01/19

サブスク世代のレトロ・ブルーズ 〜 エディ 9V

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(3 min read)

 

Eddie 9V / Little Black Flies
https://open.spotify.com/album/3IELDMdo0nbuzRSduoXYwJ?si=sulMTeAJRqWGMQo1A6RSfg

 

なかなかに痛快でちょっとオタクっぽくて好感が持てる白人ブルーズ・ギターリスト&シンガーのエディ 9V(ナイン・ヴォルト)。9ボルト電池ってことだと思うので、だからエレキ・ギター小僧と名乗っているんでしょう。

 

本名はメイスン・ブルックス・ケリー。ジョージア州アトランタ出身で、なんでも15歳のころに学校へ行くことも仕事に就くことも拒否して、地元のブルーズ・クラブ・サーキットへの参加を表明。ちょっとオールド・ファッションドな生きかたかもねえ。

 

2019年にデビュー・アルバムをリリースし、きょう話題にする本作『リトル・ブラック・フライズ』は、フル・アルバムとして三作目にあたるものみたいです。2021年5月リリースだったこれでぼくはエディに出会いました。

 

ちょっぴりロー・ファイなサウンドにわざと加工して1950年代シカゴ・ブルーズみたいに聴こえるようにしてあるこのアルバム、収録曲はアルバート・キング(11)とかジミー・リード(12)などのカヴァーを除き、エディとプロデューサー、レイン・ケリーとの共作オリジナル。

 

バンド(エディのほか、たぶんサイド・ギター、ハーモニカ、オルガン、ベース、ドラムス)でスタジオ入りしてのほぼライヴ一発録りだったそう。そんな生のブルーズ・フィールがこのアルバムにはあふれていて、バンドでのエレキ・ブルーズを聴き慣れた、それも往年のシカゴ・ブルーズ系が好きな人間には、たまらないレトロ感。

 

ボビー・マーチャンふうあり、ジェイムズ・カーふうあり、マディ・ウォーターズふうあり、エルモア・ジェイムズふうありで、エディ自身このへんのグッド・オールド・ブルーズの世界にすっかり魅せられて、ずぶずぶにはまり込んでいるんだなあというのがよくわかります。

 

レトロ・ブームがある、ここ数年くらいか?かつての古い(ジャジーな)ポップスがリバイバルする動きがたしかな流れとして確立されつつある、それも新世代が取り組んでいるというのは間違いないコンテンポラリー・ムーヴメントだと言えますし、21世紀の音楽としてはまったく現代的訴求感のないブルーズの世界なんかでも似たような現象があるのかもしれません。

 

こういったレトロ・ブームの背景として、おそらく配信、それもサブスクで過去音源にだれでも自由かつ安価でどんどんアクセスできるようになったということがあるんじゃないかとぼくは考えています。

 

1990年代にも戦前ブルーズやクラシック・ロックなどのリバイバル・ブームがありましたが、あのころはちょうど当時の新メディアだったCDで、古い(SPやLPなどの)音源が立て続けにリイシューされ、それで当時の若年世代も過去の音楽になじんでいた時期でした。

 

エディ 9Vは現在24歳ですから、ぴったりサブスク世代というわけで、たぶんそういうことかと。

 

(written 2021.12.12)

2022/01/18

軽快で聴きやすいキューバン・ジャズ 〜 ハニオ・アブレウ

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(3 min read)

 

Janio Abreu y Aire de Concierto / Hijo del Viento
https://open.spotify.com/album/2eEwlrdweK374c4IyPsSjc?si=oKgsMlgqRcC-Y6mRjw_f5w&dl_branch=1

 

bunboniさんに教わりました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-04-16

 

キューバはハバナ生まれらしいマルチ木管奏者、ハニオ・アブレウ。とそのバンドによる2019年作『Hijo del Viento』が聴きやすいキューバン・ジャズで、ぼく好み。Spotifyでさがすと新作ライヴ・アルバムも2020年に出ていますが、未聴です。

 

マルチ木管と書きましたが、実際ハニオは本作でクラリネット系、サックス系、フルートを吹きこなしています。+バンドはピアノ、ベース、ドラムス、パーカッションという編成で、ほぼどれもハニオの自作曲を楽しく軽快に演奏しているのが聴いていて心地いいですね。木管は多重録音されているパートもあり。

 

楽しく軽快に、というそれがこのアルバム最大の特色じゃないかと思います。ラテン・ジャズってときどき暑苦しくなることもあるっていうか、むさ苦しさが聴きにくさにつながったりしているケースも散見されますが、ハニオの本作はそんな傾向と無縁。だからbunboniさんが言っているようにちょっとフュージョン寄りのポップさを感じさせたりするのがグッド。

 

曲もラスト8曲目を除いてハニオの自作ですが、どれもノリよくとっつきやすいメロディを持ち、それでいながらけっこう凝っていたりするんですよね。フックが利いているっていうか、ひとひねりしてあって、それなのに憶えやすい明快なメロディ・ライン、リフ・パターンです。テーマ部におけるリズム変化も特徴ですかね。

 

また、どの楽器を使うかによって、それにあわせ書く曲の傾向も変えているのがすばらしいところ。サックスよりも、個人的にはフルートを吹いているニ曲(3、7)と、クラリネットでやる5曲目の本格ダンソーンがお気に入り。特に3曲目の「Nostalgia」はいかにもフルートじゃないと表現できないリリカルさを持っていて、大好きです。

 

バンドであるアイレ・デ・コンシエルトは(8曲目のアレハンドロ・ファルコンじゃなく)レギュラー・ピアニストも際立つ腕を持っていて、本作ではある意味ハニオの木管よりもいいんじゃないかと思うほど耳をそば立てました。名前を知りたいなあ。好みのキューバン・ピアニストです。キューバっていいピアニストを輩出しますよね。

 

6曲目「Travesia」でも、そのピアニストによるテンポ・ルバートのプレリュード部がとてもいいですが、本編に入るとアルバム中唯一エレピとエレベが使われています。これなんかも聴きやすくてポップなキューバン・フュージョンの趣きで、好みです。

 

(written 2021.10.15)

2022/01/17

先月に引き続き富井トリオの新曲が出ました 〜「ヴェロニカ」

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(2 min read)

 

富井トリオ / ヴェロニカ
https://www.youtube.com/watch?v=wXpwCZiORMw

 

とみー(1031jp)さんの富井トリオ、12月リリースだった「恋の果て」に続き、1月6日にさっそく新曲が出ました。「ヴェロニカ」(2022)。アートワークの数字が連番になっているし、シリーズ化するということなんですかね。それだったら歓迎です。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/12/post-70685c.html

 

軽快なさわやか系ロックだった前曲にくらべ、今回の「ヴェロニカ」はタメの効いた深く粘っこいノリを持つミディアム・グルーヴ・チューン。奇妙なループ感もある、ややヒップ・ホップ寄りの一曲に仕立ててありますね。

 

ロー・ファイ・ヒップ・ホップっぽいフィーリングすらある「ヴェロニカ」。細部までかなりていねいにつくり込まれているんだということが、聴いているとわかるのも好印象。今回もソングライター&ギター&ヴォーカルはとみーさんで、ベース、ドラムスとも前曲と同一メンバー(なかなか豪華なメンツ)。

 

曲づくりの段階で、新曲はこういったビート感の曲にしようというのが念頭にあったはずですが、いざ演奏となって、この手のデジタルなコンピューター・ビート的なものを人力で表現できる原”GEN”秀樹さんの腕前にも感心します。とみーさんのヴォーカルも今回はややクールさが目立っている感じ(やはりラップもあり)。

 

日本の一般のインディ系ロック/ポップスのなかにも、こうしたヒップ・ホップ通過後みたいな新感覚グルーヴを表現する演奏ミュージシャンがどんどん出てきているんだとよく納得できる富井トリオの新曲「ヴェロニカ」、これもたいへん心地いいですね。

 

(written 2022.1.15)

2022/01/16

大貫妙子の「新しいシャツ」は原田知世という表現者を得た

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(4 min read)

 

新しいシャツ
https://open.spotify.com/playlist/0McQKHXxufqAAUk2nxGLHt?si=900298d5348b474b

 

『恋愛小説3 〜 You & Me』(2020)収録の原田知世カヴァーで知った「新しいシャツ」。とてもいい、沁みてくる曲ですよ。1980年に大貫妙子が書いたもので、妙子自身なんども歌っているみたいです。

 

といってもぼくはただの知世ファンなだけで、大貫妙子についてはいままで名前だけ知っていたものの活動にあまり関心を寄せず、その曲や歌をあまり聴いてきませんでした。きらいとかどうとかではなく、なんとなく時間が経っただけ。

 

ところが知世『恋愛小説3』5曲目の「新しいシャツ」に、最初はそうでもなかったのが、近ごろなんだかとってもしんみり感じ入るようになってきたんです。だれだか知らないけど(CD買ってないから)伴奏ピアニストもみごと。ピアノ独奏だけで知世が歌っています。

 

