つらくなったら屋根の上へ 〜 キャロル・キング『ライター』
(4 min read)
Carole King / Writer
https://open.spotify.com/album/6sy9uYbSfuhH1HCv2e6269?si=kb8Usef3T_W8CIOqrnK8IA
キャロル・キングの実質的歌手デビュー作『ライター』(1970)。翌年の次作『タペストリー』が畢竟の名作で爆発的に大成功したがため影に隠れて目立ちませんが、実はぼく『ライター』もけっこう好きなんです。
実質的、とわざわざ断ったのは、キャロルは1958年に16歳で歌手デビューは一度しています。まったくどうにもならなくて、歌手キャリアをいったんおいて、翌年結婚したジェリー・ゴフィンと仕事上でもパートナーシップを組みブリル・ビルディング系の職業ソングライターとして歩むことになりました。
それで名声を確立し、ゴフィンと離婚しての1968年、ロス・アンジェルスに移住し今度はトリオ・グループ、ザ・シティをダニー・クーチー、チャールズ・ラーキーと結成。ふたたびピアノ&ヴォーカルを担当し一枚アルバムをリリースしたものの鳴かず飛ばずで翌年に解散。
ソロとして再デビューしたのが70年の『ライター』というわけです。ブレイクは次作の『タペストリー』まで待つことになったものの、『ライター』だってこれはこれでおもしろいアルバムなんですよね。アルバム題はソングライターとして知られていた自身の立場からとったものでしょう。
実際、ゴフィンと組んでほかの歌手たちに提供した過去曲も歌われているし、さらに私生活では離婚したもののビジネス・パートナーとしては続いていたこのコンビの新曲も収録されています。バックは直前に解散したザ・シティのダニー・クーチ、チャールズ・ラーキーらが中心。
特にバラード系、たとえば3曲目「チャイルド・オヴ・マイン」、7「イヴェンチュアリー」などはたいへんすばらしい曲で、キャロルはヴォーカリストとしてそんなに魅力的とかうまいとかいえない存在ですから、いい曲を書けるかどうかが勝負の分かれ目です。
時代を反映してということか、ちょっぴりサイケでジャジーな演奏をバンドでくりひろげる場面も若干あったりするのが楽しいところ。そんな要素、『タペストリー』以後はまったく消えてしまいましたからね。特に8曲目「ラズベリー・ジャム」。キャロルも60sを呼吸していたということでしょう。
そしてなんといってもこのアルバムを個人的にスペシャルなものとしている最大の要因は、ラストに収録されている「アップ・オン・ザ・ルーフ」。ドリフターズに提供した1962年の曲ですが、ぼくにとってはこの作者自身のヴァージョンこそ至高のもの。
ドリフターズが歌ったときには「忙しいときに一服入れよう」といった程度のものだったかもしれません。キャロル自身やジェイムズ・テイラー、ローラ・ニーロらのヴァージョンは、内省的なシンガー・ソングライターが自己をみつめる内容に変貌していることに注目してほしいです。
ドラム・セットの代わりにコンガを使い、ピアノ、アクースティック・ギター(ジェイムズ・テイラー)と、あとはストリングスだけという編成の伴奏で、「つらくなったときは屋根の上にのぼるんだ」という、孤独感のただようなんともいえず沁みる歌詞をキャロルがおだやかにつづるさまに、涙がこぼれます。
『ライター』の時点でキャロルはLAに移住していましたが、この曲は、作者自身のこのヴァージョンでもちょっと(出身地の)NYCっぽい香りがしますね。
(written 2021.12.31)
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