そしてなんといっても曲がいいです。二人の別れの風景を描いたものなんですけど、淡々とおだやかでいる主人公の心情をつづるメロディがこりゃまた絶妙に美しくて、涙が出そう。「(あなたの心が)いまはとてもよくわかる」部分、特に「とてもよく」とクロマティックに動く旋律にふるえてしまうんです。

 

ソングライターとしての妙子の才に感心するゆえんですが、このことにいままで長年、そう50年近い音楽リスナー歴でまったく、気づいていませんでした。知世ヴァージョンがあまりにすばらしく響くので、Spotifyアプリでクレジットを見て、それではじめて妙子の曲だと知ったくらいですから。

 

さがしてみたら妙子自身が歌う「新しいシャツ」は三つあるようです。1980年の『ROMANTIQUE』収録のものがオリジナル。当時現役バンドだったYMOの三人とその人脈がサポートしたアルバムで、この「新しいシャツ」は個人的にイマイチ。

 

その後二種類あるのはいずれもアクースティック・ヴァージョン。妙子は1987年からずっとアクースティック・ライヴを続けているようで、近年の活動の軸になっているみたい。ピアノとストリング・カルテットだけで自身の書いた曲を静かに歌うというシリーズ。

 

妙子アクースティック・ヴァージョンの「新しいシャツ」二つは、スタジオ録音の『pure acoustic』(一般発売は1996)のものとライヴ収録による『Pure Acoustic 2018』(2018)のもの。いずれも上述のとおりの伴奏で歌ったものです。

 

それが実にいいんですね。シンプルで静かな伴奏が、別れのときにおだやかにたたずんでいるという心象をうまく描写できています。ピアノ一台だけの伴奏という知世ヴァージョンをプロデュースした伊藤ゴローも、それらを参照したに違いありません。

 

個人的な好みで言えば、妙子の声のトーンと細かなフレイジングに装飾のない96年『pure acoustic』ヴァージョンは、よりすばらしいと感じます。フレーズ末尾で変化や抑揚をつけずストレートに歌うのがこの歌の内容にはとても似合っているような気がしますから。

 

実はまさにこの意味においてこそ、原田知世ヴァージョンこそ至高のもの。声質そのものが素直でナイーヴで、ふだんからどうという工夫や装飾もせず淡々と歌う知世のスタイルは、「新しいシャツ」という曲にフィットしているし、静かに弾かれる一台のピアノだけという伴奏も絶好の背景です。

 

大貫妙子の「新しいシャツ」は2020年になって原田知世という最高の表現者を得たのだろうと思います。と言えるほど知世『恋愛小説3 〜 You & Me』収録ヴァージョンはあまりにもすばらしく、切なく、美しい。

 

(written 2022.1.12)

2022/01/15

筋骨隆々の肉体美 〜 ダンプスタファンク

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(3 min read)

 

Dumpstaphunk / Where Do We Go From Here
https://open.spotify.com/album/6aVAwiFG24G3VJNedr5ues?si=dFvWGT-UTJeiTtraxt2ZSg

 

ニュー・オーリンズのファンク・バンド、ダンプスタファンクの最新作『Where Do We Go From Here』(2021)。Astralさんもbunboniさんも書いていたので、いつもお先にどうぞなぼくがいまさらなにも言うことはないなと思ったんですけど、


(Astralさん)https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2021-04-23
(bunboniさん)https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-05-02

 

とはいえ超カァ〜ッコイイので、簡素でいいからちょっとだけ自分の記録として残しておかなくちゃ気が済まないっていう、そういう性分なもんで。これ、たぶん、わかっていただけるんじゃないかと。

 

それで、こういうのはプロレス的世界、肉弾あいまみえるばきばきマッチョでファロゴセントリックな音楽ですから(リング入場曲に似合いそう)、近ごろはおだやかで静かでやさしいサウンドを好む気分のときが多いぼくなんかは、やや遠慮したくなったりすることも。

 

がしかし聴いたら聴いたでカッコよく感じて気分いい、アガるというのもたしかなこと。たまにはボディビルダーを眺めるのもいいです。ファンク・ミュージックってそういうもので、パートナーの女性を抑圧していた(バンド・メンバーにもパワハラひどかったらしい)ジェイムズ・ブラウンだって、ときおり聴いてみたら快感でしょう。

 

ダンプスタファンクのこの新作、ぼく好みのファンク・ビートというとたとえば2曲目「メイク・イット・アフター・オール」のこの感じとか、いいですよねえ。これですよ、これが肉体派ファンク・ミュージックの真骨頂。皮膚に血管浮き出しそうなほどの高揚感。

 

7曲目「イン・タイム」も最高。いうまでもなくスライ&ファミリー・ストーンのあれのカヴァーですが、スライのすかしたクールなぺなぺなサウンドが、ここでは人力剛腕で濃厚なヘヴィ・ファンクに生まれ変わっているという料理ぶり。正攻法をつらぬくダンプスタファンクの本領発揮でしょう。

 

このアルバムにはインストルメンタル・ナンバーが数曲あるのもぼくの好みに合致しています。3「バックウォッシュ」、6「イッチー・ブー」、9「ダンプスタメンタル」。どれも聴きごたえ充分で、重量感がありながらシンコペイトの聴いた跳ねるビートがダンサブル。ニュー・オーリンズ的でもありPファンクのようでもあり。

 

(written 2021.12.10)

2022/01/14

昭和オヤジ系インスト・ロック 〜 ロス・マンボ・ジャンボ

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(3 min read)

 

Los Mambo Jambo / Exotic Rendezvous
https://open.spotify.com/album/6PrrbUKDVWnf40OmiXH4wp?si=yO2mmOqKTLK3DIhN6q9jcg

 

いかにもなゲテモノ感満載のこのいかがわしいジャケットはどうですか。アルバム題だってどうにも...だけど、そのイメージそのまんまの音楽が聴こえてくるロス・マンボ・ジャンボの新作『エキゾティック・ランデヴー』(2021)。スペインはバルセロナのバンドみたいで、名前はたぶんこれペレス・プラードの有名曲から取ったんでしょうね。

 

でもマンボなどラテンな感触はほとんどなく、リズム&ブルーズとか、ロカビリーとか、ジャイヴものとか、そういうごきげんなヴィンテージ・グルーヴをマニアックに演奏して聴かせる下世話インストルメンタル・バンドなんです。

 

サックス、ギター、コントラバス、ドラムスの四人が基本編成で、アルバムによってはゲストがいたりビッグ・バンドでやったものもあるみたいですが、全編モノラル・ミックスのこの新作ではシンプルに四人だけで演奏しています。

 

B級インスト・ロック三昧というか、日本でもグループ・サウンズ全盛の1960年代あたりによく聴いたあの感じ、刑事ものとかスパイものやミステリなどのTVドラマや映画で頻繁に流れていたあんなBGMの雰囲気そのまんまなんですよね。59歳のぼくの世代なんかだと、記憶もさだかでない幼少時のぼんやりしたノスタルジーをかきたてられるサウンドです。

 

だからもちろん2021年の新作だからといって現代性なんかはぜんぜんなし。ポップス界における近年のいわゆるリバイバル・ブームとはなんの関係もなさそうで、ただなんとなくこういった世界が好きな連中が時代感無視で勝手にやっているお楽しみ音楽といったところでしょうね。

 

1960年代にまだ生まれていなかった若い世代のリスナーは、こういった音楽をどうとらえるんでしょうか。でも完璧「昭和」としか言いようのないこの世界に(デジタルではない)そこはかとない魅力を感じ接近していく若年層がけっこういるというニュースをよく見ますからねえ、郷愁ではなく新鮮な気持ちで素直に聴けるかもしれないですね。

 

演奏している当のロス・マンボ・ジャンボの四人だって、ひょっとしたらオヤジ世代そのものじゃなく、オッサン趣味の若年新世代で構成されているのかもしれませんし。

 

(written 2021.12.14)

2022/01/13

シュートできるように導いたチームがすごいのさ 〜 スティーヴ・クロッパー

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(4 min read)

 

Steve Cropper / Fire It Up
https://open.spotify.com/album/6LC0JgaYxblH0m74rvvULm?si=r9OIZsf-ReeV_bs-uohacw

 

ご存知スティーヴ・クロッパー。四月ごろだったかな、今年(といってもこの記事が上がるのは2022年になるはず)の新作『ファイア・イット・アップ』(2021)がリリースされたとき、ちょっと話題になっていました。年齢と、10年ぶりの新作アルバムということと、それでも内容がしっかりしていたのとで、感心したひとが多かったはず。

 

クロッパーのギター・スタイルといえば、いまさら説明の必要などありません縁の下の力持ちというか組み立て役っていうか、決して派手なソロを弾きまくったりしませんが、いやソロも弾くけどリフやオブリの延長線上みたいなもので、たいていは曲の土台にあって地味だけど欠かせない基礎工事を黙々とこなすという、そういうギターリスト。

 

このことは往年のスタックス時代から現在にいたるまでまったく変わっておらず、新作『ファイア・イット・アップ』でも存分に堪能できます。いや、堪能というのもおかしいような、フロントで歌うわけじゃなし(今回ヴォーカルはロジャー・C・リアリ)、バック・バンドのサウンドにフォーカスしてもあまりよくわからない程度(は言いすぎ)。

 

だけど存在感がたしかにあるという、そんな脇役ギターリストとして生涯を送ってきましたよね。それはクロッパーが参加しているいままでのソウル系音源を聴くだけでわかっていたことですが、今回の新作について自身が語ったことばがあります。いわく:

 

「バスケット・ボールのチームが勝つとき、3ポイント・シュートを入れた選手がすごいわけじゃない、彼がシュートできるように導いたチームがすごいのさ」

 

どうですか。まさしくクロッパーの音楽哲学をみずから言いあてたセリフじゃないですか。

 

スポーツのチーム競技(音楽も多くはそう)には、勝利に導くためにお膳立てをする組み立て役の選手が必ずいます。野球でいえばバンバン三振を奪取する豪速球ピッチャーや大きなホームランを打ちまくる強打者「じゃない」、脇役の選手。

 

ピッチャーが実力を発揮できるよう配球を考え組み立ててサインを出すキャッチャー、配球や打者の傾向に応じて一球ごと絶妙に守備位置を移動する内外野手、得点につながるような進塁打をコツコツこなすつなぎ役。

 

サッカーでいえば、華麗にシュートを決めてみせるアタッカーにはもちろん見惚れますが、そこにいたるまでの中盤の組み立て役がいないとフィニッシュへ持っていけないわけで。

 

サッカー日本代表元監督だったボスニア人のイビチャ・オシムも「井戸を掘る役目」「水を運ぶ役目」が必要で重要だと、ことあるごとにくりかえしていましたね。

 

音楽でスティーヴ・クロッパーがこなしてきた役目、美学というのはまさにそういうことで、上記引用のとおり自身がバスケになぞらえて明言してくれたことで、あぁ、はっきり意識しているんだな、それも明確なプライドをそこに持ち続けているんだということもわかり、なんともうれしい気分です。

 

バッキング・ギターリストとしての美学に貫かれたクロッパーのギター・プレイを存分に楽しめる新作『ファイア・イット・アップ』、あくまでもチームとして、バンドとして力を合わせた一作に仕上げようという思いが強く感じられて、それでこそすばらしいんですよね。

 

こういう音楽家に惹かれます。

 

(written 2021.12.9)

2022/01/12

銀のデリカシーでつづるほのかな官能 〜 由紀さおり『VOICE II』

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(4 min read)

 

由紀さおり / VOICE II
https://open.spotify.com/album/5u96HgpkYtVbLgIKd4aPaX?si=Hv1Qq9KWRWSXypH3WreQ4g

 

由紀さおり2015年のアルバム『VOICE II』が傑作で、もうすっかり骨抜き状態。

 

こないだ発見したきっかけは、惚れ込んでいる天才アレンジャー坂本昌之の仕事を調べていて。坂本の仕事、できればぜんぶ聴きたいんですが、そうしたら由紀さおりの『VOICE II』もそうだと知り、聴いてみて、とろけちゃいました。

 

(主に)1960年代にヒットした哀切系ロマンス歌謡を11曲とりあげ、それに坂本らしいふわっとやわらかなアレンジをほどこして、さおりがおなじみのおだやかストレートなヴォーカルを聴かせているという具合。こんなもん、惚れない理由がないです。

 

つまり、歌手がいい、選曲がいい、アレンジがいいの三位一体がこのアルバム。

 

1月2日の出会い以来、もうこれしか聴いていないと思うほどですが、以下にトラックリストと初演歌手、そのレコード発売年を記しておきます。

 

1. さよならはダンスの後に(倍賞千恵子、1965)
2. ウナ・セラ・ディ東京(ザ・ピーナッツ、1964)
3. 夜霧よ今夜も有難う(石原裕次郎、1967)
4. 黄金のビギン(水原弘、1959)
5. ラストダンスは私に(越路吹雪、1961)
6. 雨の夜あなたは帰る(島和彦、1966)
7. 赤坂の夜は更けて(西田佐知子、1965)
8. 暗い港のブルース(ザ・キング・トーンズ、1971)
9. 雨に濡れた慕情(ちあきなおみ、1969)
10. 知りたくないの(菅原洋一、1965)
11. 逢いたくて逢いたくて(園まり、1966)

 

とても細かな部分にまで神経の行きとどいた坂本アレンジはデリカシーのきわみ。決して派手さのない渋い銀のような味なんですが、一度はまると抜けられない魔法のアレンジ・チャームを持つ人物ですね。ここにはこの音しかないという最小の必然をそっとすかさずはめこんでいく手法には感嘆しかありません。

 

『VOICE II』ではラテン・ビート香料が随所にまぶされているというのも特質。それも、そうとわからないほど薄くかすかな隠し味的に使われているのが、さおりのヴォーカルをきわだたせることになっていて、文句のつけようがなし。

 

たとえば「ウナ・セラ・ディ東京」「雨の夜あなたは帰る」はボレーロ/フィーリン、「ラストダンスは私に」(with 坂本冬美)はチャチャチャ、「雨に濡れた慕情」はルンバ・フラメンカですが、それらのラテン・ビートが曲の持つ哀感をいっそう切なく、しかし控えめに静かに、香らせています。

 

歌手はこのアルバムの2015年時点で69歳でしたが、声のツヤやセクシーさが失われていないばかりか、適度におだやかな枯淡の境地にさしかかっていて、ほのかな官能ただよう大人の哀切恋情を歌うのにこれ以上のヴォーカリストはいません。

 

決してエモーションを強調したり声を張ったりせず、どこまでも軽くソフトに淡々と、細やかに微妙な表情の変化や陰影をつけながら、ことばをふわりとおいていくさまには、ため息しか出ませんね。

 

「知りたくないの」に参加している平原綾香がややリキんでいて、特に後半部、英語で歌う部分で強めのヴォーカルを聴かせていることだけがただ一点の玉に瑕で、これさえなかったらと悔やまれます。

 

しかしそんな欠点も気にならず、全体的にはパーフェクトなアルバムといえ、坂本昌之アレンジ+由紀さおりヴォーカルによる銀のデリカシーを心ゆくまでじっくり味わえる極上の音楽です。

 

(written 2022.1.11)

2022/01/11

サッチモが生きていたらこうやった 〜 ワンダフル・ワールド・オヴ・ルイ・アームストロング・オール・スターズ

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(5 min read)

 

The Wonderful World of Louis Armstrong All Stars / A Gift To Pops
https://open.spotify.com/album/4v9NoIe0lZvPjOwHzjBGFn?si=2tvGf4tsR1GEmLxCxE6JBg

 

ザ・ワンダフル・ワールド・オヴ・ルイ・アームストロング・オール・スターズ(長いぞ)というバンド、というよりプロジェクトみたいなもんかな、その名義でリリースされた『ア・ギフト・トゥ・パップス』(2021)は、現代のミュージシャンたちによるサッチモ・トリビュート。

 

昨2021年がサッチモ生誕120周年にして没後50周年にあたるというんで企画されたんでしょう。共同プロデューサーもつとめているニコラス・ペイトンを中心に、ダヴェル・クロフォード、レジー・ヴィール、ハーリン・ライリーら、サッチモの故郷ニュー・オーリンズ出身の現役ミュージシャンたちで構成されているプロジェクトです。

 

1920年代から60年代までサッチモが演奏した曲の数々を再構築しながら、その偉大さを現代的な翻案で示そうとしているのが、聴くとわかりますね。この「現代的な翻案で」というのがある意味このトリビュート・アルバムとサッチモ・ミュージックの真価であるように思えます。

 

最注目は10曲目「ブラック・アンド・ブルー」。ファッツ・ウォーラーが書きサッチモが1929年に初演した(ファッツ・ヴァージョンはなし)元祖BLMソングですが、完全にヒップ・ホップ調に生まれ変わっています。2020年代グルーヴに乗せ、ゲスト参加のコモンがラップをかぶせています。

 

「ブラック・アンド・ブルー」、初演が同時期だったデューク・エリントンの「ブラック・アンド・タン・ファンタシー」とならび、あの時代のブラック・ミュージシャンとしては精一杯の黒人差別告発だったわけですが、どういう調子の曲だったのかオリジナルを知っていると、こんなポジティヴで力強いBLMソングに変貌しているのは感慨ひとしお。これぞ2020年代的ブラック・ソングで、コモンのラップもそれにあわせたものになっています。

 

ほかにも7曲目「セント・ルイス・ブルーズ」でもコンテンポラリーなビート・アレンジが聴きとれますし、ウィントン・マルサリスが参加している2「南京豆売り」なんかにもぼくはちょっぴり現代性を感じますよ。ラテン・ビートがヒップ・ホップ以後的な新時代感覚の源泉にあるのでは?

 

9曲目「スウィング・ザット・ミュージック」の細かなビート感もややコンテンポラリーな感触があり。

 

ラテンなビート感覚と、ブルーズが土台になっているファンク・ビートの二種が、1990年代以後的なヒップ・ホップ、現代R&Bのルーツになっているんじゃないかということは、ずっと前からぼくは感じていました。今回のこのサッチモ・トリビュートで、いっそうその思いを強くしましたね。

 

讃美歌である11「ジャスト・ア・クローザー・ウォーク・ウィズ・ジー」は、まずテンポ・ルバートの荘厳なゴスペル・チューンとしてはじまって、その後ビートが入ってストリート・スタイルのセカンド・ラインに移行しますし、続くサッチモ生涯最大のヒット曲12「ワット・ア・ワンダフル・ワールド」は、ニキ・ハリスのヴォーカルをフィーチャーしたこれもゴスペル調の現代R&B。

 

これら以外はまずまずトラディショナルなジャズ演奏だなと思うんですが、メンバーの演奏や歌のすみずみにサッチモ愛が行き渡っているのが、聴いているとほんとうによくわかります。全曲コントラバスだったり、ニュー・オーリンズっぽくバンジョーがリズムを刻むものが数曲あったりも、伝統と現代性のちょうどよい橋渡し。

 

ヒップ・ホップ/現代R&B以後的に生まれ変わったものもふくめ、2021年にサッチモが生きていたらこうやっただろうというスタイルで貫かれていて、アルバム全体では適度なコンテンポラリーネスにスタンダードなサッチモの音楽を新録音で聴けるという楽しさも加味されていて、サッチモ・ファンにも新世代ジャズのリスナーにもオススメの中庸。

 

(written 2022.1.10)

2022/01/10

ゴスペル仕込みの迫力とリアリティ 〜 ドリー・ライルズ

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(2 min read)

 

Dorrey Lyles / My Realized Dream
https://open.spotify.com/album/4MBERL7Yw4DZV87TCrV9fc?si=Cqs9euJ_S_mDysqdNR96RQ

 

Astralさんのブログで知りました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2021-04-29

 

ドリー・ライルズはそれなりにキャリアのあるソウル歌手みたいですが、なんでもこの『マイ・リアライズド・ドリーム』(2020)がデビュー・アルバムだそう。聴いてみたらたしかにキャリアを重ねてきたのは間違いないと思える重厚さや安心感がありますね。

 

ドリーは決して現代R&Bとかのひとではなく、どこまでもヴィンテージなソウル・ミュージックの歌手だと、このアルバムを聴いているとわかりますが、そんな歌手たちの御多分に洩れずやはりゴスペル界出身だそう。

 

ハーレム・ゴスペル・シンガーズのメンバーとして歌のスキルを磨いてきた叩き上げの実力派ということで、アルバムでもその持ち味を存分に発揮する圧巻の声量と歌いっぷりでリスナーを組み伏せるといったスタイルですね。

 

クール・ミリオンのロブ・ハードがバックアップしていて、多くの曲をプロデュースしています。たしかにそんなスムースなモダン・ソウル・テイスト満載で、リズムなんかは打ち込みだと思うんですが、全体的にラグジュアリーなムードでとてもいいですね。

 

個人的にことさら印象に残ったのはラスト三曲の流れ。8「キャラヴァン・オヴ・ラヴ」は堂々たるクラシック・ソウルの趣きで、ヴォーカルの説得力で聴かせる内容ですが、続く9「チャイルド・オヴ・ソウル」はアクースティック・ギターの刻みがほのかにラテン・テイストも香らせる、クラブ系っぽい一曲。アルバム中これだけはややコンテンポラリー寄りなビート感とサウンド。

 

ラスト10「リーン・オン・ミー」はもちろんビル・ウィザーズのカヴァーで、これがこのアルバム最大の聴きものですね。グッと重心を落としたゴスペル・バラードに仕立ててあって、ドリーのヴォーカルもキャリアを存分に活かした面目躍如。ピアノをメインに据えたシンプルでアクースティックなサウンドに乗せ、この歌詞をこういう声でこう歌われると、強いリアリティを感じざるをえません。

 

(written 2021.12.7)

2022/01/09

涼やかでしなやかな生命力 〜 ミゲル・ヒロシ

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(3 min read)

 

Miguel Hiroshi / Oníriko Orinoko
https://open.spotify.com/album/0pmH9JjudkTLzXPnMXfSeu?si=R3mvpWZlQl-IUZJQpxXrng&dl_branch=1

 

スペイン人パーカッショニスト、ミゲル・ヒロシのファースト・アルバム『Oníriko Orinoko』(2019)はほんとうに美しい音楽。ミゲルは鎌倉生まれだそう。ヒロシっていう名前と関係あるんでしょうか。でも生後すぐスペインに戻ったらしいです。

 

ミゲルは2000年生まれの新しい打楽器であるハング・ドラム(ハンド・パン)というものを演奏するひとで、それは素手で叩くスティール・ドラムみたいなもの。頻繁に聴こえる親指ピアノもミゲルの演奏でしょうし、打楽器全般担当していると思います。

 

アルバムはクールでミニマルな音像で、さわやかさ、端正さがただよっていて、まるでECMの音楽を聴いているような感触です。ジャジーではあるけれど、ジャズ・ミュージックとまで断言できないものかも。世界中のパーカッション・ミュージックを俯瞰したような内容です。

 

個人的にミゲルの演奏するハング・ドラムその他打楽器群にさほどは耳がいかなくて、もっとサウンド全体の組み立てみたいな部分に注目したくなります。コンポジションやアレンジ面での工夫も目立っていますしね。

 

そして、プリミティヴな楽器の響きと現代的な演奏やアレンジが融合されているというのも特徴で、聴いた感じジャジーな洗練からは遠い音楽かもなと感じます。アフリカ音楽のクールネスに近いものがあるような。

 

もちろんシャイ・マエストロがピアノを弾く数曲など、現代ジャズともクロスする部分はあって、そういったあたりでは2010年代以後的なジャズの感性を強く打ち出しているなという印象ですね。ジェンベやベルほか数種の打楽器に、水を手で漕ぐ音、シンセサイザーまでを多重録音した曲もあったり、J. S. バッハの曲を親指ピアノで独奏したり。

 

シンセサイザーやハング・ドラムが混然一体となり強力なビートへと転化するラストまで、心地よく聴き手を一気に導いてくれるアルバムの構成もみごとで、フラメンコやジャズはもちろん、アフリカ音楽やインド音楽の世界観までをも吸収した、アクースティックでアンビエント、ときにスピリチュアルな佳作でしょう。

 

(written 2021.8.29)

2022/01/08

音楽のコロケーション

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(8 min read)

 

英語教師ならみんな知っているコロケーション。「連語」という和訳なんかじゃピンときませんが、これがきたら次はこうくるっていう語と語の自然なつながり、流れのことです。

 

「辞書」だったら「を引く」「で調べる」なんかがよく共起するなと思うんですけど、この手のこと。

 

これを身につけていると、しゃべったり書いたりするときに自然で流暢な感じになります。母語ならだれでもいつのまにかわかっているコロケーション、後天的に外国語を学ぶ際は意識したほうがはるかに早くはるかに容易に習得できるので、コロケーションを集めた辞書などもたくさんあるし、いまではネットでも調べられます。

 

このコロケーションみたいなことが、音楽の世界にもあるよねと思うんです。こうきたら次はこうなるもんだという音と音との自然発生的でスムースなつながり、流れというものは、ミュージシャンやコンポーザーだったならみんな習得していますし、ぼくら素人リスナーだって長年聴いてくれば感じることができます。

 

音楽のコロケーションは、シングル・ノートでの旋律の組み立て、つまりフレイジングにだけでなく、もちろん和音の流れ、つまりコード進行やスケールの並び、さらにリズムの組み立てにもあります。こうやれば自然でスムースで流暢に聴こえるというパターンが。

 

音楽家やファンならみんな身につけているこういった音楽のコロケーション、母語と同じくたくさん接するうちになんとなくこうやればいいんだなとわかるようになるし、近年は音楽学校とかで教えるようにもなっているんじゃないでしょうか。

 

いうまでもなく、文章でも「こうくれば次はこうなる」というコロケーション頼りでしか発語しないと、いつも同じ常套パターンばかりじゃねえかつまらんぞということになってしまうように、音楽でもそうです。ハミ出しフレイジング、意外な和声展開など、新鮮に響く工夫をしますよね。

 

ジャズ史なんかはこのコロケーションからの脱出を試みる歴史だったとみることもできます。スウィング・ジャズ黄金時代の1930年代後半にジャズ語法は一度すっかり熟成し切ったと思うんですが、そのまま直後にビ・バップ革命が起きることとなりました。

 

ビ・バップのアド・リブ手法は、それまでの従来的なコード使いからの脱出を試みるものでしたからね。その底には熟成=退屈という認識があって、新感覚の斬新な表現をしたいという新世代ミュージシャンたちの取り組みの結果、ビ・バップのニュー・イディオムが誕生したわけです。

 

もちろんどんな新鮮な手法でも、完成すればやがて熟成し腐りはじめて飽きられ見捨てられるように、ビ・バップ → ハード・バップも約十数年間の成熟過程を経てマンネリへと至りました。1940年代にはあんなに進歩的と聴こえたものなのに。コロケーションとは常套パターンのことだから、あたりまえではあります。

 

次第に西洋近代音楽的な機能和声システムそのものが行き詰まっていると認識されるようになり、コーダルな手法よりもモーダル、すなわちスケールにもとづいて作曲したりソロをとったり、あるいはもういっそのこと和声そのものを捨てアトーナルなアド・リブ手法をとりはじめる演奏家まで出現するようになったのは、みなさんご存知のとおり。

 

とはいえ、ジャズにおける和声面での工夫や逸脱がどんなに進んでも、この音が来たら次はこれをおくのが自然ななりゆきだ、という組み立てというか流れ、すなわちフレイジングにおけるコロケーションというものは(フリー・インプロなどでも)依然として不変だったようにも思えますけれどもね。

 

そういえば、約一年ほど前に出会ってはまったパトリシア・ブレナンの『Maquishti』が極上の美しさ、すばらしさだと思えたのは、おそらくフレイジングでそういったコロケーションになるたけ拠らないようにしようという即興の試みだったからかもしれません。

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ジャズが参考にした西洋クラシック音楽の世界では、モーダルなアプローチやアトーナルな組み立てなど和声面での工夫は20世紀はじめごろからずっとあって、ジャズで取り組みがはじまったのが50年代末ごろだったのはやや遅かったのかもしれません。民俗音楽の世界でもモーダル・ミュージックは古くからある、というかそっちのほうがむしろ主流です。

 

たとえばブルーズ。はじめての曲でもキーとテンポさえあわせればパッとその場でだれでも演奏に参加できますが、ブルーズは決まりきったコロケーションだけでできあがっている音楽といえるかもしれません。

 

日本の民謡や演歌の世界も同様。決まりきったコロケーションだけで組み立てられているジャンルだといえて、だからはじめて聴く未知曲でもそのままその場でパッとギターとかで伴奏できちゃうなと思えるのは、メロディやコード進行のパターンが固定的だからです。

 

ほんとねえ、演歌なんか、メロディとコード進行のコロケーション・パターンが十個程度しかないんじゃないか、その程度の決まったものだけでできあがっているぞと感じることすらあって、これじゃあ「ぜんぶ同じ」だよと言いたくなる瞬間もあったり。むろん古典的な常套パターンにはまる快楽というものだってありますが。

 

こういった音楽のコロケーションは、近接しながらもジャンルごとに違ったシステムがあって、ジャズのそれ、ブルーズのそれ、カントリーのそれ、演歌のそれ、マンボのそれ、シャバービーのそれ、ルークトゥンのそれ、マンデ・ポップのそれ、などなど何種類もその枠内で通用するコロケーションができあがっています。

 

和声体系とそれにもとづくメロディ展開のパターンは、特にジャンルごとにコロケーションの固有性・独自性をアイデンティファイしやすいものですが、ラテン・アメリカ音楽だけは(世界中に普及している)リズム・パターンこそがアイデンティティでしょう。

 

これがあるがため、ぼくのような素人一般リスナーでも「あっ、これは〜〜というジャンルの音楽(要素)だ」と、はじめて聴く曲であれ認識・分別できるわけです。だから逆に言えば、ジャンル固有のコロケーションから逸脱している、多種をミックスしてあるものにオッ!と感じ、新鮮な感動をおぼえたりするんです。

 

(written 2021.12.29)

2022/01/07

かつて知っていたがもはやない、ここではないどこかへ 〜 アルージ・アフタブ

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(3 min read)

 

Arooj Aftab / Vulture Prince
https://aroojaftab.bandcamp.com/album/vulture-prince

 

アルージ・アフタブはサウジ・アラビア生まれパキスタン育ちで現在は米NYブルックリンを拠点とするコンポーザー/シンガー。いままでに三作あるアルバムのうち、最新作『ヴァルチャー・プリンス』(2021)から昨夏のオバーマ・プレイリストに一曲選ばれて俄然大きく注目されるようになり、そのままグラミー賞二部門にノミネートされています。

 

アルージがどういう人物、音楽家であるか、バイオやキャリア、音楽的影響源など、以下のピッチフォークの記事にくわしくまとめられていますので、ぜひご一読ください。公式サイトもありますがイマイチ。ネットでさがせば日本語での紹介文も少しはあります。
https://pitchfork.com/features/rising/arooj-aftab-vulture-prince-interview/

 

最新作『ヴァルチャー・プリンス』。ぼくが遅まきながら出会った昨年12月時点ではSpotifyでなぜか二曲しか聴けなかったので、Bandcampでデジタル購入するしかなかったんですけど(レコードは完売、CDはなし)、これがもうホント傑作なんですよね。

 

全編を通してハープがかなり印象的で、そのサウンドは平和で牧歌的な原風景を想起させると同時に、現代の深い喪失感や悲痛感をも色濃く表現しています。二曲でアンビエントなシンセサイザー使用はあるものの、基本アクースティック・サウンドで組み立てられているのもいい。

 

しかもそれら生楽器が点描的に浮遊するエレクトロニクスのように響くというのもアルージ・ミュージックの特質です。パキスタン伝統のスーフィー音楽にクラシックのミニマリズムと現代ジャズをミックスしたものですが、印象として民俗音楽色はあまりなく、どこまでも普遍的な、文化を超えた人類共通の内面に訴えかけてくるものがあるように聴こえます。

 

英語に “grief” という単語がありますが、これがまさに『ヴァルチャー・プリンス』の音楽を支配している色彩感。だれしも経験している、存在としての根底にある孤独性をえぐり出し、しかも突きささるようなサウンドではなく、おだやかでふわりとやらわかく空中にただようようにそれを表現するという、そんな音楽ですよね。

 

アルバムの曲はすべてウルドゥー語で歌われていますが、4曲目「Last Night」だけは英語。これはダブですね。続く5「Mohabbat」をバラク・オバーマが選んでいました。こっちはパキスタンに伝わる古いガゼル(恋愛詩)をベースにしたもの。

 

西洋楽器がサウンドのほとんどを占めているものの、その上で優雅に舞うアルージのヴォーカルにはまごうかたなきアラビアの息づかいやエレガンスが聴こえ、そのバランスの美しさに息を呑みます。

 

ソロ活動だけでなく、インド系アメリカ人ピアニスト、ヴィジェイ・アイヤー&パキスタン系アメリカ人ベーシスト、シャハザード・イスマイリーと組んだトリオ<ロスト・イン・エグザイル>でも活動を続けていますので、そちらも要注目ですね。

 

(written 2022.1.4)

2022/01/06

アンプラグドというけれど

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(3 min read)

 

1990年ごろからのMTVアンプラグド番組と、それを収録したヴィデオやCDの大ヒットで一気に世間の認知を得たと思われる「アンプラグド」ということば。アクースティックと言いかえても同じことですが、しかし現実にはですね、電気がないとなにもできません。

 

アンプラグドだとかアクースティックだとかいうのは、楽器演奏と歌の発音システムで電気を使わない生音だけということであって、実際にはそれを(録画)録音しているわけでしょう、となればマイクフォロンなど録音機材一式がそこにあります。1925年以後マイクや機材は電気がないと動きませんよ。

 

つまり電気がなかったらそもそも録音すらいっさいできないし、CD制作だって配信に乗せるのだって宣伝販売だって不可能。聴く側のぼくらだって電気で動くオーディオ機器やパソコン、スマホを使わないとダメなわけですからね。ってことはあれです、アンプラグドなどといいながら、実のところ終始プラグド・インしまくっているわけです。

 

どこが「アンプラグド」なのか?エレクトリックばりばりじゃないか、と笑っちゃうんですけどね。録音されたものばかりでなく、ライヴだってポピュラー・ミュージックのばあいはPAで電気増幅しているのが小規模現場でもあたりまえ。ピアノとかギターとかベースとかヴォーカルとか、音を発する仕組みはアクースティックでも、会場の聴衆全体に聴こえるようにしないといけませんから。

 

クラシック音楽のコンサートや、あるいは民俗音楽の現場とか、そういうものであれば、つまり電気技術の発明前に確立したジャンルなら、ほんとうに生音だけで構成され電気をいっさい使わないから、文字どおりアクースティック、アンプラグドだと言えるでしょう。だからねえ、もはや現代ではそういうのだけですよ。

 

特にロック・ミュージック関係などエレキ・ギターを使うのがあたりまえな世界で、そこを全面的にアクースティック楽器を使ってやってみたらどうなるか?どう仕上がるか?という試みを実行してみせたMTVアンプラグド番組は画期的でしたけど、現実には電気で録音したものを電気で再生しているんです。

 

もちろんこのことをあんまり言いすぎてもねえとは思います。電気があるのがあたりまえの現代ですからね。それにCDでも配信でもいわゆるアンプラグドと銘打つアルバムを聴けば、そこにはたしかに従来にない新鮮なサウンドがあるなあというのも事実です。電気技術誕生前のアクースティックな音楽とは違う「なにか」が。

 

(written 2021.8.10)

2022/01/05

薄味系淡色オーガニック・ポップス 〜 原田知世&伊藤ゴローの世界

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(6 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/3r71Pfsc3i5TEG8Olz6fRP?si=f907c29a47874540

 

music & me (2007)
enja (2009)
noon moon (2014)
恋愛小説(2015)
恋愛小説2〜若葉のころ(2016)
音楽と私(2017)
ルール・ブルー(2018)
Candle Lights (2019)
恋愛小説3〜You & Me (2020)

 

ジャジーなレトロ・ポップス・ムーヴメントの記事(1/1)でもオーガニック・ミュージックの記事(1/2)でも、伊藤ゴローがプロデュースする原田知世の作品にそれとなく触れました。そう、ここ日本では、現代のそうした時流を最もよく具現化しているのがこのコンビだとぼくは考えています。

 

ノラ・ジョーンズがデビューして世を席巻したのが2002年。そこから五年で、日本にもその流れが入ってきたわけです。知世をプロデュースすることになった伊藤ゴローも、はっきりと「ノラ・ジョーンズ的なもの」を意識してサウンド・メイクしたんだなと、いまではよくわかります。

 

つまり、極力コンピューター・プログラミングやデジタルくさいサウンドを避け、アクースティックな人力演奏とアナログ・ヴィンテージなテクスチャーにこだわって、手づくり感のある歌と演奏を実現したいという志向は、知世&ゴローによる全九作を聴けば、明白でしょう。

 

伊藤ゴロー・プロデュース原田知世の音楽をひとことで形容すれば「おだやかさ」、これに尽きます。「やさしさ」「静けさ」と言いかえてもいいんですが、カドがなく、やわらかくまろやかで、あわい色彩感。薄味。

 

ノラ・ジョーンズ的なジャジー・ポップスからの影響とともに、ゴローの持ち味であるジョアン・ジルベルト直系のボサ・ノーヴァ・テイストもそこにくわえ、最低限のデジタル処理はもちろん施していますが、基本、アクースティックなアナログ人力演奏を徹底しているわけです。

 

熟年をむかえた知世の声質が、これまたそういったサウンドにとてもよくフィットするんですよね。声にハリやノビやツヤが弱く、声量や音程感もややあいまいで、まぁヘタといえばヘタな歌手なんですが、極上の雰囲気を持つヴォーカルです。

 

だからソウルフルでファンキーな強いサウンドには合わせられないんですが、ゴローはどういったプロデュースに知世が適応するか、徹底して知り抜いていたと思います。というか、自分の実現したい音楽にいちばん似合う声をさがしていて知世に行き着いたということでしょうか。

 

平穏で静かで落ち着いた知世&ゴローの世界は、派手でザラついてトンがった濃厚な音楽がお好きという向きには決して推薦できないんですが、長年の音楽愛好を経て還暦付近にたどりつき、実人生でもつらく苦しい思いを重ねてきた結果の、おだやかな凪状態を求めるリスナーには、またとない贈りもの。

 

そんな知世&ゴローの世界、現時点での九作、総計99曲7時間弱というなかから、ぼくなりにことさら最高の心地よさだと思えるものをピック・アップし、なんとかしぼって、20曲約一時間半というプレイリストをSpotifyで作成しておきましたので、もしご興味がおありのかたはちょっと覗いてみてください。ほんとうに癒しなんです。
https://open.spotify.com/playlist/3r71Pfsc3i5TEG8Olz6fRP?si=f907c29a47874540

 

基本的にアルバム・リリース順、アルバムのなかでは収録順にならべようとしましたが、ちょっとだけ順序を入れ替えた部分もあります。オープニングとクロージングは聴感上の効果を考慮して大きく並び順を変更しました。

 

このコンビのデビュー作『music & me』には、知世にとって人生最大のシグネチャー「時をかける少女」のセルフ・カヴァーがありましたが、プレイリスト末尾に持ってきました。ゴローの弾くボサ・ノーヴァなナイロン弦アクースティック・ギターとシェイカーだけという、つまり知世の世界を今後どうかたちづくっていくかの宣言みたいなワン・チューンでしたね。

 

カヴァー集一作目、2015年の『恋愛小説』には、ノラ・ジョーンズのデビュー・アルバムに収録されていた代表曲「ドント・ノウ・ホワイ」があるのも象徴的です。『恋愛小説』シリーズ、その後二作は1970〜80年代の歌謡曲カヴァー。だからレトロ・ポップスといっても着地点はそんな古くないのですが、「昭和」時代への眼差しという意味ではたしかに2020年代フィールがあります。

 

2017年に発表されたセルフ・カヴァー集『音楽と私』は、それまでの知世自身の代表曲をゴローとともにリメイクしたもので、フル・アクースティックな人力演奏サウンドが徹底されています。歌手キャリアをふりかえりながら新時代のオーガニック・ポップス志向を実現したアルバムで、坪口昌恭のピアノだけで歌われる「天国にいちばん近い島」なんて、もう息を呑む美しさですよ。

 

それら、過去の初演ヴァージョンと比較すれば、伊藤ゴローがこの歌手を使ってどんな音世界を新時代に構築しようとしたか、いっそう明確に理解できます。ゴローのサウンドで歌う知世は、水を得た魚、そういえるでしょう。

 

(written 2021.12.30)

2022/01/04

やや南部ふうのホンキー・トンク感 〜 ノラ・ジョーンズ『フィールズ・ライク・ホーム』

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(4 min read)

 

Norah Jones / Feels Lke Home
https://open.spotify.com/album/7GaAXgbFSpcJOiLlFGYyOL?si=Ad8LLoIdReehFXjHBKtwrA

 

ノラ・ジョーンズがいままでにリリースした全アルバムでいちばん好きなのは、二作目の『フィールズ・ライク・ホーム』(2004)。なぜかぼくのフィーリングにピタッとくるんですよね。

 

といってもこれは最近ノラをトータルでざっと聴きなおして発見したことであって、個人的には長年この歌手&ピアニストのことを「ふ〜ん」くらいにしか思っていなかったというのが事実。デビューした2002年というとジャズの最低迷期だったし、こちらも若く、まだトンがった音楽が好きだったので、ホテル・ラウンジのピアノ・バーでやっているみたいな新人のことはイマイチだったんです。

 

ごく最近ですよ、「ジャズ(的なもの)」がここまで大きなコンテンポラリー・ムーヴメントになって、もちろんヒップ・ホップ以後的な新感覚を備えた新世代ジャズ・ミュージシャンも、それと同時に復古的なレトロ・ジャジー・ポップスを志向する若手歌手たちも大きな流れになってきたのを、ぼくも認識するようになってから。

 

よくよくシーンをふりかえって考えてみたら、新世代ジャズとレトロ・ポップス志向の両方でノラが源流みたいなものをかたちづくっていたんだなあと、いまはじめてのように気づきはじめ、このジャズ・ミュージシャンの重要性と立ち位置をようやく理解するようになりました。

 

二作目『フィールズ・ライク・ホーム』は、基本デビュー作『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』(2002)の路線を継承しつつ、オシャレ感よりもややホンキー・トンク的っていうか、泥くさくファンキーでアーシーな感覚っていうか、ブルージー&南部的なフィールがわりとただよっていて、そんなせいで好みなのかもしれません。

 

ジャズに混ざるようにカントリー・ミュージック色も濃く出ていて、ここもデビュー作とはやや異なるテイストをかもしだす原因になっています。そういえば、7曲目「クリーピイン・イン」にはドリー・パートンが参加しています。ドリーのソロ・パートはなくコーラスですけれど、ギター・スタイルもふくめこの曲もはっきりしたカントリー・ナンバーです。

 

ゲスト参加のなかではリヴォン・ヘルム、ガース・ハドスン二名の元ザ・バンドの面々も目立ちます。特にガースでしょうね、2曲目「ワット・アム・アイ・トゥ・ユー」のハモンド・オルガンと6「ビー・ヒア・トゥ・ラヴ・ミー」でのアコーディオンは耳を惹くもの。

 

ことに6曲目でのアコーディオン・プレイは傑出していて、デビュー作にはなかった素朴で田舎ふうのケイジャン風味をノラの音楽につけくわえることに成功しています。アメリカ音楽におけるちょっぴり泥くさい南部テイストが大好きな人間にとっては格好の味つけで、この一曲での薄くしっかりただよう南部香のためだけにガースがプレイした意義は大きかったと言えるもの。

 

アルバム・ラスト13曲目「ドント・ミス・ユー・アット・オール」は、デューク・エリントンがピアノ独奏で弾いた1953年の「メランコリア」が原曲(アルバム『ピアノ・リフレクションズ』収録)で、そこにノラがオリジナルの歌詞をつけたもの。

 

前作のやはりラストにあったスタンダード「ザ・ニアネス・オヴ・ユー」と同一趣向のピアノ・バーでしめくくっているわけですが、本作の「ドント・ミス・ユー・アット・オール」のほうは、都会的で洒落たムードを維持しつつ孤独感や寂寥感も濃厚にただよう内容で、とても共感できて、いいですね。

 

(written 2021.12.28)

2022/01/03

レトロ・ポップス流行の現代だからこそ聴くアメリカ史上No.1スタンダード・シンガー、パティ・ペイジ on YouTube

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(6 min read)

 

1) I've Got It Bad & That Ain't Good
https://www.youtube.com/watch?v=YokgbKVHP9o

 

2) Don't Get Around Much Anymore
https://www.youtube.com/watch?v=Ijz2Yon3JmI

 

3) Do Nothin' Till You Hear From Me
https://www.youtube.com/watch?v=AqsD9yry1E8

 

4) I Let A Song Go Out Of My Heart
https://www.youtube.com/watch?v=UAMc80rGz0k

 

5) I Only Have Eyes For You
https://www.youtube.com/watch?v=LiUTx_v7VY0

 

6) Stars Fell On Alabama
https://www.youtube.com/watch?v=KoDnijZOiLg

 

7) I'll String Along With You
https://www.youtube.com/watch?v=cjWlDkgbKow

 

8) Everyday
https://www.youtube.com/watch?v=RyraebtNO_o

 

9) Everything I Have Is Yours
https://www.youtube.com/watch?v=ec6Wfocp45E

 

10) Don't Blame Me
https://www.youtube.com/watch?v=TY-P7Xf-ac4

 

11) A Ghost Of A Chance
https://www.youtube.com/watch?v=hzl6dDTgHvQ

 

12) We Just Couldn't Say Goodbye
https://www.youtube.com/watch?v=XV0kSKNMmn8

 

アメリカ人歌手、パティ・ペイジのディスコロヒア盤CD『ニッポン人が愛したパティ・ペイジ』(2014)をエル・スールで買ったときだけ付属する特典CD-Rがありました。パティが1950年代に録音したジャズ系スタンダードばかり12曲集めた計36分間で、題して『パティ・シングズ・スタンダード』。

 

これがもう好きで好きでたまらないんだという話は以前一度書きましたね。憶えていらっしゃるかたもおいでかと思います。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/hats-off-to-pat.html

 

CD『ニッポン人が愛したパティ・ペイジ』もエル・スールでいまだ在庫あり状態なので、もしその気がおありのかたはお買い求めいただければ『パティ・シングズ・スタンダード』が付いてきます。ぼくはエル・スールとなんら利害関係のない一般顧客ですけれど。
http://elsurrecords.com/patti-page-/13/04/2014/

 

とにかく、パティがよく歌ったワルツ・ナンバーが多い『ニッポン人が愛したパティ・ペイジ』本体よりも、付属品のスタンダード曲集『パティ・シングズ・スタンダード』のほうがはるかに大好きで、ふだん聴き慣れているスタンダードだからこそ、パティのうまさ、持ち味がかえってよくわかるんじゃないかとすら思うんです。

 

もちろん個人的なグレイト・アメリカン・ソングブック系スタンダード・ソング愛好癖も手伝っての判断ではあります。それで、大問題は1950年代のマーキュリー・レーベル時代にパティが歌ったその手のスタンダードは、いまだどれ一曲としてCDでも配信でも正式リイシューされていないという事実。なんてこった!

 

非売品の私家版である『パティ・シングズ・スタンダード』の12曲をMusicアプリ(旧名iTunes)に入れ日常的に愛聴しているぼくは、ここまですばらしいんだからぜひみなさんとシェアしたいと考え、SpotifyやApple Musicでさがしたんですけど、ほんとうにどれもまったく見つからず。だからプレイリストをつくることができませんでした。悔しかった。

 

でもそういうときは<なんでもある>YouTubeの出番。さがしたら、なんとやはり、ぜんぶある!あるじゃないですか。CD-R『パティ・シングズ・スタンダード』の曲順どおり、一曲づつ拾っていってリストアップして、上にリンクをご紹介しておきました。

 

これらを聴けばですね、ひょっとしてパティ・ペイジこそアメリカン・ミュージック史上 No.1のジャズ系スタンダード・ソング・シンガーだったのかも?と思えてきますよ。コンピューター補正のない時代に音程はパーフェクト、デューク・エリントンがもとは器楽曲として書いたメロディ・ラインも<歌として>イキイキと歌いこなします。

 

発音がハキハキしていて明快で、ディクションもアーティキュレイションも完璧。声もきれいによく伸びているし、しかもジャズ歌手にはありがちの技巧的なフェイクはなし、ストレート&ナイーヴに曲の旋律を歌い、それでいてまぎれもなくパティだという個性が声質からしっかり聴きとれるっていう、こんな歌手、ほかにいましたっけ?

 

個人的愛好もさることながら、2022年にいま改めてパティ・ペイジのこういったジャズ系スタンダードに注目したいと思うのは、近年ジャジーなレトロ・ポップスが流行しているからです。そんな記事をこないだ書いたからこそ、それきっかけで『パティ・シングズ・スタンダード』のことを思い出したんですから。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/12/post-b45f60.html

 

パティのこういった歌もやはり<ロック台頭前夜>というような世界で、しかもこのストレート&ナイーヴなヴォーカル・スタイルが、現代のレトロ・ポップス流行時代に映えると思うんですよね。レトロ・ポップス・ブームのさなかにいる新世代歌手たちが参照しているのが、パティ・ペイジ(やドリス・デイやナット・キング・コールら)あたりじゃないかと。

 

パティが歌った1950年代には、こういったレパートリーやスタイルはレトロなものではなく、まだ新しいものとして時代の流行のさなかというか、ちょうど爛熟期。さらに電気・電子楽器やコンピューターも多重録音も一般的ではなく、だからいまでいういわゆる<オーガニック>・サウンドでもありました。

 

そんな時代に、パティ・ペイジは歌のうまさでひときわピカイチでした。タイムレスな音楽でもあるし、レトロ&オーガニックへの視線が最新流行であるような2020年代に、いま一度じっくり聴きかえしてみる価値のある歌手だと思います。

 

(2021.12.26)

2022/01/02

音楽におけるオーガニック

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(9 min read)

 

以前ホットディスクさんに、音楽で「オーガニック」という表現をしているひとはなにを言っているのか意味がさっぱりわからないのである、と言われたことがありましたねえ。でもぼくはかなり頻用します。

 

もとは農業用語で、化学肥料や農薬とかを使わず有機農法で育てる手法や産品、化学添加物を加えない食品などを指すもの。オーガニック・コットン100%みたいな言いかたをしますよね。

 

音楽の世界では、最初たぶんソウル・ミュージックでのタームとして、それも日本限定で、使われはじめたんじゃないかと思います。オーガニック・ソウルという表現が、約20年以上前からあったはずです。

 

それはニュー・クラシック・ソウル(死語?)にとって代わる用語として、ディアンジェロ、ジル・スコット、エリカ・バドゥ、アンジー・ストーン、レディシらが活躍しはじめた1990年代末ごろに考案されたもの。だからつまり、なんのことはない英語圏で言う「ネオ・ソウル」のことを日本独自でオーガニック・ソウルと呼んでいただけの話です。

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同じころ、ハワイのサーファー、ジャック・ジョンスンのやるアクースティックなヒーリング・ミュージックもオーガニックと呼ばれることが増えて、だから21世紀に入る前後あたりに複数の音楽ジャンルで「オーガニック」のブームというか用語の頻用が起きるようになりました。

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もとが農業用語ですからね、だから音楽でオーガニックと言われても、という意見は理解できないわけでもないのですが、なかなかどうして重宝するタームではあるのです。

 

なにぶん皮膚感覚的な用法で、わからないかたをロジカルに説得できるようなものじゃありませんし、定義もありません。ですが、農業のオーガニックとまったく無関係というわけでもなかったような気がします。

 

オーガニック、すなわち有機栽培やノー添加物の食品が重視されるようになったのは、地球環境問題への関心が深まった1990年代後半ごろからだったと記憶していますが、連動するようにスローライフやロハスといった自然に優しいライフ・スタイルが取り沙汰されるようになって、音楽界でも傾向が変化しはじめたのです。

 

1980年代後半〜90年代いっぱいに流行した音楽といえば、打ち込み、サンプリング、プログラミングを駆使しふんだんなデジタル処理をほどこしたコンピューター・サウンドが中心でした。ナチュラル・ライフが重視されるようになったことで、そんな人工的で機械的な音楽から脱却し、自然派の音楽をつくりだそうという流れが出てきました。

 

あるいは、主にロック界を中心に1990年代初頭からMTVアンプラグド・ブームがあって、10年以上大流行したというのも、オーガニック・サウンドの先駆けというか遠因だったのかもしれません。フル・エレキ・サウンドで大活躍していたロッカーたちがアクースティックなライヴをやってアルバムを出すようになっていたのは、ロックの原点回帰でもあったんですが、音楽界全体への波及効果も大きかったような気がします。

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21世紀音楽におけるそんな流れをひとくくりにして「オーガニック」と呼んでいるわけです。端的に言えば:

 

・コンピューター・プログラミングではなく人力の「演奏」行為の重視
・生(アクースティック)楽器を中心的に使うこと
・デジタルな音加工を極力排すること

 

この三点が典型的な特徴です。

 

けばけばしいエレキ・ギターや分厚いデジタル・シンセサイザーのサウンドが敬遠されがちになり、アクースティックなギターやピアノ、オルガン、さらにはベースなんかでもアップライト型のコントラバスのサウンドがエレベより「いまふう」に響いてカッコいい(個人的によくわかる)っていうんで、いまふたたび使われるようになっています。

 

ジャック・ジョンスンは

 

「生楽器を使ったシンプルなサウンドにする」
「多重録音は極力しない」
「エフェクターや電子楽器はできるかぎり使わない」

 

といったことにこだわり音楽をつくることを宣言していました。この理念こそがオーガニック・ミュージックの概念だったと言えます。

 

サーフ・ミュージック、ソウルなどブラック・ミュージック、ジャズ、J-POP、ワールド・ミュージックなど、音楽のジャンルを問わず、こんな傾向が21世紀以後は拡大して、現在まで続いているというのは間違いないことでしょう。

 

ヒップ・ホップ通過後の現代ジャズでも、Us3やグールーなど1990年代は打ち込みでつくりだしていた新感覚ビートを、21世紀以後は人力生演奏で表現できるドラマーがどんどん出てくるようになり、オール・アクースティックな楽器演奏とラップを混ぜたりする新世代ジャズが誕生してすっかりシーンの主流になっていますよね。

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電気・電子楽器を使わずデジタル処理も多重録音もほどこさないアクースティックな生演奏行為の重視と言われれば、な〜んだ、そんなもん、もともと音楽なんてむかしはぜんぶそうだったじゃないか!と指摘されるでしょう。そう、そうです、そんな過去への回帰というか、きのう書いたレトロ・ポップ・ムーヴメントとも軌を一にするようにオーガニック・サウンドも流行しているという面があります。

 

農産品だって、化学肥料や化学添加物が発明されるようになる前までのずっと長いあいだ、人類は天然の原料や手法だけで栽培していたわけですから、近代前の何万何千年という歴史で農業はず〜っと(非効率だったけど)オーガニックでした。音楽も同じです。

 

もちろん、21世紀になっての音楽の新しい流れをオーガニックと呼ぶものの、むかしそのままの音楽をそう言わないのは、デジタル・サウンドやコンピューター活用をいったん経験して通過したからこその新感覚がそこにあるから、ということです。

 

人力演奏にこだわると、複数の演奏ミュージシャンを起用してスタジオなりで拘束しないといけないわけですから、多くのパートをワン・マン打ち込みで済ませることのできるばあいよりコストがかさむというのは事実。

 

それに、デジタル排除といっても最低限のコンピューター処理はどんなオーガニック・ミュージックだってやっていますし、(ヴィンテージ・アナログにこだわっているケースを除き)スタジオ機材だって現在はオール・デジタルで、生演奏だってストレージに電子ファイルで記録されていきます。磁気テープを使うというエンジニアはもうほぼいないでしょう。

 

新時代のオーガニック・ミュージックも、パソコンやスマートフォンなどのデジタル・ディバイス経由でみんなに拡散されたり、インターネットを介したダウンロードやストリーミングで聴かれたりするわけですからね。

 

裏返せば、21世紀以後はそういう時代で、冷蔵庫や炊飯器など日用家電品だってぜんぶICチップが入っていて、デジタル・ネイティヴ世代(20代以下)が活躍するようになっているからこそ、アナログ感やヴィンテージ・サウンド、アクースティック楽器、人力生演奏などに新鮮な魅力を見いだす傾向が生まれてきたのだとみることもできます。

 

一方でEDMとか現代R&Bとかアマピアノみたいにコンピュターをフル活用したエレクトロ・ミュージックだって、もちろん隆盛ですけどね。

 

(written 2021.12.19)

2022/01/01

ジャジーなレトロ・ポップスが、いまドープ ver.1.0

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(7 min read)

 

日本のいわゆるZ世代(20代なかば以下)のあいだに「昭和」ブームがあるみたい。こどものころからスマートフォンなどのデジタル機器とインターネットがあたりまえにあったみんなは、アナログ・レコード、昭和歌謡、純喫茶、銭湯などに懐かしさではなくいま初めて出会う新鮮なカッコよさを感じているようです。

 

世界のポピュラー音楽シーンだと、そんな復古ブームがヒップ・ホップはもちろんロックすら飛び越えて、1950年代中期より前のジャズ時代へと向かうようになっています。ここ数年かな、もうすっかり定着したムーヴメントになりました。

 

このことはだれに教わったわけでもなく、近年リリースされる新作アルバムのなかにそうした傾向を示すものがあきらかに増加中なので、自然に気がつくようになりました。はっきりしてきたのはここ二、三年、2019年ごろからですかね。

 

このブログにパソコンでアクセスすれば右サイド・バー下部に検索窓が出ますので、そこに「レトロ」とか「ヴィンテージ」とかひとこと入れてボタンを押してみてください。該当する過去記事が一覧表示されます。

 

自分でもそうやってもう一回確認したここ数年のジャジーなレトロ・ポップス・ムーヴメント、すでにとりあげたなかからあてはまるアルバムの具体例をリリース順にちょこっと列挙してみましょう。

 

・原田知世 / 恋愛小説2〜若葉のころ(2016)
・孙露 / 十大华语金曲 (2017)
・Samantha Sidley / Interior Person (2019)
・Davina and the Vagabonds / Sugar Drops (2019)
・Kat Edmonson / Dreamers Do (2020)
・Hailey Tuck / Coquette (2020)
・NonaRia / Sampul Surat Nonaria (2020)
・Laufey / Typical of Me (2021)
・Miss Tess / Parlor Sounds (2021)
・メグ&ドリンキン・ホッピーズ / シャバダ・スウィング・トーキョー (2021)
(すべてSpotifyなどサブスクで聴けます)

 

ほかにもたくさんありますが、参考までに近年のこうしたジャジー・レトロ・ポップ歌手たちの音楽的傾向をぼくなりに分析して箇条書きで11個にまとめてみました。

 

1)ロック・ミュージック勃興前の時代への眼差し

2)知世54歳、ダヴィーナ42歳のほかは全員30代以下の新世代

3)ヴィンテージなアナログ感志向

4)電気・電子楽器を基本使わず、アクースティックな少人数編成でのオーガニックな生演奏

5)ジャズ、それもモダン・ジャズ以前、1930〜50年代ふうのスウィング・スタイル

6) 2ビート、4ビート

7)有名曲でも自作でも、グレイト・アメリカン・ソングブック系

8)おおがかりでない、ちょっとした応接間でやって楽しんでいるようなこじんまりした親近感、等身大

9)感情をあらわにしない、おだやかに抑制された表現

10)ときどきかすかにブルージーだったり、ほんのりラテン・ビート香味がまぶされていたりも

11)なぜかみんな女性歌手だ

 

中澤卓也など日本のいわゆる演歌第七世代なんかもやや共通する特色を示しているかなと感じるんですが、こうした新世代歌手たち最大の特色は、アット・ホームな親しみやすさ、近づきやすさです。

 

2010年代以後のソーシャル・メディア世代で、みずからアカウントを持ち、積極的に日常や仕事関係を発信していることが多いんですね。だからファンとの距離感が近いというキャラクターでもあります。

 

時代をさかのぼってこうしたジャジーでファミリアーなレトロ・ポップスの源流をたぐってみると、どうもノラ・ジョーンズが『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』でデビューした2002年あたりまでたどりつくんじゃないでしょうか。

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その数年前にジャネット・クラインがデビューしていますが、この歌手もジャジーでレトロなパーラー・ミュージックを最初からずっと志向していたのでした。ジャネットのときに流れができず、ノラでムーヴメントになったのは、ブルー・ノートが大きく展開したからか、時代とシーンが追いついたせいか。

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ノラはヒップ・ホップ通過後の新感覚を身につけたジャズ新世代の先駆けでもあったわけですが、と同時にレトロ・ポップなフィーリングをも存分に発揮していたことは、『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』とか続く数作をいま聴きかえしてもわかること。後者があまり言われないのは、顕在化したのが早くみても2011年ごろからだったためでしょう。

 

2011年といえば、ダヴィーナ&ザ・ヴァガボンズの『ブラック・クラウド』が出ています。事実上のデビュー・アルバムで、20世紀初頭のニュー・オーリンズ・ジャズっぽいテイストで満たされていました。あのときぼくはずいぶん快哉を叫んだものですが、2020年代になってここまでの大きな流れになっていくことにはもちろん気づいていませんでした。

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快哉を叫んだというのは、そう、個人的にはいまから40年ほど前の大学生のころから、1920〜40年代に録音されたSP盤を復刻したLPレコードで聴く古いジャズ・ポップス、つまりディキシーとかスウィング系のものが大好きで、ずっといままで愛好してきた人間だからです。生まれるのが遅すぎたと思い続けてきただけに、近年のこのレトロ・ジャズ・ブームは「時代が来た」との感を強くするもの。

 

もちろん流行とはぜんぜん無関係にそういう音楽がずっと好きで聴いてきているわけで、だからたまたま偶然2020年代は時流と嗜好が合致しているというだけ。なので、このブームが終焉してもぼくのレトロ・ジャズ愛は変わることなくずっとこのまま死ぬまで続いていくものです。

 

おおざっぱに言って「ジャズ(的なもの)」がここまで大きなコンテンポラリー・ムーヴメントになるとは、世紀の変わり目あたりにはまったく想像していませんでした。

 

(written 2021.12.17)

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